第7章 第2節 迷子の箱(第1項)
館の北にある出口に入ると、
硬貨を偽造した重罪人のサンサが
ロープで巻かれて固く縛られていた。
本を読んでいたわたしとファウナは、
休養日に従業員のメグに呼び出され、
3人揃ってその光景に驚かされる。
「あなたがニクスね。
サンサから聞いているわ。
わたしはルービィよ。
この館のオーナーの。」
「あ、はい。
はじめまして
…ナルシャのニクスです。」
豊かで鮮やかな赤色の髪に、
色褪せた白髪が交じる中年の女。
キャシュクの胸元に
金の長い飾緒を渡らせて、
肩にはシルクの眩い飾り布を掛け、
銅の腕輪と指輪をしている。
「しばらくのあいだ、
この館で世話になっています。」
「知ってるわよ。
脱走してレナタも泣かせた
夜の女神のニクスね。」
ルービィがわたしの出自を
知っているのかは分からないけれど、
言葉に棘を含ませて柔和な笑みを向けた。
「突然呼んで悪かったわね。
サンサがどうしてもって言うから。」
初対面のルービィの作られた笑顔から
その狙いが読み取れない。
「懸念していた割には健康そうだし、
器量も悪くないわね。」
わたしを品定めするルービィの後ろで、
サンサが縛られているので頭が混乱する。
「あの…サンサは、
またなにをやらかしたんですか?」
「勉強会はあなたが開くそうね。
書室を整理しなさいと言ったのに、
ガラクタを庭に広げてたのよ。」
「ガラクタではなくて、
偉大なる発明品よ。」
縛られたまま抗議するサンサ。
彼女が護衛のウントを唆したので、
彼が書室のガラクタを玉石の庭に出した。
わたしは経緯を知っていても、
証言して彼女の解放を懇願したりはしない。
ドレイプのセセラは苦労しながら、
目上のサンサを縛り上げている。
セセラの行為を止めるのも気が引けた。
出口の中には春にドレイプになったセセラ。
フランジのポワン、シリィ、テミニン、
ファウナ、全員16歳の子が集められた。
フランジで彼女達と同じ16歳のスーは、
朝からアイリアの工房に出掛けて
この場には居ない。
セセラがロープの端を引っ張ると、
サンサを巻きつけていたロープは、
簡単に解けて足元に落ちてしまった。
縛ったはずの彼女達が歓喜していると、
ルービィは呆れて溜め息を吐く。
「なにを遊んでるの、あなた達は。」
「お客さんを喜ばせる遊びを
この子達に教えてるのよ。」
「いまでなくてもいいでしょ。」
「退屈な馬車で移動中に練習していれば
緊張も解れるわよ。」
サンサは頭巾と宝飾巾をして、
義腕を飾り布で包む。
「アル。」
呼べば彼女の腕の中にアルが収まる。
近くで鳴いたイオスを、
わたしは呼ばずに抱き上げた。
呼べばまた飛びつき、
足を引っ掻かれる危険があった。
「今日はみんなして
どこかにお出掛け?」
「孤児院よ。」
「え、選考会?」
察したファウナは
曲がった背筋を伸ばして驚いていた。
「ファウナ。
あなたも行くのよ。」
厳しい口調でルービィが言う。
「私、言ったわよ。」と、セセラ。
「ファウナはまた適当に返事をしたのね。」
「…今日が選考会なの?」
休養日のサンサの予定を
わたしは聞いていなかったので、
隣のファウナに訊ねた。
彼女は口を開けたまま顔色を悪くする。
「近くの孤児院に行って、
夜の館に新しいフランジを迎えるのよ。
将来ドレイプの見込みが有りそうな
孤児を選ぶから選考会。
サンサも前もって説明しなさいよ。」
ルービィが説明しながらサンサを責める。
「この子は連れて行かない
つもりだったのよ。」
「あなたがさっき連れて行くって
言ったから呼んだのよ?」
「みんなドレイプになるから
ここに集められたの?」
わたしが訊ねると、
彼女達は頬を染めて嬉し恥ずかしがり、
生娘のような反応を示す。
その中で一人、顔の血色を失うファウナ。
「…ファウナも?」
「ファウナも選ぶのよ。
あなたがボナの部屋を引き継ぐの。」
「えーっ! セセラが居るから
セセラがやってよぉ!」
「ファウナももう16でしょ?
覚悟を決めなっ。」
セセラも以前はボナの部屋のフランジで、
ファウナと同じく認証管理の
補佐の仕事をしていたという。
9番部屋のドレイプの彼女は、
去年から働きはじめたばかりでも、
すでに多くのお客さんがついている。
艶やかな黒髪のセセラは外出に備えて、
黒色のチュール生地に花の模様が編まれた
レースの宝飾巾と頭巾で、
顔や頭を隠している。
他のフランジに比べると、
彼女は年齢は一つしか違わないのに
起居も良く、ずっと大人に見える。
「セセラには
メノーの部屋に入って貰うからダメよ。」
「セセラが1番部屋?」
「えー! いいなぁ…。」
部屋に飾られたアイリアの作った壁画は、
メノーが休んでいるいまでも人気で、
一目見ようと手紙が送られてくる。
色めき立つフランジの中で、
ファウナがすぐに気付いて言う。
「メノーも辞めるんだ。」
「えぇ。メノーは引退するわ。
でも、レデとジールは
辞めたりなんてしないわよ。
あなたが言い広めていたみたいね。」
「うっ。
誰が言いつけたんだ?」
わたしがサンサに告げたのが、
ルービィに伝わったのかもしれない。
みんな控えめに手を挙げて罪を認めた。
全員を疑ったファウナは、
『ここだけの話』を誰にでも言っていた。
ついでにサンサも義腕を掲げる。
「ファウナは認証管理になるんだから、
あなたの活躍にも期待してるわよ。」
「えぇー。そんなら
私より優秀なひとを入れようよぅ。」
認証管理になるファウナ。
勉強会でサンサに指名された
少し前のわたしを見ている気分だった。
「あなたくらい出来る子が居たら
苦労しないわよ。
どうせ銀行屋が先に採っているもの。
もうみんな揃ってるのなら行くわよ。」
「新入りぃ!
私の代わりに認証管理やってぇ!」
「わたしのこと、補佐の補佐
って言ってたのはファウナよ。」
認証管理を目指していた彼女も、
責任を受けて子供っぽく喚いた。
「わたしが働いたら法に触れるよ。」
「認証管理は法に関係ないし…。」
子供を買ってはならない
『ハミウス法』という法律がこの街にある。
北部入植記録を原語で読んでいるわたしは、
書室にある法律の棚はまだ読んでいない。
「責任与えられるわけだろぉ…。」
「ボナやあなたくらい優秀な子でも、
辞めるつもりなら引き止めないわよ。
去るものは追わず、が決まりだものね。」
「ファウナを認証管理に推薦したの、私よ?
それのなにが不満なの?」
セセラが厳しく言う。
「ボナがファウナを誘わなかったのは
これでも同情してるわよ。
ここを辞めたとして、働き口がなければ
ルービィが紹介してくれるでしょう。」
「また闘技場に戻るか、
洞窟港に帰りたいのなら
お金を貸してあげるし、
輸送馬車の手配もするわよ。
星鳥達の乗り合いで良ければね。」
サンサもルービィも、
まるでファウナを突き放すみたいに言う。
セセラはそんな二人のやり口を聞いて頷き、
愉しんでいる。
「今更あんな田舎に帰りたくないって。」
「大切な本があるもんね。
あんたは趣味の本を
好きなだけ買いたいのなら、
ここ以外に最適な場所はないわよ。」
「半分以上、セセラのだろっ!」
「独立に向けて支援者を募りたければ、
ドレイプとしてセセラに並ぶくらい
活躍できるように手伝うわよ。
ニクスが。」
「えっ!」突然無理を言われて驚く。
「うぅ…。分かってるよ…。
私がやればいいんだろ。」
「もうちょっと譲歩してあげなさいよ。」
フランジの見ている手前、
ルービィが笑いを堪えてサンサに言う。
サンサが目を細めると、
背中を丸めるファウナを諭した。
「それも嫌ならニクスの代わりに、
あなたがスーの面倒を見るのよ。」
「そっちは絶対! 嫌だぁー!」
「そんなに嫌がることなの…?」
他のフランジはなにも言わずに頷いて、
わたしに目で訴えかけた。
▶




