黒い服に身を包む
長い手足の道化達が、
広い舞台でも窮屈そうに歩く。
黒髪のオーブの女達は
その小柄な体格を活かして、
身体を回転させて動き回ると
空を跳ねるなどの曲芸を披露する。
中から一人の女が舞台の中央に立つ。
その女がサンサに扮したサラシュだった。
男装をした女――オーブの男達を前にして、
サラシュの右手から金貨が落ちると
噴水のように金貨を湧き出させる。
「硬貨偽造の重罪人ね。」とサンサが笑う。
サラシュの背後には
金属の管が複数吊るされ、
揺らすと叩き合う金属音が、
硬貨の落下音を模倣している。
金貨が木で作った偽物でも、
高音が耳に届けば
離れた客席からは気付かれ難い。
前列の客席でも見紛うひとも居た。
金貨を確かめようと背筋を伸ばした客は、
近く席の護衛を恐れるので
混乱は避けられた。
サラシュは次に、
倒れた病人に手のひらから
金色の粒を取り出して飲ませた。
粒を口にすると病気はすぐに治り、
病人達は喜び、決まって踊りだす。
「あ、ムネモスだわ。」
「ムネモス?」と、クイナ。
「隣がベリー夫人ね。」
「あのひとがムネモスの?」
以前のサンサの養母になったひとで、
ムネモスの母が咳払いしながら
エリク先代領主の役をやっている。

「猫に飾緒を与えた、
なんて言ったひとよ。」
いまのサンサは言って喜んでいる。
王妃役のムネモスは立っているだけなのに、
客席を見上げて固まっている。
「こちらまで緊張しますね。」
「いまでも館に服を送ってくれるし、
衣装で協力してもらったものね。
あんな役得があっても良いでしょう。」
硬貨を作り、病を治したこの活躍で、
華やかなシルクの服に身を包んだ領主達に
サンサを演じるサラシュは認められる。
彼女は踊ってその場で回転すると、
銀色のドレスが黒のチュニックへと
早変わりした。
その一瞬の出来事に客席は混乱して、
シルクの美しさに歓声を上げた。
「ムネモス、綺麗ですね。
昔見た王女様みたいなのよ。」
クイナは口を開けたまま感嘆する。
「ムネモスも元領主のご息女ですから。」
「サラは王女様よ。」と、サンサが言う。
「でも、でもっ!
いつもと違うから。」
確かに舞台用に濃い化粧もして、
今日のムネモスは大人に見える。

「ファウナでも元は
洞窟港の先代港長の娘ということを、
クイナは知ってて言ってるの?」
「…あのファウナが?」
サンサの顔を見た為に
クイナはさらに警戒する。
「ファウナが自称しているのに、
あなたは聞いていなかったのね。
彼女に関して言えば日頃の言動から、
クイナが信じられなくなるのも
仕方がないわね…。」
ヴィット・ハス・ファウナと名乗るの彼女は
大陸語や北部の文化に詳しくても、
その性格が信用を失っていた。
ファウナに関して
疑いの目を向けるクイナに、
わたしも黙って頷くだけで説得できない。
「サンサはまた騙そうとしてるの?」
「またって…前も騙したんですか?」
「甘いスープだって嘘ついて、
辛いの食べさせたのよ。」
「騙してなんていないわよ。
そんなに辛くないって言ったわよね。」
わたしも同じような経験があった。
「演奏に入るから、
お菓子を食べてもいいわよ。」
夜の館のドレイプと暮相の館の娼婦達が、
各々得意な楽器を持って舞台に立ち、
演奏や踊りを披露する。
頭巾も宝飾巾もアームカバーもせずに、
肌着姿に近い服装で踊っている。
「あんなに肌を見せてもいいんですか?」
「いまの彼女達は、
娼婦ではなく舞台役者だもの。
服装の規定は守ってるし、
普段は肌を重ねる裸同然のドレイプが、
服を着ていた方が煽情的かも
しれないわね。」
「ニースだわ。」とクイナが呟いた。
「ニースね。」とサンサが微笑する。
二人は奇妙に同調する。
客席の中には館のお客さんも居て、
ドレイプや娼婦達の名前を叫んで
声援を送った。
彼らの声が大きければ大きいほど
彼女達は自分の人気を比べることができ、
高値のついた席が売れる理由も納得できた。
演奏を耳にしながら、お酒の香りがする
葉っぱで包んだお菓子を開けた。
中から立方体で白と赤黒い色をした、
2個のゼラチン塊が現れた。

「これ、白い方ってもしかして辛いやつ?」
「期待するほど甘くはないわよ。」
「正直に言ってよ。」
いまのサンサがなにを言っても、
疑って食べてもいないクイナに
味が伝わるはずはない。
「これ、わたしは好きですよ。」
「この劇と結びつけて、
献身の王女なんて名付けたら
売れると思うの。」
「それでこの2色なんですね。」
「このお菓子、膠から作ってるの。
クイナは知ってる?」
「膠って…それ接着剤なのよ?」
「膠ではなく、ゼラチンですよ。」
湖の北部で作られてきた
ゼラチンを使ったこのお菓子を、
南部出身のサンサやクイナは知らない。
クイナは鼻を近付けたけれど、
お酒の香りがすると分かると
顔に力を入れて珍しい表情を見せる。
わたしが先にお菓子を口にする。
ゼラチンの冷たいお菓子は、
口の中で溶けて優しい甘さが広がった。
「ほら、クイナも。」
お菓子がクイナの口に運ばれる。
サンサはイオスを抱いて
頭を押さえつけていた。
「甘くな…甘い。」
「これ、歯木なんですね。」
「それなら刺して食べられるし、
口直しもできるものね。
もうセセラの出番だわ。」
舞台の中央にセセラが立つと、
大きな音が波になって背中に当たった。
客席からは一斉にセセラの名前が叫ばれる。
「セセラの人気は本物ですね。」
「メノーだって器量に見合うだけの人気が、
セセラと同じくらいあったわよ。」
幼い頃からメノーを身近に見てきた為に、
サンサの言葉に納得しにくい。
「クイナは、もう食べたの?」
「だって…集中して見たいもの。」
舞台に立つセセラは、
口元に指を立てて客席に静寂を求める。
客席の興奮が落ち着くとセセラは座り、
持っていた楽器の弦を弾けば、
美しい音色を劇場に響かせた。
他のドレイプや娼婦達も、
セセラの演奏に合わせて楽器を奏でた。
穏やかな川のように音を重ね、
水鳥達が飛び立つように優雅に踊る。
その演奏を聴くひとは
身分や地位、階級も関係なくなり、
セセラ達の演奏は全ての客を魅了した。
ただ疑問なのは――セセラはなぜか
四つん這いになった上裸の男の背に座って、
ずっと演奏していたことだった。
演奏が終わりかけた頃、
白装束の集団がやってくる。
演奏に混ざって
次第に強くなる大太鼓の音が、
腹部を叩くようで客の不安を煽る。
演奏のあいだ寝椅子で寛いでいたサラシュを
白装束の集団が挟み、彼女は身体を腕ごと
ロープで巻かれてしまった。
ロープを引っ張られて連行されるサラシュ。
そんな彼女が客席を向いて立ち止まった。
集団の手によって両端から引かれた瞬間、
彼女の身体は締め付けられるどころか、
ロープは解けて床に落ちると自由になった。
集団が彼女を取り押さえようとしても、
お湯に浮かぶ花びらのように
近付けば離れてしまう身軽さ。
踊る彼女を力尽くで捕まえようとすれば、
集団は激しい大太鼓の音に合わせて
自ら地面に倒れていった。
彼女が踊り終わると、白髭に長い王冠、
黒色のコートを着た王が再び舞台に立つ。
王は片手に王冠を手にする。
王の前には銀の胸甲を着けた王子が跪く。
頭を垂れる王子に
戴冠を行うと見せかけて、
王は短剣で彼の後ろ首を狙った。
客席から悲鳴が放たれ、
誰かが『上だ、上っ!』と叫ぶ。
中にはオルドラス本人の声も聞こえる。
その時、大太鼓が叩かれ、
サラシュが白装束の集団を
引き連れて現れた。
両手首をロープで縛られた集団は
王を裏切り、王に指先を向ける。
王子は慌てて立ち上がった。
集団を捕まえて従える王女のサラシュと、
短剣を持つ王を交互に見て困惑する。
王は別の集団に命じて王子を襲わせて
二人を引き離そうとした。
王子は覚悟を決めて剣を抜き、
集団を斬り倒すとその剣先を王に向ける。
こうなると王はようやく諦めて、
白装束集団の中から跳ねて現れた一人に
縛り上げられた。
その珍妙な動きにわたしは見覚えがある。
王子は王女の持っていたペンダントを
取り出して、元の持ち主の首に掛ける。
隣のクイナが頷いている。
王女のペンダントを持ってきたのが、
王だったことにクイナも気付いていた。
王子は床に落ちた王冠を拾いもせず、
王に背中を向けてサラシュを抱きしめる。
客席から万雷の拍手が送られる中で、
弦楽器の軽妙な演奏が始まる。
演奏の中で娼婦団が再び現れて、
白装束の集団と共に二人を祝福する。
「やっぱりミュパも居たんですね…。」
白装束の集団の中から
頭巾と宝飾巾を脱ぎ捨てて、
濃い肌と金の髪で踊る彼女の姿があった。

暮相の館に行ったミュパでも、
彼女の名前を聞かない日はなかった。
「役者には不向きよねぇ。
ミュパって。」
「ミュパですからね。」
ミュパが王女と王子、サラシュとレデの
二人のあいだに入って手を取り掲げると、
客席から称賛の声を浴びた。
娼婦団も舞台に上がり、
3人を囲むと花びらを撒いて祝福する。
ミュパによって
ロープで縛られたジールも連れてこられた。
クイナは呆然と拍手をしている。
「繁忙期にこんなに大勢のドレイプと、
暮相の館と娼婦団をまとめたのは
ミュパの人望のおかげよ。」
「集まると壮観ですね。」
「ミュパは引退前に、
とても良い仕事をしてくれたわ。」
暮相の館で指導役をしていたミュパも
館を去ることが決まった。
ミュパを囲むレデとジールが
涙を溜めている。
ミュパは妊娠していて、
厨房長ヤゴウの4人目の妻になる。

ヤゴウの娘のデーンは
それを知らされて涙していた。

腿に落ちてきた花びらを、
摘んでみると布の切れ端だった。
「本物の花びらかと思えば
これ、布なんですね。」
「ミュームが咲くのはまだ先だもの。
捨てられたソックスを切って
再利用したのよ。」
「誰かが捨てるものにも価値はある、
という話ですね。」
サンサは摘んだ花びらを、
イオスの鼻の上に置いてくしゃみを与えた。
「ふふっ。
猫みたいなくしゃみだわ。」
同じことを言ってサンサは笑った。
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