第3話 炎拳乱舞──圧導とカバディ、戦場で初めて噛み合う
武闘祭の中央闘技場。
観客の熱気が、まるで巨大な焚き火のうねりのように渦を巻いていた。
急遽組まれたエキシビションマッチ。
その中央に、炎の国代表──バーン・ゴルドが仁王立ちしていた。
「異界の兄ちゃんよォ……さっきの“タッチ”は効いたぜ?
今度は本気の拳、見せてやるからなァ!!」
(いや、本気じゃなかったのかよ……)
ここは戦う場所。
でも、俺の胸の奥には──ワクワクがある。
(呼吸が通じるのかどうか……試すチャンスでもある)
ゆっくりと息を吸い込む。
肺がふくらみ、圧が生まれ、全身へと道が伸びていく。
「カバディ……カバディ……」
それは俺にとって、呼吸を崩さず“動きをつなぐ”ための詠唱だ。
◆◆◆
開戦の合図が鳴ると、バーンの拳がいきなり燃え上がった。
「行くぞォ!!
《爆炎乱打》!!」
怒涛の炎拳が、熱風ごと押し寄せてくる。
(熱っ……! これ近づくだけで焦げるやつだろ!)
圧導で身体の軌跡を最小限にズラしながら避ける。
──タッ
──タッ
──タッ
そのうちの一発。
火の粉が袖をかすめた。
「……っ!」
焦げた匂いがして袖を見る。
(……煤が付いただけ。すげぇ……
これジャージだったら普通に溶けてたよな……!)
胸の奥がヒヤリとした。
つい、観客席の端──師匠の方へ小さくうなずく。
(助かってます、師匠……)
◆◆◆
その“礼”の一瞬を──
「よそ見とは余裕だなァァ!!」
バーンが歓喜の吠えを上げながら突撃してきた。
「炎の中で師匠に礼とかよ……燃えるじゃねぇかッ!!」
(いや余裕じゃなくて礼儀なんだけど!!)
返す暇もなく、さらに巨大な火柱が立ち上がる。
「カバディ……ッ!」
俺は再び圧を吸気で練り、身体の芯へと流す。
◆◆◆
──次の瞬間。
バーンの拳が火山の噴煙みたいに振り下ろされた。
◆◆◆
(受ける……!)
右腕に圧を通し、指先へ集中させる。
触れるだけでいい。
圧導は“破壊”じゃなく“流すため”の道だ。
指先がバーンの拳に触れた。
「……タッチ」
パンッ!
爆発でも衝突でもない。
“力の向きを変えるだけ”の、しかし絶対的な流れ。
バーンの巨体が一歩だけ後退した。
「っ……!!
なんだその力……
拳を壊してねぇのに、軌道だけが捻じ曲がる……!」
◆◆◆
観客席が沸く。
「さっきの破片の時と同じだ!」
「触れるだけで炎拳を……!」
「異界の呼吸……何なんだよあれ!」
バーンは、後退しながらも破顔した。
「ははっ!! 最高じゃねぇか異界!!
本気で殴ってんのに、お前は“流す”だけで対抗してきやがる!!」
「いや、そっちの火力がバカみたいに高いからだよ!」
「褒め言葉として受け取っとくぜ!!」
◆◆◆
バーンは拳を構え直し、炎をさらに強く燃やす。
「次の一撃で終わらせるッ!!
来い、異界ィ!!」
(受けるか……避けるか……
いや、この場なら──受けて、流す)
息を吸う。
肺が圧で震える。
「カバディ……カバディ……」
全身に“道”ができていく。
◆◆◆
「うおおおおおッ!!」
炎の拳が放たれ、視界が真紅に染まった。
(来い──!)
圧導が腕を走る。
触れる瞬間、指先をほんの数ミリだけズラし──
「タッチ!!」
──ゴッ!
バーンの拳は、力を失わず“横へ逸れた”。
地面に衝突した瞬間、石床が溶けて蒸気が噴き上がる。
俺への直撃は、一切なし。
◆◆◆
バーンは拳を見下ろし、そして笑った。
「こりゃあ……一本取られたな」
司会が慌てて声を上げる。
『エ、エキシビションマッチ、ここまで!!
双方とも致命傷なし!
技術披露としては十分すぎる!!』
◆◆◆
バーンは拳を差し出す。
「異界、俺はお前を認める。
次は正式戦で当たるぞ!」
「その時も……呼吸で対抗させてもらうよ」
「そんで師匠に礼して余裕ぶっこくんだろ!」
「いや余裕じゃないって!」
(……本当は、タッチした後に『自陣』に戻らなきゃいけないんだがな)
道は内心で苦笑する。
今はエキシビションだからこれでいい。
だが、もしこれが本当のカバディなら──俺には、帰るべきラインも、迎えてくれるアンティもいない。
認めてもらえたわけだが、試合としては『未完』のままだ。
◆◆◆
そのやり取りを、観客席の最上段からひとり見ていた者がいた。
女神国──レア・エルフェリア。
彼女は炎に照らされた道の姿を静かに見つめ、微かに呟いた。
「……呼吸で戦い、礼を忘れない人。
“孤独な強さ”ではない……不思議な人」
その瞳には、明確な興味の色が宿っていた。
◆◆◆
こうして──
異界の呼吸使い・我波道の名は、
この日、世界中に広がり始めた。
バーンの炎拳をすべて「タッチ」で流しきった道。 世界が彼を認め始めた瞬間でした。
しかし、注目が集まるということは、それだけ「面倒事」も増えるということ。 次は、スピード自慢のあの獣人少女が登場。 そして……ただ戦うだけじゃ済まないハプニングが発生します。
次回、『落下を流す呼吸』。 戦うだけが強さじゃない。異界の呼吸の真価が発揮されます。




