序章第4話 気配が消えた瞬間
街の外れは騒然としていた。
黒い霧が地を這うように広がり、人々が悲鳴を上げながら逃げていく。
その中心で――灰色の獣がゆっくりと体を起こしていた。
虚無獣。
この世界にとって、災厄の象徴のような存在。
四足で、犬のような輪郭を持つ。しかし目がない。
顔の代わりに“ぽっかりと空洞”があり、そこから黒いマナ霧が漏れ出していた。
(あれが……虚無獣か)
「道さん、離れてください! あれは“マナ追従型”の虚無獣です!」
駆け付けたリュミエラが叫ぶ。
「従属型?」
「マナを発している生物を優先的に追跡・捕食します!
目が無いのはそのため。感知器官が“マナ波”なんです!」
なるほど。
あの空洞は、目ではなく“センサー”か。
「でも俺……マナ不導体なんだろ?」
「そうです! だから余計に危険なんです!
マナを扱えない生き物は、虚無獣に食われた瞬間、
体を勝手に作り変えられて“怪物化”してしまうんです!」
「食われる気はねぇよ」
虚無獣がこちらを向く。
顔の空洞が、まるで“吸い込もう”とするように開いた。
マナ反応ゼロの俺は、奴にとっては“理解不能な異物”だ。
その好奇心の対象になってしまったのかもしれない。
(……やばいな)
逃げようとしても、まだ身体は本調子じゃない。
呼吸も完璧に合っているわけじゃない。
虚無獣が、地面を裂く速度で突進してきた。
「ッ――!」
咄嗟に横へ跳ねる。
地面に黒い風圧がえぐり込む。
(速ぇ……!)
逃げながら、肺の痛みがじわりと再燃する。
「カバ……ディ……!」
呼吸を整えようとするが、さっきのような爆発的な力は、まだ出ない。
オーガを倒したあの一撃は、身体に大きな負担を残していた。
普通に走るだけでも痛みが伴う。
(戦うのは……無理だ)
虚無獣は地面を滑るように方向転換し、再び迫ってくる。
距離が近い。逃げ切れない。
「道さん、危ないっ!!」
リュミエラが魔道具を構えるが、間に合わない。
(くそ……せめて、避けるための余裕があれば――)
その時だった。
胸の奥で“圧力鍋の蓋”が閉まるような感覚がした。
呼吸が乱れ、俺は――本能的に息を止めた。
その瞬間。
虚無獣が――急停止した。
(……え?)
さっきまで一直線に突っ込んできていたのに、
俺の目の前で、まるで“見失った”かのように動きを止めた。
空洞の顔が左右に揺れる。
まるで「どこだ?」と探しているようだ。
リュミエラが息を呑んだ。
「……マナ反応……ゼロ……!」
そして、さらに。
俺の腕の周囲の空気が、ゆらりと歪んでいた。
熱気でも幻覚でもない。光そのものが揺れている。
(これ……光が……曲がってる?)
「道さん! そのまま動かないで!
あなた、光屈折を起こしてます!」
だが息はもう限界だった。
「ッ……!」
一気に息を吐き、地面に転がる。
その瞬間、虚無獣が俺を“見つけた”。
「グアァァァッ!」
「やば……!」
虚無獣が飛び掛かる。
避ける余裕はない。
しかし――
脇腹をかすめた黒い風の中で、俺の指先が動いた。
本能的だった。
「カバディ……!」
一瞬だけ、踏み込みの“前兆”が生まれる。
だが身体がついてこない。痛みが強すぎる。
(くそ……動けねぇ……!)
その時、青い光が虚無獣を横から弾き飛ばした。
「ルーン・レイ! 退きなさい虚無獣!」
リュミエラの魔道具から放たれた光線が、虚無獣を抑える。
虚無獣は怒り狂い、霧を吐き散らしながら後退した。
「道さん、今のうちに下がって!」
俺は彼女の肩を借りながら後退する。
(今の……なんだったんだ?)
虚無獣が俺を見失った瞬間。
光のゆらぎ。
マナ反応ゼロ。
リュミエラが早口で言う。
「あなた、さっき……息を止めた瞬間に、マナ放出が完全に停止しました。
しかも体表に“マナ膜”が生まれ、光を曲げていたんです!」
「……透明になりかけてたってことか?」
「半分正解です。正しくは、
“迷彩の初期現象”です!」
虚無獣が再び立ち上がる。
「ひとまず隠れて!
あなたの能力……訓練すれば、とんでもないことになりますよ……!」
リュミエラの目が強く輝いていた。
俺は息を整えるために壁にもたれかかりながら、その言葉を聞いた。
(とんでもない、ね……)
まだ身体は痛む。
呼吸も完璧じゃない。
だが――さっき一瞬、
確かに“何かが変わった”。
その感覚は、恐ろしくもあり……
何より“可能性”を感じさせるものだった。
「道さん……あなた、やっぱり訓練が必要です。
“静の呼吸”を教えられるのは――」
リュミエラは遠くの森を指差した。
「エルフの女師範、セリアだけです」
暫く毎日投稿続けます。
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「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?」
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