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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
第3章:虚無獣の脅威

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第30話 世界(あなた)の呼吸

世界連合都市の地下深くに設けられた特別独房。

厚さ1メートルの魔導合金製ドアの向こうで、道は捕らえた男と対峙していた。

男の名は、自称「庭師ガードナー」の使い走り。

両手両足を拘束され、魔力封じの枷を嵌められているにもかかわらず、その表情には薄気味悪い笑みが張り付いている。

「……それで? 僕を拷問して、何を聞き出したいんです?」

男は挑発的に言った。

「アジトの場所?

 ボスの正体?

 無駄ですよ。

 僕たちは“個”であり“全”。

 僕がここで死んでも、計画は止まらない」

道は、パイプ椅子に逆向きに座り、じっと男の目を見据えていた。

怒鳴りもせず、殴りもしない。

ただ、静かに呼吸を整えている。

「……お前らの目的は、なんだ」

道が問う。

男は鼻で笑った。

「目的? そんな俗なものじゃない。『治療』ですよ」

「治療?」

「この世界はマナという病に侵されている。

 肥大化しすぎた文明、争い続ける種族……。

 だから我々が、一度すべてを“リセット”してあげるんです。

 虚無獣(抗体)を使ってね」

男の瞳が、狂信的な光を帯びる。

彼は本気で信じているのだ。

自分たちが世界を滅ぼすのではなく、救済するために殺戮を行っていると。

「リセットだと……。ふざけるな」

道が立ち上がった。

その瞬間、独房の空気が変わった。

スゥゥゥ……ッ。

道が大きく息を吸い込む。

ただの深呼吸ではない。

肺に限界まで空気を詰め込み、腹圧を高め、全身の毛穴という毛穴を引き締める。

「カバディ」の予備動作。

だが、今の道は攻撃のためにそれを行ったのではなかった。

(……聞こえる)

道は、男の言葉ではなく、その「生体リズム」を聞いていた。

心拍数。

血流の音。

筋肉の収縮。

そして――男の体内を巡る、微弱なマナの揺らぎ。

これまで道は、自分自身の体内(内圧)にしか意識を向けてこなかった。

「マナ不導体」である自分は、外の世界のマナを感じ取れないと思っていたからだ。

だが、仲間たちと共に極限の戦いをくぐり抜けた今、彼の感覚センスは変質し始めていた。

(自分の内側にある「無」を通して……外側の「有」が、逆説的に見えてくる)

まるで、完全な静寂の中にいるからこそ、針が落ちる音が聞こえるように。

マナを持たない道だからこそ、世界に満ちるマナの奔流(呼吸)を、

誰よりも敏感に感じ取れるようになっていた。

「……ッ!?」

男の笑みが凍りついた。

何もされていないはずなのに、巨大な猛獣に喉元を噛まれたような錯覚。

道の「圧」が、物理的な接触なしに、空間そのものを支配していた。

「治療だの、リセットだの、御託はいい」

道が、男の耳元で囁く。

「お前らの“心臓”の音が聞こえるぞ。

 ……焦ってるな?

 世界中が手をつなぎ始めたのが、そんなに怖いか」

「ひ、ひぃっ……!?」

男はガタガタと震え出した。

心を見透かされた恐怖ではない。

生物としての格の違いを、本能レベルで理解させられたのだ。

「……言っておくぞ。

 俺たちは、お前らが刈り取ろうとしている雑草じゃない。

 根を張り、絡み合い、コンクリートすら突き破る……しぶとい“生命”だ」

道が部屋を出ようと背を向けた時、男が引きつった声で叫んだ。

「お、遅い……!

 もう遅いんだ!!

 『虚無災主ヴォイド・ロード』様は目覚めた!

 世界中の巣は、ただの餌場じゃない……あれは“祭壇”だ!

 お前らが束になったところで、神の指先一つで――」

バチュンッ。

湿った音がして、男の言葉が途切れた。

振り返ると、男の身体は内側から黒い泡となって弾け、影の中に溶けて消滅していた。

情報漏洩を防ぐための、口封じの呪いか。

「……神様、ね」

道は眉一つ動かさず、独房を後にした。

だが、その手は微かに震えていた。

恐怖ではない。

先ほど感じ取った「世界の呼吸」の中に、確かに混じっていたのだ。

遥か彼方、地の底から響く……星そのものを食い破ろうとする、圧倒的な「飢餓」の鼓動が。


◆◆◆


地上に戻ると、そこには仲間たちが待っていた。

ノワール、レア、バルド、ライラ、リィナ。

そして、各国の代表たちや、これから「カバディ」を学ぶために集められた将軍たちが、

ずらりと整列している。

空の色が変わっていた。

夕焼けではない。

地平線の彼方が、毒々しい紫色に染まり、雲が渦を巻いている。

世界中の「巣」が活性化し、マナの大気循環に異常をきたしているのだ。

「……始まったようだな」

ノワールが空を見上げて呟く。

その横顔には、王族としての覚悟が宿っていた。

「道。各国の生産ラインはフル稼働だ。

 スーツの量産は、三日あれば第一陣が揃う」

「各部隊の編成も完了しました!」

レアが報告する。彼女の手には、世界地図と作戦書が握られている。

「炎、氷、砂、森……。すべての国が、国境を越えて連合軍を結成しました。

 総司令官は、あなたです。道」

数千、数万の視線が、道に集まる。

かつて「異物」と蔑まれ、孤独だった男。

それが今、世界の命運を背負う中心レイダーとして立っている。

道は、大きく息を吸い込んだ。

(聞こえるか、俺の身体。

 これからお前は、この世界そのものをコートにして走るんだ)

先ほどの独房で感じた「進化の兆し」。

自分の呼吸と、世界の呼吸を合わせる感覚。

これがあれば、何万人の兵士がいようと、

一つの巨大な生きチェーンのように動かせるかもしれない。

「……全員、よく聞け」

道の声が、拡声器もなしに広場全体へ響き渡った。

腹の底から響く、重厚な圧導による倍音。

「敵は神を名乗る化け物だ。

 世界をリセットするとか抜かしてる。

 ……上等だ。

 俺たちは、そんなもん望んじゃいない」

彼は拳を空へ突き上げた。

「これより、世界合同対抗戦ワールド・レイドを開始する!!

 ルールは一つ!

 隣の奴と……『手を握れ』!!」

「「「……!?」」」

兵士たちがざわめく。

戦場での心得として、あまりにも単純すぎる命令だったからだ。

だが、道は続けた。

「異種族だからなんだ。

 言葉が違うからなんだ。

 そんなもんは関係ねぇ。

 俺たちの戦い方『圧導』は、一人じゃ完成しない。

 一人の圧より二人、二人より三人……  

 手を繋げば繋ぐほど、その圧力は幾何級数的に跳ね上がる!」

道は、隣にいたバルドの手をガシッと掴んだ。

バルドがニカっと笑い、その反対の手でライラの手を掴む。

ライラがリィナの手を、リィナがレアの手を、

そしてレアが……少し躊躇したノワールの手を強引に掴む。

6人の輪ができる。

その瞬間、彼らの間に目に見えるほどのマナの奔流が生まれ、

巨大な防壁となって空へ立ち昇った。

「見ろ! これが『チェーン』だ!」

道が叫ぶ。

「特別な誰かが活躍するなんて、たかが知れてる。

 ヒーローごっこは終わりだ。

 ここにいる全員、一匹残らず存在することに意義がある!

 全種族、全員が力を合わせ、巨大なチェーンとなって世界を縛り上げる!」

彼の言葉に、兵士たちの迷いが消えていく。

炎の国の将軍が、氷の騎士の手を掴んだ。

獣人が、エルフの手を掴んだ。

次々と連鎖していく、握手の波。

「攻めるんじゃない。守り抜くんだ。

 俺たちの世界を、俺たちの手で!

 そこにこそ……世界を守る『アンティ』の真髄がある!!」

「「「オオオォォォォォォッ!!!!」」」

世界中の戦士たちの咆哮が、紫色の空を震わせた。

それは、絶望に対する人類の、最初で最大の反撃の狼煙のろし

魔族も、人間も、エルフも、ドワーフも、獣人も。

種族の壁を越え、何万という手が繋がった瞬間。

道は、眼前に広がる光景を見てニヤリと笑った。

「忙しくなるぞ。

 ……さあ、世界にカバディを教えてやろうぜ」

風が吹いた。

それは生ぬるい風ではない。

戦いの始まりを告げる、鋭く、熱い嵐だった。


「隣の奴と、手を握れ!」 かつて孤独だった男が、世界中の軍隊に向かって「つながり」を説く。

数万人が手をつなぐ「巨大なチェーン」の誕生です。

これにて第3章「技術革新・世界連合編」、完結! 次はいよいよ第4章。

神を名乗る『虚無災主』との全面戦争です。

世界中のマナが枯渇し、魔法が使えなくなる中、

唯一機能するのは――呼吸と筋肉、そして仲間とつないだ手だけ。

最大のカバディ大会ワールド・レイド、開幕です!

次回、第4章『呼吸する世界』編へ続く!

(※ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

「空気椅子で笑った」「熱かった!」という方は、

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