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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
第3章:虚無獣の脅威

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第22話 なれなかった弟子と、森の再会

エルフの森は、静寂そのものが「守り神」として機能している場所だ。

樹齢数千年を数える巨木たちが天蓋のように枝葉を広げ、地上に届く陽光を柔らかな翡翠色に変える。風は葉を揺らさず、ただ撫でるように通り抜け、鳥のさえずりさえも遠慮がちに響く。

その静謐な聖域を、暴力的な風切り音が切り裂いた。

ヒュオォォォンッ――!!

放たれた矢が空気をねじ切り、螺旋状の風を纏って標的の岩を粉砕する。

飛び散る石礫。

舞い上がる土煙。

静かな森の中で、そこだけが嵐のように荒れ狂っていた。

「……くっ、まだブレる……!」

弓を下ろし、荒い息を吐くのはエルフの少女、ライラだ。

額から流れる汗が、銀色の短い髪を濡らしている。

彼女は苛立ちを隠そうともせず、地面を強く踏みしめた。

(あの人間……ドウの呼吸は、もっと芯が太かった)

脳裏に蘇るのは、先日共闘した異世界人の姿だ。

マナを持たないくせに、誰よりも戦場の空気を読み、仲間を繋いだ男。

そして何より――自分が憧れてやまない師匠、セリアに認められた男。

「なんで……あいつなのよ」

ライラは唇を噛んだ。

彼女はこの森で誰よりも弓の才能があった。

風のマナを操るセンスも、動体視力も、同年代のエルフを遥かに凌駕していた。

けれど、セリアは弟子にしてくれなかった。

『あなたの呼吸は、森を騒がせます』

たった一言。

それだけの理由で、門前払いを食らい続けてきた。

静寂を愛するエルフにとって、ライラの激情は「雑音」でしかなかったのだ。

「私は……強くなりたいだけなのに……!」

悔しさを込めて、再び弓を引き絞る。

マナを込め、風を巻く。

その殺気が頂点に達した、その時だった。

「――やはり、あなたの呼吸はうるさいですね」

風に乗るような、涼やかな声。

ライラは心臓が跳ね上がるのを感じて振り返った。

いつの間にか、背後の巨木の根元に、彼女が立っていた。

長い金髪、森の色を映した緑のローブ、そして何より、そこに「存在している」のに気配が全く感じられない佇まい。

「……セリア、さま」

エルフ族最強の師範代。

そして、ライラを拒絶した人。

ライラは反射的に身構えた。

叱られると思ったのだ。

神聖な森で、こんな粗暴な訓練をしていることを。

だが、セリアの瞳は静かだった。

彼女は音もなく落ち葉の上を歩き、ライラの前まで進み出た。

「あの異界人の……ドウのチームに入ったそうですね」

「……文句があるなら、退会させるなり追放するなりすればいいじゃない」

ライラは顔を背けて強がった。

だが、セリアはふわりと微笑んだだけだった。

「文句?

まさか。

私は……礼を言いに来たのですよ」

「……は?」

ライラが呆気にとられる。

セリアは森の空気を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

その呼吸につられて、周囲の木々のざわめきがふっと止む。

「ライラ。

私はあなたを弟子にしませんでした。

それは、あなたが未熟だったからではありません」

セリアはまっすぐにライラの瞳を見つめた。

「私の流派『静の呼吸』は、世界を沈め、同化し、己を消すための技。

けれど、あなたの本質は『動』。

風を巻き、嵐を呼び、周囲を巻き込んで進む……強烈な自我の輝きです」

セリアの手が、そっとライラの肩に置かれた。

その手は驚くほど温かかった。

「私があなたを教えれば、あなたのその“嵐”を殺してしまうことになる。

 だから断りました。

 あなたを伸ばせるのは、

静寂の中に生きる私ではないと、

分かっていたから」

「そんな……。

 じゃあ、私はどこへ行けばよかったのよ……!

 この森には、セリア様以上の使い手なんていないのに!」

ライラの目から、堰を切ったように涙が溢れた。

ずっと抱えていた孤独。

強すぎるがゆえに、静かな森で浮いてしまっていた疎外感。

セリアは優しく言った。

「だから、彼が現れたのでしょう?」

「……え?」

我波道がば・どう。  彼もまた、この世界のことわりから外れた異物。  静寂を知りながら、嵐のように人を巻き込み、常識を破壊して進む台風の目」

セリアは森の開けた空を見上げた。

そこには、うっすらと赤い虚無の気配が滲んでいる。

「彼と並びなさい、ライラ。

 あなたのその激しい気性は、静かな森では雑音かもしれない。

 けれど、これから始まる“世界を救う戦い”においては……

 その轟音こそが、仲間を奮い立たせるファンファーレになる」

風が吹いた。

今度はライラの荒い風ではない。

森全体が、彼女を祝福するかのように優しく、しかし力強く背中を押す風だった。

「……セリア様は、私のこと……嫌いじゃなかったの?」

「嫌うはずがありません。

 あなたは、私が決して辿り着けない場所へ行ける翼なのですから」

セリアは一歩下がり、師としてではなく、一人の戦士として頭を下げた。

「行ってらっしゃい、ライラ。

 チーム《風》の一員として。

 あなたの嵐で、あの無鉄砲な私の弟子ドウを……助けてあげてください」

ライラは袖で乱暴に涙を拭った。

胸の奥に詰まっていた鉛のような塊が、嘘のように溶けて消えていく。

(私は、私のままでいい)

(うるさくて、激しくて、生意気なままで……あいつの隣に立っていいんだ)

彼女は顔を上げた。

その瞳には、もう迷いなど欠片も残っていなかった。

あるのは、獲物を狙う射手の鋭さと、清々しい野心だけ。

「……言われなくても!

 あいつ、放っとくとすぐ死にそうだし!

 私が後ろから、最高の一撃を叩き込んでやるわ!」

ニカっと笑うその表情は、かつてないほど美しく輝いていた。

「ええ、期待しています。

 ……さあ、行きなさい。

 リュミエラが、あなたたちのために“新しい翼”を完成させたようですよ」

「新しい……翼?」

「ふふっ。

 着心地は保証しませんが……あなたのその有り余るマナを、

爆発させるための服だそうです」

セリアの言葉に、ライラは弓を握り直した。

森の出口へ向かって走り出す。

その足取りは軽く、もはや地面を蹴る音さえ、希望のリズムのように弾んでいた。

背後で見送るセリアは、木漏れ日の中で静かに呟いた。

「飛びなさい、若き嵐よ。

 あなたたちが起こす風が……この停滞した世界を、きっと変える」

森の守護者から、世界を変える嵐へ。

魂の継承は、言葉少なに、しかし確かに完了した。

そして舞台は、熱気渦巻くリュミエラの研究室へと移る。

そこで待っていたのは、感動的な再会とは程遠い――地獄の特訓と、奇妙な「魔法の言葉」だった。


「静寂」の師匠・セリアと、「嵐」の弟子・ライラ。

すれ違っていた二人の想いが、道の存在を介してようやく繋がりました。

これでライラの迷いも吹っ切れ、チーム《風》の戦力は万全です。

そして、ついにリュミエラ特製の「新装備」が完成。

これを着ると、マナを持った彼らが「道と同じ状態(人間圧力鍋)」になります。

……つまり、あれを叫ばないといけないわけです。

次回、『試作スーツと魔法の言葉』。

異世界に、謎の集団詠唱が響き渡ります。


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