最後の言葉
「なぁ……ほんとに芸能界なんて入るのか?」
放課後の帰り道、僕は彼女の横顔を盗み見ながら問いかけた。
彼女は、困ったように笑った。
「私、興味なんて全然ないんだよ? でもね、両親が……“こんなチャンスは二度とない”って。有頂天になっちゃってさ。私には断る理由も言葉もなかったの」
その笑顔は、どこか無理に作られていて、僕には胸がざわついた。
芸能事務所に入った後も、最初のうちは毎日のように会えた。学校帰りにカフェで未来を語り合ったり、駅のベンチで夜遅くまでくだらない話をしたり。
「ねぇ、10年後も私たち一緒にいるよね?」
「当たり前だろ。結婚だってするんだから」
そう言うと彼女は、照れたように笑いながら僕の肩に頭をもたせかけた。
その頃の僕は信じていた。彼女との関係は永遠に続く、と。
だが、高校三年生。
彼女は進学をやめ、芸能事務所の寮に入ることになった。
「……本当に行くのか?」
「うん……ごめんね。でも、私もちゃんとやらなきゃって思うの」
「俺は……芸能なんかに関わってほしくない」
「分かってるよ。でも、両親はもう引き返させてくれないの」
彼女の目には、決意と不安が入り混じっていた。
そして僕たちは、少しずつすれ違い始めた。
彼女の知名度が上がるにつれ、男性雑誌に彼女の水着姿が載り始めた。
「見たか? お前の彼女、グラビア出てたぞ」
クラスメイトの何気ない一言が、胸を突き刺した。
久しぶりに会えた彼女は、笑顔を浮かべながら僕に抱きついた。
「ねぇ、今日は一緒にいられる時間、少ないから……ぎゅってして」
彼女の声は甘えたようでいて、どこか必死にも聞こえた。
会う時間が減るほどに、彼女の求める抱擁は強く、情熱的になっていった。
やがて、ドラマ。
画面に映る彼女は、露出の多い衣装を着せられ、男優と濃厚なシーンを演じていた。
それを見ていると、僕の胸は張り裂けそうだった。
「彼女は、あんなこと……望んでないはずだ」
確信して両親に訴えると、返ってきたのは冷たい言葉だった。
「まだ付き合ってたの? 世界が違うんだから、早く別れて。あなたが邪魔なの」
僕は言葉を失った。
ある日、彼女が涙でぐしゃぐしゃの顔で駆け込んできた。
「どうしよう……! ドラマの台本に……ヌードシーンがあるの。しかも今まで以上に濃厚で……いやだよ、私……こんなのしたくない……!」
彼女の体は震えていた。僕は必死で彼女の肩を抱いた。
「そんなの断れ! お前は人形じゃないんだ!」
「でも……両親は“覚悟が足りない”って。事務所の人たちも“やらなきゃ終わりだ”って……」
「お前は商品じゃないだろ!」
けれど、彼女の両親は冷たく言い放った。
「もうあの子に連絡するのはやめて。甘えてるだけよ。芸能界に入った以上、避けられないことなの」
そして、彼女は本人の意思に反して、長時間のベッドシーンを全国に晒すことになった。
テレビの前で震える僕は、ただ呟いた。
「……ごめん。俺には、お前を助ける力がなかった」
数日後。
僕は彼女に別れを告げた。
「もう、俺じゃ守れない。届かないところに行ってしまったんだ」
「……うん」
彼女は静かに承諾した。何も言わず、ただ涙を隠すように俯いていた。
その後の彼女がどう過ごしているのか、僕には分からない。
僕の目に届くのは、週刊誌に踊る彼女のヌード写真や、芸能界の権力者たちとホテルに入る写真。
本物なのか捏造なのか分からない数々の情報だけだった。
彼女の両親は郊外に大邸宅を建て、豪華な暮らしを始め、もう僕との連絡を完全に断った。
あの日の彼女の震える声ーー
「こんなことしたくない」
その言葉だけが、今も僕の胸に突き刺さり、抜けることはない。




