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金貨の娘  作者: 美穂
第6章 暗晦の道(前)

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第6章 第3節 卓上の雷鳴(第2項)

フルリーンとは丘(おか)の下(した)で別(わか)れて、

夕(ゆう)食(しょく)の時(じ)刻(こく)までには館(やかた)に戻(もど)れた。



背(せ)中(なか)に湧(わ)く汗(あせ)が肌(はだ)着(ぎ)を濡(ぬ)らし、

キャシュクにまで滲(にじ)む。



西(にし)からは鐘(しょう)楼(ろう)の鐘(かね)の音(ね)、

東(ひがし)の方(ほう)角(がく)からは遠(えん)雷(らい)が聞(き)こえる。



「雨(あめ)が降(ふ)る前(まえ)で良(よ)かったわね。」



夜(よる)の館(やかた)の出(で)口(ぐち)に着(つ)くと

サンサがわたし達(たち)を出(で)迎(むか)え、

違(い)和(わ)感(かん)に苛(さいな)まれた。



挿絵(By みてみん)



彼(かの)女(じょ)のチュニックの首(くび)元(もと)は

フリルではなくチュール生(き)地(じ)になって、

服(ふく)の下(した)の白(しろ)い肌(はだ)が薄(うす)く透(す)けて見(み)える。



「なにかあった?」と、わたしは訊(たず)ねる。



サンサが帰(かえ)りを待(ま)っているなんてことは、

おそらく凶(きょう)兆(ちょう)に違(ちが)いない。



「声(こえ)がしたから迎(むか)えに来(き)たのよ。


 エルテルからの荷(に)物(もつ)が来(き)たのに、

 館(やかた)に居(い)ないでどこ行(い)ってたの?


 レナが全(すべ)て片(かた)付(づ)けたわよ。」



わたし達(たち)は頷(うなず)き、顔(かお)を見(み)合(あ)わせる。



――レナタには後(あと)で謝(あやま)っておこう。



「サンサのお客(きゃく)さんが来(き)て

 図(と)書(しょ)館(かん)まで案(あん)内(ない)してたから、

 館(やかた)で待(たい)機(き)はできなかったんだよ。」



わたしの便(べん)宜(ぎ)的(てき)な説(せつ)明(めい)にスーも同(どう)意(い)する。



「わたしの?」



「知(し)ってた? サンサ。

 フルリーンって私(わたし)と同(おな)い年(どし)なんだよ。」



「フルリーン?

 あぁ、メテオラの娘(むすめ)のサンサのことね。」



サンサが自(じ)分(ぶん)の名(な)前(まえ)を言(い)った為(ため)、

わたし達(たち)はまた顔(かお)を見(み)合(あ)わせ、

今(こん)度(ど)は首(くび)を捻(ひね)った。



「知(し)り合(あ)いなの?」



「オーブ・セク・サンサが彼(かの)女(じょ)の名(な)前(まえ)。


 フルリーンは作(さく)品(ひん)に入(い)れる銘(めい)でしょ。


 彼(かの)女(じょ)をサンサと名(な)付(づ)けたのはおじい、

 先(せん)々(せん)代(だい)領(りょう)主(しゅ)のグレイ老(ろう)よ。


 わたしがオーブに居(い)た頃(ころ)に、

 彼(かれ)には世(せ)話(わ)になったわ。


 下(した)働(ばたら)きをしていた彼(かの)女(じょ)が

 こちらに来(き)たということは、

 ついに死(し)んだのね、おじいは。」



故(こ)人(じん)について語(かた)っているのに

サンサの口(こう)角(かく)が上(あ)がる。



――偏屈(クランク)の後(こう)継(けい)者(しゃ)ね。



「彼(かの)女(じょ)、ユヴィルの傭(よう)兵(へい)を

 拳(こぶし)一(ひと)つで倒(たお)したんだよ。


 オーブは女(おんな)のひとも

 喧(けん)嘩(か)が強(つよ)いのって本(ほん)当(とう)だね。」



「もう狙(ねら)ってきたのね。


 あの子(こ)がついてて良(よ)かったわね。」



足(あし)元(もと)にいたアルが鳴(な)いて彼(かの)女(じょ)に抱(だ)かれる。



イオスもアルを真似(まね)して掠(かす)れた声(こえ)で鳴(な)き、

わたしはこの白(しろ)い毛(け)玉(だま)を掴(つか)み上(あ)げて抱(だ)く。



挿絵(By みてみん)



汗(あせ)に濡(ぬ)れたわたしの腕(うで)や顎(あご)を舐(な)めて、

その舌(した)で擦(こす)り取(と)っていく。



「マルフが内(ない)憂(ゆう)外(がい)患(かん)に

 また胃(い)を痛(いた)めるわね。」



「それで今(こん)度(ど)ね、

 彼(かの)女(じょ)の住(す)んでる工(こう)房(ぼう)に

 見(けん)学(がく)に行(い)こうと思(おも)うの。


 銀(ぎん)行(こう)の近(ちか)くにある。」



「工(こう)房(ぼう)ってそれ、

 この街(まち)の兵(へい)器(き)廠(しょう)舎(しゃ)でしょ。


 まあそれだけ近(きん)所(じょ)なら構(かま)わないけれど、

 護(ご)衛(えい)は連(つ)れて行(い)きなさいよ。」



帰(かえ)りの馬(ば)車(しゃ)でフルリーンはスーと

ずっとお喋(しゃべ)りをしていたからか、

彼(かの)女(じょ)は酔(よ)わずに済(す)んでいた。



わたしも楽(たの)しい帰(かえ)り道(みち)になり、

身体(からだ)も馬(ば)車(しゃ)に慣(な)れた。



「サンサ、見(み)てこれ。」



出(で)口(ぐち)から建(たて)物(もの)の中(なか)に入(はい)ると、

スーは本(ほん)をわたしに押(お)し付(つ)ける。



イオスが肩(かた)に登(のぼ)る。



スーは帯(おび)紐(ひも)と帯(おび)布(ぬの)を外(はず)し、

キャシュクを脱(ぬ)いで肌(はだ)着(ぎ)姿(すがた)になると

自(じ)分(ぶん)の豊(ゆた)かな胸(むね)を顕(あら)わにした。



外(そと)から見(み)られる心(しん)配(ぱい)はなくても、

スーの行(おこな)いは浅(あさ)ましい。



「フルリーンが

 新(あたら)しい胸(むね)当(あ)てを 持(も)ってきたよ。」



挿絵(By みてみん)



「身体(からだ)はすぐには変(か)わらないから、

 首(くび)と背(せ)中(なか)のリボンの長(なが)さは先(さき)に縛(しば)って、

 胸(むね)の前(まえ)のボタンで調(ちょう)節(せつ)するんだよ。」



スーはボタンの位(い)置(ち)を離(はな)して着(き)直(なお)す。



「これなら簡(かん)単(たん)に着(ちゃく)脱(だつ)できるよね。」



大人(おとな)のメノー用(よう)にシルクで作(つく)られた

肌(はだ)着(ぎ)の胸(むね)当(あ)ては、ボタン穴(あな)を変(か)えれば

スーでも着(ちゃく)用(よう)できるものになった。



いつもより豊(ゆた)かになった彼(かの)女(じょ)の胸(むね)と共(とも)に、

強(きょう)調(ちょう)された明(めい)暗(あん)は多(おお)くの男(おとこ)の視(し)線(せん)を集(あつ)めた。



「スーはこれを着(つ)けて、

 図(と)書(しょ)館(かん)まで往(おう)復(ふく)してたんだよ。」



「着(つ)けて過(す)ごした感(かん)想(そう)は?」



「動(うご)きやすかったよ。


 ちょっとボタンが気(き)になるけど。」



「それは良(よ)かったわね。

 でも部(ぶ)品(ひん)が多(おお)いわ。


 個(こ)々(こ)の身体(からだ)に対(たい)応(おう)するにしても、

 量(りょう)産(さん)するには工(こう)数(すう)を減(へ)らしたいわね。


 いまの工(こう)場(じょう)一(ひと)つで足(た)りるかしら…。」



サンサはスーの胸(むね)を見(み)回(まわ)して、

製(せい)造(ぞう)の工(こう)程(てい)を想(そう)像(ぞう)している。



「もしかして研(けん)削(さく)盤(ばん)を買(か)うの?」



「ボタンを作(つく)るだけで

 ルービィから研(けん)削(さく)盤(ばん)の購(こう)入(にゅう)許(きょ)可(か)なんて

 降(お)りないわよ。


 『わたしの館(やかた)をあなたの工(こう)房(ぼう)にする気(き)?』

 ってまた叱(しか)られるわ?」



「それ似(に)てる。」スーは真似(まね)を喜(よろこ)ぶ。



サンサが抱(だ)いているアルの

尻尾(しっぽ)の根(ね)元(もと)を指(ゆび)先(さき)で軽(かる)く叩(たた)く。



叩(たた)かれる度(たび)にアルが首(くび)を動(うご)かして、

鼻(はな)先(さき)を舐(な)める動(うご)きをして忙(せわ)しくなる。



「それで書(しょ)室(しつ)が荒(あ)らされていたのは、

 あなた達(たち)がなにかしたんでしょう?」



「えぇー…。誰(だれ)か荒(あ)らされたの?」



スーが知(し)らない振(ふ)りをしてわたしを見(み)る。



イオスはわたしの耳(みみ)を噛(か)んできた為(ため)、

痛(いた)みの反(はん)射(しゃ)で頭(あたま)を動(うご)かすと

毛(け)玉(だま)が驚(おどろ)いて本(ほん)の上(うえ)に落(お)ちた。



「またルービィに

 口(くち)喧(やかま)しく言(い)われたのよ。」



「また叱(しか)られたんだ。」



「扇(せん)風(ぷう)機(き)やポンプの偉(い)大(だい)なる発(はつ)明(めい)品(ひん)が、

 井(い)戸(ど)の周(しゅう)囲(い)にまで出(だ)されて

 放(ほう)置(ち)されてたのよ。


 酷(ひど)い有(あ)り様(さま)だったわ。」



「それはいつもと変(か)わらないよね。」



「そんなことないわよ。


 どこになにがあるか

 分(わ)かるように把(は)握(あく)してたもの。


 外(そと)までは出(で)てなかったでしょ?」



「えぇー、誤(ご)差(さ)だよ。誤(ご)差(さ)。」



スーの意(い)見(けん)に

わたしも首(くび)を縦(たて)に振(ふ)って言(い)った。



「今日(きょう)は侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)が居(い)たから。」



「あら、ニクスまで

 亡(もう)者(じゃ)の戯(たわむ)れとでも言(い)うつもり?」



サンサはわたしの言(こと)葉(ば)を疑(うたが)う。



「わたし達(たち)が見(み)る前(まえ)から荒(あ)れてたから。


 なにか盗(ぬす)まれてるかもしれないよ?


 だって中(なか)にある物(もの)全(すべ)てなんて、

 だれも整(せい)理(り)してないんだし。」



サンサが把(は)握(あく)していると言(い)っても、

わたし達(たち)は整(せい)理(り)をしていないので

だれにも判(はん)別(べつ)はできない。



「奥(おく)には本(ほん)があるから

 それを売(う)る目(もく)的(てき)で狙(ねら)ったのかもね。


 ガラクタばっかりでも。」



便(べん)宜(ぎ)的(てき)な解(かい)釈(しゃく)を並(なら)べるわたしに、

スーもキャシュクを着(き)ながら言(い)った。



「ガラクタではないわよ。」



「偉(い)大(だい)なる残(ざん)飯(ぱん)? だったかな。」



わたしは疎(うろ)覚(おぼ)えで言(い)うと、

スーが笑(わら)ってサンサは首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



「偉(い)大(だい)なる発(はつ)明(めい)の残(ざん)滓(し)よ、もう。


 ルービィに叱(しか)られた後(あと)で

 あなた達(たち)になにか言(い)っても

 仕(し)方(かた)がないわね。」



サンサは言(い)って自(じ)分(ぶん)を説(せっ)得(とく)した。




 ◆




挿絵(By みてみん)



「あ、おかえりなさい。」



食(しょく)堂(どう)に行(い)くと

今(こん)度(ど)はレナタが出(で)迎(むか)えてくれた。



挿絵(By みてみん)




不(ふ)安(あん)を与(あた)えるサンサの出(で)迎(むか)えとは違(ちが)って、

レナタは安(あん)心(しん)感(かん)を与(あた)えてくれる。



「どうしたの、スー。その胸(むね)。」



「レナタこそ。」



レナタはすぐにスーの胸(むね)当(あ)てに気(き)付(づ)いた。



レナタは今朝(けさ)と同(おな)じようで、

若(じゃっ)干(かん)変(か)わった服(ふく)を着(き)ている。



いつも着(き)ている黒(くろ)のチュニックでも。

膨(ふく)らみ袖(そで)の布(ぬの)地(じ)が透(す)けていた。



同(おな)じ生(き)地(じ)のせいで

いまのサンサの格(かっ)好(こう)にも似(に)ている。



「新(あたら)しい服(ふく)ね。もっと見(み)せて。」



わたしの要(よう)望(ぼう)に

レナタはその場(ば)で一(ひと)回(まわ)りして見(み)せてくれた。



長(なが)い裾(すそ)が遠(えん)心(しん)力(りょく)で広(ひろ)がると、

見(み)ていたフランジから歓(かん)声(せい)が湧(わ)く。



館(やかた)で支(し)給(きゅう)されている

フランジ用(よう)のキャシュクと違(ちが)って、

彼(かの)女(じょ)の服(ふく)は上(うえ)と下(した)で分(わ)かれている。



「エルテル領(りょう)から届(とど)いた夏(なつ)服(ふく)を、

 ルービィに頼(たの)まれて着(き)てみたんです。」



レナタは言(い)ってから恥(は)ずかしがる。



「オーナーはまだ居(い)る?」



スーは食(しょく)堂(どう)から厨(ちゅう)房(ぼう)まで見(み)渡(わた)した。



それらしい人(じん)物(ぶつ)はわたしも見(み)つけられない。



「もう帰(かえ)ったわよ。


 選(せん)考(こう)会(かい)も近(ちか)いからまたすぐ来(く)るわよ。」



「変(か)わった服(ふく)だね、レナタの。」



踝(くるぶし)に届(とど)く長(なが)さの裾(すそ)には、

いくつもの折(お)り目(め)が付(つ)いていた。



裾(すそ)周(まわ)りの長(なが)さは折(お)り目(め)の数(かず)によって

腰(こし)回(まわ)りの長(なが)さの倍(ばい)以(い)上(じょう)になり、

生(き)地(じ)は相(そう)当(とう)な幅(はば)が必(ひつ)要(よう)になる。



子(こ)供(ども)用(よう)の服(ふく)とはいえ、

その価(か)値(ち)はわたしには想(そう)像(ぞう)がつかない。



「裾(すそ)がお洒落(しゃれ)なチュニックだね。」



「チュニックではなくて

 ドレスっていうんですよ。」



「布(ぬの)地(じ)や裾(すそ)の長(なが)さで服(ふく)の名(な)前(まえ)が変(か)わるのよ。


 これはあくまで舞(ぶ)踏(とう)室(しつ)や

 お出(で)掛(か)け用(よう)ね。」



「これからどこかに出(で)掛(か)ける…?


 そんな時(じ)刻(こく)でもないね。」



自(じ)問(もん)自(じ)答(とう)したわたしにサンサが頷(うなず)く。



日(ひ)が落(お)ちてから出(で)掛(か)けるひとはいない。



そんな非(ひ)常(じょう)識(しき)な行(こう)動(どう)を起(お)こすのは、

館(やかた)に来(き)た日(ひ)のわたしくらいなものだった。



「どちらに行(い)ってたのですか?」



「お客(きゃく)さんと図(と)書(しょ)館(かん)だよ。」



「この中(なか)から読(よ)みたい本(ほん)はある?」



本(ほん)の上(うえ)に乗(の)せたイオスがビャオと鳴(な)く。



食(しょく)事(じ)を求(もと)めるイオスを床(ゆか)に降(お)ろすと、

アルと共(とも)に厨(ちゅう)房(ぼう)へ走(はし)っていった。



図(と)書(しょ)館(かん)でスーが買(か)った写(しゃ)本(ほん)は、

大(たい)陸(りく)のものが多(おお)かったせいか

レナタは黙(だま)って首(くび)を横(よこ)に振(ふ)る。



彼(かの)女(じょ)は憂(うれ)いの表(ひょう)情(じょう)を浮(う)かべている。



「なにかあった?」わたしは訊(たず)ねる。



レナタはわたしを見(み)て、サンサを見(み)た。



レナタは黙(だま)っているので、

サンサについて気(き)になることを

本(ほん)人(にん)の前(まえ)でレナタに訊(たず)ねてみた。



「レナタはサンサが

 『盗(とう)賊(ぞく)団(だん)を壊(かい)滅(めつ)させた女(じょ)傑(けつ)。』

 なんて呼(よ)ばれていたの知(し)ってた?」



「えっ?」レナタも驚(おどろ)いて目(め)を見(み)開(ひら)く。



わたしも馬(ば)車(しゃ)でその話(はなし)を聞(き)いていた。



片(かた)腕(うで)で100人(にん)の配(はい)下(か)を従(したが)えていたとか、

襲(おそ)ってきた盗(とう)賊(ぞく)を返(かえ)り討(う)ちにしたとか、

真(しん)実(じつ)味(み)の無(な)い話(はなし)、つまり明(あき)らかな流(りゅう)言(げん)。



「オーブに居(い)た頃(ころ)の大(おお)昔(むかし)の話(はなし)だって。」



「大(おお)昔(むかし)って…あのねぇ。スー。


 20年(ねん)前(まえ)はそんなに昔(むかし)ではないでしょ?」



「昔(むかし)だよ。

 私(わたし)達(たち)みんな生(う)まれてないもん。」



スーから指(し)摘(てき)を受(う)けると

サンサは力(ちから)無(な)く椅(い)子(す)に座(すわ)った。



「これ、食(しょく)事(じ)前(まえ)に聞(き)いて、

 気(き)分(ぶん)の良(い)い話(はなし)ではないわよ。」



食(しょく)堂(どう)のテーブルを指(ゆび)先(さき)で小(こ)突(づ)く。



「ネルタから逃(に)げてた家(か)族(ぞく)を、

 襲(おそ)ってた連(れん)中(ちゅう)から助(たす)けただけよ。」



「サンサが盗(とう)賊(ぞく)に恨(うら)まれることをした

 わけではないんだ。」



わたしの見(けん)解(かい)にレナタが頷(うなず)く。



「してないとも言(い)えないわね。


 連(れん)中(ちゅう)が家(か)族(ぞく)を襲(おそ)った理(り)由(ゆう)は

 究(きゅう)極(きょく)的(てき)な価(か)値(ち)観(かん)の相(そう)違(い)にあるの。


 暴(ぼう)力(りょく)は最(さい)終(しゅう)手(しゅ)段(だん)だもの、

 もう理(り)由(ゆう)に意(い)味(み)はないわ。


 殺(ころ)すか、殺(ころ)されるか。


 命(いのち)の奪(うば)い合(あ)いに正(ただ)しさなんて無(な)いのよ。


 その家(か)族(ぞく)は子(こ)供(ども)を一人(ひとり)残(のこ)して

 みんな殺(ころ)されてたのよ。


 掘(ほ)った墓(はか)穴(あな)の数(かず)は100を超(こ)えてたわ。


 良(い)い話(はなし)ではなかったでしょ?」



彼(かの)女(じょ)の話(はなし)が終(お)わると

大(おお)粒(つぶ)の雨(あめ)が屋(や)根(ね)や庭(にわ)を叩(たた)く。



雨(あま)音(おと)が食(しょく)堂(どう)の中(なか)まで伝(つた)わり、

閃(せん)光(こう)の後(あと)には雷(らい)鳴(めい)が空(くう)気(き)を揺(ゆ)らした。



振(しん)動(どう)を伴(ともな)う低(ひく)い音(おと)を、

フランジが竜(りゅう)の鳴(な)き声(ごえ)と言(い)って怯(おび)える。



サンサの話(はなし)を聞(き)いていたスーも、

血(ち)の気(け)を引(ひ)かせていた。



わたしは雨(あま)音(おと)に思(おも)い出(だ)して、

外(そと)を見(み)ると日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)の天(てん)蓋(がい)は

雨(あめ)が降(ふ)る前(まえ)に外(はず)されていた。



従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)のナディが

わたしに小(ちい)さく手(て)を振(ふ)るので、

彼(かの)女(じょ)が片(かた)付(づ)けてくれたのがわかった。



挿絵(By みてみん)



「あら、ニクス、おかえり。」



遅(おく)れてやってきたメノーが

雷(らい)鳴(めい)を楽(たの)しみながら席(せき)に着(つ)いた。



挿絵(By みてみん)



雨(あめ)に当(あ)たって赤(あか)い髪(かみ)が微(かす)かに濡(ぬ)れている。



「戻(もど)ってきたのはあなたの方(ほう)でしょ。」



メノーが赤(あか)い瞳(ひとみ)をサンサに向(む)けた。



「病(びょう)院(いん)に行(い)ってたの。


 今朝(けさ)の侵(しん)入(にゅう)者(しゃ)の身(み)元(もと)は言(い)ってた通(とお)り、

 ユヴィルの傭(よう)兵(へい)だったわ。」



「今日(きょう)この子(こ)達(たち)も襲(おそ)われてたのよ。」



「焦(こ)げ臭(くさ)くなるわねぇ。」



「その方(ほう)が臭(しゅう)気(き)も付(つ)いて鼻(はな)が利(き)くでしょ。」



二人(ふたり)は襲(おそ)われた事(じ)実(じつ)に対(たい)しても、

なにかを企(たくら)み話(はな)し合(あ)っている。



わたし達(たち)はテーブルに夕(ゆう)食(しょく)を並(なら)べ、

スーに教(おし)えられながらパンを切(き)り分(わ)る。



彼(かの)女(じょ)が切(き)ってみせたパンは厚(あつ)さが不(ふ)均(きん)一(いつ)で、

中(なか)には薄(うす)く透(す)けているものもあった。



これはわたしの食(しょっ)器(き)に盛(も)ることにした。



先(さき)に食(しょく)事(じ)を済(す)ませたアルとイオスが

わたし達(たち)の元(もと)に戻(もど)ってきた。



イオスが雷(らい)鳴(めい)に驚(おどろ)き、

耳(みみ)を倒(たお)して毛(け)を逆(さか)立(だ)てる。



「スーは今(こん)度(ど)の休(きゅう)養(よう)日(び)にレナを連(つ)れて、

 アイリアに依(い)頼(らい)をして欲(ほ)しいのよ。」



「えぇ? 私(わたし)が?」



スーもレナタと同(おな)じように、

どこか消(しょう)極(きょく)的(てき)になっている。



「わたし、アイリアの工(こう)房(ぼう)でしたら

 一人(ひとり)で行(い)けますよ!」



レナタは大(おお)声(ごえ)を放(はな)って抗(こう)議(ぎ)しても、

サンサは当(とう)然(ぜん)それを想(そう)定(てい)している。



「レナはニクスを連(つ)れて

 案(あん)内(ない)をしてあげなさい。」



サンサは気(き)付(づ)かれないよう仕(し)向(む)けると、

レナタは口(くち)元(もと)を緩(ゆる)ませる。



「完(かん)成(せい)した離(り)宮(きゅう)も紹(しょう)介(かい)しないとだね。」



「離(り)宮(きゅう)?」



スーの言(こと)葉(ば)に訊(たず)ねて見(み)たけれど、

誰(だれ)からも答(こた)えは返(かえ)ってこなかった。



「ニクスが一(いっ)緒(しょ)なら…、

 なんだか行(い)くのが

 楽(たの)しみになって来(き)ました。」



彼(かの)女(じょ)は憂(うれ)いの晴(は)れた表(ひょう)情(じょう)で、

わたしの腕(うで)を取(と)って隣(となり)に座(すわ)る。



サンサはわたしを釣(つ)り餌(えさ)にして

二人(ふたり)に仕(し)掛(か)けた。



気(き)を良(よ)くする二人(ふたり)を見(み)てしまい、

既(すで)に餌(えさ)として食(た)べられたわたしは

意(い)見(けん)を控(ひか)えなければいけない。



レナタがこうした表(ひょう)情(じょう)を浮(う)かべる日(ひ)は、

決(き)まってサンサの部屋(へや)のベッドに入(はい)る。



食(しょく)前(ぜん)の祈(いの)りを済(す)ませてから

わたしはレナタに質(しつ)問(もん)した。



「レナタは今(こん)夜(や)もサンサの部屋(へや)で寝(ね)るの?」



「えっ? な…?」



なぜか動(どう)揺(よう)を見(み)せるレナタ。



「誰(だれ)にも気(き)付(づ)かれていないと

 思(おも)っていたのかしら? この子(こ)。」



「わたしのベッドでも良(い)いのに。ねぇ。」



と、メノーが捓(からか)う。



「ニクスは気(き)付(づ)いてたんだ。」



「みんな知(し)っててわたしにも黙(だま)ってたの?」



この場(ば)の全(ぜん)員(いん)が黙(もく)認(にん)していた。



わたしの軽(けい)率(そつ)な質(しつ)問(もん)により

レナタの公(こう)然(ぜん)の秘(ひ)め事(ごと)は暴(あば)かれ、

本(ほん)人(にん)にまで伝(つた)わってしまう。



彼(かの)女(じょ)は顔(かお)を真赤(まっか)に染(そ)める。



羞(しゅう)恥(ち)した彼(かの)女(じょ)はわたしの太(ふと)腿(もも)に顔(かお)を埋(うず)めた。



「そんなに恥(は)ずかしがることかしら。」



と、サンサが言(い)って彼(かの)女(じょ)を追(お)い込(こ)む。



「ごめんね、レナタ。」



わたしは彼(かの)女(じょ)の銀(ぎん)の髪(かみ)を撫(な)でて謝(あやま)る。



レナタはわたしの太(ふと)腿(もも)の上(うえ)で、

黙(だま)って首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



自(じ)分(ぶん)の場(ば)所(しょ)を奪(うば)われたイオスは、

わたしの身体(からだ)を登(のぼ)ろうとする。



「ニクスもわたしのベッドで寝(ね)る?」



「寝(ね)ないよ。


 サンサはすぐ子(こ)供(ども)扱(あつか)いして、

 捓(からか)うの良(よ)くないよ。」



わたしがそこまで言(い)って責(せ)めると、

サンサはメノーに笑(わら)われていた。



「レナタは今(こん)夜(や)は私(わたし)のベッドで寝(ね)る?」



「それは絶(ぜっ)対(たい)っ嫌(いや)ぁっ!」



スーの誘(さそ)いをレナタは拒(きょ)絶(ぜつ)し、

叫(さけ)びがわたしの太(ふと)腿(もも)に響(ひび)く。



祈(いの)りを終(お)えたのに

いつまで経(た)っても食(た)べられない。



雷(らい)鳴(めい)が、お腹(なか)の悲(ひ)鳴(めい)を包(つつ)み隠(かく)した。



挿絵(By みてみん)




◆ 第(だい)6章(しょう) 『暗(あん)晦(たん)の道(みち)』 つづく

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