第47話 無限の軍勢と、女王の演算
「クソッ! また起き上がりやがった!」
我波 道の拳が、目の前の虚無獣を粉砕する。
だが、白い砂となって崩れ落ちた敵は、数秒と経たずにズルリと再構成され、
何事もなかったかのように襲い掛かってくる。
場所は『虚無巣核』の深層部。
白い荒野を進む世界連合軍の前に立ちはだかったのは、数百、数千の「不死身の兵隊」だった。
「キリがありません! 倒しても倒しても、地面から湧いてきます!」
氷刃騎士団の隊長が悲鳴を上げる。
彼の氷剣は既に数百体の敵を斬り伏せているが、
敵の数は減るどころか増えているようにさえ見えた。
「重力圧縮!」 ノワールが手をかざし、
一区画の敵をサイコロステーキのように圧縮して潰す。
しかし、その肉塊すらも互いに癒着し、巨大な泥人形となって復活する。
「……厄介だな。物理的なダメージは通っているはずだが、
『死』という概念がないようだ」
ノワールが忌々しげに舌打ちする。
彼らのスタミナは無限ではない。
手をつないでエネルギーを循環させているとはいえ、精神的な摩耗は限界に近づきつつある。
「終わりなき戦い」という絶望が、精神攻撃よりも深く、彼らの心を蝕み始めていた。
◆◆◆
「……違う」
後方のドワーフ防衛陣の中、レア・エルフェリアは戦場を凝視していた。
彼女の瞳には、王家に伝わる解析魔法『女神の天秤』が展開されている。 視界には無数の光のラインが走っていた。
「敵が再生しているんじゃない。
この『場所』が、彼らを再利用しているんだわ」
レアは気づいた。
虚無獣が倒されるたび、その残骸である白い砂が、
地面の下を通る「血管」のようなパイプラインに吸い込まれ、
再び敵の形となって押し出されていることに。
この白い荒野全体が、一つの巨大な「循環システム」なのだ。
「システムを止めない限り、私たちは一生このサンドバッグを叩き続けることになる……」
レアは唇を噛んだ。 解決策はある。
地面の下を流れる「マナの血管」――その供給結節点を破壊すればいい。
だが、そのノードは戦場のあちこちに点在しており、
乱戦の中で正確に狙うことは不可能に近い。 言葉で指示していては間に合わない。
(どうすれば……。私の「目」を、全員に貸すことができれば……)
その時、道の言葉が脳裏をよぎる。
『指先から伝わる情報を共有し、全員が一つの生き物になる』
レアは顔を上げた。
彼女はドレスの裾を翻し、防衛陣を飛び出した。
「姫様!? 危険です!」
護衛のドワーフが叫ぶが、レアは止まらない。
彼女は最前線で拳を振るう道の背中へ駆け寄ると、
その空いている左手をガシッ! と掴んだ。
「道! 私を『回路』に入れて!」
「レア!? お前、戦闘タイプじゃ……」
「いいから繋いで! 私の『視界』を全員と『同期』させるわ!」
道の目が驚きに見開かれ、そしてニヤリと笑った。
「……へっ、無茶しやがる。
だが、そいつは面白ぇ!」
道が握り返した瞬間、レアの意識が「圧導」のネットワークに接続された。
数千人の兵士たちの息遣い、筋肉の熱、焦燥感……それらが一気に流れ込んでくる。
普通の人間なら発狂するほどの情報量。
だが、レアは王女としての強靭な精神力でそれをねじ伏せ、逆に自分の意思を流し込んだ。
『総員、傾聴!
これより、敵の「再生回路」を断つ!
私の「目」に従って動きなさい!』
キィィィィン……!
その瞬間、戦場にいる全員の脳内に、奇妙な映像が浮かんだ。
それはレアが見ている世界。
白い荒野の地面の下に脈打つ、赤黒い「血管」と、それが交差する「急所」の光景だ。
「なんだこれ!? 地面が透けて見えるぞ!」
「ここを狙えってことか!?」
『ええ。言葉はいらない。
私が「そこ」を見たら、そこが標的よ!』
レアの視線移動に合わせて、全員の体が動く。
これはもはや指揮ではない。
レアという「脳」が、数千の手足を直接動かしている状態だ。
「エルフ隊、3時の方向! 地下2メートル!」 レアが視線を向ける。
「見えたッ!」 ライラたちエルフが、何もない地面に向けて一斉射撃を行う。
ドゴォォン! 地面が吹き飛び、露出した「赤い血管」が破裂した。
すると、そのエリアにいた虚無獣たちが、砂のように崩れ落ちて二度と再生しなくなった。
「効いてるぞ! 次だ!」
「炎隊、氷隊! 正面12時! 凍らせてから砕け!」
「了解ッ! 『冷凍粉砕』!」
レアの視線誘導に従い、的確な破壊工作が行われていく。
彼女は戦場の全てを俯瞰し、最適な兵種を、最適なタイミングで動かしていた。
それはまるで、
彼女が得意とする机上の盤面遊戯のように洗練されていた。
「すげぇ……。あいつ、本当に戦いの素人かよ」 道は、手を繋いだレアの横顔を見て舌を巻いた。 彼女の手は震えている。
冷や汗もかいている。
だが、その瞳だけは王者の輝きを放ち、戦場を支配していた。
「……道、右!」
「おうよ!」
レアが視線を向けた先、死角から迫っていた巨大な再生個体。
道は考えるより先に体が反応し、その「核」を正確に撃ち抜いていた。
『再生停止。エリアクリア』
レアが呟くと同時に、最後の虚無獣が崩れ落ちた。
今度こそ、白い砂は動かない。
静寂が戻った荒野に、兵士たちの荒い息遣いだけが響く。
「……やった……か?」
勝利を確信した瞬間、レアの膝から力が抜けた。
「っと!」 道が慌てて支える。
「おい、大丈夫か?」
「……ええ。ちょっと、情報量が多すぎて……知恵熱が出そう……」
レアがこめかみを押さえて苦笑する。
数千人と感覚を共有するという荒業。
脳への負担は計り知れない。
だが、彼女はやり遂げた。
「よくやった。 お前は最高の『監督』であり……俺たちの『司令塔』だ」
道はレアの頭をポンと撫でた。
普段なら不敬だと怒るかもしれないが、今のレアは心地よさそうに目を閉じた。
現場で戦う選手たちを導き、勝利へ導いた彼女は、
紛れもなくこのチームの監督だった。
「……進みましょう。血管の供給元が、この先にあるわ」
再生システムを破壊されたことで、白い霧が晴れていく。
その先に現れたのは、荒野の果てに鎮座する、
黒曜石で作られた巨大な「玉座」のような建造物だった。
そして、その玉座には。
一人の「人間」が座っていた。
いや、人間ではない。 人の形をしているが、
その肌は陶器のように白く、
目には白目がなく、
全黒の瞳が虚空を見つめている。
全身から溢れ出るマナの量は、あの「虚無王」すら赤子に見えるほどだ。
「……ようこそ、異物の皆さん」
その男(?)が、口を動かさずに、全員の脳内に直接語りかけてきた。
「私は『調停者』。
この星のバグを修正するために遣わされた、管理システムです」
ラスボス――あるいは、黒幕の登場。
世界連合軍の前に、最後の絶望が立ち上がった。
レアの覚醒により、再生システムを破壊! ついに玉座へ辿り着きました。
そこにいたのは、世界をバグだと断じる管理者「調停者」。
「混ざるな、個に戻れ」 彼が指を鳴らした瞬間、全員の手が強制的に弾かれました。
連携封じ。
カバディ最大の危機です。
しかし、道は笑います。 「守備ができないなら……全員で攻撃すればいいだろ?」
次回、『数千の攻撃手と、たった一人の守備手』。
ひとりぼっちの神様を、全員で囲んで「タッチ」します!




