出口を出てから用意された4台もの馬車で、
わたし達は街の北へと移動する。
箱型馬車の中で
セセラは頭巾と宝飾巾をしていても、
足を止めた男に手を振り、微笑を振り撒く。
彼女はドレイプとして
フランジの模範となり、
その務めを果たしている。
馬車で過ぎ去る彼女を追いかける男は、
護衛達から棒で叩かれ突かれる。
その棒に捕まって噛みつき、
馬車に引き摺られる男もいた。
ただの移動でもドレイプの人気は激しく、
残り香だけで風紀が乱れてしまう。
彼女への熱狂的な人気を見たフランジは、
ドレイプになる前から粛然とする。
いつもの強気なファウナも
わたしの隣で項垂れていた。
彼女はずっと溜め息を吐いては、
わたしを何度も見てくる。
同情を乞うファウナに、
わたしは声を掛けないよう努める。
わたしが気遣ったところで
彼女の望みは適わない。
腕の中でイオスが欠伸をする。
目的地の孤児院は、
館から歩いても辿り着ける場所にあった。
赤土の丘を北に向かって下り、
運河を越えてエルテルに流れる川の手前に
煉瓦造りの大小ある二つの建物。

わたしの腰ほどの高さもない煉瓦塀は、
モルタルが劣化して崩れている。
護衛達は孤児院を囲んで外で待ち、
同乗していたアルとイオスは馬車で待つ。
遠く聞こえる子供達の
耳を劈く声を嫌って、
三角形の耳を倒して警戒していた。
孤児院の院長らしき老婆に案内され、
ルービィを先頭にして庭に入る。
緑の無い荒れた庭に砕石で作られた細い道。
低木も花園も見当たらない。
庭に植えられた木は、
葉もなく折れて朽ちている。
ルービィが危惧していた
木登りの果ての姿だった。
フランジが懐かしがっている。
褐色の煉瓦が雨染みで黒く汚れた、
古びた大きな建物。
建物の壁近くの草は伸びて、
繁茂した蔓草が壁面を覆って屋根に届く。
隣の建物の、比較的新しい白亜の外壁は、
数々の投石を受けて表面の一部が剥がれて、
赤色の煉瓦が剥き出しになっている。
「隣が避難所ね。」とサンサが言う。
「スーとウラが居たところね。」
「娼婦の逃げ場所を、
以前の総督が用意したのよ。
まあ、知られてはないわね。
もし館を抜け出して、
拠り所を失った時に
利用するといいわよ。」
「予定があればね。」
「あら?
意地悪に聞こえたかしら。
前もって準備しておけば、
素足で脱走するよりは良いでしょ?」
わたしの過去の軽挙。
同意し難い意地悪な助言に足が止まる。
館に入っていく彼女の背中を
黙って見つめた。
◆
孤児達はすでに食堂に集められている。
室内には長いテーブルが4つあり、
二つの列を形成している。
ハンドベルが鳴らされると、
孤児達は忙しく荒々しく動き回り、
走り、倒れ、喧しい声が響く。
食事がテーブル毎に分けられる様子を、
わたし達は横一列に並んで見ていた。
乳母からお乳を与えられる赤子、
わたしに近い年の子も居る。
歯も生え揃っていない子などは、
自分が収められた椅子から出られずに、
巣で餌を欲しがる雛鳥みたいだった。
年長の子達が食事の準備をしている。
わたし達が来館したことで、
年少の子達はお喋りに夢中で、
椅子の上に立ったりと落ち着きがない。
夜の館の食堂とは正反対の光景。
わたしを同じ孤児と思っているのか、
隣に立って見てくる少女までいた。
「お嬢様はこんな場所で、
なにされてらっしゃるのよ?」
わたしの隣に立つ少女が言った。
暗い赤髪の下から、
赤い瞳がわたしの顔を見つめる。

「ははっ! お嬢様?」
気落ちしていたファウナが
それを耳にして笑う。
「捓わないで。」
「また奴隷を選びなさるの?」
「奴隷? また? 違うわよ。」
彼女は自分を下女と勘違いしているのか、
わたしに怯えて訊ねる。
「声変わりなさったの?」
「声変わりなんてしてないわ。
男ではないもの。」
わたしはこの低い声質のせいで
捓われることが多かった。
彼女の質問はまだ止まらない。
「お嬢様は本当に神の子なの?」
「クイナ。迷惑を掛けてはダメ。」
年長の子がクイナと呼んだ少女の手を取る。
「トリン。ねえ、見て。お嬢様なのよ。」
トリンと呼ばれた子は、
赤髪に暗い黒色の目でわたしを睨みつける。

トリンは男性名に似た発音の名前。
生まれた娘に対し、
実父が息子同然に名付けたのかもしれない。
「お嬢様ではないわよ。
…似てないもの。」
「そうかなぁ?」
「人買い連中よ。
ほら、行くよ。」
二人はそれぞれ軽く頭を下げて、
自分達の席に着いた。
「お嬢様…。ふふふ。」
復唱するファウナがずっと笑っていた。
「一人ずつ選ばせようかしら。
6人だものね。」
わたし達の前に立つルービィが、
サンサに提案する。
セセラ、シリィ、テミニン、ポワン、
ファウナ、わたしもその中に含まれていた。
「責任重大ね…。」とセセラ。
彼女が煽るので、
フランジも不安な表情を見せる。
「責任を持って選んで欲しいわね。
あなた達と同じように、
一人の人生がかかっているのだから。」
「ニクスに全員分を選ばせるべきだろ。」
ファウナが告げた。
「いいわね、それ。」
セセラは笑って同意した。
ファウナとセセラの意見に、
フランジが踟いがちに同調する。
「なんで? わたし?」
「責任を投げてるわけでもないぞ。
自分達のフランジになれば
責任が伴うことくらい知ってるからな。
でも一方的に責任を擦り付けるより
いまはみんなで選んで、その責任感を
分散した方が気が楽になるだろ。
選ぶ側、選ばれる側、双方の為にな。」
ファウナは便宜的な理由を並べて、
わたしではなくルービィを説得する。
彼女の言葉にセセラも含めてみんな同調し、
わたしに選択を委ねて見てくる。
「どうせ後は、
わたしとあなた達で面談するんだものね。
サンサも、
そのつもりで連れてきたんでしょ?」
ルービィが頷いた。
「この中でドレイプになれると思える子を、
あなたの責任で雑に選んでいいわよ。」
サンサもわたしを促し、責任を押し付ける。
彼女は元からこんなひとだった。
――ドレイプになれる子の標準なんて、
わたしに分かるはずがないわ。
肌を重ねる相手を持たないサンサを、
わたしは半年程度見ていたに過ぎない。
――眼識を期待されても困るわね。
周囲から同意を得たとはいえ、
サンサの企み通りに雑に選ぶつもりもない。
フランジなら年齢は自分と同じくらいか、
年上の子を見積もる。
「まず右手前の、金と銀の髪の二人。
左の褐色、赤髪の二人も良いと思う。
…真ん中あたりにいる、黒髪の双子?
彼女達はどうかな。
それから、ここに来てた
奥に座ってる赤髪の子ね。」
中指、示指、母指と立てて
一先ず7人を選んだ。
「選んだ理由を他の子達に、
分かるように説明してあげて。」
サンサのこんな要求も
わたしは想定していた。
「会話も交わしたことのない子の、
将来なんて誰にも判断できないよ。
その上で選んだ子は、
まず静かで落ち着きのある子。
姿勢の良い子、
館で過ごす姿が想像できる子…かな。」
最初は金髪と銀髪の二人が目を引いた。

食堂の騒がしさを気にも留めずにいる姿は、
他人を引き付ける力を持っている。
彼女達は周囲に影響を与え、
影響された子が集まりやすい。
この二人は髪の色は違っても、
2番3番部屋で働くレデとジールの
姉妹を思わせる厳格な風采がある。
近い理由で選んだ褐色と赤髪の二人は、
レデとジールの姉妹のフランジをしている、
同い年のスレマとサャーミに似ている。

あくまでわたしの想像に過ぎず、
4番部屋の、戒めのミュパのような…、
奔放で賑やかなひとかもしれない。
黒髪の双子は姿勢が良い――。

そのくらいしか良い点は見当たらない。
こちらの様子をどちらかが確認して、
報告を繰り返す動作が目立って
心配な部分もある。
会話の内容はあまり期待できない。
ファウナみたいに知恵のある側面を
持っている可能性も否定できないので、
ルービィとの面談次第になる。
最後はわたしをお嬢様と呼んだ子。

クイナという名前の幼い方の赤髪は、
レナタと同い年くらいなので選べなかった。
トリンと呼ばれた方は、
刺々しい風采をしていた。

彼女なら年齢的には問題ないと考えた。
右隣のクイナに食べ物を与える姿を見ると、
周囲への気遣いができる子かもしれない。
――トリンって誰に似てるのかしら…。
彼女の風采が、
記憶の中にある館の誰にも該当しない。
頭の中に灰色の靄が出る。
「静かで姿勢が良い子ってのは分かるよ。
想像できるってどんな子だ?」
ファウナは眉間に力を入れる。
「だってこれはわたしの感覚だもの。
数字や単位の標準は無いから、
簡単には言葉で説明できないわ。
サンサが言うには経験則?」
「余計分からんな。」
「みんながそれぞれ持ってる自信も、
言葉にして説明するのは難しいでしょ?
それにわたしよりもみんなの方が
長くフランジをやっているから、
感覚で分かるはずよ。」
感覚は経験を理由に説得する他なく、
年長のフランジの誰からも
反論は出なかった。
「あるひとがこんなことを言ってたわ。
明日の自分を想像して、
今日の自分を誇れる
行動をしなさいって。」
未来の目標と現在の理想を
意識させる為の言葉。
これはサンサの言葉ではなく、
彼女に伝えたオーブのグレイの言葉。
老いた元領主の言葉を借りて、
サンサにあとの説得を委ねた。
彼女が宝飾巾の奥で笑っている。
「ふふっ。
良いと思うわよ。
誰でも最初から完璧ではないし、
そんな子はルービィだって
求めてないわ。」
「あなた、
またおかしな助言でもしたの?」
「してないわよ。ねぇ?」
サンサが同意を求めたせいで怪しまれた。
ルービィに疑われるような、
後ろ暗い行為はたぶん、まだしていない。
「あとはあなた達が夜の館で培ってきた、
経験と感性を信じなさい。
これなら今度の
ニクスの勉強会も楽しみね。」
サンサが一言付け加えると、
フランジも好奇の視線を向けてくる。
不本意なことに、
わたしの主張はサンサの考えと
同じになってしまった。
塔で暮らしていたわたしは、
司書官のゴレムから文字や言葉を学んだ。

館ではスー、メノー、ファウナ、レナタと、
それからサンサが居なければ、
言葉の理解が不完全な状態にも
気付けなかった。
『賢者は炎を操り、愚者は炎を崇める。』
学ぶ機会がなければ、
分からないことは分からないままになる。
それでは分からないもの、
『ニース』になってしまう。
これは本の知識ではなく、
夜の館で半年間過ごしたわたしの感覚。
「あなた達は誰も選ばないのかしら。
それなら後から面談して、
ニクスの言う感覚が掴めればいいわね。」
ルービィはフランジに意見を求める。
セセラもファウナも納得して、
他の子達は顔を見合わせて頷く。
――誰だって自信がないのは当然よね。
――この選考会は
彼女達に責任と覚悟以外に、
自信を与える目的があるのかしら。
「ルービィ。もういいわね。」
「これから面談よ?」
「それはルービィ達のお仕事。
グルグスを連れてもう行くわね。
ニクスに連れていきたいお店があるから、
わたし達は歩いて帰るわ。」
「わかったわ。ガロムの所ね。」
サンサが勝手を言っても、
ルービィは理解を示して反対しなかった。
「え? もうどこか行くの? 終わり?」
「今日のあなたの仕事はもうお終い。
お腹も空いたでしょ?
特別なものを食べさせてあげるわ。」
サンサが声を弾ませたので、
わたしはまた不安を覚えた。
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