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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
第1章:異世界武闘祭と孤独な最強

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第5話 呼吸がずれた天才──孤独の正体

控え通路の空気は、まだ試合の熱気を引きずっていた。

バーンとのエキシビション、リィナの落下捕獲。

その全部が終わった後で、

なぜか俺だけが“主役扱い”になっている。


(なんか……居心地が悪いんだよな)


観客も選手も、みんなじっとこっちを見る。

セリアは苦笑しながら肩を竦めた。


「道。あなた、もう完全に“話題の中心”ですよ」

「いや俺……なんもしてないんだけど」

「むしろ“自然体なのにやってしまう”のが厄介なんです」

いや褒め言葉じゃねぇなそれ。

そんな中──

控え室付近に、影のような男が立っていた。

魔族領シャドウバル代表、ノワール・ヴェイル。

「異界の者……問いたい」

「へっ!? な、なんだよ急に」

「さきほどの獣人の少女。

 なぜ助けた」

……そうか、そこか。

「落ちるのが見えてたからだよ。

 放っておいたら後味悪いだろ」

ノワールは眉を寄せた。

“本気で理解できない”という顔。

「後味?

 敵が倒れれば、己が上位へ進める。

 それを妨げる理由がどこにある」

(うわ……価値観が強すぎる……!)

セリアが小声で囁く。

「魔族は“勝者だけが価値を持つ”文化なので……道、気をつけて」

(いや無理だわこれ普通に怖い)

ノワールがさらに踏み込んでくる。

「異界人。

 なぜ“自分の強さを無駄にする”?」

俺は、少し間を置いてから言った。

「無駄じゃねぇよ。

 ……強さってさ、ひとりで使ったって意味ねぇだろ」

ノワールの目が、わずかに揺れた。

その時だった。

背後から、柔らかい光のような声が届いた。

「その通りです」

女神国エンシアのレア・エルフェリアが歩いてきた。

黄金の髪が、通路の灯りに揺れる。

ノワールが不機嫌そうに顔を向ける。

「エルフェリア。

 そなたも異界人の言葉を肯定するか?」

「ええ。

 “守るための強さ”は、最も尊いものですから」

レアは俺に視線を向ける。

まっすぐに、見抜くような瞳。

「道。

 あなたの行動には……理由がありますね?」

(理由……か。説明できるようなもんじゃないけど)

レアは一歩近づき、静かに言う。

「あなたは“誰かを支える強さ”を求めている。

 けれど同時に──

 かつて“独りで崩れた経験”を持っている」

俺の心臓が止まるかと思った。

(なんで……分かるんだよ)

レアは続ける。

「仲間がいたのに、あなたは“全部を取ろう”として……

 呼吸を乱し、自分ひとりだけが崩れ落ちた。

 そんな過去がありませんか?」

胸が熱くなった。

痛いくらいに。

(……ある。

 転移する前の“最後の試合”。

 代表の仲間は誰も俺を責めなかった。

 それなのに、俺だけが……

 俺だけが勝手に焦って、勝手に呼吸を壊して……)

押し込めていた記憶が蘇る。

みんなが繋いでくれたのに。

俺だけが“全部取らなきゃ”って思って。

無理に呼吸を回して、視界が白くなって……

ひとりで崩れた。

あの時、俺の声だけがコートに響いていた。

誰もいない敵陣で、俺の呼吸だけが──

あれが……

生まれて初めて、カバディが“怖い”と思った瞬間だった。

俺は拳を握った。

(あの時の……“取り残された静けさ”。

 あれだけは、二度と味わいたくねぇ……)

レアは、俺の沈黙を確認して優しく言う。

「道。

 あなたは、独りで戦いたいわけじゃない。

 “独りで崩れたくない”だけなんです」

ズキッと胸に刺さった。

セリアが小さく息を呑む。

「……レア様、それを……ここで言うのは……」

「必要だからです」

レアははっきり言った。

「道には、今“過去の呼吸”と向き合う必要がある。

 それができたとき──

 彼はきっと、もう一段強くなる」

ノワールが腕を組んだまま言う。

「過去の敗北が強さに繋がる……

 理解不能だが、不快ではない」

レアは俺に向き直る。

「道。

 あなたの呼吸が“誰のために流れているのか”──

 その答えを、一緒に探させてください」

その瞳は真剣だった。

照れとか、媚びとか、一切ない。

ただまっすぐに、俺を見ていた。

胸の奥がざわついた。

なんだよこれ……

なんで俺、戦ってないのに心のほうが疲れてんだ。

「……考えとく」

やっとのことで、それだけ返した。

レアは満足そうに微笑む。

「それで十分です」


◆◆◆


そのやり取りを少し離れて見ていた選手たちの間で、

ざわめきが走った。


「異界人……強さだけじゃなくて、心まで規格外かよ」

「レア様があれだけ踏み込むなんて……」

「なんか……ドラマ始まってない?」

「いやもう始まってるだろ。主役あいつだぞ」

……やめろ聞こえてる。


◆◆◆


セリアが肩をすくめる。

「道。あなた……本当に“ひとりで強くなりたい人”じゃないですね」

「勝手に見抜くなよ……」

「見抜かれやすいんです、あなたは」

そう言って、彼女は少しだけ嬉しそうだった。


◆◆◆


(……あの試合のこと、思い出すとはな)

仲間を頼れなかった自分。

努力と呼吸と才能だけで押し切ろうとした愚かさ。

異世界に来て、やっと気づいた。

(……ひとりで強くても、意味ねぇよな)

小さく呟いたその言葉は、

セリアにも、レアにも届いていた。

レアは、そっと目を細める。

「──だからこそ。

 あなたは、“誰かと並んで戦う強さ”を持てる人です」

(……褒められてるのか、試されてるのか分かんねぇ……)

だが、胸の奥で何かがふっと軽くなった気がした。


「ひとりで強くても、意味がない」 過去の傷と向き合い始めた道ですが、試合は待ってくれません。

次の相手は、静寂の拳士・サーディン。

同じ「呼吸」や「体術」を使う相手だからこそ、誤魔化しが効かない。

道の「迷い」が、最悪の形で露呈してしまいます。

次回、『異界最強、ついに参戦──だが噛み合わない強さ』。

カバディの呼吸が、止まる──!?

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