第32話 森の賢者と高周波の刃
チーム「風」を乗せた馬車は、石造りの王都を離れ、深く濃い緑の匂いが立ち込める森へと進んでいた。
世界巡業の最初の目的地は、大陸北西部に広がる大森林地帯――エルフたちの自治区である。
「道、そろそろ着くわよ。心の準備はいい?」
御者台から、エルフの弓使いであるライラが声をかけてくる。
彼女は里帰りが嬉しいのか、いつもより少し声が弾んでいるようだった。
馬車の中で、我波道は腕を組み、不機嫌そうに唸った。
「準備も何も、俺は憂鬱なんだよ。エルフってのはプライドが高いんだろ?
俺みたいな人間族の指導なんて、本当に聞き入れるのか?」
「あら、それは逆よ」
答えたのは、道の隣に座る師範――エルフのセリアだった。
彼女は道に「静の呼吸」を教えた師匠であり、この森の出身でもある。
「エルフは『呼吸』と『調和』を重んじる種族です。
あなたが虚無獣を倒したあの呼吸法……
彼らにとっては、まさに神の御業に見えているはず。
むしろ、独自に研究しすぎている点が心配ですが」
「……独自に研究、か。嫌な予感がするな」
道が呟いたのと同時に、視界が開けた。
巨木をくり抜いて作られた荘厳な住居群。
空中に架けられた蔓の橋。
そして、その中央広場には、何百人ものエルフたちが整列して待ち構えていた。
彼らは一斉に道の方を向き、深々と頭を下げる。
「ようこそ、『呼吸の聖人』よ!!」
「……誰が聖人だ」
◆◆◆
歓迎の宴もそこそこに、道はすぐに「現状の確認」を申し出た。
案内されたのは、森の奥深くにある「聖なる演舞場」。
そこには、エルフの選抜戦士たち七人が、ゆったりとしたローブを纏って待機していた。
「我らが研究し、洗練させた『エルフ式カバディ』。とくとご覧ください」
長老が誇らしげに杖を掲げると、七人のエルフが手をつないだ。
優雅に、ふわりと。
まるでダンスのパートナーの手を取るように。
そして攻撃手となる一人の若きエルフが進み出る。
彼は目を閉じ、天を仰ぎ、口を開いた。
「カ〜バ〜ディ〜♪ カ〜バ〜ディ〜♪」
――歌だ。
透き通るような美声が、森の木々に反響する。
すると、守備側の六人もまた、その歌声に合わせるように、
口を閉じたまま「ン〜〜〜」と美しいハミングを奏で始めた。
レイダーの歌と、アンティの和音が重なり、森全体が共鳴するような幻想的な空間が生まれる。
「素晴らしい……これぞ調和!」
長老が涙ぐんで拍手をする中、
「……止めろ」
冷や水を浴びせるような道の声が響いた。
演奏――いや、試合が止まる。エルフたちが不満げに道を見た。
「何かご不満でも?
この『共鳴唱』は、
全員で声を合わせることで森のマナと一体化し……」
「一体化してどうする。全員で仲良く死ぬ気か?」
道はスタスタと広場の中央へ歩み寄り、守備側のエルフたちの手元を指差した。
「まずアンティだ。お前ら、なんでハミングしてる?」
「え? それは……体内が高揚し、エネルギーが溢れそうになるので、声に出して調律を……」
「それが間違いだ!」
道は守備手二人の手を取り、強引にガッチリと握手させた。
「アンティは声を出すな。キャント(排気)が必要なのは、体内の圧力が限界を超えた時だけだ。
お前たちがハミングしたくなるのは、手つなぎ(チェーン)が緩すぎて、
エネルギーが隣に流れていないからだ!」
道は理論をまくし立てる。
カバディにおいて、守備手は手をつなぐことで一つの巨大な生命体となる。
エネルギーは個人の内側に留めるのではなく、チェーンを通して仲間へ循環させるのだ。
「循環させれば、個人の限界を超えたエネルギーも制御できる。
排気なんて必要ない。
黙って手をつなげ!
強く!
血管が脈打つのを互いに感じるくらいにだ!」
言われた通り、エルフたちが強く手を握り合う。
すると、ハミングが止まった。声に出して逃がさなくても、
エネルギーが隣へ、その隣へと川のように流れ始めたのだ。
「そうだ。その循環の中で増幅されたエネルギーを、
誰か一人――攻撃を仕掛ける『刃』となる人間に集めるんだ。
それがアンティの狩りだ」
エルフたちの顔色が変わる。
心地よい合唱の時間は終わり、張り詰めた沈黙と、肌を焼くような熱量がチェーンの中を駆け巡る。
「次はレイダー、お前だ」
道は、歌っていた青年に向き直った。
「お前のそれはキャントじゃない。
ただの歌だ。
音程を整えることに意識を使って、腹圧が甘い」
「し、しかし、我らエルフは人間のように野太い怒号は出せません」
「誰が野太い声を出せと言った?
お前たちの喉の構造と、その肺活量を活かせ」
道は青年の横隔膜に手を当てた。
「キャントは安全弁だ。体内のエネルギーを極限まで圧縮し、
暴発する寸前で少しだけ弁を開く。
……エルフの喉でそれをやれば、どうなると思う?」
青年は困惑しながらも、道の指示通りに息を吸い込んだ。
美しく歌うためではない。
体内に莫大なマナを取り込み、圧縮し、肺が軋むほど圧力を高める。
苦しい。熱い。吐き出したい。
だが、道は「まだだ」と目で制する。限界の、その先へ。
「……今だ、吐け!」
青年が唇を僅かに開き、圧縮された空気を一気に噴出した。
「キィィィィィィィンッ!!(カバディカバディ……ッ!)」
それは歌声ではなかった。
金属をガラスで擦ったような、耳をつんざく超高音。
周囲のエルフたちが耳を塞いでうずくまる。
近くの木の葉が、カミソリで切られたようにパラパラと落ちた。
「な、なんだこれは……!?」
「『高周波キャント』だ」
道はニヤリと笑った。
「野太い声が出せないなら、圧力で周波数を上げればいい。
その超音波は、それ自体が敵の平衡感覚を狂わせる『武器』になる。
歌って魅了するんじゃない、音で刺すんだ」
呆然とするエルフたち。
しかし、その目には次第に興奮の色が宿り始めた。
アンティは沈黙の中でエネルギーを循環させ、不可視の要塞となる。
レイダーは高周波を纏い、触れる前から敵を切り刻む音の弾丸となる。
「……すごい。これなら、勝てる」
「美しさなど二の次だ。我らは狩人なのだから」
ライラが満足そうに弓を鳴らし、セリアが深く頷く。
「さあ、理屈が分かったら実践だ!」
道が手を叩いた。
「レイダーはその喉が焼き切れるまで高音を刻め!
アンティは手が鬱血するまで離すな!
循環と増幅、そして一撃必殺の音響兵器……
それがお前たちの『エルフ式カバディ』だ!」
森に、耳をつんざく高周波の嵐が吹き荒れ始めた。
優雅な歌劇は終わりを告げ、ここにより凶悪で、
より生存本能に忠実な「狩りの流儀」が産声を上げたのである。
「カ〜バ〜ディ〜♪」 優雅にハミングしていたエルフたちを一喝し、「高周波兵器」へと改造した道。 美しい森に、耳をつんざく超音波が響き渡りました。
これで遠距離攻撃もバッチリですね。
次はドワーフの国。
「岩のように硬い」彼らは、果たしてどんな勘違いをしているのか?
……嫌な予感しかしません。
次回、『鋼鉄の肉体と循環する城壁』。
息を止めてはいけません。死にますよ




