第27話 孤高の解答
リィナの必殺の一撃によって、大型虚無獣が崩れ落ちた。
だが、勝利の余韻は一瞬で吹き飛んだ。
ズズズズズズ……ッ!!
大地の底から、不気味な振動が伝わってくる。
クレーターの中心が爆発し、泥のような高濃度のマナと共に、絶望そのものが姿を現した。
《城塞型虚無獣・ジェネラル級》。
食らった第2都市の城壁、塔、そして石化した魔族たちの残骸を全身に埋め込み、鎧として再構築した超大型個体だ。
その巨体は、先ほどの大型種すら赤子に見えるほど。
「オ……オォォォォ……ッ」
怪物が唸る。亡国の嘆きのような咆哮。
その巨腕――崩れた城壁の塊が、ゆっくりと振り上げられた。
「逃げろッ!! リィナ、立てるか!?」
道が叫ぶが、スーツ組の動きが鈍い。
リィナはマナ酔いでフラつき、バルドもライラも内圧の維持で手一杯だ。
この状態で、あの質量の攻撃を受ければ全滅する。
(くそッ、俺が囮になって引きつけるしか――!)
道が前に出ようとした、その時。
黒い疾風が、道たちの前に滑り込んだ。
スーツを着ていない、漆黒のコートの男。
「ノワール! やめろ! スーツ無しじゃマナが持たねぇぞ!」
道が制止する。
マナを閉じ込めるスーツがない生身の魔族が、
カバディ(圧導)の真似事をすれば、
マナが霧散して終わるか、回路が焼き切れる。
だが、ノワールは振り返らなかった。
彼はただ静かに、自身の「両足」を見下ろしていた。
「……道。貴様の理論は正しかった」
ノワールの声は静かだった。
「出口を塞ぎ、内部で圧を高める。その理屈は完璧だ。
だが、貴様らのやり方は美しくない。
全身を布で覆うなど、マナの呼吸を殺す愚行だ」
彼はコートの裾を払い、両足を肩幅に開いた。
「見せてやる。
道具になど頼らずとも……“器”は作れる」
ヴゥゥゥン……ッ。
ノワールの両足――太腿から爪先までが、漆黒の光に包まれた。
影ではない。
極限まで密度を高めたマナの皮膜だ。
彼は卓越した魔力操作によって、脚部の表面にマナを飽和状態にまで集中させ「マナによる遮断壁」を形成したのだ。
あたかも、ロングブーツを履くかのように。
「脚部表面をマナ飽和させ、壁を作る。
そして、その内側にある筋肉と骨格の中で……
さらにマナを圧縮・循環させる」
ノワールの脚が、黒曜石のように輝き始める。
脚というパーツだけを「圧力鍋」に変える、超高等技術。
「だが、この内圧に耐えるには……強靭な土台が必要だ」
ノワールは、ゆっくりと腰を落とした。
膝を90度に曲げ、背筋を垂直に伸ばす。
両腕を胸の前で伸ばし、こぶしを握る。
そして、微動だにしない。
その姿勢は、武術の達人のようであり、儀式のようでもあり。
そして、道の目には――あまりにも馴染み深いポーズに見えた。
「……ん? おい、あれ……」
道が思わず吹き出しそうになる。
緊迫した戦場で、目の前には城塞のような巨人が迫っているのに。
最強の魔族が取ったそのポーズは。
「……空気椅子じゃねぇか……ッ!」
ププッ、と道が口元を押さえる。
だが、ノワールは大真面目だった。
この「空気椅子」の姿勢こそが、大腿四頭筋に最大の負荷をかけ、
暴れ回ろうとする脚部内の圧縮マナを物理的に封じ込める、唯一のロック機構だったのだ。
「笑うな……ッ! こっちは必死だ……!!」
ノワールの額に脂汗が浮かび、両方の太腿はプルプルと震える。
脚の中でマグマのようなエネルギーが渦巻いている。
それを、空気椅子の姿勢による筋肉の緊張だけで押さえ込む。
スーツを着て「カバディ」と叫ぶのとは訳が違う、純粋な我慢比べ。
虚無獣の巨腕が、ついに振り下ろされた。 ビル一つを粉砕する質量攻撃。
その直撃の瞬間。
ノワールは、空気椅子の姿勢のまま、足裏にある「解放口」を一気に開いた。
「消えろ――《魔族流・重圧脚》!!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
世界が反転したかのような衝撃が走った。
ノワールの足裏から噴出したのは、圧縮された「影」の奔流。
それは地面を突き破り、虚無獣の真下から、巨大な黒い柱となって逆噴射された。
ズガガガガガッ!!
振り下ろされた巨腕が、下からの圧力で弾き返される。
それだけではない。
黒い柱は虚無獣の巨体を丸ごと持ち上げ、空中でミシミシと締め上げ始めた。
「貴様が纏っているのは、我が同胞の墓石だ。
ならば……あるべき場所(土)へ還れ!!」
ノワールが、空気椅子のままさらに腰を深く落とす。
内圧が限界を超え、ブーツ状のマナ被膜にヒビが入る。
「砕けろぉぉぉッ!!」
バギィィィィィンッ!!!!
閃光。
下からの超高圧プレスによって、虚無獣の身体を構成していた城壁と瓦礫が、一斉に粉砕された。
鎧を失った核が露出する間もなく、影の圧力が中身ごとすり潰す。
断末魔すら上げられず。
ジェネラル級の巨体は、砂上の楼閣のようにサラサラと崩れ落ち、黒い霧となって消滅した。
圧倒的な、単独撃破。
戦場に静寂が戻る。
舞い落ちる砂塵の中、ノワールはゆっくりと立ち上がろうとして――。
カクンッ。
生まれたての子鹿のように、膝から崩れ落ちた。
「……ぐっ」
「おいおい、大丈夫かよ、空気椅子の王様」
道が駆け寄り、肩を貸す。
ノワールの脚は、痙攣して小刻みに震えていた。
マナの使いすぎと、筋肉疲労のダブルパンチだ。
「……誰が、空気椅子だ……。
あれは……『魔道圧縮姿勢』だ……」
ノワールは顔をしかめながらも、言い張る。
だが、その横顔には、同胞の無念を晴らした安堵が滲んでいた。
「へいへい、そういうことにしておくよ。
……でも、すげぇ一撃だった。
お前、やっぱり天才だよ」
道が素直に称賛すると、ノワールはフンと鼻を鳴らした。
「当然だ。
貴様らの珍妙なダンス(カバディ)と一緒にするな」
そう言いながらも、彼が差し出された道の腕を払いのけなかったのは、
彼なりにチームを――そして「圧導」という技術を認めた証だった。
スーツ組の三人も、呆気に取られた顔で集まってくる。
「あんなの……ありなの?」
「脚だけマッチョになりそうだな……」
呆れと敬意が混ざった視線の中、チーム《風》は最大の脅威を退けた。
だが、崩れ落ちた虚無獣の残骸の下から、さらなる絶望への入り口が見つかったのは、その直後のことだった。
笑ってはいけません。彼は大真面目です。
「空気椅子(魔道圧縮姿勢)」からの超高圧プレスで、ジェネラル級を圧殺したノワール。
やはりこの男、天才ですね(あと脚力がすごい)。
最大の敵を倒し、一安心……といきたいところですが。
クレーターの底で、彼らは見てはいけないものを見つけてしまいます。
虚無獣が「兵器」である決定的な証拠。
次回、『第2都市の惨状と“巣”の発見』。
敵は一体だけではありませんでした。
世界中が同時に「詰み」かけます。




