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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
序章 呼吸が通らない世界へ

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序章第10話 師匠の戦衣と、肉体で闘う誇り

大木の幹に、掌の形を中心にしてぽっかりと円形の穴が空いていた。

木屑がぱらぱらと地面に落ちる。

俺はゆっくりと手を下ろし、胸の奥の感覚を確かめる。

(……暴れねぇ。キャント“通った”な)

肺で圧縮した力が、背骨から肩、腕、掌へ。

一本の線になって流れていった感覚が、まだ指先に残っている。

胸の奥では、あの“小さな結晶の芽”が、落ち着いたリズムで脈打っていた。

「すご……本当に、木の繊維が“内側から押し広げられた”形になってる……」

リュミエラが大木の穴を覗き込みながら、小さく悲鳴を漏らす。

「圧縮された力が破裂したんじゃなくて、狙った一点にだけ通ってる…… 道さん、これもう完全に“技”です!」

「名前も決めたしな」

「え?」

「圧を導く……“圧導あつどう”。 さっき、やっとそれっぽくなった気がする」

そう言うと、隣で見ていたセリアがこくりと頷いた。

「今のは、偶然ではありません。我波道。 動と静で整えた呼吸が、“圧の通り道”を選んでいました」

「自分でやってても、前みたいに壊れそうな感じはしなかったな」

「それが“制御”です。あなたは一歩、前へ進みました」

セリアの言葉に、少しだけ胸が熱くなる。

そのとき――森の入り口から、さきほどの使者が駆け込んできた。

「我波道殿! 武闘祭グランド・アセンブルの第一次集合が始まります! 選手は一時間以内に大会会場前のゲートへ集結するようにとの通達です!」

「もうそんな時間か」

思ったより、圧導の感覚を確かめていた時間が長かったらしい。

胸の奥で、結晶の芽がわずかに高鳴る。

緊張というより――高揚感だ。

(この世界の強い奴らと、同じ空気を吸って、同じ土を踏める……か)

使者が俺たちの前で軽く息を整え、改めて頭を下げる。

「会場前ゲートまでは、私がご案内いたします。

 武闘祭期間中、選手の衣食住はすべて主催者が責任を持って用意しますので、

ご安心を」

「衣食住、全部?」

「ええ。宿舎、食堂、治療施設、訓練場。 それぞれ専用区画があり、特に……」

使者は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せた。

「異界からの来訪者である我波道殿には、特例措置が取られます。 大会運営としても、あなたを大切に扱うよう通達されています」

(……まぁ、そりゃ“珍獣扱い”もされるよな)

心の中で苦笑しつつも、悪い話ではないと理解していた。

衣食住を気にせず、呼吸と闘いに集中できる――それなら、むしろ願ったりだ。

そんな俺の心境を知ってか知らずか、セリアが一歩前に出た。

「我波道。あなたが舞台に上がる、その前に」

「ん?」

「少し待っていてください」

そう言うと、セリアは森の奥へ消えていった。

風が一度だけ強く吹き抜け、枝葉がさわりと揺れる。

ほどなくして、彼女は細長い木箱と、革の鞄を抱えて戻ってきた。

「我波道。これは、弟子に渡すべきものです」

木箱の蓋が静かに開く。

中に収まっていたのは、深い緑と黒を基調にした、軽そうな戦闘服だった。

「これは?」

「エルフ族の“機巧織きこうおり”による戦衣です。

 衝撃を布全体に散らし、刃を浅く滑らせる構造になっています。

 そして……何より、動きを邪魔しません」

「動きを、邪魔しない……」

トレーニングウェアの良し悪しにはうるさい自覚がある。

箱から取り出し、布をつまんで揺らしてみた。

しなやかで、すぐに戻る。伸縮性もある。

まるで、高性能ジャージをさらに軽くしたような感触だ。

「着てみても?」

「もちろん。あなたのために仕立て直したものですから」

俺はその場でユニフォームの上着を脱ぎ、エルフの戦衣に袖を通した。

(おお……冷たくも熱くもない……)

肌にしっとりと馴染む感覚。

胸、肩、腰まわりが締め付けられず、それでいて“ぐらつき”は抑えられている。

軽く膝を曲げて跳ねてみる。

片足でステップ。 横移動。 反転。

カバディの基本動作をいくつか試してみた。

「……おおっ! ジャージより軽いし、動きやすい!」

思わず声が出た。

「じゃ……ジャージ?」

「俺の世界の、動きやすい服の名前だ。

 これはそれより軽くて、戻りも良い。

最高の戦闘着だな」

セリアの表情が、わずかに柔らかくなる。

「それなら、嬉しいです。

 あなたの呼吸に合う衣を渡せたのなら、師として誇らしい」

そう言って、今度は隣に置かれていた革の鞄を差し出した。

「そして、こちらは“生活用せいかつよう”です」

「生活用?」

「はい。

普段着、外套、簡易な手入れ道具、保存食などを一式入れておきました。

異世界で暮らすのに、衣が一着だけというのは……心細いでしょう?」

鞄は見た目以上に軽かった。

中を覗くと、柔らかそうな普段着の上衣とズボン、 薄手のローブ、軽い外套、布や糸、それから小さな包みに入った乾燥葉のようなものがいくつも見える。

「これは?」

「エルフの携行保存食です。

 噛みにくいですが、栄養は十分。

水さえあれば数日はもちます」

胸の奥が、じんわりと温かくなった。

戦うための衣だけじゃない。

“この世界で生きていくため”の準備まで、整えてくれている。

「……師匠。ありがとうございます。」

「弟子が寒さや空腹で倒れるのは、師の恥ですから」

さらりと言うが、その言葉の重みは軽くない。

リュミエラが横から「いいなぁ……」と小さく呟いている。

「私なんて、研究室で寝泊まりしてたとき、そんな配慮誰もしてくれませんでしたよ……」

「自業自得でしょう、リュミエラ」

「ひどくないですか!? でも否定できない!!」

思わず笑いが漏れる。

張りつめていた胸の奥の緊張が、少しだけほどけた。

その空気を切るように、セリアが短い刃を取り出す。

「我波道。念のため、護身具も」

エルフの紋様が刻まれた短剣。 軽くて扱いやすそうだ。

だが、俺は首を横に振った。

「悪い、それは持てねぇ」

「理由を聞いても?」

迷いはなかった。

「カバディは、肉体だけで闘う競技だ。

 俺は、その誇りを捨てたくない」

セリアの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。

すぐに、静かな光が宿る。

「……そうですね。 では、あなたの言葉を尊重します」

短剣を鞘に戻し、彼女は小さく息をついた。

「あなたの呼吸、その身体、その意志。

 それが揃ってこそ、“我波道”なのでしょう」

「大げさだな」

「大げさではありません。 自分の核を守る戦士は、強くなれます」

そう言われると、少しこそばゆい。

だが同時に、“守るべきもの”を改めて胸に刻み込む。

呼吸で負けたくない――

あの日の決勝戦から、ずっと心の真ん中に刺さっている棘だ。


◆◆◆


「我波道殿」

使者が一歩前に出る。

「準備はよろしいでしょうか?」

「ああ。待たせたな」

「とんでもありません。

 会場までは街道を抜けて、転移陣を一度だけ経由します。

 その先は、武闘祭専用の結界都市です」

「結界都市?」

「はい。

虚無獣からも外敵からも守られた、戦士たちのための“舞台”です。

宿舎も訓練場も整っています。

衣食住については、先ほど申し上げた通り――

すべて主催者が責任を持って保証します」

「助かる。そっちの心配をしなくていいなら、呼吸に集中できる」

使者は満足そうに頷いた。

「異界の戦士が、余計な悩みに煩わされることなく力を振るえるように、

というのが本大会の理念ですから」

理念、か。

(まぁ本音は、“珍しい戦力は囲い込んでおきたい”ってところだろうけどな)

だが、それでいい。

俺はここで生きていくしかない。

だったら、呼吸で全力を尽くせる場所があるのはありがたい。

「道さん……」

リュミエラが、少し寂しそうに、でも嬉しそうに俺を見る。

「武闘祭の間、私はこっちでデータ整理してますから。

戻ってきたら、呼吸の変化を全部解析させてくださいね!」

「……人の成長を“解析”って言うなよ」

「だって研究者ですから!」

それもそうか、と苦笑する。

セリアが、俺の前に立つ。

「我波道」

「ん?」

「あなたは今日から――

 この世界の戦士たちと、肩を並べて呼吸することになります」

その声は、森の静けさに溶けるように落ちてきた。

「強いから戦士なのではありません。

 恐れながらも、一歩を踏み出し続ける者が戦士です」

静かな言葉が胸に染み込んでいく。

「あなたの呼吸は、もう“逃げるだけ”の呼吸ではない。

 生きるためだけでもない。

 誰かと並んで、前へ進むための呼吸です」

俺は深く息を吸った。

この世界の空気が、前よりもずっと自然に肺へ入ってくる。

異世界に来たばかりの、あの“刺すような痛み”はもうない。

「……ああ」

ゆっくり吐き出す。

「行ってくる」

鞄の紐を肩にかけ、エルフの戦衣の裾を軽く整える。

使者が道を示す。

「では我波道殿。武闘祭グランド・アセンブルへ――」

その声を遮るように、セリアが一歩、前へ出た。

「待ってください。 我波道は、まだ“呼吸の芯”が完成していません。 彼を戦場に送り出すのなら……師である私も同行します」

使者は驚いたように眉を上げた。

「師範セリアも、共に?」

「当然です。 彼はまだ未熟。ですが――伸びます。 伸びる者を途中で手放す師はいません」

その言い方があまりにも自然で、まるで“最初から決まっていたこと”のように聞こえた。

リュミエラも笑いながら肩をすくめる。

「ですよね。 セリアさんが同行しないなんて、誰も思ってませんよ」

「……おい、なんで当然みたいな空気なんだよ」

俺がぼやくと、セリアは横目で俺を見る。

「あなたは呼吸に関しては天才ですが、無鉄砲すぎます。

 放っておけば三日でどこかの穴に落ちて死にます」

「そこまで言うか!?」

「事実です」

あまりにも即答すぎて、使者が吹き出しそうになるのをこらえている。

セリアは一度だけ深く息を吸い、まっすぐに俺へ向き直った。

「我波道。

 この先で、あなたは必ず壁にぶつかります。

 呼吸が乱れ、心が沈み、立ち止まる日もあるでしょう」

ゆっくりと言葉を重ねる。

「そのすべてを、私が見届けます。

 あなたの呼吸がどこへ向かうのか――

 一緒に確かめにいきましょう」

胸の奥の結晶が、静かに震えた。

(ああ……そうだよな。 俺はまだ、この世界を、呼吸を、全然知らねぇ)

「……頼むよ、師匠」

「はい、弟子」

ごく自然に、その言葉が交わされた。

温度のある風が、森をやさしく撫でる。

使者が姿勢を正す。

「では我波道殿、セリア師範。 お二人を武闘祭へご案内いたします」

セリアは軽く頷き、俺の隣に並んだ。

その距離は近すぎず遠すぎず。でも――確かに“そばにいる”距離だった。

「さあ、我波道。行きましょう。 あなたの呼吸が向かう先へ」

俺は深く吸い込んで、力強く吐き出す。

「……ああ。行く」

こうして、師弟ふたりで同じ道を踏み出す最初の一歩が刻まれた。


暫く毎日投稿いたします。

よろしくお願いします。


また、この作者のもう一つの連載中の作品

「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?」

https://ncode.syosetu.com/n1424ll/

もよろしければ、お読み頂けましたら幸いです。

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