第16話 理由なき集合、理由ある恩義
世界のどこにでもあり、どこにもない場所。
マナの流れが交差する「龍脈の点」にのみ、その光は現れる。
名もなき精霊。
それは誰かに力を与えるわけではない。願いを叶えるわけでもない。
ただ、傷ついたマナを撫で、折れかけた心を「元の形」に戻すだけの存在。
だが今、その静かな光が震えていた。
世界を蝕む黒い捕食者――虚無獣が、その「高純度な魂」を嗅ぎつけたのだ。
悲鳴なき叫びが、風に乗って世界へ響いた。
それは、縁ある者たちの耳にだけ届く、SOSの周波数だった。
◆◆◆
街道を進む道とレア。
勝手に走り去ったリィナと、影に消えたノワールを見送り、二人は地道に歩を進めていた。
「……道。聞こえますか」
レアが青ざめた顔で足を止めた。
「ああ。耳じゃねぇけど……空気が急に“薄く”なった気がする」
道は胸を押さえた。
肺の中の圧が、外気のマナ不足に反応してざわついている。
世界の一部が欠けようとしている感覚。
「マナの交差点で、高位の存在が捕食されかけています。
このままでは周辺のマナ循環が死にます!」
「場所は?」
「北の森……かつてライラさんと会った森のさらに奥、マナの噴出点です!」
「北の森……? リィナが走っていった方角か!」
「ノワールさんの影移動のルートとも重なります!」
「……嫌な予感がするな。急ぐぞ!」 道はレアと共に駆け出した。
◆◆◆
エルフの森、奥深く。
ライラは一人、弓の手入れをしていた。
道に拒絶を突きつけたあの場所で、彼女はいまだにイラ立ちを抱えていた。
(……なんで、あいつなのよ)
脳裏に浮かぶのは、セリアに弟子入りを断られた日の記憶。
自暴自棄になり、呼吸を乱し、森の奥で泣き崩れていた自分。
そんな時、ふわりと現れたのがあの精霊だった。
何も言わない。
慰めもしない。
ただ、隣で淡く光り、ライラの乱れた呼吸のリズムに合わせて明滅した。
それだけで――呼吸が整った。
師匠にも、親にも否定された自分を、あの光だけは「そこにいていい」と肯定してくれた。
その光が今、消えかけている。
ライラは弾かれたように立ち上がった。
「ッ……はぁ……はぁ……!」
焦りで、息が浅くなる。
指先が震え、弓を握る手が強張る。
その瞬間、あの生意気な人間の言葉が脳裏をよぎった。
『呼吸の音が五月蝿ぇぞ』
『リズムを変えてねぇだろ。だから隙ができる』
「……っ!」
図星だった。
今も、焦るあまり呼吸が乱れ、マナの循環が滞りかけている。
「……あの人間の言った通り、呼吸が乱れてる……クソッ!」
ライラは唇を噛み、無理やり深く息を吸い込んで、肺の奥を沈めた。
認めたくない。
でも――あの男の言葉を無視して、また失敗するわけにはいかない。
「……ふざけないで。私の“場所”を奪うな」
彼女は弓を掴み、風よりも速く森を駆け抜けた。
◆◆◆
鉱山王国、地下深く。
バルドは酒場でエールを煽っていたが、不意にジョッキを置いた。
地面の底から、岩が軋むような悲鳴が聞こえた気がした。
「……あいつか」
思い出すのは数十年前。落盤事故で生き埋めになった絶望的な夜。
酸素が尽きかけ、死を覚悟した時、崩れかけた岩盤の隙間に小さな光が見えた。
その光がバルドのマナを安定させ、岩の崩落個所の脱出口を示唆し、助かることができたのだ。
場所はここから遠い北の森の地下水脈。
だが、地脈を通じてその悲鳴は職人の耳に届いた。
神でもない、偶然でもない。
あの光に借りを返していないことが、頑固な職人の胸にずっと引っかかっていた。
「……ツケを払わねぇまま死ぬのは、ドワーフの恥だ」
バルドは愛用の大鎚を担ぎ上げ、鉱山鉄道のトロッコに飛び乗った。 「全速前進だ! 地下ルートを突っ切るぞ!」
◆◆◆
街道を外れた獣道。
リィナは道たちを置いて全力疾走していたが、急ブレーキをかけた。
「――!?」
鼻がヒクつく。
風の匂いが変わった。
腐敗臭。
そして、懐かしく温かい匂いが消えかけている感覚。
「……あ」
幼い日の記憶。
群れからはぐれ、何日も食べられず、死にかけていた夜。
甘い匂いに誘われて歩いた先に、果実のなる木があった。
その木の根元で光っていた、温かい何か。
あれが導いてくれなかったら、今のリィナはいない。
「やだ……!」
理屈じゃない。
本能が「行かなきゃダメだ」と叫んでいる。
リィナは進路を変え、さらに加速して弾丸のように森へ飛び込んだ。
◆◆◆
影の回廊。
ノワールは影の中を高速移動していたが、不意に実体化した。
監視魔法のネットワークに異常感知。
地点は、彼が「放置」していたマナの交差ポイント。
「……私の失態か」
かつてその場所に精霊を確認した時、彼はあえて報告しなかった。
精霊がいる場所はマナが安定する。
ならばそのまま「天然のバランサー」として利用すればいいと判断した。
だが、その高純度なマナの塊こそが、虚無獣にとって最高の餌になることを見落としていた。
「管理者の責任だ。……私が始末をつける」
それは傲慢な魔族なりの、不器用な贖罪。
ノワールは進路を変更。
想定していた合流地点ではなく、波形の乱れる森の中心へと空間を跳躍した。
◆◆◆
交差の森、その中心にある泉。
かつて清浄だったその場所は、黒い汚泥のような霧に覆われていた。
その中央。
小さな光の球が、黒い牙を持つ不定形の獣――虚無獣に追い詰められ、明滅を繰り返している。
「キシャァァァァッ!!」
虚無獣が、光を飲み込もうと顎を開いた。
その瞬間。
ヒュンッ!!
風を巻いた矢が、虚無獣の眉間を穿った。
ズドォォォンッ!!
直後、地下から突き破って飛び出した岩のような影が、大鎚で虚無獣の横っ面を殴り飛ばした。
ザシュッ!!
さらに反対側から、獣の爪痕が虚無獣の背中を切り裂く。
グサッ!!
とどめに、虚無獣の影から漆黒の棘が突き出し、その動きを縫い止める。
「「「「!!」」」」
全員が、ほぼ同時に着地した。
エルフのライラ。
ドワーフのバルド。
獣人のリィナ。
魔族のノワール。
示し合わせたわけではない。
だが、全員が同じ方向――「精霊を守る」という一点において、武器を向けていた。
そこに、息を切らせた道とレアが茂みを掻き分けて飛び込んでくる。
「はぁ、はぁ……!お前ら……!」
遅れて到着した道が、その光景を見て息を呑む。
バラバラだったはずの四人が、精霊を背にして円陣を組むように立っている。
勧誘を断った者も、勝手に飛び出した者も、全員がここにいる。
しかし、その顔に「協力」の色はない。
「どけ、ドワーフ!
私の射線が塞がる!」
「うるせぇ!
てめぇこそチョロチョロ動くんじゃねぇ!」
「私の獲物だよ! 横取りしないで!」
「影が薄くなる。全員邪魔だ」
罵り合い、互いの攻撃範囲を殺し合いながら、それでも一歩も引かない。
その背中にある「光」だけは、絶対に渡さないという執念だけで繋がっている。
道は、深く息を吸い込んだ。
肺の奥が熱くなる。
カバディにおける、最強の布陣。
個性が強すぎる防衛線たちが、今、勝手に揃ってしまった。
(……最高に扱いにくくて、最高に頼もしい連中だ)
道は戦場へ踏み込む。
バラバラの音を奏でるオーケストラに、指揮棒を振るうために。
「お前ら!! そのまま動くなよ!!」
理由なき集合。
しかしそこには、言葉よりも強い「恩義」という鎖があった。
示し合わせたわけではなく、ただ「精霊を助けたい」という想いだけで集まった4人。
しかし、想いは同じでも、相性は最悪です。
「どけ!」「邪魔だ!」「私の獲物!」
罵り合いながら戦う彼らの前に、道が指揮官として降り立ちます。
ここからが、異世界カバディの本領発揮です。
次回、『背後の7人目、鉄壁の防衛線』。
手はつなぎません。でも、ラインはつなぎます。




