第10話 虚無獣、襲来──ひとりの呼吸が、世界をつなぐ
武闘祭最終日。
熱気に包まれる闘技場の空に、突然ヒビが走った。
パキィィィ……ン。 黒い粒子が滲むように流れ出し、空気そのものを削りながら凝集していく。
四足の獣の影── 虚無獣。
観客から悲鳴があがった瞬間、 戦士たちの身体が一斉に崩れ始めた。
「な……動け……ない……っ!」
「マナが……抜ける……!」
虚無獣が放つ“吸マナ領域”。
魔力頼りの身体は、強化が消えた瞬間に重力に押し潰される。
だが── 俺だけは違った。
「カバディ……カバディ……カバディ……!」
肺で圧を作りながら、呼気を逃がし続ける。
以前の世界で、毎日何千回も言ってきた“命綱”。
(……来いよ。俺は魔法じゃねぇ。
マナが薄くても……圧導は有効だ!)
寧ろマナが薄い方が俺の体は、より能力を発揮する。
この世界に来て、一番調子が良い。
この薄くなったマナを肺で圧縮する方が、 より大きな力を作ることができるかのようであった。
虚無獣の爪が空間を抉るように走る。
俺は踏み込みと指先で圧線を流し、強引に逸らした。
観客がどよめく。
「い、今の……“カバディ”と言いながら動いた……!?」
「虚無の攻撃を……“流してる”……!」
だが── 圧導は通る。 虚無の空間歪曲には届かない。
(俺だけじゃ……足りねぇ……!!)
◆◆◆
レアが呻きながら手を伸ばす。
「道……! その……“声”…… 呼吸の振動が……わたしに届いて……っ!」
セリアが叫ぶ。
「道! あなたの圧導、“肉体伝導エネルギー”です!!
手をつなげば……
その圧を“他者へ渡すことができる”!!」
(渡す……? 俺の圧を……“みんなの身体”に……?)
虚無獣が咆哮し、黒い霧を周囲に散らす。
それでも、レアの手だけは震えながら伸びていた。
俺は──その手をつかんだ。
◆◆◆
つないだ瞬間、レアの身体が弾かれたように震えた。
「……っ!!
動ける……!
あなたの“圧”が……!
私の骨格に流れ込んで……筋肉を補助して……!」
セリアも続いて手を重ねる。
「すごい……!
これはマナではなく……
“圧導が作る物理強化”!!
道!!
もうキャント(詠唱)で制御する必要はありません!
圧は全員に分散しています!!」
俺の胸が震えた。
(そっか……! 今は俺だけじゃねえ…… 圧を“逃がす相手”がいる……!)
(なら──俺はもう、“レイダー(攻撃手)”じゃねぇ)
今の俺たちは手をつないだ“アンティ(守備)”だ。
守備は──喋らなくていい。
息を吐かなくていい。
ということは。
(……全部、“圧縮”に回せる……!!)
◆◆◆
「道!! 俺にも!!」
「俺も動きてぇんだ!!」
バーン、ガルド、リィナ、サーディン…… 次々に俺の手から他の戦士の手へ、仲間へとつながっていく。
つながるたび、圧が流れ、力が戻り、仲間が立ち上がる。
「うぉ……ッ! 腕に熱が……!」
「これが……道の圧……!」
「動ける……虚無の中でも……!!」
次々と手を繋いだ戦士達が復活していく。
◆◆◆
「囲むぞ!!」
俺の声で、全員が動く。
半円。
倒し方の基本。
カバディの守備を何百回もやった時の“間合い”が、 この異世界で初めて完全に再現された。
虚無獣は逃げようとする。
だが位置をズラす先に仲間が立つ。
圧導のエネルギーを得た戦士達が、マナで闘うかのような実力を発揮する。
ガルドが塞ぎ、
リィナが刺し、
サーディンが誘導し、
レアが押し返す。
そして── 輪が閉じた。
◆◆◆
その瞬間、セリアが震え声で叫んだ。
「す、凄い……!
輪になったことで、圧が“循環”し始めています……!!
これは……共鳴増幅……!!
多人数圧導の究極形態です!!」
レアが目を見開く。
「道……!
誰かひとりに……
“最適な形で圧が集まる”……!」
(最適な奴に……集まる……? それなら──)
次の瞬間── 光った。
「──えっ?」
◆◆◆
光の中心にいたのは、小柄な獣人の少女・リィナだった。
腕が震え、爪先が輝き、圧の奔流で髪が逆立つ。
「なっ……なんでお前にそんな……!!」
ガルドが驚愕の声を上げる。
サーディンが冷静に、しかし興奮を隠せずに分析した。
「……今の循環の中で、肉体振動の適性が最も高いのが彼女だ。
道殿の圧導と……リィナ殿の瞬発系筋肉が……完全に共鳴している……!」
「リィナ!!
あなたが……“このチェインの刃”です!!」
レアの叫びに、リィナは涙目になりながらも爪を構えた。
「う、うそでしょ!?
あたしなんかが……!?
でも……!!
みんなの力……来てる……!!
止まんない……!!」
虚無獣が最終の咆哮をあげる。
ギャアアアアアッ!! 黒い空間がねじれ、刃となって迫ってくる。
セリアが叫ぶ。
「道!
もっと圧を!
このチェーンには、まだエネルギーが足りません!!」
道は、深く頷いた。
(ああ、分かってる)
(俺は今、守備の要。このチームの心臓だ)
道は限界まで口を開き、肺が軋むほどの空気を一気に吸い込んだ。
キャントは要らない。
排気も要らない。
ただひたすらに吸い込み、肺というシリンダーで爆発的な圧力を生み出す。
(回れ……! 俺の心肺……!!
俺が“エンジン”になるんだ……!!)
ドクンッ!!
道の胸から、衝撃波のような圧がチェーンへと奔流する。
全員の腕を駆け巡り、加速し、増幅され、その全てがリィナへ送り込まれた。
「行けぇぇぇ──リィナァァァ!!!」
◆◆◆
リィナが踏み込む。
世界が揺れた。
爪先から放たれた圧は、虚無空間すら裂く“金色の軌跡”となる。
「──《タイガーテイル・圧導穿爪》!!」
ドォォォォォォンッ!!
虚無獣の核が破裂する。
黒い霧が風に散り、闘技場は一瞬で静まり返った。
◆◆◆
次の瞬間── 世界が爆発したように歓声が響いた。
「な、なんなんだ今の技ぁぁぁ!!」
「手をつないで……力を循環させて…… 最後にあの少女に全部集まったのか!?」
「異界人……最高だ……!!」
◆◆◆
レアが涙を浮かべて言う。
「道……
あなたは“ひとりで強い人”じゃありません。
“みんなで最強になる呼吸”の人です……」
セリアも微笑む。
「あなたの呼吸は……最初から“仲間用”でしたね」
◆◆◆
俺は、みんなを見渡す。
戦士、エルフ、魔族、獣人、ドワーフ── 全員が俺の手をつないで立っている。
胸の奥が熱くなる。
(これだ……
俺がずっと探してたのは……
“ひとりの呼吸”じゃねぇ……)
俺は、大きく息を吸い── 叫んだ。
「──俺はチームを作る!!
ひとりじゃ届かねぇ場所を、みんなで行くために!!
お前ら……!!
俺と一緒に《風》を起こしてくれ!!!」
◆◆◆
歓声。
涙。
笑い。
握手。
叫び。
希望。
こうして──孤独だった呼吸は、 仲間をつなぐ“風”になった。
そしてここが起点となり、将来、異種族混成チーム《風》が誕生するのである。
マナが消えた世界で、手をつなぎ、圧を回し、全員で勝つ。
これにて「異世界カバディ」第1章、完結です!
バラバラだった戦士たちが、道の「呼吸」で繋がった瞬間。
ここから、世界を救うチーム《風》の伝説が始まります。
さて、次は第2章。 チームを結成したとはいえ、中身は「戦闘狂」「堅物」「野生児」「ひねくれ者」。 ……これ、本当にまとまるのか?
次回から第2章『空気を抉りながら』編、スタート!
まずはエルフの森へ、あの“問題児”をスカウトしに行きます!




