第25話 それぞれの流儀(スタイル)
上空数千メートルからのダイビング。
普通なら着地の瞬間にミンチになるところだが、今のチーム《風》は違った。
「「「カバディッ!!!!」」」
三つの影が、クレーターの縁に降り立つ。
ドォォォォォンッ!!
着地の衝撃音は、岩盤が爆破されたかのように重かった。
砂煙が舞う中、無数の赤黒い視線――虚無獣の群れが、一斉に彼らへ向く。
「グルルルゥ……ッ!!」
都市を食い尽くし、エネルギーに満ち溢れた虚無獣たち。
その動きは以前戦った時よりも遥かに速く、皮膚は鋼鉄のように硬化している。
数百匹の殺意が、たった数人の“餌”に向かって雪崩れ込んできた。
「来るぞ!! 溜め込んだもんをぶちかませ!!」
道の号令が飛ぶ。
先陣を切ったのは、チームの盾、ドワーフのバルドだった。
「おおおぉぉぉッ!! ドワーフを舐めるなよ羽虫どもが!!」
バルドは真正面から突っ込んでくる中型虚無獣に対し、一歩も引かずに大鎚を構えた。
だが、彼の顔は苦悶に歪んでいる。
リュミエラ特製スーツによって、逃げ場を失ったマナが体内で暴れ回り、筋肉を内側から食い破ろうとしているのだ。
(くそッ、きつい! 心臓が破裂しそうだ!)
(だが……力が、溢れて止まらねぇ!!)
バルドは歯を食いしばり、その苦しみを吐き出すように叫んだ。
「カバディ……カバディ……カバディッ!!」
重低音のリズムに合わせて、体内の圧力をハンマーのグリップへと流し込む。
これまで彼は、自身の筋力のみでハンマーを振るっていた。
だが今は違う。
スーツの中で圧縮された膨大なエネルギーが、腕を通り、ハンマーのヘッドへと一点集中していく。
(道の野郎は、これを“流す”のに使ってたが……。
俺は器用じゃねぇ!
全部乗っけて叩き潰すだけだ!!)
虚無獣の顎が迫る。
バルドは踏み込み、インパクトの瞬間に全ての圧を炸裂させた。
「《ドワーフ流・衝撃圧導》!!!」
ズドォォォォォォンッ!!!
物理法則が無視されたような轟音が響いた。
ハンマーが接触した瞬間、虚無獣の頭部がひしゃげるどころか、衝撃波でその巨体ごと後方へ弾き飛ばされたのだ。
さらに、その後ろにいた数匹までもが、ボウリングのピンのように巻き込まれて吹き飛んでいく。
「ガハハハッ!! 見たか!! ハンマーが羽みてぇに軽いぜ!!」
バルドが笑う。
スーツの内圧が、パワーアシストのように動作し、自身の限界を超えた怪力を生み出していた。
「バルド! 隙だらけよ! 横から来てる!」
鋭い声と共に、風切り音が走る。
エルフのライラだ。
彼女はバルドの後方、岩場の上に陣取り、弓を引き絞っていた。
彼女もまた、スーツの強烈な圧迫感に冷や汗を流している。
(熱い……。血管の中を溶岩が流れてるみたい……。
気を抜けば、弓を持つ手ごと震えてしまう)
狙うは、バルドの死角から飛びかかろうとしている敏捷型の虚無獣。
通常の風魔法の矢では、今の強化された奴らの外皮は貫けない。
弾かれる。
(なら……矢そのものを“弾丸”に変えればいい!)
ライラは息を吸い、鋭く吐く。
「カバディッ!!」
言葉をトリガーにして、体幹に溜まった圧縮マナを一気に右腕へ送る。
道が相手に触れて圧を流すように。
ライラは、指先から弦へ、弦から矢へと、物理的な“質量”を持った圧力をパスする。
キィィィィン……ッ!
矢が、青白く発光する。
それは魔法の光ではない。
過剰に詰め込まれたエネルギーが飽和し、物質としての矢が悲鳴を上げている光だ。
「貫け、《エルフ流・射出圧導》!!」
ヒュンッ!!
発射音はなかった。
あったのは、空気が裂ける音だけ。
放たれた矢はレーザーのような直線を描き、虚無獣の硬い外皮を紙のように貫通し、そのまま背後の岩盤に深々と突き刺さった。
「ギャッ……!?」
虚無獣は何が起きたか分からぬまま、崩れ落ちて絶命する。
「……ふふっ。 これなら、森の静寂も守れるかしら」
ライラは口元を緩めた。
魔法による派手な爆発ではない。純粋な貫通力。
「カバディ」というリズムに乗せることで、彼女の矢は必殺の狙撃砲へと進化していた。
前衛で暴れる重戦車。 後衛から即死撃を放つ狙撃手。
道はその光景を見て、確かな手応えを感じていた。
彼らは、俺の真似をしているわけじゃない。
「圧導」という理論と、「カバディ」という呼吸法を、自分たちの武術に組み込んで昇華させている。
「いいぞ! その調子だ! 呼吸を止めるな! 言葉を回し続けろ!!」
道自身も、襲い来る虚無獣を「圧導」でなぎ倒しながら叫ぶ。
だが、敵の数は多い。
都市一つ分のマナを食らった群れは、倒しても倒しても湧いてくる。
「キリがないぞ!
もっと……もっと回転数を上げなきゃ押し切られる!」
その時だった。
戦場を金色の閃光が駆け抜けた。
「遅い遅いーッ!!
止まってるみたいだよ、みんな!!」
獣人のリィナだ。
彼女だけは、戦い方が違った。
バルドのように受け止めるのでもなく、ライラのように遠くから狙うのでもない。
「カバディカバディカバディカバディ!!」
彼女は、戦場そのものを“コート”に変えていた。
スーツの圧縮率に身体能力が追いつかず、普通なら制御不能で自滅するところを、彼女は「終わらない詠唱」で無理やりねじ伏せていた。
ザシュッ!
ザシュッ!
すれ違いざまに虚無獣の足を切り裂き、体勢を崩させ、同士討ちを誘発する。
速い。
速すぎて、虚無獣たちの動体視力が追いついていない。
「あははっ! 熱い! 体が燃える! もっと! もっと速く!!」
だが、道は気づいた。
リィナの動きが、速さゆえに直線的になりすぎている。
そして、その直線の先には――
ズズズズズ……ッ。
クレーターの底から、一際巨大な影が立ち上がろうとしていた。
他の虚無獣とは桁違いの、ビルほどもある巨体。
第2都市の城壁を食い破ったとおぼしき、大型個体だ。
「リィナ、止まれッ!! そいつはヤバイ!!」
道の警告は、リィナの高速詠唱にかき消された。
彼女は加速したまま、大型個体の懐へと飛び込んでいく。
「いっけぇぇぇーーッ!!」
だが、大型種はただの獣ではなかった。
その体表から、ドス黒いマナの衝撃波を全方位に放出したのだ。
「――!?」
リィナの軽量な身体が、衝撃波に煽られて宙に舞う。
制御を失った高速物体ほど脆いものはない。
彼女は無防備なまま、大型種の巨大な爪の射程圏内へと吸い込まれてしまった。
「しまっ……! カバ……ッ!?」
呼吸が途切れる。
スーツの内圧が暴走し、身体が硬直する。
「リィナ!!!」
道が手を伸ばすが、距離がある。
バルドの足では間に合わない。ライラの矢では衝撃波を貫けない。
死――。
その文字が脳裏をよぎった瞬間。
「……世話の焼ける猫だ」
リィナの直下の影が、ぬらりと口を開けた。
バルドの衝撃圧導、ライラの射出圧導。
カバディ呼吸をそれぞれの武術に組み込み、無双する仲間たち。
しかし、スピード担当のリィナだけが、その「速さ」ゆえに罠にかかります。
制御不能の暴走列車となった彼女を救ったのは、意外な人物でした。
「世話の焼ける猫だ」
次回、『音速のレイダー、覚醒』。
ただ速いだけじゃない。
「止まる」ことで、もっと速くなる。




