第48話 数千の攻撃手(レイダー)と、たった一人の守備手(アンティ)
「調停者……? この世界のバグを直すだと?」
我波 道が、黒曜石の玉座に座る白い男を睨みつける。
男の全黒の瞳には、感情の色が一切ない。
ただ、壊れた機械を見るような冷徹な観察眼だけがあった。
「ええ。この星のマナ循環は、本来もっと静かで、整然としているはずでした。
炎は炎、氷は氷として独立し、交わらない。
それが『安定』です」
調停者は、指先で空中に複雑な数式を描いた。
「しかし、貴方達は混ぜた。
種族を、属性を、思想を。
不必要に手をつなぎ、回路を繋げ、ノイズ(感情)を増幅させた。
その結果生じたマナの濁流が、世界を崩壊させようとしている。
……貴方達こそが、修正されるべきバグなのです」
「ふざけるな!」 バルドが吼える。
「ワシらの結束が汚れだと!? 仲間を信じる心が、世界を壊すと言うのか!」
「信じる? ……非効率ですね」 調停者は首を傾げた。
「個体間の同期には、常に誤解や裏切りのリスクが伴う。
最初から『個』で完結していれば、争いも起きず、傷つくこともない。
『孤独』こそが、最も完成された平和な形態なのです」
「……戯言を」 ノワールが前に出る。
彼の全身から、漆黒の魔力が噴き上がる。
「貴様が神かシステムかは知らんが、私の美学に反する。
孤独が平和だと? 笑わせるな。
……私が最強なのは、私が中心に立ち、愚民どもが私を仰ぎ見るからだ!」
ノワールが手をかざし、重力魔法を放とうとする。
だが。
「コマンド:拒絶」
調停者が指をパチン、と鳴らした。
ドォンッ!!
世界連合軍の全員に衝撃が走った。
「うわっ!?」
「手が……滑る!?」
道とレア、バルドとライラ、獣人と魔族。
固く結ばれていたはずの手が、まるで強力な磁石の同極同士を近づけたかのように、
強制的に弾き飛ばされたのだ。
「圧導が切れた!?」
「マナが循環しない! 近づけないぞ!」
兵士たちがパニックに陥る。
再び手を繋ごうとしても、見えない膜に阻まれ、指先すら触れ合わせることができない。
エネルギーの供給路を断たれ、巨大なアンティ(守備)陣形は崩壊した。
「『摩擦係数ゼロ』および『対人干渉結界』の展開。
これで貴方達は、二度と手をつなげない。
孤立した個体として、静かに処理されなさい」
調停者の背後から、無数の白い槍が出現する。
連携を封じられた今の彼らは、ただの烏合の衆だ。
防御陣形も組めず、エネルギー供給もない。
「終わりです。個に戻った貴方達に、世界に抗う力などない」
絶望的な状況。
しかし、その静寂を破る「音」があった。
「『カバディ、カバディ、カバディ……』」
低い詠唱。
我波 道だ。
彼は孤立した状態で、ゆっくりと調停者へ向かって歩き出していた。
「……何をしているのです? 連携は不可能です。一人で何ができると?」
「勘違いするなよ、管理者様」
道はニヤリと笑った。 その顔には、絶望ではなく、獰猛な闘志が浮かんでいる。
「カバディってのはな……。
本来、『たった一人』で敵陣に乗り込み、全員を相手にするスポーツなんだよ」
道が、滑る地面を踏みしめ、加速する。
「お前は俺たちを分断した。
俺たちの『守備』を封じた。
……それはつまり、俺たち全員を『攻撃手』にしちまったってことだ!」
道の言葉に、ハッとしたように顔を上げる者がいた。
リィナだ。
彼女はニカっと笑うと、四つん這いの姿勢をとった。
「そっか! 連携しなくていいんだ!
みんなで一斉に、あの青白い顔を殴りにいけばいいんだね!」
「『カバディ、カバディ、カバディ……!』」
リィナが走り出す。 獣人の瞬発力が、拒絶のフィールドを強引に突破しようとする。
「青白くーん! 遊びましょ! カバディカバディ!」
続いて、バルドが斧を投げ捨て、素手で構えた。
「カッカッカ! 違いない!
本当は寂しいんじゃろうが!
頑固なジジイが構ってやるわ!
『カバディ、カバディ、カバディ……!』」
ドワーフの重戦車のような突進が始まる。
「やれやれ……。昔の私を見ているようだわ」
ライラが弓を捨て、優雅に、しかし鋭く踏み出す。
「教えてあげる。他の人と関わることの素晴らしさを。
そして、その痛みを!
『カバディ、カバディ、カバディ……!』」
そんな中、魔族たちだけは違った。
「フン……。私は元から孤高。愚民どもとは一線を画す」
ノワールはキャントなど口にしない。
彼はその場で、音もなく「空気椅子」のポーズをとった。
続く魔族の戦士たちも、全員が無言で同じ姿勢をとる。
彼らは走らない。
叫ばない。
ただ、そこにあるだけで空間を歪める「重石」として存在感を放つ。
そして炎の戦士が、氷の騎士が、砂漠の拳士が。
数千人の兵士たちが、一斉にキャントを開始した。
「「「『カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……ッ!!!』」」」
地鳴りのような共鳴。
それは連携ではない。
数千人の「個」が、それぞれの意思で、たった一人の敵に向かって殺到する
「多重攻撃」。
「な……ッ!?」
調停者の表情が初めて崩れた。 彼の計算では、孤立した人間は無力化されるはずだった。
だが、こいつらは違う。
個に戻ったことで、逆に全員が「主役」になり、制御不能なエネルギーの塊となって押し寄せてくる。
「ええい! 近づくな! 『拒絶』ッ!!」
調停者が結界の出力を上げる。
だが、処理が追いつかない。 道ひとりなら弾けたかもしれない。
だが、右から獣人、左から魔族、正面からドワーフ
……全方位から数千人が「タッチ」を求めて手を伸ばしてくるのだ。
「お前の理論で戦ってやるよ!」
道が最前線で叫ぶ。 結界に阻まれ、皮膚が裂け、血が舞う。
それでも止まらない。
「俺たちは一人一人が充分に強い!
全員がお前を構ってやるよ!
寂しいなんて言わせねぇくらいになぁッ!!」
「エラー! エラー!
対象数過多!
対人結界、飽和します!」
調停者の白い肌にヒビが入る。
完璧だった孤独の空間が、
泥臭い「人間」たちの熱量によって侵食されていく。
「いけぇぇぇぇッ!!」
バリィィィィィンッ!!!
ついに、結界が砕け散った。
最初に届いたのは、やはりこの男の手だった。
「捕まえたぞ、バグ野郎!!」
道の右手が、調停者の胸倉をガシッ! と掴む。
「ぐ、あ……ッ!?」
「これが『接触』だ!
痛いか!? 怖いか!?
……それが『生きてる』ってことだ!
覚えやがれ!」
続いて、リィナが飛びつく。
「タッチ! 鬼さんこちら!」
バルドが抱きつく。
「逃がさんぞ、若造!」
ライラが、レアが。
数千人の手が、
調停者の体に触れ、
重なり、
押し潰していく。
「や、やめろ……!
私は……私はただ、整えたかっただけなのに……!
こんな……熱くて、重いものは……!」
調停者の悲鳴は、歓喜のキャントにかき消された。
「「「カバディィィィィィィッ!!!!」」」
数千人のレイダーによる、愛と暴力の強制ハグ。
それは、世界を管理しようとした冷徹なシステムが、初めて「他者の体温」を知った瞬間だった。
――ただし、魔族達は、その独特の圧導ゆえ、遠くから空気椅子状態でシュールに見守ることになったのだが……。
「カバディカバディカバディッ!!!」 数千人が四方八方から突っ込む「多重攻撃」。
孤独な結界など、この熱量の前では無意味でした。
もみくちゃにされる調停者。 流れ込んでくるのは、不快なノイズと……温かい「体温」。
システムが、感情を知る瞬間。
次回、第5章クライマックス。
『崩壊する理と、始まりの呼吸』。
世界が新しく、呼吸を始めます。




