第23話 試作スーツと魔法の言葉
拠点として借りている屋敷の裏庭広場に、異様な緊張感が漂っていた。
中央に並べられた長机の上には、真新しい黒色の戦闘服が三人分、丁寧に畳まれて置かれている。
「……できたわ。これこそが、あなたたちを『人間圧力鍋』に変える魔法の鎧よ」
目の下に酷い隈を作ったリュミエラが、幽鬼のような、しかし達成感に満ちた笑顔で宣言した。
彼女の背後には、大量の書き損じの設計図と、分解された黒いローブの残骸が散乱している。
「お疲れ、リュミエラ。完璧な仕事だ」
道が労うと、リュミエラはフラフラと手を振った。
「感謝なら後でいいです……。
さあ、みんな着てみて。感想を聞かせてちょうだい」
集められたメンバー――ドワーフのバルド、エルフのライラ、獣人のリィナが、机の上のウェアを手に取る。それは、道が元の世界から着てきたユニフォームをベースに、あの斥候のローブ素材をインナーとして融合させた特注品だった。
「ふん……見た目は悪くねぇな。伸縮性もありそうだ」
バルドが広げてみる。
黒を基調としつつ、ドワーフ用には剛性を高める補強パッド、エルフ用には可動域を広げるカッティング、獣人用には激しい動きに耐える縫製と、それぞれの種族特性に合わせて調整されていた。
ただし共通しているのは――「胴体部分」の生地だけが、異様なほど分厚く、光を吸い込むような質感をしていることだ。
「よし、着てみるか」
三人はそれぞれの更衣テントへ入り、数分後、再び姿を現した。
その姿は、一言で言えば「異界の戦士」だった。
ピタリと肌に吸い付く黒衣。
引き締まった筋肉のラインが浮き彫りになり、今までとは違う鋭利な迫力を醸し出している。
「おおっ! かっこいいじゃん! 強そう!」
リィナがその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「……意外と軽いわね。これなら弓を引く邪魔にはならない」
ライラも肩を回して感触を確かめている。
道は頷いた。
「大事なのはそこからだ。
いいか、みんな。
深呼吸をして、空気中のマナを肺いっぱいに吸い込んでみろ。
そして――それを腹に落とし込んで、絶対に逃がすな」
道の指示通り、三人が大きく息を吸い込む。
ヒュゥゥゥ……ッ。
肺が膨らみ、大量のマナを含んだ酸素が体内に取り込まれる。
異変は、直後に起きた。
「ぐっ……!?」
最初に顔を歪めたのはバルドだった。
彼の岩のような筋肉がビクンと痙攣し、首筋に青筋が浮かび上がる。
「な、なんだこれ……!?
熱い……!!
腹の中で……マグマが暴れてやがる……!!」
「っ……!! く、苦しい……!」
ライラが胸を押さえて膝をつく。
普段なら皮膚から自然放出されるはずの余剰マナが、特殊素材の布に遮断され、逃げ場を失って体内へ逆流しているのだ。
「うにゃあああ!?
なにこれなにこれ!?
身体が……パンパンになって、破裂しちゃうぅぅ!!」
リィナがパニックを起こしてのたうち回る。
彼女はマナの感受性が強すぎるため、体感する圧力も桁違いなのだ。
リュミエラが慌ててデータを取る。
「す、すごい数値……!
通常時のマナ内圧の十二倍!?
これ、生身の血管が耐えられるレベルじゃ……!」
「――耐えるな!!」
道が、裂帛の気合いで叫んだ。
苦悶する三人の前に立ちはだかり、彼らを睨みつける。
「閉じ込めるだけじゃダメだ!
それじゃ自爆するだけだぞ!
思い出せ、俺がいつも何を言っている!?
圧力鍋には何が必要だ!?」
「あ、安全……弁……?」
バルドが脂汗を流しながら絞り出す。
「そうだ!
溜め込んだ莫大なエネルギーを、少しだけ外へ逃がして循環させる!
そのためのリズム!
そのための言葉があるだろう!!」
道は自らも息を吸い込み、手本を示すように、腹の底から声を絞り出した。
「唱えろ!!
苦しい時こそ、その言葉を吐き出せ!!
『カバディ』と!!」
カバディ。
それは単なる競技名ではない。
肺に限界まで詰め込まれた高圧エネルギーを、一定のリズムで微量排出し、体内での暴発を防ぎながら身体能力へと変換するための――魔法の詠唱。
「言えッ!!
リィナ!!
お前が一番マナを吸ってる!
止めるな、吐き出し続けろ!!」
「う、うぅ……っ! カ……カバ……ディ……ッ!!」
リィナが悲鳴に近い声で唱えた瞬間。
シュッ、と体内の圧がわずかに抜け、代わりに全身の筋肉に爆発的な力が充填される感覚が走った。
「……え?」
痛みが、力に変わる。
その感覚を掴んだリィナは、本能的に言葉を重ねた。
「カバディ……カバディ……カバディ……!」
「そうだ!
そのリズムだ!
バルド!
ライラ!
お前たちもだ!
呼吸を止めるな!
その言葉を刻んでいる間だけ、お前たちは最強になれる!」
「ぬぅぅぅ……ッ!
カバディ……カバディ……カバディッ!!」
バルドの声は重く、大地の底から響くような重低音。
唱えるたびに、筋肉の硬度が増し、皮膚が鉄のように硬化していく。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ。
カバディ……カバディ……!」
ライラの声は鋭く、風を切る刃のよう。
言葉を吐くたびに、指先に集束したマナが青白い火花を散らす。
そして――リィナ。
彼女の順応性は異常だった。
野生の勘が、「この言葉を言えば言うほど速くなれる」と理解したのだ。
「カバディカバディカバディカバディカバディ!!」
高速詠唱。もはや息継ぎなどしていないかのような、マシンガンのごとき連呼。 彼女の全身から金色のオーラが噴き出し、その姿がブレて残像となる。
「あはっ!
あはははっ!
すごい!
すごいよ道!
体が……羽みたいに軽い!
いくらでも走れる!」
リィナは広場を駆け回り始めた。
一歩踏み込むたびに地面が爆ぜ、音速の衝撃波が周囲の草木をなぎ倒す。
「カバディ」という言葉が、彼女のリミッターを外す鍵になっていた。
「……とんでもねぇな」
道は、その光景を見て口元を緩めた。
想像以上だ。
元々マナを持っていた彼らが、この「強制圧縮」と「カバディ呼吸」を手に入れた時、その出力は俺(マナ不導体)を遥かに超える。
広場の隅、建物の影からその様子を見ていたノワールが、呆れたように、しかし僅かに目を細めて呟いた。
「……滑稽な儀式だ。
『カバディ』などと連呼しながら暴れ回るとは」
だが、彼の目は誤魔化せなかった。
あの三人が今、爆発的にマナ総量を増大させている事実を。
特にあの獣人の少女は、今のままでは自分の動体視力でも捉えきれるか怪しい領域に入りつつある。
(……理屈は通っている。
“言葉”をトリガーにして、臨界点ギリギリの力を制御下に置く技術か。
異界の知恵……侮れん)
ノワールは自身の掌を見つめた。
服には頼らない。
だが、あの「臨界状態」を作り出す理論だけは、盗む価値がある。
彼は静かに影の中へと沈んでいった。
◆◆◆
「よし!
いいぞみんな!
だがまだ動きが硬い!
その言葉を言いながら、普段の戦い方ができるように身体に叩き込め!」
「カバディカバディカバディ!!」
「カバディ……ッ、くそ、噛みそうだわ!」
「ガハハハ! カバディッ!!」
異世界に響き渡る、謎の合言葉。
端から見れば奇妙な集団だが、その空気は真剣そのもの。
リュミエラが計測器を見ながら叫ぶ。
「道さん!
エネルギー循環率、安定してきました!
これなら……行けます!
実戦投入可能です!」
道は深く息を吐き、仲間たちを見渡した。
汗だくで、顔を赤くして、必死に「カバディ」と叫ぶ仲間たち。
その姿はもう、ただの寄せ集めじゃなかった。
(ああ……これだ。
これが俺の作りたかった、“チーム”だ)
それぞれの呼吸が、一つの言葉で繋がっていく。
最強の矛と盾を手に入れたチーム《風》。
その真価が問われる時は――すぐそこまで迫っていた。
その時、拠点の中に設置されていた緊急通信用の水晶が、不吉な赤色に明滅を始めた。
「――緊急連絡!!
魔族領第2都市にて、大規模なマナ消失反応を確認!!
虚無獣です!!
規模は……災害級!!」
リィナの足が止まり、バルドの笑みが消え、ライラの視線が鋭くなる。
道は、静かに言った。
「休憩はお預けだ。
……行くぞ、カバディ部。初陣だ」
言葉を武器に変えて。
彼らは、修羅の待つ戦場へと駆け出した。
「カバディカバディカバディ……!!」 シュールな光景ですが、効果は絶大です。
言葉をトリガーにしてリミッターを外す。
これで全員が「圧導」使いとなりました。
しかし、息つく暇もなく緊急警報が。
魔族領で大規模なマナ消失反応。
ついにチーム《風》の初陣です。
ですが、そこで彼らが見たものは、想像を絶する光景でした。
次回、『魔族領消滅の報』。
魔族領の都市が……。




