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金貨の娘  作者: 之#u4e4b
外章 天蓋の島

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外章 第3節 恐慌の末(第2項)

挿絵(By みてみん)



(わたし)(たち)はエルテル(りょう)から(きた)()(どう)し、

(どう)(くつ)(こう)との(かい)(どう)(つな)(ちゅう)(けい)()になる

メルセ(りょう)(はい)っていた。



メルセ(りょう)はゼズ(さん)(みゃく)(とう)(たん)にあり、

(ちゅう)(ふく)()つペタ(じょう)(りょう)()()()ろす。



ペタは『(こう)()』を()()して

(ぶん)(すい)(がい)()られる(しな)(もの)(おお)くに、

ペタの()(かん)せられて(たか)()られる。



(おん)(だん)なメルセの(のう)()には、

大人(おとな)(しん)(ちょう)よりも(きょ)(だい)(くさ)(しょく)(せい)する。



()っぱ1(まい)()っても

フルリーンを(おお)えるほどで、

この(くさ)(くら)(あか)(いろ)

(はな)(つぼみ)()える(ほう)(よう)(つく)る。



(ほう)(よう)はひとの(あたま)ほどの(おお)きさがある。



(ほう)(よう)(なか)には(ほそ)(なが)()(ばな)(れつ)(じょう)(なら)び、

やがてナショーの()(ぼう)になる。



(ふさ)ごと(さい)(しゅ)されたナショーは、

(ぶん)(すい)(がい)(とど)(ころ)には(こう)()(むらさき)(いろ)(じゅく)す。



(わたし)(たち)宿(やど)()った(きん)(こう)では

()(じゅく)なナショーの(あか)()()いて()し、

(てん)()(えん)のみで(あじ)()けされた

(しっ)()(りょう)()(てい)(きょう)された。



()でただけの(しろ)ネイプも()されたが、

(かん)(げい)()()(てい)(きょう)される(りょう)()ではない。



(しろ)ネイプは()(ちく)(えさ)とも()ばれ、

(あお)(くさ)さが(くち)(なか)にしばらく(のこ)る。



挿絵(By みてみん)



宿(やど)(しょく)()(たの)しみにしていたフルリーンが、

(あじ)()(まん)から()(ごん)()()すほどだった。



フルリーンはベッドで()()んでしまった。



()ねたフルリーンでも、

『オーブに(かえ)る』とは()わなかった。



(わたし)はお(かね)()して宿(やど)(ちゅう)(ぼう)()り、

この(しろ)ネイプを使(つか)って(りょう)()(こころ)みると

ラッガとゼオに()められた。



(ほう)(ちょう)(にぎ)(かた)(わる)い。」とラッガ。



()(あつか)いを()らない。火傷(やけど)するぞ。」



ゼオからも(しん)(ぱい)され、

(わたし)二人(ふたり)()(ほう)(だい)()われた。



「なんでも一人(ひとり)でやろうとするな。」



()(ほん)()っているからって、

 (こう)(てい)()ばすな。


 ()れるまでは(てい)(ねい)にやれ。」



(かれ)らの()(とお)り、

(わたし)()(しき)ばかりが(さき)(ばし)って(けっ)()(ともな)わない。



(たよ)れることを()っていても、

(たよ)ることをしないところもあった。



ラッガは(しろ)ネイプの()()とし、

(かわ)()いてから()()りにして4(とう)(ぶん)にする。



(かれ)()()して(しろ)ネイプを()らせ、

()(とも)()でて灰汁(あく)()った(あと)

(つぶ)して(みず)()(しぼ)()る。



(しろ)ネイプは、(たい)(りく)から(まぎ)れた(しゅ)()が、

(なが)(ねん)(げつ)()(しま)()(せい)していた

(あか)ネイプに()(たい)した(こん)(さい)



(にん)(げん)には(にが)くて(あお)(くさ)さのある(しろ)ネイプは

()せた()()でも(そだ)ち、()(ちく)(えさ)(ちょう)(ほう)され

()(りょう)として(さい)(ばい)するようになった。



ゼオにはブレズの(こな)(よう)()させる。



宿(やど)にあった(いし)(うす)(しつ)(わる)く、

(れっ)()した(みぞ)()(もう)(くだ)けて

(こな)(いし)()ざってしまった。



それで(ふるい)()けさせるように()うと、

(かれ)(もん)()()らさず(てい)(ねい)()(ごと)をする。



ブレズの(こな)(つぶ)したネイプ、

(たまご)()かしたバターを()ぜて

アルの(まえ)(あし)(てい)()(おお)きさに(まる)める。



()でて(こま)かくした()()わせれば

(かお)りが()(くう)(とお)り、(あじ)(やわ)らかくなる。



これに(ねつ)(くわ)えればネージが(かん)(せい)する。



挿絵(By みてみん)



このネージというお()()

(ほん)(らい)(あぶら)()げるものだけど、

宿(やど)では(あぶら)(じゅう)(ぶん)()られなかった(ため)

()きながらバターでさらに(かお)りを()ける。



(よる)(やかた)()たニクスの(ため)に、

サンサがヤゴウに(つく)らせたお()()



(わたし)はネージの(あじ)()(やく)()()いた。



ネージをフルリーンに(あた)えると、

(しょっ)(かん)()()った(かの)(じょ)()(げん)()くする。



ゼオは(あわ)せて(つく)った()(たまご)のスープに

ネージを(ひた)して()べる()(みょう)()(かた)で、

(わたし)やフルリーンもそれを真似(まね)した。



ラッガはこの(こう)(けい)()(はな)(わら)うと、

(かれ)(おな)じような()(かた)をした。



ゼオとラッガは(たい)(こう)()(しき)()ち、

(ひま)があればどちらが(ゆう)(しゅう)かを(きそ)()う。



(えん)(きょく)二人(ふたり)だけど、

(ぼう)(りょく)(かい)(けつ)しない(てん)()(せい)(てき)()い。



この二人(ふたり)(きょう)(りょく)したとしても、

フルリーンの(りょう)()()(じゅつ)(かな)いはしない。



()(ごろ)(しょく)()(かん)()は、

()(かく)(けい)(けん)(すぐ)れた(かの)(じょ)(おこな)っている。



(ぶん)(すい)(がい)(はな)れるほど(しょく)()()えなくなり、

かれらは(ぶん)()(ちが)いに(こん)(わく)させられる。



メルセ(りょう)では(かい)(どう)()(みつ)()られていた。



(りょう)(みん)()(みつ)()んで

(あじ)(うしな)った(みつ)(ろう)(みち)(ばた)()()てる、

(あさ)ましい(しゅう)(かん)もある。



さらにそれを(ひろ)(あつ)める()(ろう)(しゃ)は、

(ろう)(そく)にして()ろうとする(しょう)(にん)だった。



(ほん)()かれない(てい)()に、

(とお)くのメルセ(りょう)(ひど)(さび)れている。



エルテル(りょう)(かげ)(かく)れていても、

この(りょう)()には(えき)(びょう)(まん)(えん)した(きず)(あと)(のこ)る。



(きょう)(よう)(ほそ)(はい)(すい)(こう)()(でい)()まり、

(あふ)れた(みず)(たま)りの()(よう)(ぶつ)

(しゅう)()(どく)(たね)()く。



(とう)()(おん)(だん)(かん)(きょう)(ちい)さな(せい)(ぶつ)()やし、

(どく)(かく)(さん)させる。



こんな(れつ)(あく)()()でも、

メルセ(りょう)()(あん)()(さん)(がい)ほど

(わる)くは(かん)じない。



(りょ)()(かせ)(ひつ)(よう)もなく、()()にも()かず、

(ぎょう)(しょう)(いつわ)っていれば(うら)みも()われず、

()(ぼう)(あい)()から(おそ)われもしない。



(えき)(びょう)(りょう)(しゅ)(きゅう)(せい)で、

(まち)()(たい)()(へい)していた。



「ペタで()(もの)はしないのか?」



メルセ(りょう)()()(あさ)

()(しゃ)()(まえ)にフルリーンが()った。



「ペタ(じょう)にまでは()かないよ。


 なにか(ひつ)(よう)なものなら、

 (どう)(くつ)(こう)でも()えるし。


 ペタリオ(きょう)(いた)みに()たわけでも

 ヘッペに()うつもりもないからね。」



「ペタの()(だい)(りょう)(しゅ)ってやつか。」



ゼオの(しつ)(もん)(わたし)(うなず)いて(こた)える。



ヘッペは(せい)(しき)にはヘッペリオという()で、

ペタの()(だい)(りょう)(しゅ)(かた)って(しゅう)(ゆう)している。



いまのメルセ(りょう)()(ふく)し、

(りょう)(しゅ)()(ざい)になっている。



メルセ(りょう)(ない)では(かれ)息子(むすこ)

(けい)(しょう)(けん)()つヘッペが(つぎ)(りょう)(しゅ)になる、

という(こん)(きょ)のない(うわさ)()()った。



「できれば()いたくない(あい)()だよ。


 サンサの()わりに

 ()(かげ)(にわ)(かい)(だん)した(とき)

 (わたし)(かれ)()われかけたからね。」



(ひん)のない(おとこ)だよな。」



()(しゃ)()()(うえ)でフルリーンが(どう)()する。



(おれ)(しま)(わい)()やら(わい)(ほん)(あつ)めさせておいて

 よく()うぜ。」



()(かた)ねえなぁって()いながら

 (こだわ)りが(つよ)かったよ、ゼオ。


 …で、なんであんな(かず)(わい)(ほん)

 (ひつ)(よう)なんだ?」



「ここから(さき)(しょう)(かん)もない(なが)(たび)だから、

 (せい)(よく)()()(はっ)(さん)してもらうのにね。


 (よく)(せい)(じょう)()(こう)()めるもんね。」



「お(まえ)らみたいな()(ども)(あい)()

 (よく)(じょう)すると(おも)われたら、

 大人(おとな)(たい)する()(じょく)だぜ。


 (ほう)()れる。」



(うみ)(うえ)では(しま)(ほう)なんて

 (てき)(よう)されないんだよ。


 (ふね)()んだ山羊(やぎ)(にわとり)使(つか)って、

 (びょう)()になられても(こま)るもんね。」



「…(しん)(よう)されてないのぅ、お(まえ)。」



(しろ)(ひげ)(たくわ)えた(ろう)(ぎょ)(しゃ)のゼオが、

()(しん)()けられた()(わく)

ラッガに()()ける。



(ぎょ)(しゃ)(だい)()つラッガは(うで)()んで

ゼオを(にら)みつけるも、

()(かえ)すだけ()()なので(だま)っている。



(わたし)はゼオに()ってるんだけどね。」



(おれ)(りょう)(しき)()だろ?」



(りょう)(しき)()ってるひとは、

 ()(ぶん)(ひょう)(めい)しないんだよ。


 (しん)(よう)(うしな)うだけだもんね。」



ゼオは(しょう)(しゅつ)でも(おう)()()()き、

()(さん)(がい)(げき)(じょう)(にん)()(やく)(しゃ)なだけあり、

(しろ)(ひげ)()こうに(かく)れた()(りょう)(わる)くはない。



(しょう)(ふく)とはいえ(おう)(いん)のゼオが(けん)()()て、

(やく)(しゃ)になって(あゆ)んできた(みち)

(だれ)()(てい)できない。



(おんな)ばかりの(やかた)()らして()(さん)(わたし)と、

()()なフルリーンに(くら)べても(ひん)がある。



(けい)(かい)(しん)()ける(わたし)(たち)が、

ここまでの(たび)()(かつ)(はだ)()(しゅつ)すると

ゼオがすぐに(ちゅう)()してくる。



ゼオは(みずか)(しん)(よう)()くす(はつ)(げん)をして、

(きん)(こう)(たも)とうとする。



ラッガに(かん)しては(はん)(のう)(とぼ)しい。



(かお)(ひげ)(かみ)(おお)われていて、

(ひょう)(じょう)(へん)()(すく)なく()(こう)()かり(にく)い。



()からせないように

しているのかもしれない。



(よう)(しょう)(いち)(ぞく)(ころ)されて

()()(うしな)ったラッガも、

サンサの(ちか)くで(そだ)ったと()れば

(むずか)しく(かんが)える(ひつ)(よう)はなかった。



「まさか、ただ(せい)(よく)(はっ)(さん)させる(ため)

 ()ったわけではないよな?


 こっちで()(さば)いたりはしないのか?」



「ここや(どう)(くつ)(こう)では()らないよ。


 (しま)(とう)(いつ)(こう)()(ひつ)(よう)ないし、

 これを()んで(ぎょう)(しょう)(よそお)った(ほう)

 (りょう)()(かん)()(どう)しやすいからね。」



(たい)(りく)(しゃ)(ほん)()るのか。」



フルリーンは()(かい)(はや)い。



(たい)(りく)(わい)(ほん)(しま)(たか)()れるように、

 こっちの(わい)(ほん)(たい)(りく)(たか)()れるんだよ。


 (きゅう)(ちゅう)(おう)(がい)(えい)()(まち)()われてたほど、

 (つく)られる(ほん)(わい)(ほん)(おお)かったよね。


 (げん)()()わず、ただの()()()でも

 (ねっ)(きょう)するひとが()るものだから。


 (ぶん)(すい)(がい)だと(ほう)(りつ)()(せい)されたり、

 (けん)(えつ)()けたりもして

 ()(はい)(にく)いんだよ。」



()()()めなくても、か。」



(たい)(りく)()には(かん)(しょう)()(たい)になっているラギリ(りょう)

エンカー(はん)(とう)使(つか)われるエンカー()()(がい)に、

(ほっ)(ぽう)のソーン()(なん)(ぽう)のクレワ()もある。



(げん)()()(べつ)()かないひとが(おお)く、

(しま)では(ほう)(かつ)して(たい)(りく)()(そう)(しょう)される。



この(しま)使(つか)われる(げん)()は、

(なん)(ぼく)()ざった(ふる)いエンカー()

(こう)()(たい)()したものをナルキア()と呼ぶ。



「この(なか)(たい)(りく)()使(つか)えるひとは?」



(わたし)(しつ)(もん)()(しん)なく(きょ)(しゅ)する3(にん)



(あたま)(ひと)(ぶん)()()げるラッガに、

(ぎょ)(しゃ)(だい)(すわ)って(はん)(ぶん)しか

()()げていないゼオ。



フルリーンは()()めを()(ゆう)に、

(はこ)(がた)()(しゃ)()()(うえ)()せている。



(かの)(じょ)()ではなく、(ひじ)(わず)かに()げている。



「フルリーンは、()きそう?」



(くび)(よこ)(ちい)さく()る。



(たい)(りく)()()()きはまぁ…、

 (たい)(りゃく)(まな)んだけどさ?


 使(つか)うって、

 つまり(しゃべ)るってことだよな?」



「ラッガは(しゃべ)んねえから、

 (おれ)より使(つか)えないはずだろ。」



(ぎょ)(しゃ)のゼオの(しつ)(もん)に、

ラッガは(べつ)(ほう)(こう)(かお)()けた。



(こと)()はそのうち(おぼ)えるとして、

 どうやって(たい)(りく)(わた)るつもりだ?」



「まず(ふね)でメーニェ(とう)()()すよ。」



(こん)(きょ)(しめ)しようがないから、

 ()くだけ()()か。」



「まだ(ふね)はあるはずだよ。」



(こよみ)(へだ)てられたままならば、

(ふゆ)(うみ)()れているので

(もく)(てき)(ふね)はまだ(しゅっ)(こう)できない。



「ん? どうすんだ?」



(みち)(わる)くて()れる()(しゃ)で、

()()(うえ)()()くフルリーンが(たず)ねる。



(わたし)(かの)(じょ)真似(まね)()()(のぼ)って(すわ)った。



フルリーンの()(なか)でアルが()ている。



(すこ)(つめ)たい(かぜ)(はだ)(かん)じて()()ちがいい。



()(うん)()つんだよ。」



「んなに(うま)くいくかぁ…。

 貿(ぼう)(えき)(きん)()するっていう…あれだ。」



(かい)(きん)(ほう)だ。

 (にゅう)(しょく)()(らい)ずっとメーニェ(ほん)(ごく)(れん)(ちゅう)が、

 (しま)からの(だっ)(しゅつ)(ゆる)さないんだぞ。


 (えん)()(ひと)つくらいないのかよ。」



ゼオが(しろ)(ひげ)(おく)(さけ)ぶように()う。



(かい)(きん)(ほう)(にゅう)(しょく)(はじ)めて()もなく(せい)(りつ)し、

(たい)(りく)から(どう)(くつ)(こう)()(とく)する(もく)(てき)

(ほう)によって(しま)は300(ねん)()(じょう)(まも)られている。



(みなと)なんだし、お(かね)()めば

 (ふね)くらい(よう)()してくれないかな。


 (ぎょ)(せん)(ろう)(どう)(しゃ)(やと)ったり。


 (ほか)には(こう)(ちょう)(ばい)(しゅう)するか、

 (あい)()(たち)()(うしな)うくらいの

 (しっ)(たい)調(しら)べて(おど)すとかね。」



(たん)(じゅん)(おも)()かぶ(ほう)(ほう)()げていく。



(おど)すくらいなら、

 (ころ)して(うば)った(ほう)(はや)い。」



(めずら)しくラッガが(ぶっ)(そう)(てい)(あん)をしてきた。



「それは(こう)(しょう)(さい)(しゅう)(しゅ)(だん)だからダメ。」



(らっ)(かん)()ぎるぜ…。」



(あき)れるゼオが()()いて()った。



「ゼオッ! (まえ)ぇっ!」



(わたし)(さけ)び、ゼオは(あわ)てて(うま)()めさせた。



(てい)(しゃ)(かん)(せい)()()から(ほう)()された(わたし)は、

(うま)()()り、(うま)(たち)(まえ)()()りる。



()んできたアルを(つか)まえて(あたま)()せ、

(こう)(ふん)する(うま)(たち)(はな)(さき)()でて()()かせた。



メルセ(りょう)(どう)(くつ)(こう)()()

(りょう)(せん)()えた(さき)に、

(おう)(てん)した(はこ)(がた)()(しゃ)()える。



この(りょう)(せん)は、(ぶん)(すい)(がい)から()

(だい)(すい)(がい)(みず)(ふせ)(もく)(てき)

(つく)られたとされている。



「ラッガ。

 (わたし)()るから(あん)(ぜん)(かく)(にん)して、

 (まえ)()(しゃ)(よう)()()てきて。」



(わたし)はラッガに()いつけて、

(かい)(どう)(ひだり)(わき)にある(はやし)()た。



「おい! (うま)(かげ)(かく)れろっ!

 フルリーンもっ!」



ゼオが(ぎょ)(しゃ)(だい)から()りて(わたし)()う。



()(しゃ)(きゅう)(うご)きに、

フルリーンは()()から(じょう)(はん)(しん)()らして

(おう)()していた。



(わたし)はあの(はやし)()てくるから

 ゼオは()(しゃ)(かげ)(かく)れて、

 フルリーンを()()()ろして。


 なにかあればすぐに()げていいよ。」



(ぎょ)(しゃ)(ぎょ)(しゃ)(だい)から()()されて、

()(めん)()せたまま(うご)かない。



(ひだり)(そく)(とう)()()()()かれていた。



()(えい)らしき(きょう)(こう)(おんな)は、

(ぞう)()(ばやし)(まえ)()んでいる。




(しゅう)()(けい)(かい)して(おう)(せん)する(ため)

(けん)(たて)(かま)えて()(しゃ)から()たところに、

(だい)(たい)()()()()けて(ぜつ)(めい)した。



(おんな)から(えん)(けい)(たて)(うば)って、

ラッガの()()(しゃ)(ほう)へと

(みず)()りの(よう)(りょう)()げて()(めん)(すべ)らせた。



(たて)(うま)(たち)(おどろ)くので、

ゼオが()()かせてくれた。




(わたし)(おび)(ひも)()いた()(しん)(よう)(たん)(けん)()にして、

(はやし)()かって(はし)った。



(とう)(ぞく)(かく)れて(ねら)うのなら、

(たか)()(けい)()()()(かく)せる()(しょ)(えら)ぶ。



(あたま)(うえ)のアルが()く。



(へい)()だよ。


 (わたし)もサンサみたいにできると(おも)うから。」



アルに(はなし)かけるように、

(わたし)()(ぶん)()()かせた。



(わたし)もラッガと(おな)じく、

サンサに(たす)けられている。



()()()り、(よう)(へい)()()って()らし、

(わたし)(ある)きながら()えない(あい)()

()(ぶん)()()(しょ)(おし)える。



(よう)(へい)(かた)(がん)(じょう)で、この()(おうぎ)使(つか)われる。



(ぶん)(すい)(がい)では(ねつ)(はら)い、

部屋(へや)湿(しっ)()()(どう)()として(りゅう)(つう)していた。



挿絵(By みてみん)



()()ごと()ちると

(のこ)った()(もと)(みき)(おお)い、

()(にっ)(こう)(もと)めて(すい)(ちょく)()びていく。



()(いろ)(はな)(ふさ)(じょう)()かせ、

(かぜ)()れると()(べん)(あめ)()らせる。



()りやすい(はな)のおかげもあり、

(あい)()(じゅ)(じょう)(かく)れている()(のう)(せい)(ひく)い。



(ふか)(いき)()いて(かた)(ちから)()き、

()(ちゅう)()()せて(さそ)っても(おそ)っては()ない。



(ぞう)()(ばやし)(はい)って()もなく、

一人(ひとり)(おとこ)姿(すがた)()つけた。



(くろ)(かみ)()()れている。



()(めん)(たお)れた(おとこ)(くび)には、

(たん)(けん)()()てられていた。



()(たい)()(むし)(たか)っていても

()(はい)(しゅう)(はっ)しておらず、

()んでから()(こく)はあまり()っていない。



ここは(おうぎ)()(みっ)(しゅう)()で、

()られるものは(おうぎ)しかない。



(おとこ)(おうぎ)()()っていた(けい)(せき)もない。



(かわ)(せい)(おび)(ひも)には、

(こし)(なた)(のこぎり)()いていた。



(もり)(はやし)(なか)

(えだ)(てい)(ぼく)()()とすには(こし)(なた)使(つか)う。



樵夫(きこり)…ではないよね?」



(あし)(もと)のアルがミャオと()く。



樵夫(きこり)なら(おの)(こし)(なた)()つけど

(えだ)(はこ)(かご)(ちか)くに()いし、

()(はこ)ぶには(うし)(うま)などの(ばん)(じゅう)

()(ぐるま)(ひつ)(よう)になる。



()()(なか)では(うま)(てい)(せき)()()たらず、

(ちか)くに(ばん)(じゅう)姿(すがた)()(ぐるま)などの(どう)()()い。



()んだ(おとこ)はメルセ(りょう)(どう)(くつ)(こう)との(きょう)(かい)で、

オーブ(りょう)(くろ)(しょう)(ぞく)()(つつ)んでいる。



(いち)()()かける(どう)()やゼオと(おな)じ、

マルフの(せい)(じょう)()という()(のう)(せい)はほぼない。



(おう)(てん)した()(しゃ)(ちか)くで()んだ()(えい)

(たん)(けん)(はやし)()げて、(とお)くのこの(おとこ)

(ぐう)(ぜん)()さったとも(かんが)(にく)い。



「おい、スー。」



ラッガが(はやし)(はい)って()て、(わたし)()()ける。



(こま)った。」(とつ)(ぜん)(かれ)から(よわ)()()かれた。



()(しゃ)(なか)(とう)(ぞく)だった?」



(ぞく)(たぐ)いではないが…。」



(わたし)()かしてはいないものの、

ラッガは(しゅう)()(けい)(かい)している。



「これを()て。」



(わたし)(あたま)(うえ)のアルを(むね)()いて、

(ころ)がった()(たい)()()する。



「ラッガから()て、

 ()になる(てん)(おし)えて?」



「オーブの? 樵夫(きこり)…?」



ラッガも(こし)(なた)()(おな)()(もん)(いだ)く。



樵夫(きこり)だと(おも)う?」



「いや、こいつは()()…オーブの(りょう)()だ。」



ラッガは()(たい)()(ぶん)()(わたし)()せて()う。



(ぜん)(たい)(てき)(ふと)いラッガの(ゆび)と、

()(たい)(ゆび)では(かたち)(ちが)う。



(ゆん)()になる()()()()(かわ)(あつ)く、

()()になる()()(ふし)には(こぶ)がある。



(なが)(しゅ)(りょう)をしていたのか、

(ゆび)(つめ)のあいだも()(あぶら)(こく)(へん)している。



「サンサから(おそ)わったの?」



ラッガの()(せつ)には(なっ)(とく)がいく。



(ゆび)(たい)(せつ)(どう)()だ。」



「オーブの(かっ)(こう)してるもんね。


 (りょう)()なら(ゆみ)()はどこか()つけられる?」



(くさ)()()ばかりの(はやし)(なか)で、

(ほそ)(ゆみ)()(さが)すのは(むずか)しい。



ラッガも(しゅう)()()(わた)して(どう)()(さが)す。



「この(かみ)(せん)(ぱつ)して、

 オーブの(にん)(げん)()(そう)してるよ。」



ラッガが()のついた(くろ)(かみ)(つま)めば

(ゆび)(さき)(すす)()き、(かわ)いた()()がれて

(かっ)(しょく)(かみ)()える。



(ふく)(かみ)()(もと)(いつわ)ってるのか。


 (あん)(さつ)(もく)(てき)か?」



()(かず)(すく)ないからね。


 この(おとこ)(ほう)(しゅう)()(はら)わず、

 (くち)(ふう)じでに(うし)ろから(ころ)したんだろうね。


 (こと)()(かぎ)()けるために。」



(だれ)が?」



(あん)(さつ)(たい)(しょう)()からなければ、

ラッガの(しつ)(もん)(こた)えられない。



(おう)(てん)した(しゃ)(ない)

その(たい)(しょう)(うん)()()きていれば、

(ほう)(ふく)(おそ)れて()(かく)すはず。



「そっちはどう?」



「それが…。」



(くち)(かず)(すく)ないラッガが、

さらに(だま)ってしまう(あい)()



(おう)(てん)した(はこ)(がた)()(しゃ)から、

フルリーンに(かる)(がる)()()()された(おんな)(たち)



ラッガが()(すじ)(ふる)わせる。



(おそ)われていたのは、

ゼズ(とう)(そと)から()たメーニェの使()(しゃ)だった。




 ▶

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