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魔法使いが束になっても、俺の詠唱「カバディ」は止められない  作者: 早野 茂
序章 呼吸が通らない世界へ

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序章第1話 息ができない世界で

息が――できない。

吸った瞬間、肺の内側が焼けただれるような痛みが走る。

空気が重い。刺す。喉が切れるみたいだ。

(なんだ……これ……?)

視界が歪む。

ぼんやりと映る紫混じりの曇天。

熱と冷たさが同時に混ざったような風が肌を叩く。

俺は荒野に転がっていた。

(……どこだ? 試合は……?)

思考はまとまらない。

呼吸すらままならない。

「ッ……は……っ、ぐ……!」

酸欠とも違う。

吸えば肺が刺され、吐けば胸が潰れる。

呼吸が“合わない”。

普段生活している空気、言ってみれば地球の空気ではない。

身体が本能で警鐘を鳴らしている。

(ここ……異世界か何かか? そんな漫画みたいな……)

だが、それ以外に説明のしようがなかった。


◆◆◆


最後の記憶が脳裏で点滅する。

――《世界カバディ選手権・決勝戦》

――日本 VS インド

――残り時間30秒。点差はわずか2点。

『行け! どう!! お前ならいける!!』

キャプテンの声が聞こえた。

チームメイト全員の、祈るような視線が背中に突き刺さっていた。

俺がこの攻撃レイドを決めて帰れば、日本が勝つ。

歴史が変わる。

みんなの夢が、俺の肺ひとつに懸かっていた。


なのに。


――体育館が揺れるほどの歓声

――仲間たちの叫び

――そして俺は……。

(……確かに、俺は動けなくなったんだ……)

俺はカバディの日本代表エース、我波がば どう

“無尽蔵の肺”とまで呼ばれた俺が―― まさかの試合中の酸欠。

俺はレイダーとして、敵陣で暴れまわっていたところまでは覚えている。

あと一歩。

指先がラインに届けば逆転だった。

だがあの瞬間、胸の奥で何かが“パキッ”と折れる音がした。

視界が暗転する中、最後に見たのは、絶望に染まる仲間の顔だった。

次の瞬間には意識が途切れ――。

(で、ここにいるってわけかよ……)

笑うしかなかった。

(……クソ野郎だな、俺は。

 一番大事なところで倒れて、謝ることもできずに、こんな訳のわからない場所に……)

自嘲しながら立ち上がる。

だが歩くだけで肺が痛む。

(本気で……死ぬ……)

そんな時――

――ドォン。

地面が揺れた。

空気が振動し、砂塵が巻き上がる。

重い足音。いや、大地を砕く音。

俺は反射的にそちらへ振り向いた。

(……は? 嘘だろ……)

そこに立っていたのは、漫画やゲームでしか見たことのない怪物。

角の生えた頭。

鉄板のような皮膚。

丸太ほどの棍棒。

身の丈は三メートルはある。

オーガ。

「マジかよ……」

喋っただけで胸が焼ける。

オーガは俺を見つけ、獣のように歯をむき出した。

(……来る!)

身体が反射で逃げ出した。

だが足がもつれる。体が動かない。

「っ……はぁ……!はぁ……!」

こんな状態じゃ、全力で走れない。

胸の痛みで呼吸を止める。

もう、これで最後だ……。

もう動かずに楽になりたかったのに、足が止まらなかった。

倒れた決勝戦の瞬間が脳裏を刺す。

『道!』 仲間の幻聴が聞こえた気がした。

(……嫌だ)

ここで死んだら、俺は本当に、ただ逃げ出して死んだ負け犬になる。

あいつらの夢を潰して、自分だけこんなところで終わってたまるか。

――もう二度と、呼吸で負けたくない。

恐怖より先に、レイダーとして染みついた“生存の呼吸”が身体を動かしていた。

背後で風が割れる音。

動けない俺に、振り下ろされたはずの棍棒だったが、 運よくそれは外れた。

大地が裂け、衝撃で俺の身体が転がった。

「がっ……!」

視界がぐるぐる回る中、立ち上がると

―― オーガは、俺を見失ったのか、周囲を見渡していた。

(……終わる。ここで)

だが、その瞬間。 身体が勝手に動いた。


◆◆◆


腰が沈み、前脚が自然に開く。

肩の力が抜け、視界が少しクリアになる。

(この姿勢……カバディのレイダー構え……?

 いや、意識してない……身体が勝手に……)

が、それでも呼吸はめちゃくちゃのままだ。

 吸う → 刺す

 吐く → 潰れる

繰り返すほどに身体が壊れそうになる。

(この呼吸じゃ……死ぬ……!)

その時、脳の最奥で“リズム”が弾けた。

世界選手権決勝。

あの息詰まる攻防の中で刻んだ、俺の呼吸。

何千回、何万回と叩き込んだ呼吸。

(……そうだ。俺には――)

胸の奥のわずかな空気を絞り出すように、 俺は小さく呟いた。

「……カバ……ディ……」

瞬間。

肺が、この異世界の空気を “ほんの少しだけ”受け入れた。

「……吸える……!」

次のリズム。

吸って、吐いて、刻む。

「カバディ……カバディ……!」

呼吸と共に、身体の奥に“圧”が生まれる。

熱ではなく。

苦しみでもなく。

膨張するでもなく。

圧縮。

(なにこれ……!?)

まるで胸の奥で圧力鍋の蓋が閉まり、エネルギーを蓄えているような感覚。

蓄積する力。

震える筋肉。

駆け巡る血流。

(動ける……! 今なら!)

視界が広くなった。

オーガの動きが遅く見える。

地を蹴る。 足元の土が砕けた。

「カバディッ……!!」

振り下ろされる巨腕。

動く右手。

狙う一点。

(あの日……あと数センチ、届かなかった指先……!)

届く――。

「タッチ!」

思わず声を上げ……そう思った瞬間。

世界が白く弾けた。

自分の一撃が何を生んだのか分からないまま、意識は闇に落ちていった。


◆◆◆


ただひとつ、理解できたことがある。

俺の呼吸――カバディは、この世界で生きるための唯一の“武器”だ。


序章・第1章・第2章・第3章(各10話構成)までを毎日更新します。

12/18から、1/4までの間投稿予定です。

よろしくお願いします。


また、この作者のもう一つの連載中の作品

「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが?」

https://ncode.syosetu.com/n1424ll/

もよろしければ、お読み頂けましたら幸いです。

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