第15話 影の国、見えない拒絶
獣人の森を抜け、一行はさらに北へと進んだ。
空の色が徐々に薄暗くなり、太陽の光が届きにくい、常闇の帳が降りてくる。
「ここからが魔族領です」
レアが緊張した面持ちで告げた。
薄暗い荒野。建物は黒い石で作られ、静寂に包まれている。
「暗いなー。匂いもしないし、なんか気味悪い」
リィナが鼻をひくつかせ、落ち着かなそうに尻尾を揺らす。
本来なら魔族たちが生活しているはずの街だが、通りには人っ子一人いない。
「……留守か?」
道が呟くと、リィナが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ううん、いるよ。隠れてるだけ。なんかジメジメしてて嫌な感じ!」
一行は領主の館の前まで来た。
巨大な扉は閉ざされている。
だが、道は肌で感じていた。
視線だ。
どこかから、誰かがじっとこちらを見ている。
「ノワール・ヴェイル! いるんだろ、出てきてくれ!」
道が叫ぶ。
返事はない。
ただ、足元の影がゆらりと揺れた気がした。
「……帰れ」
声は、どこからともなく響いた。
右からかと思えば左から、上かと思えば足元から。
反響して方向が掴めない。
「弱者の群れに用はない。
強さとは孤高。
群れるなど、己の弱さを晒す行為に他ならない」
魔族代表、ノワールの声だ。
徹底した個人主義。武闘祭でも彼はそう言っていた。
「弱者かどうか、試してみればいいだろ!」
リィナが痺れを切らして叫ぶが、ノワールは鼻で笑う気配を見せただけだった。
「試す価値もない。
……だが、どうしてもと言うなら」
シュッ!
足元の影から、鋭い黒い棘が突き出した。
「うおっ!?」
道は反射的にバックステップでかわす。
しかし、影は一つではない。
建物の影、街路樹の影、仲間の影。
ありとあらゆる「暗がり」から、黒い刃が次々と襲いかかってくる。
「影魔法。
姿を見せるまでもない。影に食われて消えるがいい」
「卑怯だぞ! 出てきて戦え!」
リィナが爪を振るうが、影には実体がない。
切っても切っても再生する。
レアが防御魔法を展開するが、影は障壁の「内側」の影から発生してくるため、防ぎきれない。
(……厄介だな。本体が見つからねぇと攻撃できねぇ)
道は攻撃をかわしながら、冷静に周囲を観察した。
影は無限にあるように見える。
だが、それを操っている「術者」の意識は必ずどこかにある。
セリアとの修行で培った「静の呼吸」。
五感のノイズを消し、マナの流れではなく、純粋な「気配」だけを探る。
(視覚に頼るな。音に惑わされるな。
呼吸だ。相手の呼吸を聞け)
道は深く息を吸い、そして止めた。
静寂。
影のざわめきが消え、世界がクリアになる。
……ヒュッ。
……ハッ。
聞こえた。
風の音でも、影の音でもない。
生身の人間が、術を行使する瞬間に漏らす、微かな呼吸音。
(――そこか!)
道は目を開き、何もない空間へ向かって猛ダッシュした。
そこは館の入り口ではなく、庭にある古びた時計塔の「影の中」。
「カバディッ!!」
踏み込み一閃。
道は迷わず、その影の濃い部分へ手を伸ばした。
「……なっ!?」
驚愕の声と共に、影の中から人影が実体化しようとする。
だが遅い。
道の指先は、すでにその喉元を捉えていた。
「……タッチ」
寸止め。
実体化したノワールの喉に、道の指が突きつけられている。
黒いコートを纏った魔族の青年は、冷や汗を流して道を見下ろしていた。
「……なぜ、分かった。
私の隠密は、魔法的にも光学的にも完璧だったはずだ」
「呼吸だよ」
道はニカっと笑った。
「お前、影を操る瞬間に息を止める癖があるだろ。
その“空白”が、俺にははっきり聞こえた」
「……呼吸、だと……?」
ノワールは信じられないという顔をした。
魔法を極めた魔族が、マナを持たない人間に「気配」だけで完全に見破られた。
それは彼にとって、魔法合戦で負ける以上の衝撃だった。
「群れるのが嫌いなのは分かった。
でも、俺はお前のその『隠れる力』が必要なんだ。
影から世界を支える、最強のバックアップとしてな」
道は手を差し出した。
「俺たちのチームに入ってくれ、ノワール」
ノワールは、突きつけられた指と、差し出された手を見比べた。
そして、深くため息をついた。
「……孤高を貫くつもりだったが。
隠れ場所すら見抜かれるようでは、修行が足りんということか」
彼は道の手を握ることはしなかったが、影を解き、静かに地に降り立った。
「いいだろう。貴様のその“異質な目”、近くで観察させてもらう。
――それが、次に虚無獣を仕留める鍵になりそうだからな」
ノワールは口元を歪め、興味深そうに道を見つめた。
だが、すぐに冷たい表情に戻り、踵を返す。
「だが馴れ合いはせん。勘違いするな」
「へいへい。よろしくな、ひねくれ者。
……で、これから俺たちの拠点へ案内するんだが」
「歩いて行くつもりか? 時間の無駄だ」
ノワールは鼻で笑うと、足元の影に沈み込むように姿を消しかけた。
「私は影を通って先に行く。
貴様らのような鈍足に合わせてはいられん」
「あ、おい! 集合場所も聞いてねぇだろ!」
「『風』が騒がしい場所に行けば、貴様らはいるのだろう?
……興が乗れば合流してやる」
言い捨てて、ノワールの気配は完全に消えた。
「……あいつ、本当に協調性ゼロだな」
道が頭を抱えると、横でリィナが「むー!」と頬を膨らませた。
「ずるい!
影移動なんて楽ちんじゃん!
あたしも走る!
道の歩くスピードじゃあくびが出るもん!」
「待てリィナ!
お前まで単独行動を――」
「先に行ってるねー!
競争だーッ!!」
ドォンッ!!
リィナもまた、土煙を上げて街道の彼方へ消えてしまった。
「……」
残されたのは、道とレアの二人だけ。
道は深い溜息をつき、空を見上げた。
「……前途多難すぎるだろ、このチーム」
「ふふっ。
でも、皆さん“行く”とは言っていましたよ」
レアが楽しそうに微笑む。
こうして、個性強すぎるメンバーたちは、それぞれの速度と方法で動き出した。
まだ「チーム」とは呼べないバラバラの点。
だが、その点と点を繋ぐための“事件”は、もうすぐそこまで迫っていた。
呼吸停止(無音)を見抜かれ、プライドをへし折られたノワール。
文句を言いながらも、これで役者は揃いました。
(※なお、誰一人として素直に「チームに入ります」とは言っていません)
そんなバラバラな彼らを、強制的に一つの場所へ集める「SOS」が響きます。
精霊の悲鳴。
それぞれの過去と恩義が交差する時、最強の問題児たちが集結します!
次回、『理由なき集合、理由ある恩義』。
集合場所は、ボス(虚無獣)の目の前です。




