↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金貨の娘  作者: 美穂
第6章 暗晦の道(前)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/174

第6章 第1節 館の落実(第1項)

足(あし)音(おと)に気(き)をつけて部屋(へや)に入(はい)ったのに、

入(い)り口(ぐち)近(ちか)くで寝(ね)ているニクスが気(き)付(づ)いて

ベッドから上(じょう)体(たい)を起(お)こした。



挿絵(By みてみん)



「ん…? あぁ、レナタぁ? ごはん?」



「…先(さき)程(ほど)までメノーと一(いっ)緒(しょ)に、

 お夜(や)食(しょく)を口(くち)にしてましたよね。」



わたしは声(こえ)を抑(おさ)えて言(い)った。



「んー。食(た)べたかもぉ。」



ニクスは食(しょく)堂(どう)で夕(ゆう)食(しょく)を終(お)えた後(あと)も

厨(ちゅう)房(ぼう)の片(かた)付(づ)けをしていたデーンに頼(たの)んで、

彼(かの)女(じょ)の仕(し)込(こ)んだナショーとクァンの

蜂(はち)蜜(みつ)漬(づ)けを食(た)べていた。



挿絵(By みてみん)



デーンの父(ちち)で厨(ちゅう)房(ぼう)長(ちょう)のヤゴウは、

渋(しぶ)顔(がお)でその様(よう)子(す)を見(み)ていた。



挿絵(By みてみん)



ヤゴウの隣(となり)に立(た)つデーンの表(ひょう)情(じょう)が硬(かた)いのは、

父(ちち)の真似(まね)ではなくて館(やかた)のドレイプや、

出(で)入(い)りの従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)を見(み)習(なら)ってのことらしい。



厨(ちゅう)房(ぼう)長(ちょう)の娘(むすめ)という出(しゅつ)自(じ)に甘(あま)えて

浮(うわ)ついた仕(し)事(ごと)をしない為(ため)と、

自(じ)分(ぶん)を戒(いまし)めているデーンを

わたしも見(み)習(なら)っている。



デーンは作(つく)った夜(や)食(しょく)を、

ニクス達(たち)がおいしそうに

食(た)べている様(よう)子(す)を見(み)つめていた。



お腹(なか)を空(す)かせたフランジを見(み)ると、

構(かま)ってしまう性(せい)格(かく)は親(おや)子(こ)で似(に)ている。



今(こん)夜(や)はニクスの隣(となり)で、

メノーが珍(めずら)しくクァンを食(た)べる姿(すがた)があった。



挿絵(By みてみん)



彼(かの)女(じょ)は過(か)去(こ)に騙(だま)されて

酸(す)っぱい冬(ふゆ)のクァンを食(た)べて以(い)来(らい)、

ずっとクァンを好(この)んでいなかった。



メノーの影(えい)響(きょう)でわたしも、

果(か)樹(じゅ)園(えん)でクァンを採(と)ることもなかった。



それが最(さい)近(きん)ではニクスと一(いっ)緒(しょ)になって、

クァンに蜂(はち)蜜(みつ)を掛(か)けて食(た)べている。



――サンサがクァンが美(び)容(よう)に良(い)いって

  言(い)い続(つづ)けてたからかな。



わたしは日(ひ)々(び)の中(なか)で変(へん)化(か)を探(さが)す。



――メノーは最(さい)近(きん)また太(ふと)ってきた気(き)もする。



彼(かの)女(じょ)の部屋(へや)にある成(せい)年(ねん)になった頃(ころ)の

モザイク画(が)に描(か)かれた姿(すがた)に比(くら)べると、

豊(ゆた)かな肉(にく)体(たい)が成(せい)熟(じゅく)した大人(おとな)へと変(か)わった。



毎(まい)日(にち)壁(へき)画(が)と彼(かの)女(じょ)を見(み)ていると、

目(め)が慣(な)れて変(へん)化(か)を見(み)つけるのは難(むずか)しかった。



二人(ふたり)の過(か)剰(じょう)と思(おも)える夜(や)食(しょく)も、

日(にち)常(じょう)の一(いち)部(ぶ)になるのかもしれない。



「ごちそうさまぁ。」



寝(ね)惚(ぼ)けているニクスは、

また静(しず)かな寝(ね)息(いき)を立(た)てた。



唾(だ)液(えき)を噛(か)みしめている音(おと)が耳(みみ)を撫(な)でる。



――おかしな子(こ)だよね。



わたしはそのまま部屋(へや)の奥(おく)まで行(い)き、

サンサのベッドに入(はい)った。



挿絵(By みてみん)



天(てん)窓(まど)から月(げっ)光(こう)は差(さ)し込(こ)まない。



今日(きょう)のような新(しん)月(げつ)の日(ひ)に、

わたしは体(たい)調(ちょう)を崩(くず)しやすくなる。



そんな日(ひ)は、サンサのベッドに入(はい)るのが

決(き)まり事(ごと)になっていた。



サンサは今日(きょう)もヤゴウに指(し)示(じ)して

お菓(か)子(し)を作(つく)っていたから

仄(ほの)かに甘(あま)い匂(にお)いがして頭(あたま)の痛(いた)みが和(やわ)らぐ。



温(あたた)かな彼(かの)女(じょ)の腰(こし)に手(て)を回(まわ)すと、

寝(ね)ていたはずの彼(かの)女(じょ)は

寝(ね)返(がえ)りを打(う)ってわたしを見(み)た。



薄(うす)く開(ひら)いた銀(ぎん)の目(め)がわたしに気(き)付(づ)き、

頭(あたま)を抱(だ)いて髪(かみ)をいつも乱(らん)暴(ぼう)に揉(も)む。



――もう、サンサってば。



声(こえ)も出(だ)せずに耐(た)えていると、

次(し)第(だい)に身体(からだ)の不(ふ)快(かい)感(かん)が消(き)えていく。



新(しん)月(げつ)の夜(よる)でも館(やかた)の中(なか)なら、

ランタン無(な)しでも寝(しん)室(しつ)棟(とう)からドレイプ棟(とう)まで

移(い)動(どう)できるくらいになっていた。



音(おと)を立(た)てずに入(はい)ったのに、

ニクスは暗(くら)闇(やみ)の中(なか)でわたしに気(き)付(づ)いた。



――ニクスはおかしな子(こ)だ。



わたしは頭(あたま)の中(なか)で繰(く)り返(かえ)した。



ニクスは『夜(よる)の女(め)神(がみ)』に由(ゆ)来(らい)して、

夜(よる)の館(やかた)に調(ちょう)和(わ)する名(な)前(まえ)を持(も)っている。



赤(あか)い髪(かみ)の彼(かの)女(じょ)は、

春(はる)の途(と)中(ちゅう)にウラと入(い)れ替(か)わりで

この館(やかた)にやってきた。



孤(こ)児(じ)院(いん)に住(す)んでいたウラは、

春(はる)からメノーのフランジになって

わたしと一(いっ)緒(しょ)に働(はたら)くはずの子(こ)だった。



挿絵(By みてみん)



館(やかた)に来(き)て間(ま)もなく彼(かの)女(じょ)は病(びょう)気(き)になり、

病(びょう)院(いん)に送(おく)られてしまう。



ニクスが館(やかた)に来(き)たのはウラを病(びょう)院(いん)に送(おく)り、

メノーと帰(かえ)ってきた日(ひ)のお昼(ひる)頃(ごろ)。



ニクスに絡(から)む酔(よ)っ払(ぱら)いを見(み)つけて、

怒(おこ)ったメノーは彼(かれ)を蹴(け)飛(と)ばした。



わたしも彼(かれ)に酔(よ)い覚(さ)ましの水(みず)を浴(あ)びせた。



『あれが彼(かれ)の、償(つぐな)いなのよ。』



サンサが言(い)った。



言(こと)葉(ば)が難(むずか)しくて、

わたしには意(い)味(み)が理(り)解(かい)できなかった。



『排(はい)水(すい)溝(こう)に落(お)ちた野(の)猫(ねこ)みたいでしょ。』



サンサは館(やかた)に来(き)たばかりの

ニクスのことを酷(こく)評(ひょう)もしていた。



風(かぜ)に吹(ふ)かれて飛(と)ばされてきた

枯(か)れ葉(は)、枯(か)れ枝(えだ)のような子(こ)だった。



わたしと同(おな)じくらい小(こ)柄(がら)で痩(や)せていたのに、

ウラと同(おな)じで5歳(さい)も年(とし)上(うえ)なので驚(おどろ)いた。



いつも食(しょく)堂(どう)で見(み)かけるニクスは

常(つね)になにかを食(た)べていたので、

薄(うす)白(じろ)かった肌(はだ)に赤(あか)みも出(で)てきて

最(さい)近(きん)は肉(にく)付(づ)きも良(よ)くなってきた。



『よく見(み)て、変(へん)化(か)を見(み)つけて。』



絵(え)を描(か)いていたわたしにサンサが言(い)った。



この館(やかた)に来(く)るフランジはみんな、

それぞれの事(じ)情(じょう)を抱(いだ)いている。



家(か)族(ぞく)を病(びょう)気(き)で亡(な)くした子(こ)もいれば、

産(う)まれてすぐに孤(こ)児(じ)院(いん)に預(あず)けられた子(こ)は、

親(おや)の顔(かお)も名(な)前(まえ)も知(し)らない。



髪(かみ)の色(いろ)が原(げん)因(いん)で石(いし)を投(な)げられた子(こ)や、

親(おや)が盗(とう)賊(ぞく)として裁(さば)かれたひとも居(い)た。



出(しゅつ)自(じ)の異(こと)なる子(こ)でも、

親(おや)が居(い)ない寂(さび)しさを覚(おぼ)えて

同(おな)じように涙(なみだ)する日(ひ)もあった。



様(さま)々(ざま)な事(じ)情(じょう)を抱(かか)える中(なか)で、

フランジやドレイプが困(こま)っていれば

サンサはいつでも相(そう)談(だん)に乗(の)った。



――サンサが居(い)なくなると

  この館(やかた)はどうなるんだろう。



体(たい)調(ちょう)を崩(くず)した日(ひ)には

そんな不(ふ)安(あん)を抱(いだ)いてしまう。



サンサの居(い)る日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)は

雪(ゆき)化粧(げしょう)をした夜(よる)の景色(けしき)があって、

ニクスは風(かぜ)が吹(ふ)けば消(き)えそうな

頼(たよ)りない火(ひ)だった。



メノーも昔(むかし)はそんな頼(たよ)りない火(ひ)に見(み)えた。



彼(かの)女(じょ)はサンサに相(そう)談(だん)するくらい

ドレイプになるのを不(ふ)安(あん)がっていたのに、

ドレイプになれば誰(だれ)よりも

館(やかた)の仕(し)事(ごと)を楽(たの)しんでいる。



――蛹(さなぎ)が蝶(ちょう)に生(う)まれ変(か)わったみたい。



ニクスが館(やかた)に来(き)てからは、

昔(むかし)にサンサの言(い)っていたことを

よく思(おも)い出(だ)す。



わたしは『生(う)まれ変(か)わり』を意(い)味(み)する

『レナタ』という名(な)前(まえ)が付(つ)けられた。



ニクスは他(ほか)のフランジとは違(ちが)う扱(あつか)いで、

スーと同(おな)じくサンサの部屋(へや)に入(はい)っている。



――たしか、スーも冬(ふゆ)だったよね。



4年(ねん)前(まえ)の、珍(めずら)しく降(ふ)った雪(ゆき)の日(ひ)に

サンサに連(つ)れられて館(やかた)に来(き)た

月(つき)の色(いろ)をした髪(かみ)の子(こ)。



挿絵(By みてみん)



昔(むかし)のことは、多(おお)くは覚(おぼ)えていない。



でも、彼(かの)女(じょ)が館(やかた)に来(き)たことで、

嫌(いや)だったという感(かん)情(じょう)だけは覚(おぼ)えている。



フランジは成(せい)年(ねん)になる16歳(さい)前(ぜん)後(ご)の、

冬(ふゆ)を前(まえ)に孤(こ)児(じ)院(いん)からこの館(やかた)に入(はい)る。



まだ12歳(さい)だったスーは特(とく)別(べつ)で、

冬(ふゆ)に遅(おく)れて館(やかた)にやってきた。



――昔(むかし)はスーではなくて、

  テレスだったね。



――成(せい)年(ねん)になって名(な)前(まえ)を変(か)えれば

  生(う)まれ変(か)わったりするのかな?



スーはわたしと年(ねん)齢(れい)が近(ちか)い

とサンサは言(い)っていたのに、

その時(とき)わたしはまだ6歳(さい)で、

彼(かの)女(じょ)との年(ねん)齢(れい)は倍(ばい)も違(ちが)っていた。



長(なが)く生(い)きてきたサンサと

未(み)熟(じゅく)なわたしの感(かん)覚(かく)の違(ちが)い。



スーも他(ほか)のフランジと違(ちが)う扱(あつか)いがされ、

彼(かの)女(じょ)は特(とく)別(べつ)扱(あつか)いを受(う)けた。



館(やかた)にやってきたスーの世(せ)話(わ)好(ず)きは

いまよりもずっと独(ひと)り善(よ)がりで、

嫌(いや)がらせでもないから対(たい)応(おう)が難(むずか)しい。



比(ひ)較(かく)されるわたしは彼(かの)女(じょ)が気(き)に入(い)らず、

抗(こう)議(ぎ)のつもりで、サンサのベッドへの侵(しん)入(にゅう)を

密(ひそ)かに行(おこな)うようになった。



孤(こ)児(じ)院(いん)から来(き)た彼(かの)女(じょ)の噂(うわさ)も絶(た)えないせいで、

ドレイプも関(かか)わり方(かた)に困(こま)っていた。



――『サンサの隠(かく)し子(ご)』って言(い)われてたね。



小(こ)鳥(とり)も彼(かの)女(じょ)の噂(うわさ)を囀(さえず)る。



――出(しゅつ)自(じ)は訊(たず)ねない。

  流(りゅう)言(げん)は好(この)まず、だよね。



囀(さえず)りを気(き)にしないスーは、

年(とし)下(した)のわたしを妹(いもうと)のつもりで扱(あつか)ってくる。



妹(いもうと)に生(う)まれると大(たい)変(へん)だって、

レデを姉(あね)に持(も)つジールもよく言(い)っていた。



挿絵(By みてみん)



館(やかた)に長(なが)く居(い)る分(ぶん)、わたしの方(ほう)が

館(やかた)について多(おお)くを知(し)っていたのに、

体(たい)力(りょく)や知(ち)識(しき)量(りょう)では彼(かの)女(じょ)には敵(かな)わない。



わたしの知(し)っている館(やかた)のことなんて、

日(ひ)が経(た)てば彼(かの)女(じょ)も自(し)然(ぜん)と知(し)ってしまう。



比(くら)べてしまうわたしは、

彼(かの)女(じょ)とは距(きょ)離(り)を置(お)くようになった。



『生(せい)物(ぶつ)は死(し)ぬまで差(さ)を求(もと)め、

 競(きそ)い合(あ)いを続(つづ)けるものよ。』



サンサが言(い)った。



年(ねん)齢(れい)が違(ちが)えば経(けい)験(けん)も違(ちが)う。

体(たい)格(かく)が違(ちが)えば動(うご)きも違(ちが)う。

生(う)まれが違(ちが)えば好(この)みも違(ちが)う。



身体(からだ)が成(せい)長(ちょう)するように、

その差(さ)が縮(ちぢ)まるものもあれば、

勉(べん)強(きょう)でしか縮(ちぢ)められない差(さ)もある。



名(な)前(まえ)を同(おな)じものに変(か)えられても、

目(め)や髪(かみ)色(いろ)は成(せい)長(ちょう)しても変(か)えられない。



同(おな)じになるのは死(し)んだ時(とき)だけ。



これがサンサの言(い)っている差(さ)だった。



サンサの言(こと)葉(ば)に続(つづ)いてアルが鳴(な)く。



わたしはスーを、

館(やかた)に居(い)着(つ)いた猫(ねこ)だと思(おも)うようにした。



他(た)人(にん)は、わたしの思(おも)い通(どお)りにはならないことに

納(なっ)得(とく)ができた。



冬(ふゆ)を過(す)ぎると彼(かの)女(じょ)のベッドは、

集(あつ)めた羊(よう)皮(ひ)紙(し)で埋(うず)まっていた。



わたしが掃(そう)除(じ)も注(ちゅう)意(い)しなくなると、

スーはゴミの中(なか)でも寝(ね)られる子(こ)へと

変(へん)化(か)した。



サンサはスーに

他(ほか)のフランジと同(おな)じような仕(し)事(ごと)を与(あた)えず、

従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)の手伝(てつだ)いもさせない。



サンサが厨(ちゅう)房(ぼう)に入(はい)ることを

禁(きん)じられたように、

スーには仕(し)事(ごと)を与(あた)えなかった。



スーに仕(し)事(ごと)を与(あた)えると、

また適(てき)当(とう)な理(り)由(ゆう)を付(つ)けて

彼(かの)女(じょ)は鶏(にわとり)を絞(し)めてしまう。



この前(まえ)は彼(かの)女(じょ)が原(げん)因(いん)で

ファウナを泣(な)かせていたと、

認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)のボナから

メノーを経(けい)由(ゆ)して話(はなし)を耳(みみ)にした。



挿絵(By みてみん)



ファウナはスーのことを

危(あぶ)ない子(こ)だって吹(ふい)聴(ちょう)したから、

春(はる)にドレイプになったセセラから

また叱(しか)られていた。



ニクスはそんなスーを相(あい)手(て)に、

上手(じょうず)に付(つ)き合(あ)えていると思(おも)う。



わたしなら泣(な)いて

部屋(へや)を逃(に)げ出(だ)していたに違(ちが)いない。



――もしかしてニクスも、

  同(おな)じだったのかな?



彼(かの)女(じょ)は来(き)た日(ひ)の夕(ゆう)刻(こく)に館(やかた)を脱(だっ)走(そう)して、

フランジが大(おお)騒(さわ)ぎしていた。



騒(さわ)ぎ立(た)てるのはいつも、

洞(どう)窟(くつ)港(こう)から来(き)たファウナだった。



挿絵(By みてみん)




館(やかた)に来(く)る前(まえ)のファウナは、

闘(とう)技(ぎ)場(じょう)で大(たい)陸(りく)奴(ど)隷(れい)の通(つう)訳(やく)をしていた。



そこで目(め)を付(つ)けたルービィに買(か)われた。



ファウナはもう成(せい)年(ねん)になるのに、

ドレイプになりたがらない。



猫(ねこ)を拾(ひろ)ってきたり、

ニクスに自(じ)分(ぶん)の仕(し)事(ごと)を任(まか)せるなど、

館(やかた)におかしな刺(し)激(げき)を与(あた)える。



ここに来(き)るフランジは、

決(き)まってこの館(やかた)に憧(あこが)れを抱(いだ)いている。



孤(こ)児(じ)院(いん)に居(い)る頃(ころ)から

夜(よる)の館(やかた)に選(えら)ばれようと勉(べん)強(きょう)もして、

言(こと)葉(ば)遣(づか)いや発(はつ)音(おん)、姿(し)勢(せい)にも気(き)を使(つか)う。



フランジになってからも

仕(し)事(ごと)をしながらドレイプの起(き)居(きょ)を見(み)て倣(なら)い、


彼(かの)女(じょ)達(たち)は学(まな)んでいく。



この館(やかた)での生(せい)活(かつ)は食(しょく)事(じ)に困(こま)らないし、

お風(ふ)呂(ろ)にも入(はい)れて明日(あした)が約(やく)束(そく)されている。



恵(めぐ)まれた環(かん)境(きょう)なのに、

ニクスはそれらを全(すべ)て捨(す)てて逃(に)げた。



ニクスを見(み)たフランジは、

彼(かの)女(じょ)はどこかのお姫(ひめ)様(さま)だと言(い)い始(はじ)めた。



お風(ふ)呂(ろ)や果物(くだもの)も拒(こば)んで逃(に)げれば、

娼(しょう)館(かん)の暮(く)らしそのものが、

屈(くつ)辱(じょく)なのかもしれない。



フランジに妄(もう)想(そう)を吹(ふい)聴(ちょう)するのも、

認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の補(ほ)佐(さ)をするファウナだった。



背(せ)を曲(ま)げて本(ほん)を読(よ)むファウナは、

誰(だれ)より賢(かしこ)くて物(もの)語(がたり)に詳(くわ)しい。



流(りゅう)言(げん)や怖(こわ)い話(はなし)を寝(しん)室(しつ)棟(とう)で言(い)い広(ひろ)めては、

フランジに夢(ゆめ)を見(み)させる。



館(やかた)に戻(もど)ってきたニクスを改(あらた)めて近(ちか)くで見(み)て、

フランジの噂(うわさ)はすぐに消(き)えた。



――流(りゅう)言(げん)は好(この)まず。



サンサとスーの二人(ふたり)を相(あい)手(て)にして、

ニクスは男(おとこ)の子(こ)に近(ちか)い喋(しゃべ)り方(かた)をするのに、

わたしに対(たい)してはサンサみたいな

喋(しゃべ)り方(かた)に変(か)わるのが奇(き)妙(みょう)でおかしかった。



館(やかた)に来(き)たばかりのニクスは、

食(しょく)事(じ)前(まえ)のお祈(いの)りに疑(ぎ)問(もん)を持(も)っていた。



でも基(き)本(ほん)的(てき)な作(さ)法(ほう)や、他(た)人(にん)との関(かか)わり方(かた)、

メノーの逸(そ)れた話(はなし)でも内(ない)容(よう)を分(わ)かって、

みんなに説(せつ)明(めい)できる理(り)解(かい)力(りょく)を持(も)っている。



賢(かしこ)いファウナは『まだ無(む)理(り)だな。』

なんて言(い)うから、他(ほか)の子(こ)達(たち)は

ファウナの言(こと)葉(ば)を疑(うたが)わずに同(どう)調(ちょう)してしまう。



それでもわたしははニクスに、

ドレイプにも無(な)い特(とく)別(べつ)な魅(み)力(りょく)を感(かん)じていた。



――ランタンの中(なか)の火(ひ)みたいな子(こ)。



挿絵(By みてみん)



赤(あか)い髪(かみ)や瞳(ひとみ)の色(いろ)はルービィやドロシア、

メノーに近(ちか)いのに宝(ほう)石(せき)の輝(かがや)きとは異(こと)なって、

ニクスの赤(あか)い瞳(ひとみ)の色(いろ)の中(なか)には熾(おき)火(び)のような

力(ちから)強(づよ)い光(ひかり)を内(ない)包(ほう)している。



彼(かの)女(じょ)は孤(こ)児(じ)院(いん)から来(く)る子(こ)と違(ちが)い、

無(む)理(り)に背(せ)伸(の)びをせずに仕(し)事(ごと)に精(せい)励(れい)して、

わたしにも謙(けん)虚(きょ)で年(とし)上(うえ)で賢(かしこ)いのに驕(おご)らず、

高(たか)い自(じ)信(しん)を見(み)せたりもしない。



考(かんが)え方(かた)がわたしとは違(ちが)っても、

わたしの視(し)線(せん)に合(あ)わせて考(かんが)えてくれる。



ニクスが休(やす)んだメノーの勉(べん)強(きょう)会(かい)で、

彼(かの)女(じょ)の代(か)わりに隣(となり)に立(た)ったわたしは、

視(し)線(せん)を合(あ)わせることの難(むずか)しさを実(じっ)感(かん)した。



光(ひかり)の裏(うら)側(がわ)には濃(こ)い影(かげ)が生(しょう)じるけれど、

穏(おだ)やかな差(さ)だけを感(かん)じさせる彼(かの)女(じょ)の傍(そば)に

居(い)るだけで、わたしは毎(まい)日(にち)が楽(たの)しい。



『ニクスは思(し)慮(りょ)深(ぶか)く、聡(そう)明(めい)なのよ。』



サンサは言(い)って捓(からか)っていたし、

ニクスも嫌(いや)がっていたけれど――。



――ニクスがわたしの姉(あね)なら良(い)いのに。



その考(かんが)えから、

全(まった)く別(べつ)のことも思(おも)いついてしまった。



――スーが二人(ふたり)に増(ふ)えなくてよかった。



寝(ね)る前(まえ)にそんなことを考(かんが)えていたら、

わたしはスーにクァンの皮(かわ)の汁(しる)を

両(りょう)目(め)に浴(あ)びせられる夢(ゆめ)を見(み)て泣(な)いた。




 ▶ 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。