第19話 見えざる手、狩られる監視者
六人が手をつなぎ、物理的な回路がつながった瞬間。
戦場の空気が変わった。
「――行くぞ!!」
道の合図で、圧縮されたエネルギーが爆発する。
先陣を切ったのは、最前線で虚無獣を押し返していたバルドだ。
「うぉぉぉぉぉッ!! 空でも飛んでな!!」
ドゴォォォォンッ!!
バルドの大鎚が下から上へと振り抜かれる。
純粋な筋力と「圧導」によるブーストが生んだ衝撃は、数十トンある虚無獣の巨体を軽々とカチ上げ、宙へと浮かせた。
「逃がさん!」
「縫い止めるわよ!」
浮いた標的を、ノワールとライラが見逃さない。
ノワールが影を伸ばして空中の巨体を拘束し、ライラが風の矢で四肢を壁に釘付けにするように撃ち抜く。
巨大な的が、空中で完全無防備になった。
「リィナ!中身を暴け!」
「任せてーッ!!」
リィナが地面を蹴る。
「圧導」のエネルギーを全身に纏った彼女は、一筋の金色の弾丸と化した。
狙うは、分厚い汚泥の奥にある「核」。
ズバァァァァァァッ!!!
リィナの体当たりが、虚無獣のど真ん中を貫通する。
猛スピードで通り抜けた後には、風穴が開き――その奥で、ドクドクと脈打つ赤黒い核が露出した。
「レア! 今だッ!!」
道が叫び、つないだ手から残った全ての圧をレアへ送り込む。
「はいッ!
魔法が効かないなら――純粋な力として叩き込みます!」
レアは杖を構えた。
魔力を込めない。マナを使えば吸収される。
彼女が撃ち出すのは、仲間たちがつないできた「物理的な破壊エネルギー」の塊。
それを魔法陣を通して収束・放射する、即興の最終奥義。
「《圧導砲》!!!」
カッッ!!!!
杖の先から放たれたのは、光り輝く衝撃波。
それは露出した核に直撃し、虚無獣の再生能力が追いつく間もなく、細胞の一つひとつまで粉砕した。
ドォォォォォォン……!
虚無獣が霧散し、黒い雨となって降り注ぐ。
圧倒的な勝利だった。
「やっ……た……?」
リィナが着地し、振り返る。
「勝った……! 私たち、勝ったよ!」
ライラがへたり込み、バルドがハンマーを掲げて雄叫びを上げる。
精霊の光も、安堵したように柔らかく輝きを取り戻していた。
歓喜に湧くメンバーたち。
だが、その輪の中に――「彼」の姿がなかった。
「……おい、道はどこへ行った?」
バルドが周囲を見回す。
さっきまでレアの手を握っていたはずの道の姿が、忽然と消えている。
「吹き飛ばされたのか!?」 「いや、まさか……!」
ノワールが血相を変えて周囲を探る。
魔族の感知能力を全開にするが、反応がない。
マナ反応ゼロ。生体反応ゼロ。 完全に「無」だ。
(馬鹿な……私の探知から消えるなど、あり得ない。
死んだとしても死体は残るはずだ)
戦場の余韻が冷め、不安が広がろうとした、その時。
「――おーい。こっちだ」
森の茂み、誰も注意を払っていなかった「死角」から、呑気な声が響いた。
「道!?」
全員が振り返る。
そこには、首根っこを掴んだ「何か」を引きずりながら、平然と歩いてくる道の姿があった。
「悪い悪い。
ちょっと“面白い奴”を見つけたもんでな」
道が引きずってきたのは、全身を光学迷彩ローブで包んだ小柄な男だった。
男は気絶しており、その懐からは「虚無獣を誘導する香炉」が転がり落ちた。
「なっ……!?」
ノワールが絶句する。
「そいつは……隠密の斥候か!?
馬鹿な、私はずっと影を展開していたんだぞ。
気配など微塵も……」
「ああ。魔法的な隠蔽は完璧だったよ。
お前ですら気づかないレベルでな。
光学迷彩のローブで完璧だと思ってたんだろうな。
めちゃくちゃ粗い呼吸をしてたけどな」
道は気絶した男を放り投げ、淡々と言った。
「だから、俺には感じた」
核を粉砕した爆風の瞬間。
道は、勝利を確信した瞬間に息を止めたのだ。
呼吸停止によるマナ遮断。
さらに、体内に残った「圧導」エネルギーを皮膚表面に薄く展開し、光を屈折させる「光学迷彩」を発動。
完全な透明人間となった道は、戦場の誰よりも深く潜り――
物陰で「成果」を確認しようとしていたこの斥候の背後を、音もなく取ったのだ。
「俺はマナを感じられない。
だからこそ、『空気の不自然な揺らぎ』と『呼吸音』にだけは誰よりも敏感なんだよ」
道は親指で背後を指した。
「こいつが、この場所に虚無獣を誘導した犯人だ。
……ま、俺を上回る隠密じゃなかったのが運の尽きだな」
全員が、言葉を失って道を見つめた。
巨大な怪物を倒した力も凄いが、それ以上に。
魔族のノワールすら欺く隠密を、魔法を使えない人間が、乱戦の最中に捕獲してみせた。
その底知れない「カバディ(狩人)」としての実力に、戦慄にも似た感情が走る。
「……あんた、本当に何者なのよ」
ライラが呆れたように呟く。
「ただのカバディ選手だと言ってるだろ」
道はニカっと笑い、汚れた服をパンパンと払った。
「さて。これで精霊も守れたし、お土産(犯人)も確保した。
……そろそろ、手をつないで帰ろうぜ?」
その軽口に、今度は誰も反発しなかった。
バラバラだった六人の影が、夕暮れの森に長く伸びていた。
虚無獣撃破! そして、騒ぎのどさくさに紛れて、黒幕の斥候をひっ捕らえた道。
「カバディ選手は呼吸音に敏感」 この設定が、まさか隠密狩りに役立つとは。
戦いは終わり、夕暮れ。
精霊に見送られ、彼らは一つの「名前」を冠することになります。
次回、第2章最終話。
『風が吹く場所、チーム《風》の誕生』。
最強で最悪なチームの、伝説の始まりです。




