第6章 第1節 館の落実(第2項)
――今日は鳥達が賑やかだね。
館の出口の扉を開けると、
烏が塀の先で仲間を呼んでいる。
護衛棟の護衛達も外や窓から、
塀の先の忘れ物を眺めていた。
「おはようございます。」
「はよう、メノーのとこの嬢ちゃん。」
「小さいのに今日も元気だ。」
「サンサとお出かけだってな。
オーナーによろしくなぁ。」
わたしが挨拶で声を掛けると、護衛の
彼らは丁寧な対応をしてくれる。
そんな護衛の中にも、
突飛な行動をする例外も居る。
わたしは後ろから頭を強く触られた。
手の動きからして相手はサンサではない。
「よう。紐無し女。」
「ウント! 乱暴しないで。」
大声を放ってしまった。
春に入った護衛の見習いで、
彼の名前はウントという。
「オレはウントじゃねえ!
今日からオレの名前は、
ゼズ・ド・ウントルガリムだ。」
「え? はぁ。…また今日も
なにを言ってるんですか?」
馴染みない名前を名乗り始めたウントに、
深く溜め息を吐いて落ち着きを取り戻した。
銀色で固い髪を周囲に向けて尖らせた彼は
護衛の中で一番若い。
彼は拳を自分の手のひらに当てて、
意味もなく軽い音を何度も鳴らす。
カヴァの血筋と自称する戦災孤児で、
ファウナと同じく闘技場で働いていた彼も、
オーナーのルービィが雇った。
彼は館が支給するキャシュクの袖を、
お洒落目的で破った為に
護衛達から叱られていた。
それでも彼は破った服を気に入って、
細い腕を見せつけている。
メノーが言うには、男という生き物は
鍛えた身体を見せつけたがるものらしい。
他の護衛に比べると
ウントの筋肉は無いに等しい。
病院に行くメノーと共に外出するわたしは、
まだ仕事を理解していない彼に見下される。
館が久々に雇った護衛の中でも、
最年少なこともあって、
フランジを見下せる相手と誤認している。
ウントは腕を組んで顎を突き出す。
「どうだ? いい名前だろう。」
「大切なお嬢様が気になるからって、
ウントは迷惑掛けてくれるなよ。」
ディーゴという護衛がウントを捓うと、
彼も意地になって反発する。
――お客さんに品性を問うなら、
護衛の品性も問うべきだよね。
「なぁにしてんのぉ?」メノーが訊ねた。
「わっ!」
ウントの後ろに立って彼を脅かすメノー。
メノーは薄く透けるチュール生地の上に、
幾何学模様が編まれたレースの宝飾巾と
頭巾をしていても、ほとんど目だけで
ウントを威嚇してしまう。
ドレイプが外出する時は、
肌の露出を控えて
街の風紀を乱してはいけない。
「それで、なんて名前でしたか?
ウントはもう改名するんですか?」
「正式に護衛になったら改名すっからよぉ。
この島の王になる男の名前だ。
そのつもりでオレと接しろよな。」
わたしは再び溜め息を吐いた。
「なんて名前に変えるのかしら?」
「がゃっ!」
後ろに立って問いかけたサンサに、
ウントが今度はさらに驚いて地面に倒れた。
いつもの頭巾と宝飾巾。
普段着のチュニック姿で、
木製の義腕も首に下げている。
彼女の後ろには、
黒猫のアルと白猫のイオスがついて歩く。
「アル、イオスも連れて行くんですね。」
アルがミャオと鳴いて返事をして、
イオスも掠れた声でビャオォと続いた。
アルは、わたしが生まれる前から
サンサが連れている猫で、
言葉を理解して返事ができるだけで
ウントよりも賢く感じる。
サンサが目で示したので、
わたしはアルとイオスを両手に抱えた。
触れたアルの毛は細く柔らかく、
その下の皮はよく伸びて骨は細く固い。
イオスはファウナがルービィに黙って
館で飼っていた猫だった。
わたしの腕を掴む両の足は、
子猫にしては少し太いように見える。
わたしのチュニックに爪を立て、
肩を目指して登ろうとするので、
アルが前脚を伸ばして頭を叩いて躾けた。
「なに、そんなに驚いて。
レナ相手に、
後ろ暗いことでも企んでいたのかしら?」
「お、驚いてねぇし! オレは護衛だぞ。」
ウントは勢いよく立ち上がって、
お尻についた砂を払う。
彼は護衛でもまだ見習いで、
剣を佩くことは許されていない。
ウントはドレイプに限らず、
他人に対して敬意を持たない。
外出の少ないサンサが相手の場合には、
見下せずに畏れを抱いている。
「ウントは名前を変えたいのね。」
「ぉ、オレの名前は
ゼズ・ド・ウントルガリウスだ。」
――さっきと名前が変わってる。
「『この島の王』、
という意味を込めたのかしら?
名乗れば王になれると考えたわけね。」
「僭称しても
威厳は身に付かないわねぇ。
『犬に飾緒』って言うくらいよ。」
「そんなことないだろっ!」
「名前が長くて呼びづらいと思います。」
「うるせえなっ! お前らっ!
いいだろっ!
オレが考えたオレの名前なんだからっ!」
「なにを騒いでるんだ。」
ハーフガンが御不浄から戻ってきた。
「あなたを待ってたのよ。
ウントの躾くらいしなさいよね。」
「はぁ?」と、ハーフガンとウント。
どちらも表情と声色で不満を訴える。
「俺はエルテルの騎士だぞ。
ガキの子守りなんてしてられるか。
んなもん、グルグスにやらせろよ。」
「島の王であるオレがこんな酔っ払いに、
なんで教育されなきゃなんねーんだ。」
「異論があるのなら
ルービィの前に立ってやりなさい。
わたしが背中を押してあげるわよ。」
サンサがルービィの名前を出すと、
二人は不満を呟きながら付き従った。
ハーフガンとウントの年齢は、
倍以上離れていても差を感じさせない。
「暖かくて天気が良いとねぇ。
眠たぁくなるわ。」
「ルービィの館に着くまで、
眠らないでくださいよ。」
わたしの前で気怠く歩くメノー。
サンサが先頭を歩き、赤土の丘を西に下る。
道行くひとがメノーの姿を見て足を止め、
足を止めたひとに他のひとが衝突した。
他所見をして躓いたひとが、
坂を転げ落ちていく滑稽な事故も起きた。
1番部屋のドレイプのメノーは、
外を歩くだけで注目を集める。
頭巾と宝飾巾で覆っても、
宝石の魅力は隠せはしない。
口笛を高く吹き鳴らすひとも居るし、
突然キャシュクを脱いで近付き、
ハーフガンに叩かれるひとも居た。
フランジの頃からずっと
メノーを近くで見てきたわたしは、
他のドレイプと人気の違いが分からない。
レデとジールの姉妹の方が
街での人気も耳にする。
「ねぇ、サンサ。
メノーはどうして
こんなに人気があると思いますか?
胸が大きいから?」
「それもあるのでしょうけれど、
花の命が短いのと同じ理由ね。」
「花?」
花が咲くには根があって、
子葉を広げ、茎が伸びて、本葉を増やし、
蕾をつけるまで成長する必要がある。
草木にとって当たり前のことが、
ドレイプの差になる理由にはならない。
館の1番部屋という価値が、
彼女の評価を高めているのなら納得がいく。
サンサの言葉の意味に悩んでいると、
彼女は質問を投げかける。
「レナは永遠って言葉を知ってるかしら?」
「知ってますよ。
ずっと続くって意味ですよね?」
「それならレナは、
永遠に枯れない花を、
見たことがあるかしら?」
わたしが首を横に振ると、
前を歩くサンサは満足気に頷いた。
「花は実を結んで枯れてしまいます。」
「お客さんはその花を一瞬だけ見に、
何度も館を訪れるのよ。」
サンサはおかしなことを言う。
「…謎解きですか?
そんな名前の宝石…?」
メノーやルービィの名前は
鉱物や宝石に由来している。
困惑するわたしに
サンサは頷くだけだった。
彼女はわたしを混乱させる目的で、
難しい表現をしてきた。
「…切り花ですか?
銅の帯飾りとか?」
「永遠なんて
どうやって証拠立てるのかしらね。」
「サンサが言い出したんですよ。
また、わたしを捓ってるんですね?」
「捓ってないわよ。
レナに分からないものがあるように、
人間には分からないものがあるのよ。」
言い出した彼女はわたしの顔を見ると、
宝飾巾の奥で口角を上げて笑っていた。
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