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金貨の娘  作者: 美穂
第2章 白亜の館

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第2章 第3節 羊皮紙の札(第2項)

「あははっ、ニクスが、

 急(きゅう)におかしな呼(よ)び方(かた)するからっ。」



スーが書(しょ)字(じ)板(ばん)をお腹(なか)に抱(かか)えて笑(わら)う。



わたしがサンサをお嬢(じょう)様(さま)扱(あつか)いしただけで、

不(ふ)本(ほん)意(い)なことに周(しゅう)囲(い)を笑(わら)わせてしまった。



「あなた、いつからわたしの

 使(し)用(よう)人(にん)になったの?」



わたしも、サンサを主(しゅ)人(じん)と

認(にん)識(しき)した覚(おぼ)えはない。



不(ふ)満(まん)に目(め)を細(ほそ)めて、首(くび)を横(よこ)に振(ふ)る。



「酷(ひど)い舞(ぶ)台(たい)に立(た)されたものだ。ぶふっ。」



「マルフも勘(かん)違(ちが)いしないでよ。

 この子(こ)が勝(かっ)手(て)に言(い)ったのよ。


 総(そう)督(とく)のあなたと違(ちが)って、

 わたしは舞(ぶ)台(たい)に立(た)つような

 役(やく)者(しゃ)ではないのだから。」



「政(せい)治(じ)をそんな風(ふう)に言(い)うのは、

 アイリアとサンサくらいだぞ。」



マルフが椅(い)子(す)に戻(もど)り、

サンサは記(き)号(ごう)の書(か)かれた札(ふだ)を手(て)にした。



「サンサが傭(よう)兵(へい)を殺(ころ)したせいで、

 ユヴィルには報(ほう)復(ふく)の口(こう)実(じつ)を与(あた)えた。


 カヴァの軍(ぐん)との繋(つな)がりで、

 街(まち)が攻(せ)められる可(か)能(のう)性(せい)もある。


 準(じゅん)備(び)が整(ととの)い――早(はや)ければ、

 また冬(ふゆ)に攻(せ)めてくるだろう。


 サンサの見(けん)解(かい)はどうだ?」



カヴァは西(にし)にある国(くに)で、冬(ふゆ)にわたしの国(くに)

ネルタへ侵(しん)攻(こう)をしてきた。



緊(きん)張(ちょう)した表(ひょう)情(じょう)を見(み)せるマルフを前(まえ)にしても

サンサは理(り)解(かい)を示(しめ)さず、表(ひょう)情(じょう)を変(か)えない。



「流(りゅう)言(げん)は好(この)まないわね。


 マルフも分(わ)かっているでしょ?


 ひとを動(うご)かすだけで、

 相(そう)応(おう)の資(し)金(きん)が必(ひつ)要(よう)になるのよ。


 わたしがあなたの代(か)わりに

 エリクに頼(たの)んだとしても、

 エルテルは動(うご)いたりしないわ。


 東(ひがし)側(がわ)の支(し)援(えん)が期(き)待(たい)できなくても、

 西(さい)門(もん)を閉(と)ざせば済(す)む話(はなし)よ。」



「降(こう)伏(ふく)せずに凌(しの)ぐ…。


 それで議(ぎ)会(かい)を説(せっ)得(とく)しろと言(い)うのか?」



「今(こん)回(かい)の件(けん)はそこに至(いた)らないわね。


 西(にし)から来(く)るカヴァに攻(せ)められて、

 困(こま)るのは西(にし)側(がわ)のユヴィルだもの。


 資(し)金(きん)難(なん)のカヴァの兵(へい)力(りょく)も限(かぎ)られる。


 ここが攻(せ)めて得(とく)をするのは

 どこの誰(だれ)かしら?


 賭(か)けでもしましょうか。」



「政(せい)治(じ)は札(ふだ)遊(あそ)びではないぞ。」



札(ふだ)遊(あそ)びでの賭(か)け事(ごと)を否(ひ)定(てい)したマルフに、

命(めい)運(うん)を賭(か)けた勝(しょう)負(ぶ)を持(も)ちかけたところで

彼(かれ)が応(おう)じる理(り)由(ゆう)はない。



「賭(か)けの内(ない)容(よう)はこうしましょうか?


 冬(ふゆ)までにカヴァの侵(しん)攻(こう)と包(ほう)囲(い)から、

 免(まぬが)れたのであればわたしの勝(か)ち。


 負(ま)けたマルフには、この館(やかた)の税(ぜい)を

 免(めん)除(じょ)するように動(うご)いて貰(もら)うわ。」



「侵(しん)攻(こう)など無(な)いのが理(り)想(そう)だ。

 いや免(めん)税(ぜい)も困(こま)る。


 わしの勝(か)ちはどこだ?」



サンサの賭(か)けの提(てい)案(あん)は無(む)理(り)がある。



「マルフは総(そう)督(とく)の椅(い)子(す)に座(すわ)って、

 構(かま)えていればいいわ。


 誘(さそ)いは決(けっ)して受(う)けずに、ね。」



「つまり?」



「この賭(か)けに勝(しょう)利(り)する条(じょう)件(けん)は簡(かん)単(たん)。


 総(そう)督(とく)はなにがあっても

 一(いっ)切(さい)関(かん)与(よ)しないこと。


 今(こん)回(かい)の件(けん)でマルフが動(うご)けば、

 相(あい)手(て)を刺(し)激(げき)することになるわ。


 けれどなにもしなければ、

 カヴァから侵(しん)攻(こう)も包(ほう)囲(い)も

 されないでしょうからね。


 マルフがなにもしないことで

 この賭(か)けに勝(か)ったのなら、

 欲(ほ)しがっていた劇(げき)場(じょう)の権(けん)利(り)を

 お譲(ゆず)りするわ。」



「まさか? 本(ほん)当(とう)か?」



驚(おどろ)くマルフに、なぜかスーも頷(うなず)いている。



劇(げき)場(じょう)の権(けん)利(り)と言(い)われた途(と)端(たん)、

マルフの堅(かた)い決(けつ)意(い)は揺(ゆ)らぐ。



「これは街(まち)の東(とう)西(ざい)を代(だい)表(ひょう)する、

 娼(しょう)館(かん)同(どう)士(し)の些(さ)末(まつ)な喧(けん)嘩(か)よ。


 それを総(そう)督(とく)が片(かた)方(ほう)に加(か)担(たん)したとなれば、

 均(きん)衡(こう)が崩(くず)れるでしょ?」



「しかしだな…。

 相(あい)手(て)はあのユヴィルだ。


 狡(こう)猾(かつ)なやつのことだ…。


 こちらは結(けっ)束(そく)を高(たか)めるべきだろう。」



マルフの熱(ねっ)心(しん)な演(えん)説(ぜつ)に、

サンサは鼻(はな)で息(いき)を吐(つ)いて傾(けい)聴(ちょう)する。



「カヴァに侵(しん)攻(こう)の口(こう)実(じつ)を

 与(あた)えてからでは遅(おそ)いぞ。


 それだけは阻(そ)止(し)せねばならん。」



スーがまた口(くち)を挟(はさ)んだ。



「戦(せん)争(そう)に発(はっ)展(てん)するのは望(のぞ)ましくない。


 『政(せい)治(じ)は女(おんな)の遊(あそ)び道(どう)具(ぐ)ではない。』


 今(こん)回(かい)は無(む)関(かん)係(けい)のマルフ総(そう)督(とく)が、

 この問(もん)題(だい)に介(かい)入(にゅう)したとなれば、

 片(かた)側(がわ)に便(べん)宜(ぎ)を図(はか)ったと思(おも)われます。」



開(ひら)いた書(しょ)字(じ)板(ばん)に

手(て)にしたスタイラスを振(ふ)って、

その木(き)枠(わく)を左(さ)右(ゆう)交(こう)互(ご)に軽(かる)く叩(たた)く。



「両(りょう)者(しゃ)が共(とも)に娼(しょう)館(かん)の人(にん)間(げん)であれば、

 総(そう)督(とく)が一(いっ)方(ぽう)に抱(だ)き込(こ)まれた、

 籠(ろう)絡(らく)されたと民(みん)衆(しゅう)は考(かんが)えます。


 これでは元(げん)老(ろう)院(いん)のみならず

 民(みん)衆(しゅう)からの反(はん)発(ぱつ)は免(まぬが)れません。


 誤(ご)解(かい)を弁(べん)解(かい)する機(き)会(かい)は、

 マルフの身(み)分(ぶん)では与(あた)えられない。


 そんなことになれば、

 無(む)関(かん)係(けい)のアイリアにまで

 危(き)害(がい)が及(およ)びますよ?」



想(そう)像(ぞう)の意(い)見(けん)でしかないスーの話(はなし)でも、

傾(けい)聴(ちょう)するマルフの、日(ひ)焼(や)けした顔(かお)から

血(ち)の気(け)が引(ひ)いていくのがわかる。



「マルフが動(うご)いた場(ば)合(あい)の話(はなし)よ。


 今(こん)回(かい)の事(じ)件(けん)が起(お)きた時(じ)刻(こく)は夜(よる)も浅(あさ)く

 場(ば)所(しょ)は人(ひと)々(びと)の往(おう)来(らい)な上(うえ)に、

 傭(よう)兵(へい)達(たち)が騒(さわ)いでくれたから

 近(きん)隣(りん)のひと達(たち)にも知(し)れ渡(わた)ってる。


 放(はな)し飼(が)いにされた躾(しつけ)のない獣(けもの)を、

 わたしが処(しょ)理(り)してあげたのよ。


 慰(い)謝(しゃ)料(りょう)を払(はら)うのだから、

 感(かん)謝(しゃ)の一(ひと)つはあるべきよね。


 ユヴィルも日(ひ)が経(た)てば落(お)ち着(つ)くわよ。」



マルフを諭(さと)すサンサは、

わたしの持(も)っていた2枚(まい)の札(ふだ)を

全(すべ)て奪(うば)った。



「はい、これでわたしの勝(か)ちね。」



札(ふだ)を手(て)にしたまま

負(ま)けたことになったマルフは、

彼(かの)女(じょ)の提(てい)案(あん)に長(なが)く悩(なや)む。



「躾(しつけ)のないユヴィルの傭(よう)兵(へい)が、

 フランジを相(あい)手(て)に強(ごう)姦(かん)を働(はたら)いた。


 なんて議(ぎ)会(かい)で口(くち)にしない方(ほう)がいいわね。」



「事(じ)実(じつ)であってもそんな発(はつ)言(げん)をすれば、

 故(こ)人(じん)を貶(おとし)める行(こう)為(い)になります。」



続(つづ)くスーの言(こと)葉(ば)に、

マルフは黙(だま)って頷(うなず)いた。



「侵(しん)攻(こう)は交(こう)渉(しょう)の最(さい)終(しゅう)手(しゅ)段(だん)です。


 歴(れき)史(し)は娼(しょう)館(かん)同(どう)士(し)の些(さ)末(まつ)な争(あらそ)いを、

 戦(せん)争(そう)の口(こう)実(じつ)にはしません。


 侵(しん)略(りゃく)でも侵(しん)攻(こう)であっても、

 どちらも正(せい)当(とう)性(せい)が必(ひつ)要(よう)になります。


 正(せい)当(とう)性(せい)を主(しゅ)張(ちょう)する交(こう)渉(しょう)でも、

 互(たが)いの利(り)益(えき)を尊(そん)重(ちょう)すれば、

 商(しょう)売(ばい)に変(か)えられます。」



「次(つぎ)のあなたの商(しょう)売(ばい)相(あい)手(て)が、

 エルテルからカヴァになるわね。」



サンサが得(とく)意(い)気(げ)に顎(あご)を突(つ)き出(だ)して言(い)う。



スーは書(しょ)字(じ)板(ばん)を閉(と)じて、

テーブルの網(あみ)棚(だな)に片(かた)付(づ)けた。



サンサとマルフも、

テーブルの札(ふだ)を片(かた)付(づ)けて箱(はこ)にしまう。



わたしはスーと、

光(こう)沢(たく)を放(はな)つ赤(あか)い布(ぬの)を折(お)り重(かさ)ねる。



彼(かの)女(じょ)は札(ふだ)を入(い)れた箱(はこ)と共(とも)に、

マルフの前(まえ)に布(ぬの)を置(お)いた。



札(ふだ)遊(あそ)びでも負(ま)けたマルフは、

なにも言(い)わずに項(うな)垂(だ)れていた。



彼(かれ)は太(ふと)い指(ゆび)で布(ぬの)を優(やさ)しく撫(な)でて、

細(ほそ)い目(め)で見(み)つめる。



大(たい)陸(りく)ではこの布(ぬの)を巡(めぐ)って戦(せん)争(そう)が起(お)きた、

とサンサは言(い)っていた。



――戦(せん)争(そう)。



わたしの故(こ)郷(きょう)、ネルタと戦(たたか)ったカヴァが

また攻(せ)めてくる…。



『侵(しん)攻(こう)は交(こう)渉(しょう)の最(さい)終(しゅう)手(しゅ)段(だん)です。』



スーは言(い)った。



飾(しょく)緒(しょ)の糸(いと)で織(お)ったシルクの布(ぬの)を受(う)け取(と)れば、

スーの言(こと)葉(ば)の通(とお)り、マルフはこの館(やかた)に

籠(ろう)絡(らく)されたと誤(ご)解(かい)を受(う)ける。



総(そう)督(とく)のマルフがサンサに加(か)担(たん)すれば、

都(と)市(し)の東(とう)西(ざい)にあるとされる均(きん)衡(こう)が崩(くず)れる。



天(てん)秤(びん)は片(かた)側(がわ)に傾(かたむ)ける為(ため)の道(どう)具(ぐ)ではない。



挿絵(By みてみん)



――彼(かれ)は気(き)付(づ)いているのかしら。



わたしはサンサが提(てい)案(あん)した賭(か)けに、

マルフが既(すで)に負(ま)けている点(てん)に気(き)付(づ)いた。



彼(かれ)はこの館(やかた)に来(き)てはいけなかった。



マルフが東(とう)西(ざい)の公(こう)平(へい)を期(き)すには、

傭(よう)兵(へい)を殺(ころ)したサンサの誘(さそ)いを

無(む)視(し)すべきだった。



手(て)紙(がみ)に書(か)かれた文(ぶん)面(めん)で、

劇(げき)場(じょう)の権(けん)利(り)とやらを期(き)待(たい)して、

彼(かれ)はこの館(やかた)に来(き)てしまった。



『なにもしなければ、マルフの勝(か)ち』。



マルフがこの館(やかた)に来(き)た時(じ)点(てん)で、

勝(しょう)利(り)条(じょう)件(けん)は成(せい)立(りつ)しなくなる。



これでは劇(げき)場(じょう)の権(けん)利(り)とやらも手(て)に入(はい)らない。



――こんなの勝(しょう)負(ぶ)になっていないわ…。



――マルフは賭(か)けに負(ま)けていて、

  カヴァが近(ちか)い内(うち)に攻(せ)めてくる?



――それとも彼(かの)女(じょ)は故(こ)意(い)に街(まち)の均(きん)衡(こう)を崩(くず)し、

  戦(せん)争(そう)を引(ひ)き起(お)こすことが

  狙(ねら)いなのかしら。



――でも、スーも気(き)付(づ)いているはずよね…。



黙(だま)って疑(ぎ)念(ねん)を抱(いだ)いていると、

黒(くろ)色(いろ)の髪(かみ)の隙(すき)間(ま)から、冷(ひ)ややかな

銀(ぎん)に輝(かがや)く目(め)がわたしを見(み)つめてきた。



サンサが指(ゆび)でわたしを呼(よ)び、耳(みみ)元(もと)で告(つ)げた。



「あなたはわたしの右(みぎ)の手(て)ではないのよ。」



突(つ)き放(はな)すその言(こと)葉(ば)に、

わたしは血(ち)の気(け)が引(ひ)くのを感(かん)じた。




 ▶


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