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金貨の娘  作者: 美穂
第4章 月夜の光

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第4章 第4節 金色の月(第2項)

夕(ゆう)食(しょく)を済(す)ませたわたしは、

ベッドの上(うえ)で足(あし)を伸(の)ばして座(すわ)って待(ま)つ。



太(ふと)腿(もも)の上(うえ)に本(ほん)を開(ひら)いているだけで、

身体(からだ)中(じゅう)が熱(ねつ)と痛(いた)みに襲(おそ)われていた。



スーは朝(あさ)に出(で)掛(か)けたまま、

まだ帰(かえ)って来(こ)ない。



彼(かの)女(じょ)不(ふ)在(ざい)のベッドは相(あい)変(か)わらず、

羊(よう)皮(ひ)紙(し)のゴミに埋(うず)もれている。



サンサの足(あし)音(おと)が部屋(へや)に近(ちか)付(づ)き、

扉(とびら)が蹴(け)られた。



先(さき)に部屋(へや)に入(はい)ってきたのは黒(くろ)猫(ねこ)のアルと、

ファウナから預(あず)かった白(しろ)猫(ねこ)だった。



「まだ本(ほん)を読(よ)んでたの?」



わたしは下(した)唇(くちびる)を軽(かる)く噛(か)んで、

脹脛(ふくらはぎ)を指(し)示(じ)して無(む)言(ごん)の抗(こう)議(ぎ)をした。



――身体(からだ)が痛(いた)くて眠(ねむ)れないの。



大(たい)陸(りく)語(ご)の本(ほん)は読(よ)めていない。



「筋(きん)肉(にく)痛(つう)ね。

 傷(きず)付(つ)いた筋(きん)肉(にく)を修(しゅう)復(ふく)する時(とき)に起(お)きるのよ。


 身体(からだ)が鍛(きた)えられている証(しょう)拠(こ)よ。」



「筋(きん)肉(にく)を傷(きず)付(つ)ければ、

 身体(からだ)が鍛(きた)えられるの?」



「暴(ぼう)論(ろん)ね。

 でも身体(からだ)は適(てき)度(ど)に動(うご)かした方(ほう)が良(い)いわよ。


 ヤゴウみたいなお腹(なか)にならない為(ため)にね。」



白(しろ)猫(ねこ)はもう寝(ね)ているのか、

アルに首(くび)元(もと)を噛(か)まれながら、

部屋(へや)の奥(おく)へと静(しず)かに運(はこ)ばれる。



白(しろ)猫(ねこ)の掠(かす)れた鳴(な)き声(ごえ)が奥(おく)から聞(き)こえた。



サンサのベッドの足(あし)元(もと)には、

アルの寝(ね)る場(ば)所(しょ)が用(よう)意(い)されている。



「ニクスはスーに倣(なら)って、

 もっと外(そと)に目(め)を向(む)ければ、

 自(し)然(ぜん)と身体(からだ)が動(うご)くようになるわよ。」



「ねぇ、スーってどこに行(い)ったの?」



「寂(さび)しいの?」



「人(ひと)攫(さら)いに遭(あ)ってるかもしれないし。


 心(しん)配(ぱい)してるんだよ。」



捓(からか)うサンサに言(い)い返(かえ)す。



「それはないわね。

 フランジ一人(ひとり)で出(で)歩(ある)かせないもの。


 それに護(ご)衛(えい)も付(つ)いてるわよ。」



「ユヴィルの傭(よう)兵(へい)はまだ居(い)るんだよね?」



「その可(か)能(のう)性(せい)は無(な)いわね。


 連(れん)中(ちゅう)の拠(きょ)点(てん)は、街(まち)の西(にし)側(がわ)だもの。


 彼(かれ)らが子(こ)供(ども)一人(ひとり)を誘(ゆう)拐(かい)する為(ため)に、

 ここまで来(く)るとは思(おも)わないわ。


 身(みの)代(しろ)金(きん)目(め)当(あ)ての誘(ゆう)拐(かい)なんて、

 どこの街(まち)でも重(じゅう)罪(ざい)になるのよ。」



わたしは首(くび)を横(よこ)に振(ふ)って、

彼(かの)女(じょ)に別(べつ)の可(か)能(のう)性(せい)を問(と)う。



「報(ほう)復(ふく)に来(く)るとか。」



サンサは傭(よう)兵(へい)を二人(ふたり)、殺(ころ)している。



「あなたが来(き)てから

 何(なん)日(にち)経(た)ったと思(おも)ってるの?


 もう農(のう)休(やす)みよ。」



サンサは椅(い)子(す)に座(すわ)って、

テーブルにランタンを置(お)いた。



「あなたも見(み)たでしょう?


 西(にし)の傭(よう)兵(へい)はどうして夜(よる)に、

 干(ほし)し草(くさ)を担(かつ)いで出(で)歩(ある)いてたのかしら?


 それもこんな近(ちか)くにまで。」



「確(たし)か『鼠(ねずみ)共(ども)が火(ひ)を放(はな)つ。』

 って言(い)ってたね。」



マルフとの会(かい)談(だん)では、

彼(かれ)らを鼠(ねずみ)と呼(よ)んでいた。



「あなたを誘(ゆう)拐(かい)しようと騒(さわ)いで、

 配(はい)下(か)をわたしに殺(ころ)されたのよ。


 命(めい)令(れい)した放(ほう)火(か)すら失(しっ)敗(ぱい)したユヴィルは、

 大(おお)恥(はじ)を掻(か)いたわね。


 彼(かれ)は同(おな)じ過(あやま)ちを繰(く)り返(かえ)すほど

 愚(おろ)かではなくとも、矜(きょう)持(じ)がある。


 悪(わる)賢(がしこ)いあの老(ろう)獪(かい)のことだから、

 なにか企(たくら)んではいるのでしょうね。」



「それならスーも狙(ねら)われるよね?


 だってスーは、傭(よう)兵(へい)を殺(ころ)した

 サンサのフランジだから。」



焦(あせ)りを感(かん)じるわたしを見(み)てもサンサは笑(わら)う。



「この館(やかた)に招(まね)かれない彼(かれ)らは、

 わたしやスーの顔(かお)も知(し)らないのよ。


 オーナーのルービィが東(とう)部(ぶ)周(しゅう)遊(ゆう)中(ちゅう)に

 報(ほう)復(ふく)を行(おこな)う虚(きょ)栄(えい)心(しん)の持(も)ち主(ぬし)とも

 考(かんが)え難(にく)いわね。


 それになにより、

 農(のう)休(やす)みにやることではないわね。


 夜(よる)の館(やかた)を騙(かた)る『闇(やみ)の館(やかた)』は娼(しょう)婦(ふ)を使(つか)って、

 星(ほし)鳥(どり)からお金(かね)を騙(だま)し取(と)る方(ほう)を

 優(ゆう)先(せん)するわよ。」



冬(ふゆ)を前(まえ)に営(えい)巣(そう)地(ち)を離(はな)れ、

温(おん)暖(だん)な土(と)地(ち)で過(す)ごす星(ほし)鳥(どり)の名(な)は、

この街(まち)では農(のう)閑(かん)期(き)に訪(おとず)れる出(で)稼(かせ)ぎや、

驕(おご)った人(にん)間(げん)を揶(や)揄(ゆ)する蔑(べっ)称(しょう)になっている。



「高(こう)利(り)貸(が)しのユヴィルは金(きん)貨(か)の奴(ど)隷(れい)よ。


 傭(よう)兵(へい)を名(な)乗(の)ってる配(はい)下(か)の連(れん)中(ちゅう)は、

 いまごろ客(きゃく)引(ひ)きに駆(か)り出(だ)されてるわね。


 報(ほう)復(ふく)を行(おこな)うのなら、多(た)少(しょう)強(ごう)引(いん)でも

 もっと確(かく)実(じつ)な行(こう)動(どう)に出(で)るはずね。


 そして、その報(ほう)復(ふく)にまた失(しっ)敗(ぱい)したら、

 あの老(ろう)獪(かい)はさらに恥(はじ)を掻(か)くわ。


 その時(とき)は恥(はじ)だけで済(す)むのかしら…。」



ランタンの灯火(ともしび)の中(なか)、

サンサは口(こう)角(かく)を上(あ)げる。



「ユヴィルの件(けん)は、

 マルフに任(まか)せればいいわよ。


 ニクスはあの猫(ねこ)を飼(か)って

 どうするつもりかしら?


 芸(げい)でも仕(し)込(こ)んで披(ひ)露(ろう)するの?


 道(みち)端(ばた)の娼(しょう)婦(ふ)と同(おな)じ程(てい)度(ど)なら稼(かせ)げるわね。


 でも集(しゅう)中(ちゅう)の短(みじか)い猫(ねこ)に、

 芸(げい)を仕(し)込(こ)むのは難(むずか)しいわよ。


 市(いち)場(ば)でなら鼠(ねずみ)除(よ)けに売(う)れるわね。


 それとも解(かい)剖(ぼう)でもするの?」



「そんなことしないよ。

 ファウナに押(お)し付(つ)けられたんだよ。


 認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)と交(こう)代(たい)したいからって。


 この部屋(へや)にはアルも居(い)て

 サンサに頼(たの)めば飼(か)えるって

 ファウナも言(い)ってたよ。」



「意(い)志(し)薄(はく)弱(じゃく)な答(こた)えね。


 わたしが断(ことわ)れば、

 あなたはファウナに猫(ねこ)を突(つ)き返(かえ)すの?


 ファウナの代(か)わりに

 捨(す)てるつもりがあったのなら、

 止(と)めたりはしないわよ。」



「それは…できないわ。」



「あなたは認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)、

 やりたがっていたものね。」



「言(い)ってない…。」



否(ひ)定(てい)しても、サンサは話(はなし)を進(すす)めて頷(うなず)く。



「猫(ねこ)を飼(か)うことを条(じょう)件(けん)に、

 この館(やかた)で働(はたら)く口(こう)実(じつ)にするには

 丁(ちょう)度(ど)良(い)いわね。


 捨(す)てるものにも価(か)値(ち)はある、

 というわけね。


 あなたが館(やかた)でできる仕(し)事(ごと)って、

 他(ほか)になにかあるかしら。」



彼(かの)女(じょ)の質(しつ)問(もん)にわたしは俯(うつむ)いた。



「良(い)い機(き)会(かい)だもの、

 認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)はやってみなさい。


 すぐに出(で)来(き)る仕(し)事(ごと)では無(な)いから、

 ダメならその時(とき)考(かんが)えればいいわ。


 長(なが)年(ねん)やってるボナも居(い)ることだし、

 他(ほか)のひとに頼(たよ)ることも意(い)識(しき)しなさい。


 わたしなんて右(みぎ)腕(うで)が無(な)いから、

 他(た)人(にん)を頼(たよ)るのは得(とく)意(い)なのよ。」



衣(い)装(しょう)室(しつ)の鍵(かぎ)をわたしに押(お)し付(つ)けたひとが、

自(じ)虐(ぎゃく)して微(び)笑(しょう)を浮(う)かべる。



「自(じ)分(ぶん)にできないことを、

 自(じ)認(にん)することも大(たい)切(せつ)ではあるわね。


 誰(だれ)もあなたに、

 肉(にく)体(たい)労(ろう)働(どう)者(しゃ)と同(おな)じ仕(し)事(ごと)を

 望(のぞ)みはしないでしょ?


 それに飼(か)ったこともない猫(ねこ)の飼(し)育(いく)を、

 あなたに任(まか)せるのは危(あぶ)ないわ。」



「うぅん…。」なにも否(ひ)定(てい)できない。



「人(にん)間(げん)が食(た)べられるものでも、

 猫(ねこ)にとっては毒(どく)になる食(しょく)料(りょう)もあるのよ。


 小(ちい)さいうちの世(せ)話(わ)はアルに任(まか)せなさい。


 あなたは自(じ)分(ぶん)にできることを、

 自(じ)分(ぶん)の目(め)で見(み)つけることね。


 大(たい)陸(りく)語(ご)が読(よ)めるようになるとかね。」



「えっと…飼(か)ってくれるの?」



「猫(ねこ)を飼(か)う代(か)わりに働(はたら)く、

 なんて考(かんが)えないことね。


 猫(ねこ)はあなたにお給(きゅう)金(きん)を支(し)払(はら)わないもの。」



「良(い)いの?」



「子(こ)猫(ねこ)の1匹(ひき)を追(お)い出(だ)すほど、

 夜(よる)の館(やかた)は狭(きょう)量(りょう)ではないわよ。


 犬(いぬ)と違(ちが)って吠(ほ)えないし。


 この部屋(へや)で飼(か)わずに、

 ファウナやフランジの誰(だれ)かが

 猫(ねこ)の世(せ)話(わ)をしてしまうと、

 館(やかた)の仕(し)事(ごと)に支(し)障(しょう)が出(で)てしまうわ。


 ここならアルが居(い)るもの。」



部屋(へや)の奥(おく)でアルが話(はなし)を聞(き)いていたのか

ミャオと返(へん)事(じ)をした。



「猫(ねこ)の名(な)前(まえ)はもう決(き)めたの?」



「名(な)前(まえ)…考(かんが)えてない。

 白(はく)毛(もう)、青(あお)目(め)、湖(みずうみ)、海(うみ)、…ラッガとか?」



ファウナが言(い)うには、

ラッガは船(ふね)の係(けい)留(りゅう)索(さく)に取(と)り付(つ)ける

鼠(ねずみ)除(よ)けの板(いた)らしい。



「ラッガは良(よ)くないわね。」



サンサの意(い)見(けん)にわたしは頷(うなず)き、訊(たず)ねる。



「アルの名(な)前(まえ)が、

 狩(しゅ)猟(りょう)と貞(てい)潔(けつ)の女(め)神(がみ)が由(ゆ)来(らい)なのは、

 目(め)が月(つき)と同(おな)じ金(こん)色(じき)だから?


 でも、月(つき)の女(め)神(がみ)にはしなかったんだ。」



狩(しゅ)猟(りょう)と貞(てい)潔(けつ)の女(め)神(がみ)は、

月(つき)の女(め)神(がみ)のセリーニと同(どう)一(いつ)視(し)される。



「あなたのように神(しん)話(わ)の知(ち)識(しき)がある子(こ)は、

 由(ゆ)来(らい)を勘(かん)違(ちが)いするのよね。


 元(もと)は古(こ)代(だい)にできた名(な)前(まえ)で、

 語(ご)源(げん)は『要(よう)塞(さい)』と『町(まち)』の二(ふた)つの単(たん)語(ご)。


 これを組(く)み合(あ)わせたものが

 使(つか)われるようになったのよ。」



「昔(むかし)のひとは要(よう)塞(さい)都(と)市(し)って呼(よ)んだりしたの?


 強(ごう)情(じょう)なひとに?」



「ふふっ。

 性(せい)格(かく)ではなく女(おんな)に名(な)付(づ)けるのよ。


 貞(てい)淑(しゅく)という意(い)味(み)で使(つか)うわね。」



「貞(てい)潔(けつ)の女(め)神(がみ)と同(おな)じ意(い)味(み)だよね。」



「同(おな)じ解(かい)釈(しゃく)がされたの。


 船(ふね)や港(みなと)と同(おな)じで、

 要(よう)塞(さい)の町(まち)からひとの胎(たい)内(ない)、

 母(ぼ)体(たい)を連(れん)想(そう)したのかしらね。


 神(しん)話(わ)の時(じ)代(だい)よりは新(あたら)しいけれど、

 古(こ)代(だい)から遥(よう)遠(えん)代(だい)にも使(つか)われていて、

 アルはもっと長(なが)い名(な)前(まえ)なのよ。」



口(くち)振(ぶ)りからして、

サンサがアルと名(な)付(づ)けたのではないらしい。



「正(せい)確(かく)にはなんて名(な)前(まえ)?」



「アルゥ…デラ…?


 グルグスより長(なが)くて発(はつ)音(おん)が難(むずか)しいから、

 アルって呼(よ)んでいるのよ。


 もう、話(はなし)が逸(そ)れてるわね。


 名(な)前(まえ)の由(ゆ)来(らい)で言(い)えば、

 メノーは浮(う)き彫(ぼ)り細(さい)工(く)になる鉱(こう)物(ぶつ)、

 ルービィは透(とう)明(めい)度(ど)のある宝(ほう)石(せき)よね。」



「別(べつ)のものから付(つ)けたんだね。

 それなら白(しろ)いから――。」



わたしが言(い)った時(とき)に、部屋(へや)の扉(とびら)が開(ひら)く。



「ただいまぁ。…なにかあった?」



帰(かえ)ってきたスーが、

テーブルに突(つ)っ伏(ぷ)して

笑(わら)い震(ふる)えるサンサを見(み)た。



「待(ま)って!」わたしは焦(あせ)って叫(さけ)んだ。



「聞(き)いてよ、スー。


 ひっ…、ふぅ…。

 ニクスってば…。」



「だって!


 そこまで笑(わら)うような

 おかしな名(な)前(まえ)ではないでしょっ?」



自(じ)覚(かく)のない理(り)由(ゆう)で笑(わら)われて、

それが次(し)第(だい)に恥(は)ずかしくなってきた。



「ファウナの隠(かく)してた猫(ねこ)を、

 ニクスに名(な)付(づ)けさせようとしたら、

 白(しろ)いからって、ふふっ、

 『砂(さ)糖(とう)』って…」



サンサはお腹(なか)を抱(かか)え苦(くる)しむ。



「砂(さ)糖(とう)? 砂(さ)糖(とう)って…、猫(ねこ)なのに?


 ニクスは砂(さ)糖(とう)を見(み)かけたら

 これからなんて言(い)うの?、


 砂(さ)糖(とう)を白(しろ)猫(ねこ)って呼(よ)ぶの?」



「ちょっと、スー!

 これ以(い)上(じょう)、笑(わら)わせないでっ。」



サンサは堪(こら)えきれずに、

天(てん)井(じょう)を仰(あお)いで哄(こう)笑(しょう)した。



「酷(ひど)いっ。

 また二人(ふたり)してわたしを捓(からか)って。」



「ニクスもちゃんと考(かんが)えてみてよ。


 捓(からか)われるのは、

 名(な)前(まえ)を呼(よ)ばれる方(ほう)だよ。


 子(こ)供(ども)や物(ぶっ)質(しつ)、家(か)畜(ちく)に名(な)前(まえ)を付(つ)けるのなら、

 名(な)前(まえ)を呼(よ)ぶひとや呼(よ)ばれる相(あい)手(て)のことも

 考(かんが)えないとね。」



「うぅん…確(たし)かに呼(よ)び難(にく)いね…。」



「知(ち)性(せい)に溢(あふ)れる感(かん)じでいて驕(おご)らず、

 呼(よ)びやすくて、こうなって欲(ほ)しいって

 理(り)想(そう)や願(ねが)いを込(こ)めて名(な)付(づ)けるものだよ。


 砂(さ)糖(とう)になられても困(こま)るもんね。」



「ふふっ。

 もうダメだわ…。


 これから砂(さ)糖(とう)を見(み)たら

 思(おも)い出(だ)して笑(わら)うかも…。」



「ほら。こうなるんだよ。」



スーは羊(よう)皮(ひ)紙(し)が積(つ)まれたベッドに座(すわ)った。



「考(かんが)えるからっ! もう笑(わら)わないでっ。」



「ニクスが飼(か)うの? ファウナの白(しろ)猫(ねこ)。」



「しばらくはアルが世(せ)話(わ)するわ。


 名(な)付(づ)けるのはニクスに任(まか)せたの。


 おかしな名(な)前(まえ)にはしないでよ。」



呻(うめ)くわたしは砂(さ)糖(とう)が頭(あたま)から離(はな)れない。



――砂(さ)糖(とう)は甘(あま)くておいしいし、

  綺(き)麗(れい)で貴(き)重(ちょう)なものなんだし、

  呼(よ)びやすくていい名(な)前(まえ)なのに…。



「ニクスが名(な)付(づ)け親(おや)になるんだし、

 イオスっていうのはどうかな?


 暁(あかつき)、夜(よ)明(あ)けの女(め)神(がみ)だね。」



「スーが名(な)付(づ)けてるわよ。」



「どう? ニクス?」



「イオス…うん…。良(い)いと思(おも)う。

 似(に)合(あ)ってるから。」



――イオス…。



スーの付(つ)けた名(な)前(まえ)は綺(き)麗(れい)な響(ひび)きで、

わたしは頭(あたま)の中(なか)で繰(く)り返(かえ)した。



「まぁいいわよ。アル。

 その子(こ)の名(な)前(まえ)はイオスよ。」



アルはスーのベッドに跳(と)び乗(の)って、

羊(よう)皮(ひ)紙(し)に後(うし)ろ足(あし)を滑(すべ)らせミャオと鳴(な)いた。



「今日(きょう)はスーの帰(かえ)りが遅(おそ)いから、

 ニクスが寂(さび)しがって心(しん)配(ぱい)してたわよ。」



「捏(ねつ)造(ぞう)しないで。」



誤(ご)解(かい)されないように首(くび)を振(ふ)って否(ひ)定(てい)する。



「えぇー照(て)れるなぁ。


 アイリアに工(こう)房(ぼう)を借(か)りて、

 夕(ゆう)食(しょく)まで頂(いただ)いてきたんだよ。


 それに私(わたし)はニクスでもないから、

 勝(かっ)手(て)にどっかへ行(い)ったりしないよ。」



「もう。二人(ふたり)して捓(からか)わないで。」



わたしは笑(わら)う二人(ふたり)の顔(かお)を見(み)られず、

ベッドのクッションに顔(かお)を埋(うず)めた。



「ニクスが気(き)になるから、

 サンサも構(かま)うんだね。


 見(み)て、ニクスも。


 やっと出(で)来(き)たんだよ。」



肩(かた)に背(せ)負(お)っていた革(かわ)袋(ぶくろ)から、

今朝(けさ)持(も)っていった箱(はこ)を取(と)り出(だ)した。



「なにができたの?」



「大人(おとな)の嗜(たしな)みってやつだね。」



箱(はこ)から中(なか)身(み)を取(と)り出(だ)して、

羊(よう)皮(ひ)紙(し)の上(うえ)に広(ひろ)げる。



勉(べん)強(きょう)会(かい)で彫(ほ)っていた手(て)のひら程(てい)度(ど)の板(いた)。



彫(ほ)られた溝(みぞ)の中(なか)は、

黒(くろ)の塗(と)料(りょう)で塗(ぬ)られている。



「これが四(しい)時(じ)の札(ふだ)ね。


 他(ほか)にも賭(か)け札(ふだ)や四(し)季(き)札(ふだ)、一(いち)日(にち)札(ふだ)なんて

 呼(よ)ばれてる札(ふだ)遊(あそ)びの道(どう)具(ぐ)だよ。」



――大人(おとな)の嗜(たしな)み…?



「…これで、なにかを賭(か)けるの?」



「なにも賭(か)けないよ。たぶんね。


 ニクスは持(も)ってなかったから、

 今(こん)度(ど)は私(わたし)が作(つく)ってみたんだよ。」



サンサがマルフと一(いっ)緒(しょ)にしていた札(ふだ)遊(あそ)び。



数(すう)字(じ)や記(き)号(ごう)が彫(ほ)られた札(ふだ)に触(ふ)れる。



滑(なめ)らかな手(て)触(ざわ)りの札(ふだ)には、

滑(なめ)らかではない彫(ほ)り跡(あと)があって、

彼(かの)女(じょ)の懸(けん)命(めい)さが窺(うかが)えた。



「サンサ。」



「はい。分(わ)かったわよ。


 これはわたし達(たち)から、

 ここへ来(き)たニクスへの贈(おく)り物(もの)。


 これでいいかしら?

 言(い)い出(だ)して作(つく)ったのも、全(すべ)てスーよ。」



「うん。

 でもお金(かね)を出(だ)したのはサンサだから。」



「わたしが使(つか)うお金(かね)は全(すべ)て、

 ルービィのものよ。


 礼(れい)はスーにしなさい。


 それとこの札(ふだ)で勝(か)てなくても、

 苦(く)情(じょう)はスーに言(い)いなさい。


 いいわね。」



「それは私(わたし)にされても困(こま)るよ。」



「ありがと。スー。

 上手(じょうず)にできるか分(わ)からないけれど。


 アルも、ありがと。

 イオスの世(せ)話(わ)を押(お)し付(つ)けてしまったわ。」



スーのベッドの上(うえ)のアルが

前(まえ)足(あし)を揃(そろ)えて座(すわ)り、ミャオと返(へん)事(じ)をした。



「サンサは、えーっと。」



サンサはわたしを買(か)ったドレイプ。



「わたしはなにもしてないから、

 無(む)理(り)になにか言(い)わなくていいわよ。」



「あはははは。」



サンサのその言(こと)葉(ば)を聞(き)くと、

スーが突(とつ)然(ぜん)笑(わら)い出(だ)し、

今(こん)度(ど)は彼(かの)女(じょ)がクッションに顔(かお)を埋(うず)める。



ベッドに居(い)たアルが驚(おどろ)き、

彼(かの)女(じょ)の頭(あたま)を前(まえ)足(あし)で素(す)早(ばや)く叩(たた)いた。



「どうしたの? スー。」



「いいのよ。

 放(ほう)っておきなさい。


 昔(むかし)のことでも思(おも)い出(だ)したんでしょ。」



「だって…。ふふふっ。あははっ。」



スーは髪(かみ)を解(ほど)きながら、

笑(わら)い過(す)ぎて涙(なみだ)を零(こぼ)す。



「これ以(い)上(じょう)騒(さわ)がないでよ。


 もう遅(おそ)いから二人(ふたり)とも寝(ね)なさい。」



四(しい)時(じ)と呼(よ)ばれた札(ふだ)を箱(はこ)に収(おさ)め、

わたしは毛(もう)布(ふ)を被(かぶ)った。



「おやすみなさい。」



「ふふっ。おやすみ。

 あーおかしい。」



「ねぇ、二人(ふたり)共(とも)、歯(は)を磨(みが)いた?」



「わっ! まだだっ!」



スーと揃(そろ)ってベッドから跳(と)び出(で)た。



スーは笑(わら)ってサンサのランタンを持(も)つと、

わたしを置(お)いて先(さき)に階(かい)段(だん)を下(お)りてしまう。



歯(し)木(ぼく)を使(つか)って歯(は)を磨(みが)く為(ため)に、

浴(よく)場(じょう)の外(そと)にある流(なが)し台(だい)まで

行(い)かなければならない。



「痛(いた)た…。」



レナタと踊(おど)り過(す)ぎて身体(からだ)を痛(いた)めたわたしは、

月(つき)明(あ)かりの中(なか)で階(かい)段(だん)を下(お)りるのも苦(く)労(ろう)する。



「ねぇ、ニクスっ。


 ついでに井(い)戸(ど)の水(みず)も見に行(い)こうっ!」



「スー! 待(ま)って!」



「先(さき)に行(い)くからねぇ。」



言(い)ったスーはわたしが降(お)りてくるのを待(ま)ち、

暗(くら)い足(あし)元(もと)を下(した)からランタンで照(て)らす。



彼(かの)女(じょ)は手(て)にしたランタンを、

身体(からだ)と一(いっ)緒(しょ)に円(えん)を描(えが)いて回(まわ)している。



月(つき)とランタンの灯火(ともしび)に照(て)らされ、

背(はい)後(ご)に影(かげ)を作(つく)りながらわたしを呼(よ)んだ。



スーの金(こん)色(じき)の髪(かみ)が、

二(ふた)つの光(ひかり)に照(て)らされて輝(かがや)き、

動(うご)く影(かげ)と共(とも)に揺(ゆ)れていた。




 ◆ 第(だい)4章(しょう) 『月(つき)夜(よ)の光(ひかり)』 おわり

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