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金貨の娘  作者: 美穂
序章 婚星の路

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序章 第4節 星座の鳥(第1項)

挿絵(By みてみん)



深(ふか)い青(あお)と緑(みどり)の混(ま)ざった藍(あい)色(いろ)の瞳(ひとみ)が、

街(まち)の防(ぼう)壁(へき)よりも高(たか)く昇(のぼ)る蒸(じょう)気(き)を見(み)つめた。



稚(いとけな)い目(め)は青(あお)色(いろ)を薄(うす)く残(のこ)す。



建(たて)物(もの)を貫(つらぬ)く長(なが)い煙(えん)突(とつ)が、

わたし達(たち)の目(め)の前(まえ)に聳(そび)える。



挿絵(By みてみん)



――煙(えん)突(とつ)からは魂(たましい)は出(で)ない。



わたしは煙(えん)突(とつ)の先(さき)の蒸(じょう)気(き)を見(み)ながら、

思(し)想(そう)の言(こと)葉(ば)が思(おも)い浮(う)かぶ。



「ねえ、ニクス。

 あそこにウラの魂(たましい)は

 あると思(おも)いますか?」



わたしはレナタの横(よこ)顔(がお)を見(み)て、

また蒸(じょう)気(き)を見(み)上(あ)げた。



彼(かの)女(じょ)は、水(みず)辺(べ)草(そう)で編(あ)んだ

ストロー帽(ぼう)を頭(あたま)に被(かぶ)っている。



レナタが頭(あたま)を上(うえ)に傾(かたむ)けた時(とき)に、

背(せ)中(なか)側(がわ)に落(お)ちた帽(ぼう)子(し)を受(う)け取(と)った。



挿絵(By みてみん)



「魂(たましい)は、無(な)いと思(おも)うわ。


 だってあれは、ただの水(みず)だもの。」



「水(みず)?」



わたしは年(とし)下(した)のレナタに対(たい)して、

口(く)調(ちょう)を和(やわ)らげる。



「ひとの身体(からだ)は、細(さい)胞(ぼう)っていう

 小(ちい)さな物(ぶっ)質(しつ)が集(しゅう)合(ごう)していて、

 そのほとんどは水(みず)でできてるの。


 あの白(しろ)く見える蒸(じょう)気(き)も、

 建(たて)物(もの)の南(みなみ)側(がわ)からは光(こう)素(そ)で陰(かげ)って、

 灰(はい)色(いろ)に見(み)えるはずよ。」



「水(みず)、なんですね。」



彼(かの)女(じょ)は説(せつ)明(めい)に驚(おどろ)いてから、

失(しつ)望(ぼう)したように表(ひょう)情(じょう)を変(か)えて、

わたしの手(て)を握(にぎ)ってきた。



――熱(ねっ)せられた空(くう)気(き)は、

  細(こま)かくなった水(みず)を付(ふ)着(ちゃく)して、

  熱(ねつ)に押(お)し上(あ)げられて空(そら)に浮(う)かぶ。



――煙(えん)突(とつ)の先(せん)端(たん)にはなにも見(み)えなくて、

  外(そと)の開(かい)放(ほう)された空(くう)気(き)に冷(ひ)やされ、

  雲(くも)と同(おな)じ仕(し)組(く)みで蒸(じょう)気(き)が見(み)える。



――煙(えん)突(とつ)からは魂(たましい)は出(で)ない。



本(ほん)で読(よ)んだ知(ち)識(しき)を目(め)で確(たし)かめて、

わたしは首(くび)を縦(たて)に振(ふ)る。



実(じっ)際(さい)には、長(なが)い煙(えん)突(とつ)を通(とお)って目(め)に見(み)えない

細(こま)かな灰(はい)や埃(ほこり)が混(ま)ざっているはずでも、

知(し)らないことに対(たい)する説(せつ)明(めい)は控(ひか)えた。



物(ぶっ)質(しつ)は熱(ねっ)せられることで、

泡(あわ)のように膨(ふく)らんで体(たい)積(せき)が大(おお)きくなる。



目(め)に見(み)えない空(くう)気(き)も気(き)化(か)した物(ぶっ)質(しつ)で、

物(ぶっ)質(しつ)は熱(ねつ)を持(も)つことで密(みつ)度(ど)は疎(そ)になり、

水(みず)の粒(りゅう)子(し)が含(ふく)まれても軽(かる)くなる

奇(き)妙(みょう)な性(せい)質(しつ)を持(も)つ。



空(くう)気(き)にも重(おも)たいものや軽(かる)いものがあって、

冷(つめ)たい空(くう)気(き)は重(おも)く、大(だい)地(ち)の熱(ねつ)で暖(あたた)められ、

暖(あたた)かい空(くう)気(き)は軽(かる)く、上(じょう)空(くう)で冷(ひ)やされる。



乾(かわ)いた空(くう)気(き)は水(みず)の粒(りゅう)子(し)を含(ふく)みやすく、

水(すい)滴(てき)になって集(あつ)まったものが雲(くも)に見(み)える。



雲(くも)が集(あつ)まり、水(すい)滴(てき)が大(おお)きく重(おも)たくなると、

軽(かる)い空(くう)気(き)が押(お)し上(あ)げられずに雨(あめ)が降(ふ)る。



会(あ)ったこともないウラという子(こ)の死(し)に対(たい)し、

わたしは本(ほん)の知(ち)識(しき)を並(なら)べるだけだった。



頭(あたま)の中(なか)に灰(はい)色(いろ)の靄(もや)が漂(ただよ)う。



「死(し)んだひとの魂(たましい)は、星(ほし)になるんだよ。」



緑(みどり)の上(うえ)に足(あし)を伸(の)ばして座(すわ)るスーが言(い)った。



挿絵(By みてみん)



長(なが)い金(きん)髪(ぱつ)を弄(いじ)って三(み)つ編(あ)みを結(ゆ)っている。



彼(かの)女(じょ)の足(あし)のあいだでは、

アルが丸(まる)くなって欠伸(あくび)をした。



挿絵(By みてみん)



「スーはまた、

 わたしを子(こ)供(ども)騙(だま)しに引(ひ)っ掛(か)けようと

 してるんですね。


 星(ほし)って全(すべ)て、太(たい)陽(よう)のことですよね?

 サンサの――。」



「恒(こう)星(せい)ね。」



わたしは細(こま)かな訂(てい)正(せい)を入(い)れると

レナタは頷(うなず)く。



「昔(むかし)に居(い)たひとが、

 そう書(か)き残(のこ)したんだよ。」



スーは三(み)つ編(あ)みを作(つく)り終(お)えると、

黒(くろ)色(いろ)のリボンで結(むす)ぶ。



二(ふた)つの太(ふと)い髪(かみ)の束(たば)が出(で)来(き)上(あ)がった。



髪(かみ)弄(いじ)りにも飽(あ)きた彼(かの)女(じょ)は、

緑(みどり)の上(うえ)に仰(あお)向(む)けに寝(ね)転(ころ)がる。



スーのお腹(なか)の上(うえ)にアルが乗(の)ったせいで、

彼(かの)女(じょ)は苦(くる)しみながら息(いき)を吐(つ)いた。



レナタは不(ふ)可(か)解(かい)な顔(かお)をわたしに見(み)せたので、

スーの言(こと)葉(ば)に同(どう)意(い)するように言(い)った。



「思(し)想(そう)には物(もの)差(さ)しが無(な)いもの。」



「本(ほん)当(とう)ですか?」



まるで信(しん)じていない彼(かの)女(じょ)は、

わたしの手(て)を強(つよ)く引(ひ)っ張(ぱ)った。



「きっとスーは、

 悲(かな)しんでるレナタを慰(なぐさ)めたかったのよ。


 迷(めい)信(しん)、とも言(い)い切(き)れないかな。


 『湖(みずうみ)から溢(あふ)れ出(で)た水(みず)は、

  湖(みずうみ)には戻(もど)らない。』


 こんな諺(ことわざ)があるくらいだもの、

 スーの考(かんが)えは全(すべ)て否(ひ)定(てい)できないわ。


 魂(たましい)が蒸(じょう)気(き)や星(ほし)になったと考(かんが)えても、

 わたしは良(い)いと思(おも)うよ。


 大(だい)地(ち)も星(ほし)の一(いち)部(ぶ)だもの。」



藍(あい)色(いろ)の瞳(ひとみ)は一(いち)度(ど)瞬(まばた)きをして、

煙(えん)突(とつ)から昇(のぼ)るただの蒸(じょう)気(き)を眺(なが)めていた。



スーが詩(し)を歌(うた)う。



「湖(こ)水(すい)溢(あふ)れて川(かわ)となり、

 荒(あら)ぶる水(みず)は岩(いわ)を砕(くだ)き、山(やま)をも穿(うが)つ。


 大(だい)地(ち)の乾(かわ)きを潤(うるお)し、

 道(みち)は清(せい)濁(だく)を分(わ)かつ。


 大(たい)海(かい)を識(し)り経(へ)た果(は)ては、

 雲(うん)霧(む)となって雨(う)水(すい)を生(う)み、

 大(だい)地(ち)に還(かえ)る湖(こ)水(すい)群(ぐん)。」



わたしの放(はな)ったただの諺(ことわざ)は、

スーの通(とお)る声(こえ)と言(こと)葉(ば)で

弔(とむら)いの詩(し)へと変(へん)化(か)した。



夏(なつ)を前(まえ)にした空(そら)は雲(くも)が少(すく)なく、

青(あお)が濃(こ)く見(み)えて風(かぜ)もないので、

煙(えん)突(とつ)から昇(のぼ)る白(しろ)い筋(しろ)が際(きわ)立(だ)つ。



今朝(けさ)は寒(さむ)かったので、

黒(くろ)色(いろ)の上(うわ)着(ぎ)を着(き)ていると

中(なか)の肌(はだ)着(ぎ)は汗(あせ)が滲(にじ)む。



脱(ぬ)いだ上(うわ)着(ぎ)を木(こ)陰(かげ)に置(お)くのを踟(ためら)い、

右(みぎ)肩(かた)に掛(か)けて飾(かざ)り布(ぬの)を装(よそお)ってみた。



近(ちか)くの木(こ)陰(かげ)では大(おお)男(おとこ)のグルグスが一人(ひとり)、

広(ひろ)げた絨(じゅう)毯(たん)の上(うえ)で太(ふと)い足(あし)を折(お)り重(かさ)ねて

上(じょう)品(ひん)に座(すわ)っている。



挿絵(By みてみん)



胸(むね)と背(せ)中(なか)に紐(ひも)で吊(つ)るして運(はこ)んだ水(みず)袋(ぶくろ)を、

太(ふと)い両(りょう)腕(うで)に抱(かか)えていた。



丘(おか)の上(うえ)に立(た)つ館(やかた)から、

馬(ば)車(しゃ)で南(みなみ)へ行(い)った防(ぼう)壁(へき)近(ちか)くのこの場(ば)所(しょ)は火(か)葬(そう)場(ば)。



都(と)市(し)の中(なか)でも木(き)々(ぎ)に囲(かこ)まれて、

鳥(とり)の囀(さえず)りが常(つね)に聞(き)こえる。



日(ひ)頃(ごろ)お喋(しゃべ)りなスーも、

今日(きょう)は静(しず)かに耳(みみ)を澄(す)ましていた。



「二人(ふたり)の知(し)ってるウラって、

 どんな子(こ)だったの?」



「…ウラは元(げん)気(き)なひとでしたよ。


 癖(くせ)のない真(まっ)直(すぐ)な赤(あか)い髪(かみ)で、

 赤(あか)い瞳(ひとみ)と白(しろ)い肌(はだ)でよく笑(わら)ってました。


 誰(だれ)よりお風(ふ)呂(ろ)が好(す)きでしたから、

 メノーみたいな、個(こ)室(しつ)持(も)ちの

 ドレイプになりたがってました。」



わたしはレナタの話(はなし)を聞(き)きながら、

会(あ)ったことのない

ウラという少(しょう)女(じょ)の輪(りん)郭(かく)を想(そう)像(ぞう)する。



スーは目(め)を閉(と)じたまま、胸(むね)の上(うえ)で

前(まえ)足(あし)を曲(ま)げて座(すわ)るアルの額(ひたい)を指(ゆび)で撫(な)でた。



「ウラはネルタの戦(せん)災(さい)孤(こ)児(じ)だった。


 孤(こ)児(じ)院(いん)にいた頃(ころ)は、

 娼(しょう)婦(ふ)の避(ひ)難(なん)所(じょ)になる別(べっ)館(かん)で、

 一(いっ)緒(しょ)に過(す)ごした子(こ)だよ。


 あれからもう4年(ねん)も経(た)ったんだね…。


 私(わたし)は孤(こ)児(じ)院(いん)に後(あと)から入(はい)って、

 夜(よる)の館(やかた)に入(はい)るから先(さき)に出(で)たけど、

 春(はる)に会(あ)った時(とき)には大人(おとな)になってたね。


 私(わたし)が彼(かの)女(じょ)を館(やかた)に選(せん)考(こう)したんだよ。」



深(ふか)く落(お)ち着(つ)いた口(く)調(ちょう)でスーは語(かた)った。



サンサとメノーがハーフガンを引(ひ)き連(つ)れて、

建(たて)物(もの)の中(なか)から緑(みどり)が覆(おお)う外(そと)の敷(しき)地(ち)に出(で)てきた。



挿絵(By みてみん)



サンサとメノーは二人(ふたり)共(とも)とも、

頭巾(フード)と宝飾巾(ヴェール)をしている。



わたしは肩(かた)に掛(か)けた上(うわ)着(ぎ)が、

サンサの飾(かざ)り布(ぬの)と似(に)て非(ひ)なる装(よそお)いに気(き)付(づ)き、

恥(は)ずかしくなって外(はず)した。



「お洒落(しゃれ)はお終(しま)い?


 わたしの飾(かざ)り布(ぬの)を

 貸(か)してあげましょうか。」



「暑(あつ)かったから脱(ぬ)いでただけだよ。」



捓(からか)ってくるサンサに告(つ)げると、

彼(かの)女(じょ)は銀(ぎん)の目(め)を冷(つめ)たく細(ほそ)める。



「外(そと)はもう暑(あつ)いくらいね。


 天(てん)気(き)も良(い)いから、

 ここで昼(ちゅう)食(しょく)にしましょう。」



サンサの言(こと)葉(ば)で、

メノーが持(も)っていた籠(かご)を絨(じゅう)毯(たん)の上(うえ)に置(お)く。



挿絵(By みてみん)



今日(きょう)はメノーがパンを切(き)り、

サンサが塩(しお)漬(づ)け肉(にく)を木(もく)製(せい)のお皿(さら)に分(わ)けた。



グルグスのお腹(なか)がずっと悲(ひ)鳴(めい)を放(はな)ち、

その音(おと)が鳴(な)る度(たび)に笑(わら)いが起(お)きる。



「ニクスのお腹(なか)の音(おと)かしら。」



「なんてこと言(い)うんですかっ。」



サンサがわたしを捓(からか)うので、

わたしに代(か)わってレナタが彼(かの)女(じょ)を叱(しか)る。



「ウラが明(あか)るい空(そら)から、

 星(ほし)を見(み)つけられるように

 祈(いの)りましょうか。」



サンサが目(め)を閉(と)じて顎(あご)を引(ひ)き、

胸(むね)に手(て)を当(あ)ててしばらく無(む)言(ごん)になる。



わたしもそれに倣(なら)った。



「いまのはどんな意(い)味(み)の詩(うた)ですか?」



レナタが隣(となり)に座(すわ)っているわたしに訊(たず)ねる。



弔(ちょう)詞(し)に詳(くわ)しくないわたしも、

祈(いの)りの姿(し)勢(せい)のまま首(くび)を捻(ひね)った。



「元(もと)は船(ふな)乗(の)りの弔(ちょう)詞(し)、弔(とむら)いの言(こと)葉(ば)ね。


 『夜(よる)の海(うみ)は暗(くら)く冷(つめ)たい。


  明(あか)るく暖(あたた)かな太(たい)陽(よう)に願(ねが)う、

  死(し)者(しゃ)の船(ふね)に、穏(おだ)やかな航(こう)海(かい)を祈(いの)る。』


 これを少(すこ)し噛(か)み砕(くだ)いて、

 船(ふな)乗(の)りではないウラの魂(たましい)に、

 伝(つた)わるように言(い)ってみたのよ。」



「魂(たましい)に?」レナタが訊(たず)ねる。



サンサは胸(むね)に手(て)を当(あ)てたまま頷(うなず)いた。



「迷(めい)信(しん)も使(つか)い方(かた)次(し)第(だい)よね。


 グルグス。

 待(ま)たせたわね。


 お姫(ひめ)様(さま)も食(た)べていいわよ。」



周(まわ)りに遠(えん)慮(りょ)しつつ静(しず)かに食(た)べるグルグス。



ハーフガンは自(じ)分(ぶん)のお皿(さら)を持(も)って、

絨(じゅう)毯(たん)から離(はな)れた位(い)置(ち)で食(た)べている。



「ずいぶん仲(なか)良(よ)しね。」



「なにがですか?」



レナタは自(じ)覚(かく)がない。



彼(かの)女(じょ)はずっとわたしの隣(となり)に居(い)て、

隙(すき)間(ま)も無(な)いほど近(ちか)くに座(すわ)っている。



サンサとメノーが奇(き)妙(みょう)に笑(え)みを浮(う)かべ、

わたし達(たち)を見(み)ていた。




 ▶

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