第5話 呼吸がずれた天才──孤独の正体
控え通路の空気は、まだ試合の熱気を引きずっていた。
バーンとのエキシビション、リィナの落下捕獲。
その全部が終わった後で、
なぜか俺だけが“主役扱い”になっている。
(なんか……居心地が悪いんだよな)
観客も選手も、みんなじっとこっちを見る。
セリアは苦笑しながら肩を竦めた。
「道。あなた、もう完全に“話題の中心”ですよ」
「いや俺……なんもしてないんだけど」
「むしろ“自然体なのにやってしまう”のが厄介なんです」
いや褒め言葉じゃねぇなそれ。
そんな中──
控え室付近に、影のような男が立っていた。
魔族領代表、ノワール・ヴェイル。
「異界の者……問いたい」
「へっ!? な、なんだよ急に」
「さきほどの獣人の少女。
なぜ助けた」
……そうか、そこか。
「落ちるのが見えてたからだよ。
放っておいたら後味悪いだろ」
ノワールは眉を寄せた。
“本気で理解できない”という顔。
「後味?
敵が倒れれば、己が上位へ進める。
それを妨げる理由がどこにある」
(うわ……価値観が強すぎる……!)
セリアが小声で囁く。
「魔族は“勝者だけが価値を持つ”文化なので……道、気をつけて」
(いや無理だわこれ普通に怖い)
ノワールがさらに踏み込んでくる。
「異界人。
なぜ“自分の強さを無駄にする”?」
俺は、少し間を置いてから言った。
「無駄じゃねぇよ。
……強さってさ、ひとりで使ったって意味ねぇだろ」
ノワールの目が、わずかに揺れた。
その時だった。
背後から、柔らかい光のような声が届いた。
「その通りです」
女神国のレア・エルフェリアが歩いてきた。
黄金の髪が、通路の灯りに揺れる。
ノワールが不機嫌そうに顔を向ける。
「エルフェリア。
そなたも異界人の言葉を肯定するか?」
「ええ。
“守るための強さ”は、最も尊いものですから」
レアは俺に視線を向ける。
まっすぐに、見抜くような瞳。
「道。
あなたの行動には……理由がありますね?」
(理由……か。説明できるようなもんじゃないけど)
レアは一歩近づき、静かに言う。
「あなたは“誰かを支える強さ”を求めている。
けれど同時に──
かつて“独りで崩れた経験”を持っている」
俺の心臓が止まるかと思った。
(なんで……分かるんだよ)
レアは続ける。
「仲間がいたのに、あなたは“全部を取ろう”として……
呼吸を乱し、自分ひとりだけが崩れ落ちた。
そんな過去がありませんか?」
胸が熱くなった。
痛いくらいに。
(……ある。
転移する前の“最後の試合”。
代表の仲間は誰も俺を責めなかった。
それなのに、俺だけが……
俺だけが勝手に焦って、勝手に呼吸を壊して……)
押し込めていた記憶が蘇る。
みんなが繋いでくれたのに。
俺だけが“全部取らなきゃ”って思って。
無理に呼吸を回して、視界が白くなって……
ひとりで崩れた。
あの時、俺の声だけがコートに響いていた。
誰もいない敵陣で、俺の呼吸だけが──
あれが……
生まれて初めて、カバディが“怖い”と思った瞬間だった。
俺は拳を握った。
(あの時の……“取り残された静けさ”。
あれだけは、二度と味わいたくねぇ……)
レアは、俺の沈黙を確認して優しく言う。
「道。
あなたは、独りで戦いたいわけじゃない。
“独りで崩れたくない”だけなんです」
ズキッと胸に刺さった。
セリアが小さく息を呑む。
「……レア様、それを……ここで言うのは……」
「必要だからです」
レアははっきり言った。
「道には、今“過去の呼吸”と向き合う必要がある。
それができたとき──
彼はきっと、もう一段強くなる」
ノワールが腕を組んだまま言う。
「過去の敗北が強さに繋がる……
理解不能だが、不快ではない」
レアは俺に向き直る。
「道。
あなたの呼吸が“誰のために流れているのか”──
その答えを、一緒に探させてください」
その瞳は真剣だった。
照れとか、媚びとか、一切ない。
ただまっすぐに、俺を見ていた。
胸の奥がざわついた。
なんだよこれ……
なんで俺、戦ってないのに心のほうが疲れてんだ。
「……考えとく」
やっとのことで、それだけ返した。
レアは満足そうに微笑む。
「それで十分です」
◆◆◆
そのやり取りを少し離れて見ていた選手たちの間で、
ざわめきが走った。
「異界人……強さだけじゃなくて、心まで規格外かよ」
「レア様があれだけ踏み込むなんて……」
「なんか……ドラマ始まってない?」
「いやもう始まってるだろ。主役あいつだぞ」
……やめろ聞こえてる。
◆◆◆
セリアが肩をすくめる。
「道。あなた……本当に“ひとりで強くなりたい人”じゃないですね」
「勝手に見抜くなよ……」
「見抜かれやすいんです、あなたは」
そう言って、彼女は少しだけ嬉しそうだった。
◆◆◆
(……あの試合のこと、思い出すとはな)
仲間を頼れなかった自分。
努力と呼吸と才能だけで押し切ろうとした愚かさ。
異世界に来て、やっと気づいた。
(……ひとりで強くても、意味ねぇよな)
小さく呟いたその言葉は、
セリアにも、レアにも届いていた。
レアは、そっと目を細める。
「──だからこそ。
あなたは、“誰かと並んで戦う強さ”を持てる人です」
(……褒められてるのか、試されてるのか分かんねぇ……)
だが、胸の奥で何かがふっと軽くなった気がした。
「ひとりで強くても、意味がない」 過去の傷と向き合い始めた道ですが、試合は待ってくれません。
次の相手は、静寂の拳士・サーディン。
同じ「呼吸」や「体術」を使う相手だからこそ、誤魔化しが効かない。
道の「迷い」が、最悪の形で露呈してしまいます。
次回、『異界最強、ついに参戦──だが噛み合わない強さ』。
カバディの呼吸が、止まる──!?




