第12章 第2節 意思の源(第1項)
赤土の丘を西に下り、
坂道に落ちる木々の濃い影を踏み歩く。
夏の肌を焼くような日差しの中で、
白のチュール生地の頭巾を被り、
両腕にアームカバーをしての外出。
幾何学模様が編まれたレースの、
宝飾巾で鼻口を覆っている。
チュール生地は薄く透けて耐久性もなく、
暑くて夏に着けるとやや息苦しい。
赤色の飾り布を肩側で結び、
太腿の透けるソックスを履く。
誰にも買うことのできないドレイプは、
ムネモスに厳しく言われて従った。
春の薄いピンク色も似合わなかったけれど、
キャシュクまで白で合わせた
今日の格好も似合っていない。
これも工場で作っている服の、
宣伝と思えば諦めがつく。
――ソックスよりも、
チュール生地で肌着を作った方が
夏は過ごしやすいし、きっと
煽情的になって売れるわね。
そんなことを考えながら、イオスを見た。
イオスは尻尾を立ててわたしの前を行く。
行く先を理解しているのか、
車道を飛び出すこともなく、
わたし達がついてくるのを
時々振り向いて確認する。
頭と尻尾と足先以外の毛が
全て刈られて露出した地肌には、
砂糖を撒き散らしたみたいに
短い白毛に覆われている。
イオスは他の猫と比べて
毛の量が多かったので、
羊と同じ夏の姿になった。
ファウナに抱かれていた毛玉とは
思えないほど猫は成長は早い。
今日もハーフガンが護衛として
わたしの後ろを歩く。
そうして道を歩くわたしを
男はドレイプの誰かと勘違いするので、
発情期の犬のように見境のない不審者を
ハーフガンが棒で叩いて追い払う。
サンスァラ王女から預かったナイフを
抜く機会は無かった。
建物の隙間から西に、
六角柱の鐘楼が見える。
高い塀の邸宅地が並ぶ通路を北へと向かい、
鞄を背負い直した。
鐘楼が真西に見える煉瓦塀の角は、
この街に来て館から逃げた時に
ユヴィルの傭兵二人に襲われた場所。
わたしはその館の叩き金を打つ。
護衛を押し退け、
中年の女が扉から姿を表した。
白髪交じりの赤髪と目鼻立ちで、
この館の主と風采が似ている。
「こんにちは、ドロシア。」
わたしを見ると褐色の瞳を輝かせる。
「久しぶりだわねぇ、サンサ。
イオスも、今日はお粧ししてるわね。」
イオスがわたしの腕の中で
ミャオと抗議して太く鳴く。
招かれて入る玄関の中は、
風通しが良くて涼しい。
「助産師の仕事をする気になったかしら?」
助産師をしていたドロシアは
姉のルービィの館に住み、
メノーの出産時には夜の館で会っている。
「あなたの教本を読んでも、
動物の助産まではできないわ。」
「今度、わたしの教え子達に
勉強会を開いてみるのはどうかしら。
皆、話を聞きたがっていたわよ。」
「それ、わたしが教えて欲しい立場ね。
逆子や双子になっていたら、
わたしではどうにもならないもの。
それに出産の経験すらないのよ?
メノーも不安だったでしょうね。」
「助産の経験を多く積んでいても、
妊婦達よりも若いあなたが助産師では
信頼されないわよねぇ。」
ドロシアも頷いて苦笑する。
「メノーとミティス、
サーブラスは元気にしてる?」
「みんな元気で毎晩大変よ。
メノーやレナタが幼なかった頃みたいで、
館はいつも賑やかだわ。」
「楽しくやっているみたいで良かったわ。
レナはあれで最近
背が伸びたって喜んでたわ。」
「あの子を取り上げてから、
もう10年も経っているのねぇ。
今日はあなたが来るっていうから、
ジュースとお菓子も
用意しておいたのよ。」
「ありがと。楽しみだわ。」
ドロシアは助産師の仕事を休んで、
この館で使用人の真似事を愉しんでいる。
緑の敷かれた中庭の横を歩くと、
館の中に居た犬がわたしに気付いた。
「サーブラス!」
わたしの姿に立ち上がるサーブラス。
大きかったお腹周りに括れが出来ている。
イオスが腕の中から跳び降り、
身体を横に見せて威嚇する。
イオスがサーブラスに跳び掛かったけれど、
噛みつくより先に毛玉の群集に襲われた。
わたしの胸元に逃げたイオスを、
足元で鳴きつく子犬達が見上げる。
サーブラスは春に6匹の子供を生んだ。
オルデウスの天幕に招かれた時、
オーブ領主のメテオラの指示で
威嚇してきたサーブラス。
森でサンスァラ王女から押し付けられた
セリーニの塊茎を割って、
サーブラスを追い返すことはしなかった。
あの臭気はわたしも苦手で、
サーブラスの妊娠に気付いた為だった。
股間の証人を失って
犬を嗾けることしかできない小心者、
メテオラの暴力による支配から解放でき、
安全なルービィの邸宅地に預けることにした。
これほど大きな犬は、
館ではお客さんやフランジに怖がられたり、
ドレイプは独占欲を出してしまう。
特にミュパが。
サーブラスも胎内の子供を守る為に
わたし達に従ってくれた。
イオスは種や体格が違っても、
厳しく指導していた。
ドロシアがサーブラスの助産を行い、
わたしも呼ばれ、付き添って教わった。
ドロシアは動物の助産は初めてだと
言っていたにも関わらず、
簡単に出産を成功させていた。
彼女とわたしの経験の差は大きい。
子犬達はイオスという家族を求めて、
わたしのソックスを前足で掻き、
身動きが取れない。
登ろうと試みるも
背中から倒れて起き上がれずに、
産みの親によく似た悲鳴を漏らした。
「ハーフガン。」
わたしは護衛になっている彼を呼び、
目で足元を見る。
不用意に近付くハーフガンに反応して、
子犬達が彼の足元に寄り始めた。
子犬達はハーフガンを囲うと足を嗅ぎ、
匂い付けに身体を擦って粗相をするので、
足を引いて逃げれば子犬達は追いかける。
「後は頼むわね。」
「は?
頼むったって。お前。
おい、こいつっ!」
緑の上を逃げ回るハーフガン。
動くものに反応して追いかける毛玉達。
「ほら、エルテルの騎士様が、
代わりに遊んでくれるわよ。」
「あら、サーブラス。
あなたもご主人様について来たいのね。」
ドロシアがサーブラスに呼び掛けると、
わたし達の後ろで口吻を鳴らす。
「あなたも子育てに、
苦労しているみたいね。」
サーブラスがわたしの手を舐めると、
ハーフガンが毛玉を掴んで
なにか騒いでいる。
「おい、待ってくれ!」
「ハーフガン、子供を守りなさい。」
「これは違うだろっ!」
わたしは首を縦に振って、
ハーフガンの抗議を無視した。
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