第35話 漆黒の下半身と空気椅子の輪舞曲(ロンド)
サバンナの熱狂を後にしたチーム「風」の一行は、
大陸の最果て、
かつて虚無獣によって壊滅的な被害を受けた地――
魔族領へと足を踏み入れた。
そこは、昼なお暗い薄闇の世界だった。
空には常に厚い雲が垂れ込め、大地は黒く焼け焦げている。
しかし、その廃墟の中には、再建された黒曜石の建物が静かに、そして力強く立ち並んでいた。
「……静かだな。獣人の国とは大違いだ」
我波 道が馬車を降り、冷ややかな空気を吸い込む。
隣に立ったのは、魔族の代表であり、チームの影の守護者であるノワール・ヴェイルだ。
彼は漆黒のコートをなびかせ、サングラスの奥の瞳を故郷に向けた。
「我ら魔族は静寂と孤独を愛する。
……だが、復興のためには形振り構っていられない事情もある。
道、笑わないと約束してくれ」
「事情? お前がそこまで言うなんて珍しいな」
ノワールが珍しくバツが悪そうに顔を背ける。 道は首を傾げながら、案内された地下大修練場の扉を開けた。
◆◆◆
「「「フンッ……! フンッ……!」」」
地下空間に、押し殺したような呼吸音が響いている。
道は目の前の光景に、言葉を失った。
そこには数百人の魔族の戦士たちがいた。
彼らは、いかにも魔族らしい威厳に満ちている。
漆黒のマント、
棘のついた肩当て、
貴族のようなフリル付きのシャツ、
あるいは重厚な鎧。
それぞれが個性的で、強者のオーラを放っている。
だが、
「…………」
「…………」
全員、腰から下だけがピチピチの黒いタイツだった。
上半身は魔王軍の精鋭なのに、
下半身だけはエアロビクスのインストラクターか、
あるいはスピードスケートの選手のようだ。
数百人が整列していると、
遠目には「下半身だけ別次元の生き物」に見える。
「よく来てくれた……」
タイツ軍団の中から、一人だけ豪奢なマントを羽織り、
しかし下半身はやはりタイツの長身の男が進み出た。
魔族軍の将軍、ゼクスだ。
「ゼクス将軍、その格好は……クールビズか何かで?」
「笑うな、人間。これは『魔導遮断脚衣』だ」
ゼクスが苦渋の表情で説明する。
彼らが参考にしたのは、ノワールが開発した戦闘形態だった。
ノワールは自身の影を高密度に圧縮し、
ブーツのように足に纏うことで重力を制御していた。
だが、その高等技術を再現できる魔族は少ない。
「そこで開発されたのが、この不導体繊維のタイツだ。
これを履けば、我らの下半身に溜めた魔力は逃げ場を失い、
強制的に『圧縮』される。ノワール殿の状態を、物理的に再現しているのだ」
「なるほど、理屈は分かる。分かるが……」
道は視線を泳がせた。
上半身がカッコいいだけに、下半身のタイツの主張が激しすぎる。
「で、だ。道殿。
貴殿のカバディとやらを見せてもらったが……一つ言っておく」
ゼクスが腕を組み、キリッと言い放った。
「我らは魔族。手は繋がん」
「は? いや、手をつながないとエネルギー循環が……」
「断る! 美学に反する! 我ら魔族は孤高。手など繋げられん!」
そこは譲れないらしい。
下半身タイツは許容できても、手つなぎはNG。
魔族のプライドの基準は独特だ。
「だが、循環が必要なのは理解した。
そこで我々は、魔族独自の『システム』を構築した」
ゼクスがパチンと指を鳴らす。
タイツ軍団が動いた。
「陣形、『魔界の螺旋回廊』!!」
号令と共に、魔族たちが円を描くように整列する。
そして全員が同時に、腰を深く落とした。
何も無い空間に座る、空気椅子の姿勢だ。
「魔族流・重力魔法による姿勢維持……!」
ノワールが解説する。
彼らは円形に並び、
前の者が、
後ろの者の空気椅子によって作られた「膝(に見立てた空間)」に、
腰を下ろした。
さらにその後ろの者も座る。
数百人が互いの空気椅子に座り合い、巨大な円環構造が出来上がった。
「そ、そして……手は!」
道が見守る中、彼らは両手を前に伸ばし、
スッ……と、前の人の「肩」に置いた。
「「「装着……完了」」」
全員が真顔で、前の人の両肩に両手を置いている。
見た目は完全に、幼稚園児の「電車ごっこ」もどきだ。
上半身はいかつい魔族たちが、
下半身タイツで繋がり、
肩に手を置いている。
シュールという言葉では生ぬるい。
「行くぞ! 圧縮駆動、開始!」
ゼクスが叫ぶ。
「「「イエス・マイ・ロード!!」」」
次の瞬間、円環全体が動き出した。
全員がリズムを合わせ、腰を前後に揺らし始めたのだ。
ワッせ、ワッせ。
ワッせ、ワッせ。
「……なんだその動きは!? 踊ってるのか?」
道が驚愕すると、ノワールがサングラスの奥で目を細めた。
「違うぞ、道。あれは踊りではない。『機関』だ」
「エンジン?」
「他種族のカバディは、
個々が体内でマナ圧縮を行い、
それを手をつなぐことで循環させているだろう?
だが、このシステムは根本が違う」
ノワールが、ワッせワッせと揺れる黒タイツの脚部を指差した。
「あの前後の反復運動そのものが、
マナを圧縮する『ピストン』の役割を果たしているのだ。
全員が同じ角度、
同じ速度で揺れることで、
タイツの中のマナが物理的に押し潰され、
高圧化する」
道はハッとした。
獣人やドワーフは「エネルギーを作ってから、合わせる」だった。
だが魔族は、「合わせる動きによって、エネルギーを作る」のだ。
「つまり、動きそのものが圧縮装置……!」
「そうだ。エネルギーの発生源が『同期した動き』にある以上、
その波長がズレることはあり得ない。
個人の呼吸に頼る他種族とは比べ物にならない、
完全なる『共振』が生まれる」
ワッせ、ワッせ。
数百人の魔族が、無表情で前後に揺れている。
見た目はシュールな電車ごっこだ。
だが、その中心には、笑い事では済まされないほどの重力場が発生し、空間がひしゃげていた。
「ぐ、おおおお……!
完璧だ、完璧な同期だ!」
「前の者の揺れが、俺の揺れを加速させる……!
圧縮が止まらない!」
肩から肩へ。太腿から太腿へ。
強制的に同期された動きは、
個人の意思を超えた巨大なシステムとなり、
幾何級数的にエネルギーを増大させていく。
「見よ! これぞ魔族の知恵と科学の結晶!
名付けて『魔導・無限軌道』!!」
ゼクスが高らかに宣言する。
ワッせ、ワッせ、と揺れながら、魔族たちが誇らしげに胸を張る。
上半身の威厳と、下半身のタイツと、愛らしい動き。
その全てが、恐ろしいほどの破壊力を生み出している。
「……カバディというより、永久機関に近いな」
道は引きつった笑みを浮かべながらも、その威力に戦慄した。
手をつながずとも、心を通わせずとも、「システム」によって最強の連携を生み出す。
それは実に、理屈っぽくて不器用な魔族らしい答えだった。
「うむ!
我らは歩みを止めん!
いつの日かこのタイツを脱ぐその日まで、
座りながら進み続けるのだ!」
こうして、魔族領には独自のスタイルが確立された。
上半身は精鋭魔族、
下半身はエアロビ。
肩に手を置き、リズムよく揺れる「魔導・無限軌道」。
その光景はあまりにもシュールで、
他国から来た視察団を困惑させたが、
発生する重力振動の威力だけは、
間違いなく世界最強であった。
「魔導・無限軌道」。
見た目は「黒タイツの電車ごっこ」ですが、威力はブラックホール級でした。
これで主要4カ国の指導が完了。
世界中に「本物のカバディ」が植え付けられました。
これらを束ねるのは、王女レアの仕事。
バラバラな種族の特性を、どうやって一つの戦術に組み込むのか?
次回、『王女の描く設計図』。
レア様が徹夜で書き上げた「最強の攻略本」が完成します。




