第42話 完璧すぎた不協和音
「――始めッ!」
我波 道の笛が鳴り響くと同時に、第1グラウンドの空気が爆ぜた。
世界合同合宿、初日。 行われているのは、異種族混合チームによる模擬戦だ。
攻撃手は、神速を誇る獣人族。
守備手は、鉄壁のドワーフと、
精密な射撃手であるエルフ、
そして重力使いの魔族による混成ライン。
個々の能力値で見れば、世界最強のドリームチーム。
誰もが、圧倒的なパフォーマンスを予想していた。
……開始5秒までは。
「『カバディカバディカバディ……!』」
獣人のレイダーが目にも止まらぬ速さで突っ込む。
対するドワーフのアンティが、即座に反応した。
「重装展開! 『金剛壁』!」
ドワーフが地面を踏みしめ、物理障壁を展開する。完璧なタイミングだ。
これに合わせて、後方のエルフが牽制の音波を放ち、魔族が重力で敵を捕獲する――はずだった。
「――っ!? 邪魔だドワーフ! 射線が塞がっている!」
「なにぃ!? 貴様こそ、ワシの足元に根を張るな! 重心がズレる!」
エルフの放った「高周波の矢」は、ドワーフの巨大すぎるオーラに弾かれ、霧散した。
魔族が慌てて重力場を展開しようとするが、
ドワーフが地面を固定しすぎているせいで、空間が歪まない。
「連携不全! マナが渋滞している!」
そこへ、獣人が突っ込む。 守備側の呼吸がバラバラになった一瞬の隙。
しかし、獣人もまた、味方の援護射撃がないことに戸惑い、急ブレーキをかけた。
その刹那。
ドォォォォォン!!
敵の攻撃でも何でもない。
守備側のドワーフ、エルフ、魔族の間で、行き場を失った高密度のマナが衝突し、
自爆のような衝撃波が発生したのだ。
「ぐわぁぁぁッ!?」
「きゃぁぁッ!」
ドリームチームの面々が、自分たちのエネルギーに吹き飛ばされ、地面に転がる。
土煙の中、誰もタッチすらできずに模擬戦は終了した。
◆◆◆
「……酷いな、こりゃ」
観覧席でデータを見ていたレア・エルフェリアが、頭を抱えた。
モニターには『同期率:計測不能』の文字が赤く点滅している。
「個々の出力が高すぎるのよ。
ドワーフの防御は『完全遮断』すぎて、味方の援護すら通さない。
エルフの音波は『精密』すぎて、少しでも他種族のノイズが混ざると霧散する。
魔族の重力は『特異』すぎて、周囲の物理法則を書き換えてしまうから、
普通の戦士は立ってすらいられない」
レアの分析通りだった。 彼らは弱くて失敗したのではない。
それぞれの流儀において「完成」されすぎていたのだ。
パズルのピースで言えば、全員が「角」のピースのようなもの。
どこにも嵌まる場所がない。
グラウンドでは、煤だらけになった各国の代表たちが、
痛む体をさすりながら、しかし険悪な雰囲気で睨み合っていた。
「……貴官の防御範囲は広すぎる。あれでは私の狙撃ポイントがない」
エルフの隊長が、冷静だが刺々しく指摘する。
「何を言うか。貴様こそ、ワシの盾の振動に合わせて呼吸を変えろと言ったはずだ。
ワシの呼吸は岩盤のリズムだ。変えられん」
ドワーフが頑として譲らない。
「あーもう! お前ら遅すぎ! 俺のスピードについてこれないなら、置いていくぞ!」
獣人が尻尾をイライラと振る。
「……我々の重力下で動けないのが悪い。鍛え方が足りないのでは?
魔族が冷ややかに言い放つ。
喧嘩ではない。 互いに「正論」をぶつけ合っているのだ。
自分の流派の教科書通り、完璧に動いた。悪いのは、それに合わせられない相手の「規格」だ。 そう主張する彼らの溝は、感情的な喧嘩よりも深く、絶望的だった。
◆◆◆
「――そこまでだ」
道がグラウンドに降り立つ。
その表情は、怒ってはいなかったが、呆れてもいなかった。
ただ、冷徹な事実を突きつける教師のような顔だ。
「全員、起立」
道の静かな号令に、戦士たちが痛みを堪えて整列する。
「お前らの言い分は分かる。
全員、自分の国のマニュアル通り、100点満点の動きをした。
ミスをした奴は一人もいねぇ」
戦士たちの顔に、「ならば何故」という色が浮かぶ。
「だがな、カバディにおいて『個人の100点』の集まりは、チームとしては『0点』なんだよ」
道は、ボロボロになったドワーフの盾を指差した。
「ドワーフ。お前の盾は完璧だ。だが『閉じて』いる。
内側の味方すら拒絶する壁を作ってどうする?
それは城壁であって、連携じゃねぇ」
次にエルフを見る。
「エルフ。お前の攻撃は繊細だ。だが『脆い』。
綺麗な環境でしか撃てないなら、戦場じゃ役に立たねぇ。
泥の中でも、爆風の中でも、隣のドワーフが喚いていても当てられるのが本物だ」
そして、全員を見渡した。
「お前らは『完成品』だ。
だからこそ、他人の凸凹を受け入れる余地がねぇ。
……今のままじゃ、虚無獣の巣の前で、
お前らは互いの足を引っ張り合って全滅する。
断言してやるよ」
場の空気が重く沈む。
反論できない。
結果が全てを物語っているからだ。
「どうすればいいのですか、キャプテン」
氷刃王国の騎士が、悔しさを押し殺して問う。
「我々は、何十年もこのスタイルで戦ってきました。
今更、呼吸を変えろと言われても……」
「変える必要はねぇ。だが、『捨てる』覚悟を持て」
道は、自分の胸を拳で叩いた。
「今日から一週間。お前らには『手錠』をかけて生活してもらう」
「……は?」 全員が間の抜けた声を出す。
「文字通りの意味だ。
エルフとドワーフ。獣人と魔族。氷と炎。
相性の悪い奴同士でペアを作れ。
そして、食事も、移動も、寝る時も
……常に『手をつないだまま』過ごせ」
会場がどよめく。
「カバディ(生活)だ。
言葉で調整しようとするな。
理屈で合わせようとするな。
相手の脈拍、体温、筋肉の動き……それを肌で感じて、
『相手が息を吸った時に、自分がどう動けば邪魔にならないか』を体に叩き込め」
道はニヤリと笑った。
「プライドなんて高尚なもんは捨てろ。
相手のイビキのリズムまで把握して、初めて『連携』と呼べるんだ。
……拒否権はねぇぞ。
世界を救いたきゃ、隣の気に入らない奴と手を恋人繋ぎしろ。
今すぐだ!」
「えええええええっ!?」
悲鳴にも似た絶叫が上がる。
しかし、道は容赦しなかった。
レアがテラスでくすりと笑う。
「……荒療治ね。でも、理にかなっているわ。
『生理的な同期』。
頭でっかちな彼らには、一番必要な薬かもね」
こうして、世界最強の戦士たちによる、
地獄の(そして少し恥ずかしい)「手つなぎ合宿」が幕を開けた。 彼らが「阿吽の呼吸」を手に入れるまで、王都にはしばらく、悲鳴と怒号と、そして奇妙な連帯感が響き渡ることになる。
「個」が強すぎて、互いに邪魔し合う最強の戦士たち。
これでは虚無獣には勝てません。
そこで道が提案した「矯正プログラム」は……
「一週間、嫌いな奴と手をつないで生活しろ(寝食含む)」
次回、『二段ベッドの上下と、指先の会話』。
世界最強の戦士たちが、スープを飲むのに四苦八苦します。




