
深い青と緑の混ざった藍色の瞳が、
街の防壁よりも高く昇る蒸気を見つめた。
稚い目は青色を薄く残す。
建物を貫く長い煙突が、
わたし達の目の前に聳える。

――煙突からは魂は出ない。
わたしは煙突の先の蒸気を見ながら、
思想の言葉が思い浮かぶ。
「ねえ、ニクス。
あそこにウラの魂は
あると思いますか?」
わたしはレナタの横顔を見て、
また蒸気を見上げた。
彼女は、水辺草で編んだ
ストロー帽を頭に被っている。
レナタが頭を上に傾けた時に、
背中側に落ちた帽子を受け取った。

「魂は、無いと思うわ。
だってあれは、ただの水だもの。」
「水?」
わたしは年下のレナタに対して、
口調を和らげる。
「ひとの身体は、細胞っていう
小さな物質が集合していて、
そのほとんどは水でできてるの。
あの白く見える蒸気も、
建物の南側からは光素で陰って、
灰色に見えるはずよ。」
「水、なんですね。」
彼女は説明に驚いてから、
失望したように表情を変えて、
わたしの手を握ってきた。
――熱せられた空気は、
細かくなった水を付着して、
熱に押し上げられて空に浮かぶ。
――煙突の先端にはなにも見えなくて、
外の開放された空気に冷やされ、
雲と同じ仕組みで蒸気が見える。
――煙突からは魂は出ない。
本で読んだ知識を目で確かめて、
わたしは首を縦に振る。
実際には、長い煙突を通って目に見えない
細かな灰や埃が混ざっているはずでも、
知らないことに対する説明は控えた。
物質は熱せられることで、
泡のように膨らんで体積が大きくなる。
目に見えない空気も気化した物質で、
物質は熱を持つことで密度は疎になり、
水の粒子が含まれても軽くなる
奇妙な性質を持つ。
空気にも重たいものや軽いものがあって、
冷たい空気は重く、大地の熱で暖められ、
暖かい空気は軽く、上空で冷やされる。
乾いた空気は水の粒子を含みやすく、
水滴になって集まったものが雲に見える。
雲が集まり、水滴が大きく重たくなると、
軽い空気が押し上げられずに雨が降る。
会ったこともないウラという子の死に対し、
わたしは本の知識を並べるだけだった。
頭の中に灰色の靄が漂う。
「死んだひとの魂は、星になるんだよ。」
緑の上に足を伸ばして座るスーが言った。

長い金髪を弄って三つ編みを結っている。
彼女の足のあいだでは、
アルが丸くなって欠伸をした。

「スーはまた、
わたしを子供騙しに引っ掛けようと
してるんですね。
星って全て、太陽のことですよね?
サンサの――。」
「恒星ね。」
わたしは細かな訂正を入れると
レナタは頷く。
「昔に居たひとが、
そう書き残したんだよ。」
スーは三つ編みを作り終えると、
黒色のリボンで結ぶ。
二つの太い髪の束が出来上がった。
髪弄りにも飽きた彼女は、
緑の上に仰向けに寝転がる。
スーのお腹の上にアルが乗ったせいで、
彼女は苦しみながら息を吐いた。
レナタは不可解な顔をわたしに見せたので、
スーの言葉に同意するように言った。
「思想には物差しが無いもの。」
「本当ですか?」
まるで信じていない彼女は、
わたしの手を強く引っ張った。
「きっとスーは、
悲しんでるレナタを慰めたかったのよ。
迷信、とも言い切れないかな。
『湖から溢れ出た水は、
湖には戻らない。』
こんな諺があるくらいだもの、
スーの考えは全て否定できないわ。
魂が蒸気や星になったと考えても、
わたしは良いと思うよ。
大地も星の一部だもの。」
藍色の瞳は一度瞬きをして、
煙突から昇るただの蒸気を眺めていた。
スーが詩を歌う。
「湖水溢れて川となり、
荒ぶる水は岩を砕き、山をも穿つ。
大地の乾きを潤し、
道は清濁を分かつ。
大海を識り経た果ては、
雲霧となって雨水を生み、
大地に還る湖水群。」
わたしの放ったただの諺は、
スーの通る声と言葉で
弔いの詩へと変化した。
夏を前にした空は雲が少なく、
青が濃く見えて風もないので、
煙突から昇る白い筋が際立つ。
今朝は寒かったので、
黒色の上着を着ていると
中の肌着は汗が滲む。
脱いだ上着を木陰に置くのを踟い、
右肩に掛けて飾り布を装ってみた。
近くの木陰では大男のグルグスが一人、
広げた絨毯の上で太い足を折り重ねて
上品に座っている。

胸と背中に紐で吊るして運んだ水袋を、
太い両腕に抱えていた。
丘の上に立つ館から、
馬車で南へ行った防壁近くのこの場所は火葬場。
都市の中でも木々に囲まれて、
鳥の囀りが常に聞こえる。
日頃お喋りなスーも、
今日は静かに耳を澄ましていた。
「二人の知ってるウラって、
どんな子だったの?」
「…ウラは元気なひとでしたよ。
癖のない真直な赤い髪で、
赤い瞳と白い肌でよく笑ってました。
誰よりお風呂が好きでしたから、
メノーみたいな、個室持ちの
ドレイプになりたがってました。」
わたしはレナタの話を聞きながら、
会ったことのない
ウラという少女の輪郭を想像する。
スーは目を閉じたまま、胸の上で
前足を曲げて座るアルの額を指で撫でた。
「ウラはネルタの戦災孤児だった。
孤児院にいた頃は、
娼婦の避難所になる別館で、
一緒に過ごした子だよ。
あれからもう4年も経ったんだね…。
私は孤児院に後から入って、
夜の館に入るから先に出たけど、
春に会った時には大人になってたね。
私が彼女を館に選考したんだよ。」
深く落ち着いた口調でスーは語った。
サンサとメノーがハーフガンを引き連れて、
建物の中から緑が覆う外の敷地に出てきた。

サンサとメノーは二人共とも、
頭巾と宝飾巾をしている。
わたしは肩に掛けた上着が、
サンサの飾り布と似て非なる装いに気付き、
恥ずかしくなって外した。
「お洒落はお終い?
わたしの飾り布を
貸してあげましょうか。」
「暑かったから脱いでただけだよ。」
捓ってくるサンサに告げると、
彼女は銀の目を冷たく細める。
「外はもう暑いくらいね。
天気も良いから、
ここで昼食にしましょう。」
サンサの言葉で、
メノーが持っていた籠を絨毯の上に置く。

今日はメノーがパンを切り、
サンサが塩漬け肉を木製のお皿に分けた。
グルグスのお腹がずっと悲鳴を放ち、
その音が鳴る度に笑いが起きる。
「ニクスのお腹の音かしら。」
「なんてこと言うんですかっ。」
サンサがわたしを捓うので、
わたしに代わってレナタが彼女を叱る。
「ウラが明るい空から、
星を見つけられるように
祈りましょうか。」
サンサが目を閉じて顎を引き、
胸に手を当ててしばらく無言になる。
わたしもそれに倣った。
「いまのはどんな意味の詩ですか?」
レナタが隣に座っているわたしに訊ねる。
弔詞に詳しくないわたしも、
祈りの姿勢のまま首を捻った。
「元は船乗りの弔詞、弔いの言葉ね。
『夜の海は暗く冷たい。
明るく暖かな太陽に願う、
死者の船に、穏やかな航海を祈る。』
これを少し噛み砕いて、
船乗りではないウラの魂に、
伝わるように言ってみたのよ。」
「魂に?」レナタが訊ねる。
サンサは胸に手を当てたまま頷いた。
「迷信も使い方次第よね。
グルグス。
待たせたわね。
お姫様も食べていいわよ。」
周りに遠慮しつつ静かに食べるグルグス。
ハーフガンは自分のお皿を持って、
絨毯から離れた位置で食べている。
「ずいぶん仲良しね。」
「なにがですか?」
レナタは自覚がない。
彼女はずっとわたしの隣に居て、
隙間も無いほど近くに座っている。
サンサとメノーが奇妙に笑みを浮かべ、
わたし達を見ていた。
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