第41話 鉄の規律と七色の旗
女神国の王都近郊に建設された「世界カバディ連盟(WKA)本部」。
その巨大なスタジアムは、張り詰めた緊張感と、洗練された静寂に包まれていた。
「第3ゲート、サンド・スコーピオンズ(沙海拳宗)、入場準備完了」
「第5ゲート、フレア・イグニッション(炎の国)、待機列に整列済み」
「セキュリティ班、魔力探知正常。危険物、一切なし」
スタジアムを見下ろす貴賓室。
無数の魔導モニターと通信士たちの報告が飛び交う中、
レア・エルフェリアは冷徹な瞳で戦況図ならぬ「進行表」を睨んでいた。
「氷刃王国の列、少し間隔が狭いわ。
彼らは冷気を纏っているから、近くのスタッフが凍えないようにスペースを広げて。
それと、獣人チームの待機エリア、防音結界の出力を2%上げて。
彼らの高揚した鼓動が、隣のエルフたちの聴覚を刺激しないように」
次々と的確な指示を飛ばすレアの姿に、迷いはない。
彼女は今、単なる王女ではない。
世界連合軍の「総司令官」として、この歴史的な式典を完璧に制御していた。
「……見事なもんだ」
その背後で、我波 道が感心したように呟く。
道もまた、今日はいつもの動きやすいラフな普段着ではなく、
式典用の正装(といっても機能性を重視した特注のタクティカルスーツだが)に身を包んでいた。 慣れない襟元を少し窮屈そうに触りながら、道は眼下のフィールドを見やる。
「当然よ。あれから一ヶ月、私がどれだけ準備してきたと思っているの?
彼らは世界中から集まった英雄たちよ。
三流の喧嘩自慢を集めた地下格闘技場じゃない。
最高の敬意と、最高の規律で迎えるのが、ホスト国である私たちの責務だわ」
レアは振り返らずに答える。
以前のような、道の顔色を窺う少女の姿はそこにはない。
彼女はモニターの一つを指差した。
「それに、彼らにも『格』がある。
雑多に混ぜれば、無用なトラブルを生むだけ。
だから……」
『これより、世界対虚無獣・連合軍結成式典を開始します』
アナウンスと共に、ファンファーレが鳴り響く。
スタジアムの巨大な七つのゲートが、同時に開いた。
◆◆◆
それは、一種の芸術的な光景だった。
「北ゲートより入場! 『氷刃の城壁』!」
青白い冷気と共に、整然と行進してくるのは氷刃王国の重騎士団。
一糸乱れぬ足音が、彼らの統率力の高さを物語る。
「南ゲートより入場! 『灼熱の紅蓮隊』!」
対照的に、燃え上がるような熱気を纏って現れたのは炎の国の戦士たち。
しかし、彼らもまた暴れることはない。
王都防衛戦を経て、彼らは「熱さを制御すること」こそが強さだと学んでいる。
静かに燃える炎のように、堂々たる行進だ。
続いて、東からは砂漠の民『沙海の蠍』。
音もなく砂の上を滑るような独特の歩法で、不気味なほどの静けさを保って入場する。
そして、かつてチーム「風」の仲間だった者たちが率いる各国の精鋭たち。
ライラ率いるエルフ『森の狩人』。
バルド率いるドワーフ『鋼鉄の金剛』。
リィナ率いる獣人『疾風の牙』。
ノワール率いる魔族『深淵の影』。
七つのゲートから現れた七つの軍団は、
事前に引かれたラインに従い、
決して交わらぬよう、
しかし互いを尊重する距離感を保って整列した。
それぞれの国の旗が、風にはためく。
「……すごいな。軍隊だ」道が唸る。
かつてのような「個人の強さ」を誇示するだけの集団ではない。
彼らは国の威信を背負い、組織として完成された「代表チーム」だった。
だが、その完璧さが、逆に道の肌をピリつかせた。
(整いすぎている……)
その時だった。
「おい、そこ。ラインを越えているぞ」
整列が終わった静寂の中、ドワーフの列から低い声が上がった。
隣接する獣人チームの尻尾が、わずかにドワーフ側のエリアに入っていたのだ。
些細なことだ。
以前なら笑って済ませるか、あるいは取っ組み合いになっていただろう。
だが、獣人の戦士は冷ややかに答えた。
「……越えているのは、そっちの熱気だ。
暑苦しいんだよ、ドワーフ。
俺たちの『風』が乱れる」
「あぁん? 我々は計算された陣形を組んでいる。
貴様らのように野生任せではない」
ガチャリ。 ドワーフが斧の柄に手をかけ、獣人が爪を立てる。
殺気というよりは、プロ同士のプライドが火花を散らした瞬間だった。
「自分たちのやり方が一番だ」という、確固たる自信ゆえの排他性。
しかし、その火花が炎になる前に、スタジアムの大型モニターにレアの顔が大写しになった。
『――そこまで』
氷のような声だった。
拡声魔法を通したその声は、物理的な圧力すら伴ってスタジアムを制圧した。
『ドワーフ隊、獣人隊。
今この瞬間、貴方達は国境を越えました。
ここは私の指揮下にある「世界連合」の基地です。
許可なき闘争行為は、即ち「利敵行為」と見なします』
レアの視線が、騒ぎを起こした二人を射抜く。
『無駄な威嚇でマナを消費するなら、今すぐ帰国なさい。
私たちは「遊び」で集まったのではない。
世界を救うための「仕事」をしに来たのです。
……規律を守れない者は、私の設計図には不要です』
シン……と、スタジアムが凍りつく。
ドワーフと獣人はバツが悪そうに武器から手を離し、直立不動の姿勢に戻った。
他のチームも、レアの毅然とした態度に、改めて居住まいを正す。
この場の支配者が誰であるか、完全に理解させられたのだ。
『よろしい。
……皆様、ようこそ。
かつて私たちは、それぞれの場所で、
それぞれのカバディを磨き上げました。
貴方達の技術は素晴らしい。
完成されています』
レアの声が少し和らぐ。
しかし、次は道の方を見て、力強く頷いた。
『ですが、それは「国内最強」に過ぎない。
虚無獣の巣を攻略するには、その完成されたパズルを一度崩し、
新たな絵を描く必要があります。
……キャプテン、お願いします』
レアに促され、道が演台の前に立った。
数千人の視線が集まる。
かつてのチームメイトたち
―ライラ、バルド、リィナ、ノワールも、
今は各国の隊長としての顔で、
真剣に道を見つめている。
「……レアの言う通りだ」
道はマイクを握り、並び立つ七色の旗を見渡した。
「お前らは強い。
氷の盾は硬いし、炎の矛は鋭い。
エルフの連携も、ドワーフの結束も、文句なしだ。
……だが、今のままじゃ『足し算』にしかならねぇ」
道は、先ほどのドワーフと獣人の一幕を思い出しながら言った。
「さっきのいざこざ、ありゃ『自信』の裏返しだろ?
自分たちの流儀が完成しているからこそ、他のが混ざるのを『ノイズ』だと感じる。
綺麗に整列して、互いに干渉しないようにしている今の状態……。
それが、お前らの限界だ」
道は拳を掲げた。
「俺たちが目指すのは『掛け算』だ。
エルフがドワーフの盾を使い、獣人が氷の道を走り、魔族の重力で炎を加速させる。
そのために、今日からお前らのプライドをへし折る」
会場がざわめく。
しかし、それは反発ではなく、武者震いに似た反応だった。
彼らも薄々気づいているのだ。
自分たちの枠に閉じこもっているだけでは、あの「虚無王」のような存在には勝てないことを。
「総員、解散無し!
これより、種族混合による合同演習を開始する!
代表ユニフォームを脱げ!
今日からお前らは、ただのカバディ馬鹿に戻るんだ!」
「「「イエッ・サー!!!」」」
地鳴りのような返答がスタジアムを揺らす。
整然としていた列が、道の号令と共に動き出す。
レアがふぅ、と息を吐き、モニターから視線を外した。
「……何とか、第一段階はクリアね」
「ああ。だがあいつら、真面目すぎるぜ」 道が苦笑する。
「綺麗に整列しすぎて、逆に混ざり方が分かってねぇ。
……こりゃあ、最初の訓練は『大事故』になるかもな」
「想定内よ。一度壊して、組み直す。
そのためのスクラップ&ビルドだもの」
レアは不敵に微笑み、次の指示書を手に取った。
王都の空には、七つの国の旗がはためいている。
だが、それらが真に一つの旗印となるまでには、まだ多くの衝突と、破壊が必要だった。
世界中から英雄たちが集結しました。
しかし、彼らは「国ごとのチーム」としては完成されていますが、まだ「世界」としてはバラバラです。
綺麗に整列しすぎている彼らに、道が下した命令は――
「ユニフォームを脱げ! 混ぜこぜ(ミックス)だ!」
次回、『完璧すぎた不協和音』。
ドリームチーム結成!
……と思いきや、大事故が発生します。




