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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
第4章:カバディ文化の世界拡散

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第38話 崩れゆく砂時計と沈黙の地図

国境要塞ベルグ・ミールでの劇的な勝利から一夜が明けた。

要塞の一室では、レア・エルフェリアが充血した目で羊皮紙に向かい続けていた。

机の上には、修正液と書き込みで真っ黒になった『世界統一カバディ戦術教本(最終稿)』が置かれている。

昨日の実戦データ――ドワーフとエルフの連携における「精神的障壁」の数値や、

我波道がば・どうの隠密サポートによる生存率の変動などを反映させ、マニュアルは極限まで洗練されていた。

「……できた。これで完璧よ」

レアが震える手で羽ペンを置く。

この一冊があれば、もう道が現場にいなくても、世界中の異種族たちが「自発的に」連携できるはずだ。

あとは、これを魔法通信で各国の司令部へ転送し、複写・配布させるだけ。

「お疲れさん。随分と根を詰めたな」

部屋の隅で仮眠を取っていた道が、身を起こしながら声をかける。

「ええ。一刻を争うもの。……嫌な予感がするのよ」

レアは窓の外、どんよりと曇った空を見上げた。

昨日の襲撃は撃退したが、空の「重さ」が変わっていない。

いや、むしろ増している気がする。

大気中のマナが怯えているような、奇妙な静けさ。

「通信室へ行きましょう。すぐにライラたちにも送らないと」

レアはマニュアルを抱え、道と共に部屋を出た。


◆◆◆


要塞の通信室は、普段なら各地からの定時連絡や、補給の要請で喧騒に包まれているはずだった。

だが、二人が足を踏み入れた時、そこには異様な「静寂」があった。

通信士たちが、蒼白な顔で魔導通信機にしがみついている。

ノイズ混じりの砂嵐の音だけが、シュァァァ……と響いている。

「……どうしたの? 雰囲気が暗いわよ」

レアが努めて明るく声をかけるが、誰も振り返らない。

一人の通信士が、震える手でヘッドセットを外し、レアの方を向いた。

「れ、レア様……。あの、その……」

「はっきり言いなさい。何が起きているの?」

「……繋がりません」

通信士が泣きそうな顔で言った。

「東方の沙海拳宗メルダ、南方の炎のフレア、北方の氷刃王国グラシア……。

 今朝未明から、全ての主要拠点との通信が途絶えました」

「……は?」

レアが持っていたマニュアルを取り落としそうになる。

一つなら分かる。魔導障害や、局地的な襲撃かもしれない。

だが、三カ国同時?

しかも、そこにはチーム「風」の主戦力であるライラ、リィナ、バルドがいるのだ。

あの手練れたちがいて、連絡すらできない状況などあり得ない。

「通信障害の原因は!? マナ干渉? それとも物理的な破壊?」

「わ、分かりません! ただ、最後に残された通信記録には、どれも『黒い影』という言葉が……」

通信士が再生スイッチを押す。

ノイズの向こうから、断片的な悲鳴と報告が聞こえてくる。

『……だめだ、物理攻撃が通じねぇ!

 拳が……奴らの体をすり抜ける!

 足元の流砂も、黒い靄に覆われて機能しねぇ!』(沙海拳宗)

『……馬鹿な!

 紅蓮の炎が効かない!?

 マナ吸収じゃない……炎そのものが「消された」!?

 奴らが触れた端から、熱エネルギーが無に還っていく!』(炎の国)

『……鏡面陣形、突破された!

 盾で防げない!

 奴らが……「影」となって盾の隙間から滲み込んでくる!

 ぐあぁぁっ!』(氷刃王国)

プツン。

通信が途切れる音。

それは死の宣告のように冷たく響いた。

「……嘘、でしょう?」

レアが膝から崩れ落ちそうになるのを、道が支えた。

顔色が悪い。

想定外だ。

彼女のシミュレーションでは、

どんな大規模な襲撃でも、

圧導カバディによる物理エネルギー攻撃があれば対応できるはずだった。

だが、敵はその「物理攻撃」そのものを無効化している?

「……進化してやがる」  道が低い声で呟く。

「え?」

「マナが効かないから物理で殴る。

 それが俺たちのカバディだった。

 だが奴らは、物理エネルギーすら対消滅させる『虚無ヴォイド』の力を手に入れたんだ」

道は拳を握りしめた。

炎を無効化し、盾を透過し、衝撃をすり抜ける。

通信にあった「影」とは、奴らが虚無の力で自身の実体を希薄化させた状態のことだろう。

それは「圧導」に対する、完璧なカウンター(天敵)だ。

「そんな……。じゃあ、私が作ったこのマニュアルは……」

レアは床に落ちた『世界統一カバディ戦術教本』を見つめた。

そこにあるのは、昨日の時点での「最新」戦術だ。

だが、敵が物理無効の「影」となっているなら、この教本は配られた瞬間に「過去の遺物」となる。

配る前に、対策されたのだ。

「間に合わなかった……。私の計算が遅すぎたせいで……! みんなが……!」

レアの呼吸が荒くなる。

ライラは? リィナは? バルドは?

自分がもっと早く理論を完成させていれば。

絶望が、黒いインクのように彼女の思考を塗り潰していく。

その時。

通信機のメインモニターが、警告音と共に明滅した。

今までのノイズとは違う、強力な割り込み信号。

『……こえ、ますか……。

 こちら……魔族領……ノワール・ヴェイル……』

「ノワール!?」

道が通信機に飛びつく。

ノワールは魔族領に残り、復興支援と「無限軌道」の指揮を執っていたはずだ。

『道か……。無事でよかった。……状況は把握しているか?』

「ああ。他国が全滅したかもしれねぇ。そっちはどうだ?」

『……ギリギリだ。「無限軌道」の重力結界でなんとか持ちこたえている。

 重力だけは、実体のない影にも干渉できるようでな。

 ……だが、道。奴らの親玉が出たぞ』

ノワールの声には、普段の冷静さを欠いた焦りが滲んでいた。

『「人型」だ』

「……なんだと?」

『獣じゃない。二本足で立ち、言葉らしきものを話し、影を統率する指揮官ジェネラル級だ。

 奴が……「カバディ」を使ってくる』

 室内の空気が凍りついた。

虚無獣が、カバディを使う?

『いや、正確には我々の逆だ。

 「反・カバディ」とでも言うべきか。

 呼吸を止め、循環を断ち切り、万物を「虚無」へと還す技……。

 奴が触れただけで、我々のチェーンが強制的に解除された』

「……マジかよ」

道は戦慄した。

物理無効の体と、連携チェーンを断ち切る技。

それはカバディプレイヤーにとって、最も戦いたくない相手だ。

『奴らは我々の戦術を学習し、模倣し、最適化している。  

 ……道。奴らの狙いは「中心」だ』

「中心?」

『世界地図を見ろ。各国の襲撃地点を結ぶと……奴らの進軍ルートは一点に収束する』

レアが弾かれたように壁の世界地図へ駆け寄った。

沙海、炎、氷刃、そして魔族領。

同時多発的に発生した襲撃ポイントから、赤い線を引く。

その線が交わる場所。

大陸の中央。全ての種族の交差点。

「……女神国エンシア。王都……!」

レアが青ざめる。

そこは彼女の故郷であり、人類ヒューマンの拠点であり、この世界の心臓部だ。

世界中を蹂躙した指揮官ジェネラルたちが、そこに集結しようとしている。

もし奴らが一つになったら、一体何が生まれるのか。想像するだけで身震いがした。

『奴らは本気でこの星を喰らい尽くす気だ。

 カバディという抵抗手段を覚えた我々を、最大の脅威と認識してな。

 ……通信が切れる。道、レア姫。

 生き残れ。そして――』

ザザッ……プツン。

ノワールからの通信も、そこで途絶えた。

後に残されたのは、完全なる沈黙と、地図上で王都を指し示す赤い線の不吉な交差だけ。

「……どうすればいいの」

レアの声が震える。

マニュアルは無意味化した。

仲間たちの生死も不明。

そして敵は自分たちの技術をメタった上で、王都へ迫っている。

あまりにも絶望的な状況。

「……レア」

道が静かに、床に落ちていたマニュアルを拾い上げた。

そして、レアの手を取って、それを強く握らせた。

「捨てんじゃねぇよ」

「え……? でも、もう対策されて……」

「対策されたなら、その上を行けばいい。

 影になって透けるなら、影ごと掴めるようになればいい。

 それが『生存競争サバイバル』だろ」

道の瞳には、絶望の欠片もなかった。

あるのは、強大な敵を前にした獰猛な狩人の光。

「ライラたちが簡単にくたばるタマかよ。あいつらは俺が鍛えたんだぞ?

 通信が切れたくらいで死んだと思ってんじゃねぇ。

 今は潜伏して、反撃の機会を待ってるに決まってる」

「……道」

「王都へ行くぞ。

 奴らがそこに集まるなら好都合だ。

 俺たちがそこで『最高のステージ』を用意して、世界中の生き残りに合図を送るんだ。

 『ここに集まれ』ってな」

道はニヤリと笑い、レアの背中をバシンと叩いた。

「配る手間が省けたじゃねぇか。

マニュアルは現地渡しだ。

世界合同作戦グランド・ミッションの会場は、女神国エンシア

……カバディの聖地で、最終決戦と行こうぜ」

レアは叩かれた背中の痛みにハッとして、涙を拭った。

そうだ。止まっている暇はない。

自分の書いた設計図は、まだ終わっていない。

最後のページには、勝利の文字を書き込まなければならないのだから。

「……ええ。行きましょう、キャプテン。

 世界を救うための、最後の笛を鳴らしに!」

二人は走り出した。

崩れゆく世界の中で、唯一残された希望の灯火を掲げて。

この瞬間は、絶望ではなく、世界最大にして最後の戦いへの宣戦布告となった。


マニュアルは無効化され、仲間との連絡も途絶。

絶望的な状況下で、敵の狙いが「王都」一点にあることが判明します。

「対策されたなら、その上を行けばいい」 道の言葉を胸に、二人は決戦の地へ走ります。

次回、王都防衛戦、開戦。 王都を埋め尽くす「影」の軍勢。

終わったかに見えたその時、空から、森から、大地から、頼もしい「轟音」が響きます!

次回、『集結する星の鼓動』。

お待たせしました。全員集合アベンジャーズの時間です!


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