第31話 狩人の系譜
かつて魔族領を壊滅させた厄災「虚無獣」の中型種を撃退し、
王都への帰還を果たした異種族混成チーム「風」。
その功績は、一夜にして大陸全土へ轟くこととなった。
世界は初めて、剣でも魔法でもなく、「手をつなぎ、呼吸を合わせる」という奇妙な戦術が、
絶対的な脅威を退けたことを知ったのである。
だが、そのチームのリーダーである元カバディ日本代表エース、我波 道は、
女神国の城内執務室の窓から外を眺めながら、
今にもガラスを粉砕しそうなほど拳を握りしめていた。
「……違う。そうじゃない」
「何が違うのよ、道。
あなた今、世界を救った英雄扱いよ?
外を見てみなさいよ、あなたへの称賛の声で溢れてるわ」
女神国の第一王女であり、チームのマネージャー兼司令塔を務めるレア・エルフェリアが、
山積みの書簡を整理しながら呆れたように声をかける。
道は窓枠に額を押し当てたまま、呻くように言った。
「英雄とかはどうでもいい。
問題はそこじゃない。
……外を見てみろ、レア。
あいつらが『何』をしているかを」
レアが不思議そうに窓際へ寄り、城下町を見下ろす。
そこには、虚無獣への恐怖から自警団を結成した市民や、駐留する兵士たちの姿があった。
彼らは広場に集まり、あの日の「風」の戦いを模倣しようと訓練に励んでいる。
攻撃役らしき男が、何やら絶叫しながら守備役たちへ突っ込んでいる光景が見えた。
「『ウォォォォォォ! カバディッ!!』」
一発、大声で怒鳴り、あとは無言で突進する男。
守備側はそれを、おっかなびっくり手を繋いで受け止めようとしている。
「……死ぬ気か、あいつらは」
道の声は低く、そして冷ややかだった。
それは単なる不満ではない。
戦場における指揮官の焦燥だった。
「レア、あれじゃあ虚無獣の前では一秒も持たない。ただの餌だ」
「え? でも、真似てるわよ? 形は」
「形だけだ。中身が空っぽなんだよ!」
道が振り返る。
その瞳には、かつて日本で――いや、幼少期から叩き込まれてきた「理屈」が燃えていた。
「いいか、キャント(連呼)は気合を入れるための叫び声じゃない。『安全弁』だ」
道は自身の胸を指差した。
「俺たちマナ不導体や、カバディを習得した戦士は、
体内で極限まで練り上げたエネルギーを循環させる。
だが、その圧力は高すぎれば自身の肉体を内側から破壊しかねない。
だから、息を吐き続け、声を出し続けることで、
高まった内圧を程よく逃がすんだ。
キャントはエンジンを焼き付かせないための排熱システムなんだよ!」
道の脳裏に、かつての師たちの言葉が蘇る。
幼少期、彼には三人の師がいた。
一人は、体幹のスペシャリストであった母。
彼女からは鋼のようなインナーマッスルと、インドのヨガに通じる呼吸法を授かった。
一人は、父の親友であり、怪我で引退を余儀なくされたカバディ元インド代表候補の男。
彼からは、現代カバディの精緻なルールと、ミリ単位の駆け引きという「技術」を学んだ。
そしてもう一人――父だ。
若き日にインドを放浪し、現地の古老から「原始のカバディ」を学んだ空手家。
父は幼い道にこう言った。『道よ、カバディはスポーツである前に“狩り”だ』と。
「カバディの発祥は、インド地方の狩人が、手をつないで猛獣を追い込んだ狩猟法にあると言われている。
単独では勝てない獣を、集団で囲い込み、仕留めるための生存術だ」
道は窓の外の兵士たちを指差す。
「あいつらのチェーン(手つなぎ)を見てみろ。
ただ横に並んでいるだけだ。
あれじゃ獣は逃げるし、逆に食い殺される。
狩人のチェーンじゃない。
……父さんが見たら、鼻で笑うだろうな」
道の父は、母との馴れ初めも「インドで野良の虎から母を守ったこと」だと豪語していた。
その時、父が使ったのもまた、現地の師から学んだカバディの理合だったという。
競技としてのカバディと、生存術としてのカバディ。
その両方を「英才教育」として叩き込まれてきた道にとって、
今の広場の光景は、あまりにも危うい「ごっこ遊び」に過ぎなかった。
「虚無獣を倒すには、体内でマナ圧縮を行った上で、それを物理的振動エネルギーとして敵に叩き込むしかない。
それができる唯一の技術がカバディだ。
……だが、あんな見様見真似じゃ、エネルギーが逆流して自爆するのがオチだ」
道は悔しそうに唇を噛んだ。
自分の技術が世界に広まるのはいい。
だが、本質を理解しないまま「奇跡の儀式」として広まれば、
多くの者が虚無獣に挑んで無駄死にするだろう。
それは、彼を育ててくれた三人の師への冒涜でもあった。
「でも、世界は『それ』を求めているのよ」
レアは静かに、しかし力強く、机上の書簡を道へ押しやった。
エルフ、ドワーフ、獣人、魔族……各国の紋章が押された招待状の山だ。
「彼らも馬鹿じゃない。
自分たちの真似事が、本物に遠く及ばないことに気づき始めている。
だからこそ、あなたを呼んでいるのよ。『狩りの仕方』を教えてくれと」
道は招待状を一枚手に取った。
そこには切実な求道の言葉が並んでいる。
――我らに、魔を狩る術を。真の呼吸を。
「……ハッ」
道の口元が緩んだ。
かつて、インド人の師匠は道にこう言った。
『君は私を超えた』と。
そして父は言った。
『道、お前は最強の狩人になれ』と。
その言葉の意味を、異世界に来てようやく完全に理解できた気がした。
「わかったよ、レア。
俺も、中途半端なままで終わらせるのは性に合わない」
道は深く息を吸い込んだ。肺が大きく膨らみ、全身に力が満ちていく。
それは単なる酸素の摂取ではない。戦うためのエネルギー循環のスイッチだ。
「俺が現地に行って、間違った認識を全部ぶっ壊してやる。
スポーツとしてのルールと、狩猟術としての本能……その両方を、一から叩き込んでやる」
「ふふ、やっといつもの顔になったわね」
レアが満足そうに微笑む。
道は拳を鳴らし、決意を込めて宣言した。
「行くぞ。世界巡業だ。
俺たちのカバディが、この世界で生き残るための『最強の生存戦略』だってことを、
骨の髄まで分からせてやる!」
こうして、チーム「風」の新たな戦いが幕を開ける。
それは単なる技術指導ではない。
遥か昔、異界の狩人たちが編み出した「獣を狩る術」を、
このファンタジー世界に正しく継承させるための、大いなる伝導の旅の始まりだった。
世界を救ったことで、カバディがブームになりました。
しかし、広まったのは「形だけの真似事」。
「キャントは気合じゃねぇ、排熱システムだ!」
激怒した道は、間違った常識をぶっ壊すため、世界中を回る「カバディ伝導の旅」に出ることを決意します。
次回から、怒涛の「世界巡業」編がスタート!
まずはエルフの森へ。 ……エルフのカバディって、まさか歌うんですか?
次回、『森の賢者と高周波の刃』。
歌って踊れるカバディ、開幕。




