
斜めに立て掛けた木が二組、
互いを支え合うように立つ。
頂点を横木で繋がれた木挽き台が、
外廊下に座るサンサの横に置かれている。
木挽き台は長い木材を横木の上に置き、
水平状態にして鋸で切る為の台で、
本来この台は2台以上を並べて使う。
グルグスが担いできた木挽き台は1台のみ。
ここには鋸もない。
「それでサンサはなにを組み立ててるの?」
スーはアルを頭に乗せたまま、
サンサの作業の意味を率直に訊ねた。
「オーブのおじいに頼んでいたものが、
フルリーンなんて銘の彫られた
知らない制作者から送られてきたのよ。
依頼通りに作ってあるとは思うわ。
これが使いものになるか
確かめてみようと思ってね。」
制作者の銘が彫られた横木を指先で小突く。
「またガラクタにお金を使ったんだね。
オーナーに叱られるよ。」
「ガラクタではないわよ。
大発明かもしれないのよ?」
スーに言われて感情的になるサンサは、
外見相応に子供っぽい。
木挽き台の横木から
2本の木が斜め下に伸び、
接合した台の中心には
軸に刺さった歯車がある。
歯車の軸からはさらに奇妙なことに、
細く曲がった2本の足が伸びている。
――おかしな虫だわ…。
巨大な虫にも見える工作物。
「これは馬よ。」
「馬?」わたしは首を捻る。
頭を傾けても、
逆立ちしたって馬には見えない。
互いを支え合う木の脚部には、
棒を通せるほどの丸い穴が空いている。
――この穴って、
補強の為の棒がある所よね?
棒を通せば脚部同士を支え、
形を固定する補強になるけれど、
その棒がなぜか欠損している。
「オーブでは馬と呼んでたのよ。
鞣した革が皺にならないように
掛けて置く台に使ってるの。
本来は木挽き台よ。
二つ並べてこの上に木材を置いて
鋸で切るただの台なのに、
四つ足のものは馬って呼ぶのよ。」
「1台しかないのに。」
「これは1台で充分だもの。」
――これが馬…。
ひとを乗せるのかしら?
横木の端には、
簡素な板が一つだけ乗せられている。
サンサはこちらを『お尻』と呼んだ。
「これで乗馬の真似でもするの?」
「なかなか察しが良いわね。
ニクスがそこに乗るのよ。」
「わたし? なんで?」
「実験体だね。」
「おかしな呼び方しないでよ。」
スーが笑うので、サンサが抗議する。
「サンサが乗るから持ってきたんだよね?」
わたしも抗議した。
「ニクス。
これはフランジにとって、
革命的なお仕事よ。」
「偉大なる発明って言うんだよね。」
「ひとの考えを見透かさないの。」
「犠牲者の部分は否定してよ?」
この二人を相手に、
わたしの抗議は通じなかった。
片足を上げて横木を跨ぐ。
身体の痛みと同時に、
股が裂けそうで悲鳴が出た。
裾の短いキャシュクを着て、
脚を開いて座るのは浅ましく思える。
それに女のわたしには乗馬の経験がない。
床に足が届かなくて落ちかけ、
わたしは脚部に足を絡めて、
背中を丸めて横木を両手で掴む。
――ここは背骨って言うのかしら?
脚には補強の棒が無い為に、
わたしの重さで後ろ脚が少し開いて、
馬は不安定に揺れる。
「スー。その扇とって。」
「はい。」
スーが道具箱から葉柄のついた扇を手渡し、
サンサはそれを別の歯車の軸に縛り付けた。
ネルタでは見たことのない扇は、
植物の放射状の葉で作った風を生む道具になる。

馬か虫のお腹からは、
折れ曲がった奇怪な足の生えた大型の歯車。
その頭か、前脚のあいだにある、
別の小型の歯車からは、一方に長く伸びた
軸に扇が取り付けられた。
馬の背から二つの歯車を見下ろすと、
一つの発見があった。
二つの歯車の歯には縦に溝があって、
輪になったロープが歯車に収まっている。
溝に入ったロープに付けられた結び目が
大型の歯車に噛み合わさると、
小型の歯車を動かす仕組みがわかる。
「良いわね。」
サンサはお腹にある大型の歯車に触れて、
小型の歯車の軸に縛り付けた扇が、
前方への回転を確認する。
噴水庭園にハンドベルの音が響く。
「またなにかやってるわね。」
「ほぅ、またかい?」
隣の部屋から出てきたドレイプと客は、
珍妙な光景を見て目が笑う。

わたしは恥ずかしさに顔が熱くなった。
「もう降りていい?」
「ダメよ。
お楽しみはこれからなのよ。」
首元の口布を鼻よりも上にして顔を隠した。
「その『曲軸』を足で踏んで。」
「曲軸?」
「大陸語が由来だね。
鄙言で使われてる。」
「単語の意味なんて使うひと次第よ。」
「どういう意味があるの?」
「その曲がった形から
相手の性格を捓う為に、
偏屈って意味で使われるんだよ。」
「どうしてわたしを見たのかしら?
いいから早く馬を使ってみせて。」
馬に視線を戻す。
馬と呼ばれた木挽き台の腹部にある、
歯車の軸から左右に伸びた棒、
曲軸を指示する。
虫の足に見える棒。
「この足?」
彼女が曲軸と呼んだ棒を足先で触る。
「そこに足を乗せるの。」
歯車の軸から地面と水平に刺さった棒は、
上下が正反対に折れ曲がったかと思えば、
また元の角度に戻っている。
右足は高く、左足は低いので、
足の置き場としては使いにくい。
足を乗せた棒は丁寧に研磨されていて、
角のない円柱は足底の感触だけで、
その滑らかさが分かる。
「研削盤で磨いてあるから、
滑りやすくなってるわよ。
それとも回す力も無いのかしら…。」
「回すって、こうなのかな?」
回すとなると、足の動かし方が難しい。
片足ずつ前に下にと順に踏みつけ、
曲軸を回転させると歯車が回った。
左右両方とも別方向に屈曲し、変な形でも
棒は『梃子』の原理を利用している。
前に踏む力で、歯車の回転運動を
効率よく伝達する道具だった。
この仕組みを使った道具を、
本で読んだ記憶がある。
「動いたっ!」
スーの歓声と共に、頭上のアルは
彼女に前足を持ち上げられて
また抗議で鳴いた。
曲軸に取り付けられた歯車が回ると、
溝の中で輪になったロープの結び目が
引っ掛かり、歯車がロープを引っ張る。
引っ張られたロープの結び目が、
同じ仕組みでもう一つの
小型の歯車を回す。
小型の歯車の、
長い軸の先に付けられた扇が回転を始めた。
歯車の軸と共に回転したものの、
外廊下の床に当たり扇の葉柄が折れ、
擦れて長い葉が削れ、散っていく。
砂埃も舞っている。
「痛っ!」
わたしは研磨された曲軸を踏み外し、
脛を強く打った。
「大丈夫?」
スーが折れた貴重な扇かわたしの、
どちらかを心配していた。
足が痛くて馬の背を強く握る。
「ニクス、もっと回して。」
扇の惨状を気にもせず、
サンサは声を弾ませた。
曲軸を踏み外しても、
一度勢いの付いた歯車の回転は
すぐには止むことはなく、足は忙しい。
右足を前に踏み切ると、次は左足。
頭では分かっていても身体は動かない。
歯車が回る速度に合わせ、
左右の足は前へ後ろへ、
上へ下へと回り続ける。
「外の乾いた空気をこうして部屋に送れば、
湿った部屋は乾燥しやすくなるのよ。
湿気を部屋に残したままにすると、
肺の病気の原因にもなるからね。
これを扇風機と呼ぼうかしら。」
湿気によって食べ物も傷みやすく、
金属は錆付き、腐食する。
「ねぇ、それで、いつまで、
回せば、いいの? これ。」
回し続けると、身体が要領を理解してきた。
板に置いた脚の付け根は痛く、
足底は摩擦で熱くなる。
馬の背を掴む指も、
上体を支える腕も震えだした。
曲軸を踏み回せば、
馬は常に上下に揺れて軋む。
「これはニクスの体力作りも兼ねているし、
スーの小話が終われば止めていいわよ。」
「えっ?」当然、スーは困惑した。
「大陸の詐欺師の話をして。」
「それ、欺騙を働いた伝道師の話だよね。
なんで先に結末を言うかなぁ。」
「いいから、早、くし、てぇ…。」
歯車を回すだけで精励しているわたしに、
スーは微笑して緩やかな口調で話を始めた。
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