第11話 最初の訪問先は、一番厄介な相手
武闘祭の喧騒がようやく落ち着いた翌朝。
街に漂う静けさは、昨夜の熱気が嘘のようで、道の胸にひんやりと沁みた。
宿舎の中庭で、道は一人、ゆっくりと息を吐き出していた。
「……スゥ……ッ」
肺の奥底にある空気を絞り出し、真空状態を作り、また一気に満たす。
戦いが終わっても、呼吸を止めるわけにはいかない。
むしろ、昨日の虚無獣戦での「多人数連携」の感覚が残っているうちに、肺の伸縮率を身体に覚え込ませる必要があった。
(……仲間を集めるって言った以上、動き出さねぇとな)
言葉にした決意というのは、時に人を縛る。
けれどそれは、道にとって重荷ではなく、むしろ前へ進むための“深い呼吸”のように感じられた。
ふと、背後から柔らかな気配が近づく。
「道。……精が出ますね」
振り返ると、レアが歩いてくるところだった。
淡い金の髪が朝の日差しに揺れ、品のある物腰は第一王女そのもの。
しかし昨日の共闘を経たせいか、表情にわずかに柔らかさが混じっている。
「ああ。身体がなまらないようにな。
……本日から仲間探しに向かうつもりだ」
「差し支えなければ、私も同行させていただけますか?
この世界の者として、そして……あなたの戦い方を見届けた者として、
どのような方々をお迎えになるのか興味があります」
言葉は丁寧だが、その奥には確かな信頼と、ほんの少しの好奇心が芽生えているのを感じる。
道は自然と頷いた。
「もちろん。むしろ来てくれた方が助かるよ」
「ありがとうございます」
レアは嬉しそうに微笑み、すぐに真剣な眼差しに戻った。
「それで、最初に向かうのはどちらでしょうか?」
「エルフ族の里だ。
セリアさんが言ってた、弟子志願者だった少女……あの子に会おうと思う」
その言葉を聞いた瞬間、レアの眉がかすかに揺れた。
「……あの方に、ですか。難しい相手を最初に選ばれたのですね」
「やっぱり、そういう感じか?」
「はい。技量は飛び抜けているのですが……性格に難があり、
セリアさまは弟子として迎えることを断念されたと伺っています」
道は準備運動で手首を回しながら聞いた。
「そうなのか……てっきり“師匠の元から逃げた”とかかと思ってた」
「いいえ。彼女は長く弟子入りを願っていました。
ですが、協調性が著しく欠けており、教えを受ける以前の段階で断られたそうです。
セリアさまは“人と共に呼吸できぬ者に強さを授けても意味がない”と……」
道の手が止まる。
自分は異世界から来たばかりで、セリアは迷いなく“教えてくれる側”に立ってくれた。
その一方で、必死に求め続けた少女が断られた。
(自分が彼女だったら、確かに面白くはないな)
レアが静かに、核心を突く言葉を続ける。
「そのうえ……あなたがセリアさまに認められたことが、
彼女の心に影を落としているようです」
「俺に? なんでだ?」
「彼女から見れば、突然現れた異世界人が、自分が届かなかった場所に立っている。
そう映ってしまうのでしょう」
「……まぁ、気持ちはわかるな」
道は苦笑して、深く息を吸った。
肺に吸い込んだ空気がマナと混ざり、静かに整っていく。
「でも、ああいう“扱いづらい”って言われるタイプほど、
一度ちゃんと話してみねぇとわかんねぇ。
勝手に苦手意識を持って避けるより、
先に向き合っといた方がいいだろ」
「それを最初に選ばれるあたり……あなたらしいですね」
レアの声は穏やかだった。
「昨日の戦い──虚無獣とのあの瞬間を、私……忘れられません。
あなたと呼吸が噛み合った時、まるで世界が拓けるような感覚でした」
「ああ、俺もだ。あれを仲間とやれたら……絶対、もっと強くなれる」
「そのためにも、彼女との邂逅は避けて通れません。
……ただし、挑発にはくれぐれもお気をつけくださいね」
「そんなに挑発してくる子なのか?」
「“会話の半分が挑発”と言っても過言ではありません」
「それもう性格じゃなくて戦術じゃねぇか……」
レアが、息を殺すように小さく笑った。
「行きましょう。彼女があなたにどんな言葉を投げるのか……私も気になります」
「よし、決まりだ。エルフの里へ向かうぞ」
二人は街を出て、森へと続く街道を進んだ。
エルフの里へ近づくにつれ、肌を刺す風が少しずつ鋭くなっていくのを感じる。
道は無意識に、「カバディ」の構えに近い重心へと切り替えていた。
(……なんだ、この空気)
静かな森のはずなのに、何かが暴れているような、ざらついた気配。
木々のざわめきが、歓迎ではなく拒絶の音を立てている。
「道、気をつけてください。マナの流れが……乱れています」
レアが声を低くした。
森の奥、今は使われていない旧修練場の方角。
そこから漂ってくるのは、才能と、焦りと、そして明確な敵意が混ざった“荒い呼吸”だった。
道の仲間集めの第一歩は、最も厄介で、最も才能に満ちた少女との対面から始まることになる。 道は、深く息を吸い込んだ。
(……さて、挨拶といこうか)
木漏れ日の先には、まだ見ぬ少女の“嵐”が待ち受けている。
武闘祭を終え、いよいよチーム結成に向けて動き出しました。
最初のターゲットは、師匠セリアすら匙を投げたという「天才にして問題児」のエルフ。
「会話の半分が挑発」 そんな相手に、カバディのコミュニケーション(接触)は通用するのか?
森の奥でいきなり実力行使(物理)が始まります。
次回、『弟子になれなかった天才エルフ』。
挨拶がわりの矢が飛んできます。




