第28話 第2都市の惨状と“巣”の発見
ジェネラル級虚無獣が崩れ落ち、黒い霧となって消滅すると、戦場には重苦しい静寂が戻ってきた。
舞い上がっていた砂煙が、風に流されて晴れていく。
その先に広がっていたのは――やはり、「無」だった。
「……本当に、何も残っていないのね」
ライラが呆然と呟く。
かつてここには、魔族たちが誇る第2都市があったはずだ。
黒曜石で組まれた美しい尖塔、賑わう市場、多くの家族が暮らす石造りの家々。
それら全てが、直径数キロメートルに及ぶ巨大なクレーターとなり、赤茶けた土肌を晒している。
唯一残っていた都市の痕跡――城壁や瓦礫さえも、先ほどの虚無獣の鎧として使われ、ノワールの影によって粉砕されてしまった。
「……私の友も、この瓦礫の中にいたのかもしれんな」
ノワールが、足元の砕けた石片を拾い上げた。
そこには、誰かの家の表札だったと思われる、魔族語の文字が微かに残っていた。
彼はその石片を握りしめると、静かに目を閉じた。
「……すまない。守れなかった」
いつもの傲慢さは消え、そこにあるのはただ、一人の若き王族としての慟哭だった。
道は、かける言葉が見つからなかった。
「勝った」とは言えない。敵は倒したが、失ったものはあまりに大きすぎる。
だが、感傷に浸る時間すら、彼らには残されていなかった。
「おい、待て……! こりゃあ何だ!?」
クレーターの中心部、ジェネラル級が立っていた場所を調べていたバルドが、大声を上げた。 道たちが駆け寄ると、そこには異様な光景があった。
地面に、巨大な「穴」が空いていた。
それはただの空洞ではない。地下深くへと続く大穴の側面が、びっしりと「何か」で覆われている。
ドクン……ドクン……。
赤黒い肉の壁。
脈動する血管のような管が岩盤に根を張り、地下から吸い上げたマナを貪欲に吸い上げている。
そして、その肉壁には――無数の半透明な「胞子」のような袋がぶら下がっていた。
「……うぷっ」
リィナが口元を押さえる。
袋の中には、胎児のような形をした小型の虚無獣が丸まり、蠢いていたのだ。
数百、いや数千。
孵化を待つ災厄の種子が、壁一面に植え付けられている。
「これが、『巣』か……!」
道は、第21話で斥候が言っていた言葉を思い出した。
――『種』を植え付けた。
虚無獣は、自然発生する災害ではない。
この「巣」という拠点がマナの豊富な土地に根を張り、都市のエネルギーを吸い尽くして、兵隊(虚無獣)を生産し続ける工場なのだ。
第2都市が消滅したのは、この巨大な臓器を育てるための養分として吸い尽くされたからだ。
「焼き払うぞ! 今すぐにだ!」
ノワールが叫び、影の刃を生成する。
バルドもハンマーを構え、ライラも矢をつがえる。
このおぞましい繁殖炉を、一つ残らず消し去らねばならない。
だが、攻撃を加えようとした瞬間。
ギギギギギッ……!!
巣全体が、不快な高周波を上げて痙攣した。
防衛本能か、あるいは「親」を守るための反応か。
肉壁から無数の触手が飛び出し、穴の入り口を塞ぐように絡み合った。
「邪魔をするなァッ!!」
ノワールの影が触手を切り裂く。
ライラの矢が肉壁を貫く。
しかし、再生速度が異常に速い。
切っても切っても、すぐに新しい肉が盛り上がり、傷を塞いでしまう。
「物理攻撃が効かない!?
いや、回復が早すぎるんだ!」
「核だ!奥にある核を潰さねぇと!」
道が穴の奥を覗き込む。
深淵の底に、心臓のように強く脈打つ赤黒いコアが見えた。
あそこがマナの供給源だ。
「リィナ! 俺とお前で突っ込んで――」
道が指示を出そうとした、その時。
ボコォッ……!
奇妙な音がした。
巣の核が、自ら破裂したのだ。
「えっ……自爆?」
違う。
核が弾けた瞬間、巣を構成していた肉壁、卵、全ての組織が、ドロドロの黒い液体へと変質し始めた。
固体を維持するのをやめ、汚泥のような流動体となって、穴の底へ――地下深くの「地脈」へと雪崩れ落ちていく。
「逃げる気か……ッ!!」
ノワールが影を伸ばして液体を掴もうとするが、指の間をすり抜けていく。
黒い濁流は、ものすごい勢いで地下水脈よりも深い、惑星のマナが流れる「本流」へと混ざり込み、拡散して消えた。
「消えた……?」 「いや、溶けたんだ」
道は、背筋が凍るのを感じた。
「あいつら、自分たちが危なくなると、身体を溶かして『マナの流れ』そのものに逃げ込むんだ。
川に毒を流すみたいに……世界中の血管の中に」
逃げたのではない。
ウイルスのように、惑星全体へ拡散したのだ。
この場所から消えた「巣」の成分は、地脈を通って別の場所へ運ばれ、そこでまた凝固して新たな「巣」を作るだろう。
残されたのは、空っぽになった大穴だけ。
「……なんてことだ。
これじゃあ、モグラ叩きどころの話じゃねぇぞ」
バルドがハンマーを下ろし、呆然と呟く。
物理的な実体を攻撃しても、核さえ逃げれば無限に再生し、移動する。
根絶するには、世界中の地脈を同時に浄化するしかないが、そんなことは神でも不可能だ。
その時、ライラの懐にある通信水晶が激しく明滅した。
彼女が応答すると、青ざめた顔で道を見上げた。
「……道、大変。
世界会議本部からの緊急連絡よ」
「どうした?」
「『巣』の反応……ここだけじゃないって」
通信機から、焦燥しきったオペレーターの声が漏れ聞こえる。
『――炎の国、火山帯地下に大規模生体反応!!』
『氷刃王国、永久凍土の下からマナ汚染液の噴出を確認!!』
『沙海拳宗、砂漠中央に巨大な流砂発生!! 全て“巣”の波形と一致します!!』
報告は止まらなかった。
世界中の主要都市、マナの豊富な場所の地下で、一斉に「種」が芽吹いたのだ。
さきほど溶けて消えた「巣」の一部が、世界中に転移したのかもしれない。
「同時多発テロかよ……」
道は拳を握りしめた。
チーム《風》は一つしかない。
いくらリィナが音速で走り、ノワールが影で移動できたとしても、世界中で同時に起きているパンデミックを、たった6人で止めることは物理的に不可能だ。
「……詰み、か?」
バルドが弱音を吐きかける。
だが、道は空を見上げた。
赤く染まり始めた空。
このままでは、世界中の都市が、この第2都市と同じ「無」になる。
「いいや。詰んでない」
道の瞳に、強い光が宿る。
「手が足りないなら、増やせばいい」
「増やす?
どうやって?
私たちみたいなスーツも、適性者も、そう簡単には……」
「いるだろ。
世界中には、戦える奴らが山ほどいる」
道は、かつて武闘祭で拳を交えたライバルたちの顔を思い浮かべた。
炎のバーン。
氷のシルヴァ。
砂のサーディン。
彼らは強い。
だが、虚無獣への有効打(カバディ呼吸)を知らないだけだ。
「俺たちの技術を、世界に配る」
道は全員を見渡して言った。
「リュミエラのスーツと、俺たちの『カバディ』。
この二つをセットにして、各国の軍隊や戦士たちに教えるんだ。
俺たち6人が戦うんじゃない。
俺たちが『指導者』になって、世界中に何千、何万というカバディ使い(戦士)を育てる」
ノワールが顔を上げた。
「……貴様、正気か?
各国の軍隊に、他国の技術を教えるなど……政治的な壁が……」
「壁なんて言ってる場合かよ!
地面ごと食われて無くなっちまうんだぞ!」
道の一喝に、ノワールは口を閉ざし、フッと自嘲気味に笑った。
「……違いない。 更地になってからでは、国境線も引けぬからな」
「決まりだ。 一度戻って、世界会議に殴り込みだ。
……カバディを、世界の共通言語にするぞ」
更地となった悲劇の都市。
その中心で、チーム《風》は次なるフェーズへの決意を固めた。
それは、「戦う」ことから「広げる」ことへ。
一個のチームが、世界を巻き込む大きな渦へと変わる瞬間だった。
序章・第1章・第2章・第3章(各10話構成)までを毎日更新します。
12/18から、1/4までの間投稿予定です。
よろしくお願いします。
また、この作者のもう一つの連載中の作品
「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?」
https://ncode.syosetu.com/n1424ll/
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