第1話 武闘祭開幕──異界の呼吸、世界へ晒される
武闘祭の闘技場は、まるで巨大な都市そのものだった。 石と魔金属で組み上げられた壁は陽光を弾き、内部からは叫び声と熱が溢れてくる。
俺は胸に手を置き、深く息を吸った。
(……苦しくない。静の呼吸が効いてるな)
エルフの森で鍛えた“呼吸の沈め方”は、この異世界の濃い空気にも少しずつ順応してきていた。
肺を刺していた痛みも、今ではかすかな違和感にまで薄れている。
「呼吸は安定しています。
我波道。胸を張って入りなさい」
隣に立つセリアが言う。
今日ついて来てくれているのは、彼女だけだ。
リュミエラは研究所で待機中。
「緊張してはいませんか?」
「してるさ。けど……まあ、息はできる」
「それなら十分です」
セリアはまっすぐ俺を見て、小さく頷いた。
「あなたが“ここに立っていい者”であること。呼吸が証明していますから」
その一言が背中を押した。
◆◆◆
闘技場内は、熱気と魔力の渦だった。
観客席はぎっしりと埋まり、旗と紋章がひしめき合う。
世界中の強者たちが輪を描くように並び、司会の声が魔導拡声で響き渡った。
『では──各国代表の紹介に移る!!』
会場が揺れた。
●炎の国──バーン・ゴルド
火山のごとき巨漢が吠えた。
「砕けぬ岩も燃えぬものもない! 我が拳こそが“世界最強”だ!」
(……すげぇ迫力。熱量が人の形して歩いてるみたいだ)
●氷刃王国──シルヴァ・レイン
白銀の騎士が、静かに剣を掲げる。
「勝利ではない。“完成された一太刀”こそ我が求める真理」
(……技を極めるタイプか。徹底してて嫌いじゃない)
●獣人連邦──リィナ・タイガーテイル
虎耳の少女が跳び上がる。
「速さで全部抜く! 噛みつきは……怒られるから控えめにっ!」
(……控えめで済む気がしないんだが)
●鉱山王国──ガルド・ハンマー
大鎚を肩に担ぎ、地面を踏みならす。
「理屈抜きでぶつかるのが一番だ! 殴って立ってたほうが強ぇ!」
(……分かりやすい。正面突破って感じだ)
●沙海拳宗──サーディン・ラシャ
砂色の拳士が、胸に手を当てて静かに宣言する。
「倒すのではない。己の未熟を砕くため、ここへ来た」
(……悟ってるな。俺より年下にも見えるのにすげぇ)
●魔族領──ノワール・ヴェイル
影のような男が、低く告げる。
「影は名も形も要らぬ。ゆえに我が技も──ただ喰らう」
(……怖っ。強いとかじゃなくて、本能が警戒してる)
●女神国──レア・エルフェリア
黄金の髪が光を受けて揺れ、観客席が一気に沸く。
「私はレア。守るために戦う。 その信念が最強であると、ここで証明する」
(……芯の強さが声に出てる。やっぱすごいな)
◆◆◆
そして──司会の声色が変わる。
『そして今年限りの特別枠!
世界が注目する“異界の来訪者”
──我波道!!』
一瞬、闘技場の空気が凍りつき。 続いて、どよめきが波のように押し寄せた。
「本当に異界人だ……」
「ただの人間に見えるが……」
「おい、あいつ武器はどうした? 剣も杖も持ってないぞ」
「素手でやる気か? 舐めてんのか?」
「いや、逆に怖いだろあれ……」
ざわつきの中心に、俺は一歩前へ出る。
胸の奥の結晶が、コツンと脈打った。
(よし……言うだけ言ってやる)
呼吸を整え、まっすぐ前を見る。
「……我波道。 呼吸で生き残ってきた。 今日も──呼吸で前へ進む」
静かな一言だった。
だが、観客席の反応が一瞬止まった。 次に、大きなどよめきが広がる。
「あの落ち着き……」
「呼吸で戦うと言ったぞ」
「異界流……?」
誇張も虚勢もない、ただの“呼吸する人間”の宣言。
でも── だからこそ、この舞台にいる強者たちは敏感に反応したのだろう。
俺自身、胸の奥が熱くなっていた。
(あの決勝で呼吸に負けた俺が──こんな場所で宣言する日が来るなんてな)
ふと、視線を感じた。 女神国のレア・エルフェリアが、驚いたようにこちらを見つめていた。
その瞳は、嘲笑する他の連中とは違って──何かを探るような色をしていた。
◆◆◆
セリアが観客席から小さく頷いた。
――堂々と立て。我波道。――呼吸が、あなたの道だ。
その言葉が聞こえた気がした。
◆◆◆
『──以上をもって、今年の全選手紹介を終了する!』
司会が高らかに叫び。
『武闘祭──開幕!!』
轟音のような歓声が空を震わせた。
俺は、静かに息を吸う。
そして吐く。
(行こう。呼吸が通じるかどうか──ここから確かめる)
こうして、異界の呼吸使い・我波道の武闘祭が幕を開けた。
武器を持たず、魔法も使わず。 ただ「呼吸」だけで世界の猛者たちの中に立った道。
しかし、武闘祭は待ってくれません。 次回、いきなり世界トップクラスの「魔法」と「物理」が激突します。 そこで道が見せた、とっさの行動とは──?
次回、『異界流・初撃』。 その呼吸は、破壊のためか、それとも──。




