数多の篝火が夕闇を照らす。
「駐留中につき粗餐ではあるが、
誰にも遠慮などせず食べ、
炎の消えるその時まで踊ってくれ。」
台に立ったオルドラスが篝火に照らされ、
兵士達と娼婦団に向けて銀杯を掲げた。
わたし達のテーブルに供されたのは、
塩漬け肉の香草焼きや羊肉の腸詰めと、
淡白な兎肉の入った野菜類のスープ。
粗餐と呼ぶには肉類が多く、
わたしが捕らえられた時に飲んだ
藍藻のスープは出されない。
右手の母指で宝飾巾を押し上げ、
肉を口に運ぶと香料と塩味が喉を焼く。
宝飾巾に触れるだけで背中が痛む。
イオスは茹でただけの兎肉と、
パンと野菜スープを混ぜたものを貰って、
唸り声を漏らして食べていた。
全身の毛を逆立てて周囲を警戒している。
取られたくないほど、おいしいらしい。
サンスァラ王女がイオスの食事に、
事細かく注文しただけのことはある。
遠くでハーフガンが
こちらの様子を見て睨んでいる。
彼はエルテルの騎士という身分を隠し、
わたし達の護衛という立場上、
宴の席に参加できない。
カヴァの兵士達が彼を見て笑っている。
それでも挑発に応じないハーフガンに、
若い兵士達はすぐに飽きて去った。
代わって娼婦達が彼を取り囲んだ。
王女もその様子に興味を示し観察した。
ハーフガンは惑わされず、
娼婦達は相手にされない。
呆れた彼女達は先の若い兵士達を誘う。
「辛ひぃ…。」
ムネモスが料理を口にし、
宝飾巾で顔を隠した。
「お肉は蒸したポッポや
お酒と一緒に食べるのよ。」
ハーフガンの観察に飽きた王女が、
酒の入った銀杯を呷ってみせる。
兄との再会を果たして王女は上機嫌だった。
「またムネモスに酒を勧めないでよ。」
「またって、わたしは飲ませてないわよ。」
「どうしてカヴァのお料理って
こんなに塩辛いんでしょうかぁ。」
舌を出して、喉を開いて訴える。
クロノとの久々の再会に
目を赤くして泣いていたムネモスの、
表情や口調が普段の彼女に戻っている。
「強いお酒を飲んで、踊って、戦って、
死ぬ為に生きるのよ。」
詩のように言う王女の説明に、
ムネモスが顔でわたしに意味を訊ねる。
「塩を利かせて食料を保存しているのと、
行軍で汗を流させる目的があるの。」
カヴァは山に囲われた高地で寒い為、
かれらは体質的に汗が湧きにくい。
ひとの身体は運動すると熱を発し、
塩分と共に水が体表に押し出される。
汗は体表の水が蒸発時の気化熱で、
体温を下げる機能がある。
館でも砂糖と塩と果汁の水を作り、
水分補給をして適度な発汗を促している。
寒い地域で体温を保てる南部の人間は、
夏場は暑さに弱いと本では結論付けていた。
「香辛料が多いのは好みの問題ね。」
塩辛いお肉でも蒸したポッポに乗せ、
スープを口に含めば和らぎ、
山羊のお乳や酒がなくても食べられる。
「お肉はスープに浸してから
食べてもいいわよ。」
「浅ましく思われないの?」
王女の食べ方をわたしは諫む。
「カヴァがこのスープに塩を控えるのは、
こうした食べ方を推奨してるのよ。
煮込み料理しか作らない氏族が、
薄く切ったお肉を焼いて調理させる
大陸貴族の真似事をしたからよ。
後でお湯を足して味を薄めたり、
パンに吸わせて食べることも
できるでしょ?
わたしは昔からやってたわよ。」
「お姫様なんだもの、
奇妙な食べ方をしても
誰も叱れないのよ。」
「そんなはず、ないわよ…?」
彼女は否定したのに、
心当たりがあったのか最後には首を捻る。
「それにしてもまだ信じられません。
まさかお姉様がカヴァのお姫様なんて。
ですよね?」
エルテル領のお嬢様が同意を求め、
わたしはスープを飲んで硬いパンを流す。
「腹違いの兄に突然押しかけて、
信じてくれなかったら
どうするつもりだったの?」
「わたしが知っているドラスの
恥ずかしい過去の所業を
披露していたわね。」
「聞かせてください。」
「本人の居ない場所で、
本人の許可なく言うのは良くないわ。」
わたしがムネモスを説いても、
サンスァラ王女は放言する。
「あなた達に言える話なら、
わたしに教えたそばから四時で負けて、
一度も勝てなかったとかね。」
「もしそれを言ってたら、
あのひとの尊厳を傷つけて
怒らせるだけよ。」
ムネモスがお肉をスープに浸して頷く。
カヴァ軍の兵士達と娼婦団の娘達は騒ぎ、
踊り、歌って、倒れている。
サンスァラ王女の言葉通り、
かれらは浴びるように酒を飲む。
冬に入り始めたのに軍司令官のカーゼルは、
肌着姿になって銀の毛深い胸を輝かせ、
台の上で部下達を鼓舞する。

「下品…。」
「下品ですよね、あのひと達。」
オルドラスの息子、
オランドルが娼婦団の年嵩の女と
腰を重ねて踊っている。
「彼女達も軍の人間と共に、
明日にでも死ぬかもしれないもの。
どこかで緊張や不安な気分を
発散させないといけないわ。
乾杯を交わすエルテルと同じくらい、
かれらは悲観的なのかしらね。」
「同じには見えませんよ。」
エルテル領とカヴァの似通った価値観も、
ムネモスからすれば違って見える。
疫病と略奪の鎮圧に苦労したエルテル領と、
戦争に明け暮れたカヴァと比べるのも
無理があったのかもしれない。
「娼婦団は娼館を持たない娼婦
というだけではなくて、
軍にとっては重要な役割を担うのよ。
軍に随伴して食事や洗濯、
負傷者の世話以外にも、
鹵獲や捕虜の治療、
兵站の輸送もするわね。」
いまの彼女達は寒空の下で
露出させた肌に汗を輝かせて、
艶やかな服で激しく腰を振る。
額に貼り付いた髪の向こうで
今夜肌を重ねる相手を探し、
兵士達を魅了する。
「意味を訊ねてはいませんっ!」
怒ってみせるムネモスに、
サンスァラ王女は笑っている。
オランドルが娼婦相手に口元を緩めて踊る。
ムネモスは双子のクロノが、
同じように踊る姿を想像して、
勝手に怒っていた。
ムネモスに心配されるクロノは、
兵士達が自弁した胸甲の
細工自慢に混に参加している。
オランドルとは別の
濃い楽しみ方をしていた。
「んーでもね、ムネモス。
こちらのお姫様も
似たように踊りが上手なのよ。」
「なによ、その呼び方。
娼婦の娘だもの、
母に教わっていまも踊れるのよ。」
舞踏室で見せたサンサの踊りは
娼婦団の踊り方に近い。
「ムネモス。
メノーに鍛えられたと思うから、
わたしと一緒に踊りましょうか。」
「私が、ですか?
ニクス…。」
「わたしは疲れて、今日はもう無理よ。」
宝飾巾の下で欠伸が出た。
ムネモスはサンスァラ王女に引っ張られて、
メノーが相手の時と同じように
振り回される。
ムネモスは踊りの素養を見せたけれど、
周囲で踊る娼婦団の影響もあって、
羞恥心が彼女の動きを鈍らせた。
それでもムネモスは顔を上げて、
クロノやサンスァラ王女を見ては、
笑い声を出して踊っていた。
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