第39話 集結する星の鼓動
女神国の王都。
この世界で最も美しく、マナに愛されたと言われる白亜の城塞都市は今、ドス黒い絶望に飲み込まれようとしていた。
「ひるむな! 結界を維持しろ! 一匹たりとも通すな!」
近衛騎士団長の叫びが、爆発音にかき消される。
王都を包囲しているのは、地平線を埋め尽くすほどの虚無獣の大群。
そして、その先頭に立つ数体の「人型」――虚無将軍たちだった。
彼らは言葉を発しない。
ただ、指揮者のように腕を振るうだけだ。
すると、虚無獣たちが黒い霧状の「影」へと変化し、城壁や物理結界を煙のようにすり抜けていく。
「だ、だめだ! 剣が当たらない!」
「魔法も効かない! 奴ら、実体がないぞ!」
城壁の上で兵士たちが悲鳴を上げる。
物理攻撃無効。魔法攻撃対消滅。
最強の矛と盾を持っていたはずの人類は、成すすべなく蹂躙されていた。
ズズズズ……!
正門前の空間が歪み、巨大な虚無将軍の一体が、門を「透過」して城内へ侵入する。
その手が、逃げ遅れた兵士に伸びた。
「や、やめ……」
ドガァッ!!
兵士が消滅する寸前、横から飛び込んだ影が、将軍の腕を蹴り飛ばした。
「……チッ。やっぱ殴った感触がねえな」
我波 道が、痺れる足を振りながら着地する。
その背後には、荒い息を吐くレア・エルフェリアの姿があった。
二人は国境要塞から不眠不休で駆け戻り、そのまま防衛戦に参加していたのだ。
「道! 無事!?」 「ああ。だが、分が悪い」
道が睨みつける先で、蹴り飛ばされたはずの虚無将軍が、ゆらりと立ち上がる。
その体は陽炎のように揺らぎ、ダメージを受けた様子はない。
「攻撃が当たるのは一瞬。向こうが『触れてくる』時だけだ。
カウンターを合わせようにも、数が多すぎる」
道一人なら、神業的な回避とカウンターで凌げるかもしれない。
だが、守るべき王都は広大だ。無数の「影」が壁を抜け、市街地へ雪崩れ込んでいる。
「……終わりだ」
「王都が落ちる……!」
兵士たちの心が折れる音が聞こえた。
空を覆う黒い雲。迫りくる不死身の影。
希望など、どこにもないように見えた。
――その時だ。
ヒュオオオオオオオッ!!
東の空から、突風のような「音」が届いた。
いや、それは風切り音ではない。
何か巨大なものが、超高速で飛来する音だ。
「……なんだ?」
虚無将軍が空を見上げる。
次の瞬間。
ズドォォォォォォォォン!!!!!
王都の東門付近に着弾した「それ」は、凄まじい衝撃波を撒き散らしながら、群がる虚無獣たちを吹き飛ばした。
土煙が晴れると、そこにはクレーターの中心に突き刺さった、一本の巨大な「氷の槍」があった。
そして、その上に仁王立ちする、見覚えのある巨躯。
「ガハハハハ! 待たせたな道! 相変わらず貧弱な壁じゃのう!」
「……バルド!?」
道が目を見開く。
北方・氷刃王国へ行っていたはずのドワーフ、バルドだ。
彼は一人ではない。
その後ろから、氷の盾を持った騎士団と、戦斧を担いだドワーフの連合軍が、地響きを立てて現れた。
「通信が切れたくらいで死んだと思うなよ!
ワシらドワーフと氷の騎士が手を組めば、影ごとき氷漬けにして砕くのみじゃ!」
バルドの豪快な笑い声に、戦場がどよめく。
だが、驚きはそれで終わらなかった。
ゴオオオオオオッ!!
今度は南の森が燃え上がった。
紅蓮の炎を纏い、砲弾のように突っ込んできたのは、獣人族の戦士たちだ。
その先頭を走るのは、虎の耳と尻尾をなびかせた少女。
「遅いよバルドのおっちゃん! 一番乗りは私たちがもらうはずだったのに!」
「リィナ!」
チーム「風」の攻撃手、リィナだ。
彼女が引き連れているのは、炎の国の巨漢戦士たちと、獣人連邦のスピードスターたち。
本来なら相性最悪の「炎」と「獣」が、互いに手を取り合い、高速の炎となって戦場を駆け巡る。
「影だろうが何だろうが、燃やし尽くすまで殴ればいいんだよ! いけえええッ!」
そして、最後は西から。
ヒュンッ。
音もなく、虚無将軍の足元の砂が爆発した。
「……お待たせ。ちょっと砂嵐で遅れたわ」
砂煙の中から現れたのは、長い耳を持つエルフの美女――ライラだ。
彼女の背後には、砂漠の民である沙海拳宗の武闘家たちと、エルフの弓兵部隊が控えている。
静と動。砂と風。相反する二つの力が、美しい陣形を描いて展開する。
「ライラ……!」
レアがへたり込みそうになる足を踏ん張った。
涙が溢れてくる。
生きていた。みんな、生きていた。
それだけではない。
彼らは各国の生存者を率い、かつてない規模の「異種族連合軍」となって、この王都へ集結したのだ。
「……へっ、役者は揃ったな」
道がニヤリと笑う。
絶望的な包囲網は、今や逆に、世界中の猛者たちによる「逆包囲網」へと変わっていた。
「レア! マニュアルだ!」
「ええ!」
レアが懐から『世界統一カバディ戦術教本』を取り出し、高々と掲げた。
同時に、拡声魔法を最大出力で発動させる。
『全軍、聴きなさい!』
王女の声が、戦場の隅々まで響き渡る。
それは震える少女の声ではない。世界を統べる指揮官の声だ。
『敵は物理無効の「影」! 普通に殴っても当たりません! だから……「掴む」のよ!』
バルド、リィナ、ライラ、そして各国の戦士たちが一斉にレアを見る。
『ドワーフと氷刃は最前列で壁を作り、敵を受け止めなさい!
獣人と炎国は遊撃隊! 敵を壁へ追い込みなさい!
エルフと沙海は後方支援! 敵の足を止めなさい!』
レアがタクトを振るうように手をかざす。
『そして道が敵を掴んだ瞬間……全員で「繋がる」の!
世界中のマナを、エネルギーを、一つの巨大な鎖にして、奴らの「虚無」に流し込む!
腹が裂けるくらい、私たちの「生」を食らわせてやるのよ!』
その言葉の意味を、戦士たちは瞬時に理解した。 殴り合いではない。これは「綱引き」であり、命の押し付け合いだ。
「「「オオオオオオオオオッ!!!」」」
世界中の咆哮が重なった。
大地が震える。
虚無将軍たちが、初めて「後退」の姿勢を見せた。
彼らも本能で悟ったのだ。
目の前に現れたのは、ただの餌ではない。
自分たちを捕食しうる、巨大な「星の獣」だと。
「さあ、始めようぜ」
道が前に出る。
その背中には、世界中の仲間たちの視線と、信頼と、エネルギーが繋がっている。
「これが俺たちの、最初で最後の『世界合同作戦』だ。
……カバディッ!!!」
道のキャントと共に、人類史上最大の反撃が始まった。
星の鼓動が一つになり、虚無の闇を打ち払う光となって炸裂する。
次はいよいよ、決着の時だ。
氷の槍、炎の突撃、砂の爆発。 死んだと思われていた仲間たちが、世界中の戦士を引き連れて帰ってきました!
レアの指揮の下、種族を超えてつながる「逆包囲網」。
しかし、敵も奥の手を出してきます。
虚無将軍たちが融合し、天を突く巨人「虚無王」へ。
触れるだけで消滅する相手を、どうやって掴むのか?
空から「あのタイツ軍団」が降ってきます!
次回、第4章クライマックス。 『世界』。
星中の命を繋いで、ぶん投げろ!!




