第44話 海上の防壁と、呼吸する波
「総員、全部隊配置につけ! 訓練は終わりだ! これは実戦だッ!」
我波 道の怒号が、嵐の海に響き渡る。
世界合同合宿の終了からわずか数日。
彼らが送り込まれた最初の任務地は、大陸と魔族領を隔てる海峡に浮かぶ巨大拠点
――「潮流の砦」だった。
ここは大洋から大陸への侵入を防ぐ最後の防波堤であり、
現在、数百体の水棲型虚無獣による猛攻を受けていた。
「来るぞ! 9時の方向、海面下より巨大生体反応!」
「総員、対ショック防御!」
ドバァァァァァァァッ!!
砦の城壁を越えて、海水と共に巨大な「触手」のような影が何本も打ちあがってくる。
水棲虚無獣『クラーケン種』だ。
その体は半透明のゲル状で、物理攻撃を吸収し、魔法を拡散させる厄介な特性を持っている。
「ひぃッ! 滑る! 足場が悪いぞ!」
「波の音で呼吸が聞こえん! キャントが届かない!」
最前線の兵士たちが悲鳴を上げる。
ここは揺れる海上要塞。
雨と波飛沫が視界を奪い、爆音のような波音が聴覚を麻痺させる。
陸上でのカバディとは勝手が違いすぎる最悪の環境だ。
これまでの彼らなら、ここでパニックになり、各個撃破されていただろう。
だが。
「――慌てるな。たかが水だ」
低い声と共に、一人のドワーフが前に出た。
チーム「風」の盾、バルドだ。
彼は飛沫で濡れた甲板の上で、隣にいるエルフのライラにスッと手を差し出した。
「おい細いの。掴まれ」
「……言われなくても」
ライラが当然のようにその手を握る。
二人の間に言葉はない。
ただ、二段ベッドで共有した「脈動」の記憶が、指先を通して瞬時に同期する。
「ドワーフ隊、構え! 重心を低く、錨を下ろせ!」
「エルフ隊、呼吸同調! ドワーフの『足』を借りて狙撃体勢へ!」
バルドの号令で、ドワーフたちが一斉に甲板に足を食い込ませ、不動の姿勢をとる。
そのドワーフたちの背中や肩に、エルフたちが身を預ける。
揺れる船上でも、ドワーフという「生きた固定砲台」があれば、エルフの照準はブレない。
「いけぇッ!」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
ライラたちエルフ部隊が一斉に矢を放つ。
ただの矢ではない。
ドワーフから供給される太いマナを上乗せした、
極太の「高周波・衝撃矢」だ。
『ギィヤァァァァァッ!!』
城壁に取り付こうとしていたクラーケンの触手が、次々と弾け飛ぶ。
再生しようとするゲル状の肉体を、高周波が細胞レベルで破壊し、無力化していく。
「見ろ! 効いてるぞ!」
「すげぇ……あの水棲種を一方的に!」
兵士たちが歓声を上げるが、攻撃はまだ終わらない。
◆◆◆
「次は俺たちだ! 行くぞ相棒!」
砦の側面から飛び出したのは、炎の国の戦士と、
氷刃王国の騎士の混成部隊だ。
「おうよ! 道を作れ、氷使い!」
「注文が多い! ……『氷結街道』!」
氷の騎士が海面に手をかざすと、荒れ狂う波が一瞬で凍りつき、一本の白い道が出来上がった。
しかし、濡れた氷の上はツルツル滑る。普通の人間なら立っていられない。
だが、炎の戦士たちは笑った。
彼らは足の裏から「爆炎」を噴射し、
その推進力で氷の上をスケートのように滑走し始めたのだ。
「ヒャッハー! 最高に滑るぜぇ!」
「馬鹿者! 溶かすなよ! 進んだ端から再凍結させる私の身にもなれ!」
文句を言い合いながらも、その手はガッチリと繋がれている。
氷の騎士が作った道を、炎の戦士がブースターとなって牽引する。
爆速の「氷炎スケート部隊」が、海上の虚無獣たちの懐へ一気に肉薄した。
「喰らえ! 『熱伝導・蒸発パンチ』ッ!!」
ドォォォン!!
炎の拳が虚無獣のボディに突き刺さる。
本来なら水に阻まれて威力が落ちるはずだが、
氷の騎士が接触点だけを瞬間凍結させて「密封」し、内部で熱を爆発させたのだ。
虚無獣の体が内側から膨れ上がり、水蒸気爆発を起こして四散する。
「よし! 左舷の敵、殲滅!」
◆◆◆
戦場を見渡す司令塔の上で、レア・エルフェリアは震える手で望遠鏡を握っていた。
「……完璧だわ」
視界の悪さも、足場の悪さも関係ない。
彼らはもう「目」や「耳」で戦っていない。
繋いだ手から伝わる「重心移動」と「魔力循環」だけで、互いの意図を理解し合っている。
「私が指示を出すまでもない。現場判断で最適な『掛け算』が生まれている……」
「言っただろ。あいつらはプロだ」
隣で道がニヤリと笑う。
彼は通信機を手に取り、全軍へ告げた。
『いい動きだ。だが、本命が来るぞ』
その警告と同時だった。
海面が大きく盛り上がり、砦そのものよりも巨大な影が姿を現した。
ズズズズズ……!
現れたのは、クラーケン種を束ねる中ボス――『虚無海魔』。
その大きさは山脈のようで、無数の触手が砦の塔に絡みつく。
『オオオオオオオオ……』
海魔が咆哮すると、周囲の空間が歪み、砦を支える結界にヒビが入る。
物理攻撃無効の「影」の体を持つ、上位個体だ。
「で、でかい……!」
「あんなの、どうやって倒すんだ!?」
兵士たちが再び怯む。
だが、その時。
「道を開けろ! 俺たちがやる!」
空から降ってきたのは、獣人族と魔族の混成部隊――『重力機動班』だ。
獣人の背中に魔族がおぶさるような格好で、空を飛んでいる。
魔族が重力を制御して浮き、獣人が空を蹴って加速するスタイルだ。
「リィナ! 落とすなよ!」
「ノワールこそ! 舌噛まないでね!」
先頭を行くのは、リィナとノワールのペアだ。
二人は空中で回転しながら、海魔の頭上へ急降下する。
「全軍、チェーン(鎖)を作れ! 俺たちに繋げ!」
道が叫びながら、砦の屋根を駆け上がり、
落下のタイミングに合わせてリィナの手を空中で掴んだ。
「捕縛ッ!!」
道が海魔の眉間(と思われる場所)に取り付く。
その道をリィナが掴み、ノワールが掴み
……そして砦にいたバルド、ライラ、炎、氷、全ての戦士たちが次々と手をつなぎ、
長大な鎖となって繋がっていく。
「海の上だろうが関係ねぇ!
この星の海ごと、全部ぶち込んでやれ!」
道の号令。
全員の脳裏に、あの訓練の日々が蘇る。
スープをこぼしたイライラ。いびきのうるささ。手の温もり。
それら全ての「生きた感覚」が、巨大な奔流となって海魔へ流れ込む。
「『海神の鉄槌』ッ!!!」
ドッゴォォォォォォォン!!!!!
海魔の体内に、数千人分の生命エネルギーが炸裂した。
影の体は光に浄化され、断末魔と共に光の粒子となって海へと還っていく。
荒れ狂っていた波が、衝撃波で一瞬にして凪いだ。
「……やったか?」
静寂が戻った海上で、誰かが呟く。
そして、ワァァァァァッ! と勝利の歓声が上がった。
「へっ、ざまぁみろ。カバディ舐めんな」
道は海魔の消滅した海を見下ろし、濡れた髪をかき上げた。
その手はまだ、仲間たちと強く繋がれたままだ。
「勝ったな、道」
バルドが豪快に笑い、ライラがふぅと息を吐く。
彼らの顔には、もう迷いも対立もない。
あるのは、死線を共に潜り抜けた「戦友」としての信頼だけだった。
「ああ。だが、これは入り口だ」
道は水平線の彼方、黒い雲が渦巻く方角を睨んだ。
そこには、虚無獣たちの真の巣窟――『虚無巣核』が待っている。
「行くぞ。世界を、取り戻しにな」
海上要塞での勝利。
それは、「世界連合軍」が真に一つになったことを証明する、歴史的な初陣となった。
巨大な「虚無海魔」を、世界中の戦士たちが繋がった「海神の鉄槌」で撃破!
もう彼らはバラバラの軍隊ではありません。
一つの巨大な生き物です。
勢いに乗って、敵の本拠地『虚無の海溝』へ突入!
……と思ったら、天地が逆転!?
重力崩壊した空間で、あの男が(また)座ります。
次回、『逆さまの空と、星を創る者たち』。
ノワール式・重力エンジンの出番です!




