第30話 世界(あなた)の呼吸
世界連合都市の地下深くに設けられた特別独房。
厚さ1メートルの魔導合金製ドアの向こうで、道は捕らえた男と対峙していた。
男の名は、自称「庭師」の使い走り。
両手両足を拘束され、魔力封じの枷を嵌められているにもかかわらず、その表情には薄気味悪い笑みが張り付いている。
「……それで? 僕を拷問して、何を聞き出したいんです?」
男は挑発的に言った。
「アジトの場所?
ボスの正体?
無駄ですよ。
僕たちは“個”であり“全”。
僕がここで死んでも、計画は止まらない」
道は、パイプ椅子に逆向きに座り、じっと男の目を見据えていた。
怒鳴りもせず、殴りもしない。
ただ、静かに呼吸を整えている。
「……お前らの目的は、なんだ」
道が問う。
男は鼻で笑った。
「目的? そんな俗なものじゃない。『治療』ですよ」
「治療?」
「この世界はマナという病に侵されている。
肥大化しすぎた文明、争い続ける種族……。
だから我々が、一度すべてを“リセット”してあげるんです。
虚無獣(抗体)を使ってね」
男の瞳が、狂信的な光を帯びる。
彼は本気で信じているのだ。
自分たちが世界を滅ぼすのではなく、救済するために殺戮を行っていると。
「リセットだと……。ふざけるな」
道が立ち上がった。
その瞬間、独房の空気が変わった。
スゥゥゥ……ッ。
道が大きく息を吸い込む。
ただの深呼吸ではない。
肺に限界まで空気を詰め込み、腹圧を高め、全身の毛穴という毛穴を引き締める。
「カバディ」の予備動作。
だが、今の道は攻撃のためにそれを行ったのではなかった。
(……聞こえる)
道は、男の言葉ではなく、その「生体リズム」を聞いていた。
心拍数。
血流の音。
筋肉の収縮。
そして――男の体内を巡る、微弱なマナの揺らぎ。
これまで道は、自分自身の体内(内圧)にしか意識を向けてこなかった。
「マナ不導体」である自分は、外の世界のマナを感じ取れないと思っていたからだ。
だが、仲間たちと共に極限の戦いをくぐり抜けた今、彼の感覚は変質し始めていた。
(自分の内側にある「無」を通して……外側の「有」が、逆説的に見えてくる)
まるで、完全な静寂の中にいるからこそ、針が落ちる音が聞こえるように。
マナを持たない道だからこそ、世界に満ちるマナの奔流(呼吸)を、
誰よりも敏感に感じ取れるようになっていた。
「……ッ!?」
男の笑みが凍りついた。
何もされていないはずなのに、巨大な猛獣に喉元を噛まれたような錯覚。
道の「圧」が、物理的な接触なしに、空間そのものを支配していた。
「治療だの、リセットだの、御託はいい」
道が、男の耳元で囁く。
「お前らの“心臓”の音が聞こえるぞ。
……焦ってるな?
世界中が手をつなぎ始めたのが、そんなに怖いか」
「ひ、ひぃっ……!?」
男はガタガタと震え出した。
心を見透かされた恐怖ではない。
生物としての格の違いを、本能レベルで理解させられたのだ。
「……言っておくぞ。
俺たちは、お前らが刈り取ろうとしている雑草じゃない。
根を張り、絡み合い、コンクリートすら突き破る……しぶとい“生命”だ」
道が部屋を出ようと背を向けた時、男が引きつった声で叫んだ。
「お、遅い……!
もう遅いんだ!!
『虚無災主』様は目覚めた!
世界中の巣は、ただの餌場じゃない……あれは“祭壇”だ!
お前らが束になったところで、神の指先一つで――」
バチュンッ。
湿った音がして、男の言葉が途切れた。
振り返ると、男の身体は内側から黒い泡となって弾け、影の中に溶けて消滅していた。
情報漏洩を防ぐための、口封じの呪いか。
「……神様、ね」
道は眉一つ動かさず、独房を後にした。
だが、その手は微かに震えていた。
恐怖ではない。
先ほど感じ取った「世界の呼吸」の中に、確かに混じっていたのだ。
遥か彼方、地の底から響く……星そのものを食い破ろうとする、圧倒的な「飢餓」の鼓動が。
◆◆◆
地上に戻ると、そこには仲間たちが待っていた。
ノワール、レア、バルド、ライラ、リィナ。
そして、各国の代表たちや、これから「カバディ」を学ぶために集められた将軍たちが、
ずらりと整列している。
空の色が変わっていた。
夕焼けではない。
地平線の彼方が、毒々しい紫色に染まり、雲が渦を巻いている。
世界中の「巣」が活性化し、マナの大気循環に異常をきたしているのだ。
「……始まったようだな」
ノワールが空を見上げて呟く。
その横顔には、王族としての覚悟が宿っていた。
「道。各国の生産ラインはフル稼働だ。
スーツの量産は、三日あれば第一陣が揃う」
「各部隊の編成も完了しました!」
レアが報告する。彼女の手には、世界地図と作戦書が握られている。
「炎、氷、砂、森……。すべての国が、国境を越えて連合軍を結成しました。
総司令官は、あなたです。道」
数千、数万の視線が、道に集まる。
かつて「異物」と蔑まれ、孤独だった男。
それが今、世界の命運を背負う中心として立っている。
道は、大きく息を吸い込んだ。
(聞こえるか、俺の身体。
これからお前は、この世界そのものをコートにして走るんだ)
先ほどの独房で感じた「進化の兆し」。
自分の呼吸と、世界の呼吸を合わせる感覚。
これがあれば、何万人の兵士がいようと、
一つの巨大な生き物のように動かせるかもしれない。
「……全員、よく聞け」
道の声が、拡声器もなしに広場全体へ響き渡った。
腹の底から響く、重厚な圧導による倍音。
「敵は神を名乗る化け物だ。
世界をリセットするとか抜かしてる。
……上等だ。
俺たちは、そんなもん望んじゃいない」
彼は拳を空へ突き上げた。
「これより、世界合同対抗戦を開始する!!
ルールは一つ!
隣の奴と……『手を握れ』!!」
「「「……!?」」」
兵士たちがざわめく。
戦場での心得として、あまりにも単純すぎる命令だったからだ。
だが、道は続けた。
「異種族だからなんだ。
言葉が違うからなんだ。
そんなもんは関係ねぇ。
俺たちの戦い方『圧導』は、一人じゃ完成しない。
一人の圧より二人、二人より三人……
手を繋げば繋ぐほど、その圧力は幾何級数的に跳ね上がる!」
道は、隣にいたバルドの手をガシッと掴んだ。
バルドがニカっと笑い、その反対の手でライラの手を掴む。
ライラがリィナの手を、リィナがレアの手を、
そしてレアが……少し躊躇したノワールの手を強引に掴む。
6人の輪ができる。
その瞬間、彼らの間に目に見えるほどのマナの奔流が生まれ、
巨大な防壁となって空へ立ち昇った。
「見ろ! これが『チェーン』だ!」
道が叫ぶ。
「特別な誰かが活躍するなんて、たかが知れてる。
ヒーローごっこは終わりだ。
ここにいる全員、一匹残らず存在することに意義がある!
全種族、全員が力を合わせ、巨大な鎖となって世界を縛り上げる!」
彼の言葉に、兵士たちの迷いが消えていく。
炎の国の将軍が、氷の騎士の手を掴んだ。
獣人が、エルフの手を掴んだ。
次々と連鎖していく、握手の波。
「攻めるんじゃない。守り抜くんだ。
俺たちの世界を、俺たちの手で!
そこにこそ……世界を守る『アンティ』の真髄がある!!」
「「「オオオォォォォォォッ!!!!」」」
世界中の戦士たちの咆哮が、紫色の空を震わせた。
それは、絶望に対する人類の、最初で最大の反撃の狼煙。
魔族も、人間も、エルフも、ドワーフも、獣人も。
種族の壁を越え、何万という手が繋がった瞬間。
道は、眼前に広がる光景を見てニヤリと笑った。
「忙しくなるぞ。
……さあ、世界にカバディを教えてやろうぜ」
風が吹いた。
それは生ぬるい風ではない。
戦いの始まりを告げる、鋭く、熱い嵐だった。
「隣の奴と、手を握れ!」 かつて孤独だった男が、世界中の軍隊に向かって「つながり」を説く。
数万人が手をつなぐ「巨大な鎖」の誕生です。
これにて第3章「技術革新・世界連合編」、完結! 次はいよいよ第4章。
神を名乗る『虚無災主』との全面戦争です。
世界中のマナが枯渇し、魔法が使えなくなる中、
唯一機能するのは――呼吸と筋肉、そして仲間とつないだ手だけ。
最大のカバディ大会、開幕です!
次回、第4章『呼吸する世界』編へ続く!
(※ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
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