ネルタに着くまでのあいだ、
退屈を持て余したわたし達は
四時の札遊びをすることにした。
それでもわたしが持ってきた木製の札は
揺れる馬車ではまともに遊べず、
代わりに羊皮紙の札が役に立った。
サンスァラ王女がシルクの布と共に
マルフにあげた札。
羊皮紙で出来た札は軽く、柔らかい。
クッションの上に並べると、
馬車の揺れでも衝撃を受け止めて崩れ難い。
札立てを使わず手札を持てるのも良い。
「あの子が居ないと静かねぇ。」
サンスァラ王女が言った。
わたしもその子の姿を思い浮かべて頷いた。
わたし達は日陰の庭で、
よく四時の札遊びをしていた。
館の庭とは違い、箱型馬車の中は
単調な爪音と軋轢音が耳に触れる。
「王女様は手加減って知らないの?」
「お嬢様扱いがお望みかしら。」
サンスァラ王女の意見に、
わたしの隣のイオスが
ミャオと同意の返事をする。
「んぐぅ…。
イオスはどっちの味方なのよ。」
訊ねてみたものの、
イオスは丸くなって寝る振りをした。
王女は商品で成立した札に、
片手でヴェールをしていく。
わたしは星札で相殺を繰り返す。
王女は3巡連続して
大きな値の貝札を並べるので、
わたしは星札で凌ぎ続けていた。
わたしからの星札で還付を受けた彼女は、
手札が満たされるばかり。
――税を支払ってる気分ね。
73、82、90と連続して並べた王女の、
次の札が14。

王女の市場には9・0・1の段札が成立し、
報酬に土地から3枚を手札にする。
74の貝札を並べて、
ようやくこちらが優位に立った。

5巡目。
王女は先の段札をヴェールすると、
恐慌と夜の星札を並べた。

「奇妙な出し方したね。」
「ニクスは夜の星札しか
持っていないでしょ?
他は恐慌札だけだもの。
それともスーの時みたいに
勝たせて欲しいのかしら。」
「故意に負けるなんて
浅ましい行いは無しだよ。」
わたしは先の3巡で
王女の札を相殺する為、
朝、昼、夕の星札を連続して並べ、
星札に余裕のない状況を攻められた。
「どうして四時の札には、
星が描かれているのかしらね。」
「…大陸貴族のソーマが
船の上で紙に季節の植物を描いて、
商人の真似をしたからだよね。」
以前、スーがそんな話をしてくれた。
サンサはそれを分かって頷くので、
わたしなり見解を述べる。
「星座は船に関わりが深いからだよね。
暦は星の位置に関係して、
農業に関わりがあるんだよね。」
わたしは喋りながら出す札を長考する。
「農民の教養として宣伝を行えば、
退屈な冬をやり過ごす遊び道具として
売れるものね。」
「商人が売る為に?」
「昔の星札は、
天体の運行を示すもの
ではなかったのよ。」
「星の前にはなにがあったの?
月? 動物? ただの記号?」
スーの動物が描かれた季節の札には、
春夏秋冬の順に、牛、羊、馬、
そして兎が描かれていた。
スーが作ってくれたわたしの札は、
星の位置を示す古代の記号だった。
「最初に描かれたのは、
生命の在り方かしら。」
「生命の…?」
わたしの狙いは王女と同じく
恐慌と夜の星札を並べて逆順のまま、
彼女に他の星札を出させたい。
王女は公開した0の商人札を手札に加えた。
わたしも朝の星札で還付を受け、
手札を1枚加える。
手札にしたのは恐慌札。

「命は生まれ、育ち、変化して、死ぬ。
そんな当然の事象を絵図にしても、
商売としては成立しないでしょうね。」
6巡目、後手のわたしは
恐慌と夜の星札の組み合わせを市場に並べ、
0の商人札を手札にする。

サンスァラ王女も還付を受けて手札が増え、
恐慌札の影響で回収が発生する。
彼女は市場にヴェールしていた1枚を選んで
手札に加える。
「これであなたの星札は無くなったわね。」
「わたしも負けるつもりはないから
安心して。」
「それは楽しみね。」
7巡目。
先手の王女は逆順にも関わらず、
86と大きな値の貝札を並べてきた。

「また…。」疑問が口から出る。
王女は前巡の47に対して65を並べれば、
7・6・5で段札の商品が成立していた。
わたしはもう星札を持っていないので、
彼女が還付を受けることはない。
彼女はここからは商品を成立させて、
報酬を得る以外、手札を増やせない。
彼女の顔を見ても、ムネモスとは違って
手札を読ませてはくれない。
「ただの板切れなんかでも、
華やかにした方が商売になるものね。
ナルキアの海賊達が使った夜の星札は、
死を想起させる頭蓋骨なんかを
彫っていたのよ。
変わった趣味よね。」
7巡目の後手。
しばらく考えた後で28を並べ、
十札を成立して手札を増やして
王女の出方を窺う。

――サンスァラ王女の残りの手札は5枚。
彼女は商品も成立させず、
星札を含めずに26の貝札を並べた。

8巡目、先手の彼女の手札は残り3枚。
――あれ?
わたしの手札は4枚。1と8、0札が2枚。
確率の違和感に苛まれる。
わたしは夜の星札での逆順に
00の双札を成立させて、
優位な数字を昇順に戻した。

双札の商品が成立し、
報酬で土地から9の数字札を2枚
手札に加える。
残りの手札は4枚。
――あの場所は9のはず。
王女がヴェールした3枚の札の中から、
端の札が欠落している。
――サンスァラ王女が
ヴェールで回収した札が9なら、
手札が1枚残るので彼女は勝てない。
6巡目に並べたわたしの恐慌札で、
彼女は3巡目で並べた9・0・1の段札から
ヴェールした札のいずれか1枚を
手札に加えている。
10巡まで並べ合うルールの9巡目。
序盤で大きな値の貝札を並べた王女には、
組み合わせはもう限られている。
それでも彼女は
夜以外の星札を3枚も残していて、
市場に並べていない数字札の9も
1枚手札しているはず。
サンスァラ王女ほど遊び慣れたひとなら、
手札が出せない包囲負けにはならない。
この巡で彼女は商品を成立させて、
使っていない星札でわたしの手札を増やし、
残り枚数の差で勝負をつけることになる。
彼女は口角を上げ、
わたしに手札を読ませた。
「ほら、相性が良いのよ。」
王女は手札を全て公開した。

彼女は包囲され、負けを認めたのではなく、
最後の貝札をわたしに見せた。
「えっ、雷霆?」
貝札は通常2枚一組にして、
自分の市場に並べられる。
手札が残り3枚の時、
00より優位な100を並べた王女は、
雷霆という特殊な勝利に微笑する。
「あっ!
ヴェールの裏返し方を変えてたのね。」
王女がヴェールで回収した札は、
わたしの予想した9ではなく0だった。
彼女は札をヴェールする時、
2枚の札を入れ替えない手法と、
入れ替える手法とを混ぜて使った。
わたしの思い込みが敗北の原因だった。
「ニクスは手札が読みやすいのよ。
あなたが持ってる札は、
1、8、9、9の順番でしょ?」
「なんで? 見えてるのっ?」
王女は笑って、わたしの手札を言い当てた。
この紙の札では
木目から読み当てられることはないし、
羊皮紙の肉面は染められて透けもしない。
車内の曇ったガラスの反射まで再確認した。
「あなたの手札の並べ方を読んだのよ。
わたしがマルフとやってた並べ方を、
あなたはそのまま模倣してるからよ。」
「全て、分かってたの?」
「全てではないけれどね。
スーも言ってたでしょ?
四時の勝負は確率と相性で決まるのよ。
7巡目で札を出した時には、
あなたは勝ちを確信してたもの。」
「9巡で負けるなんて。」
「9巡でも分岐は1兆を超えたわね。
確率任せな相手ほど
四時って読みやすいのよ。」
寝ているイオスが寝言で鳴く。
分岐の計算ばかりしていたわたしは、
遊びの本質を疎かにしていた。
「良い教訓を得たわね。
どんなに知恵を巡らせても
自分の思い通りにはならないし、
他人は人形のように操れないわよ。」
サンスァラ王女が目を細めて口角を上げる。
わたしは隣で寝ていたイオスの
お腹に顔を埋めて叫んだ。
「悔しいぃ…。」
イオスが唸っているのが聞こえる。
▶