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ドラゴンの山で狩る飯

 ギルバ砦に滞在して、二週間が過ぎた。


 トウマとティレアは冒険者ギルドからの簡単な依頼を着実にこなし、砦でもその名が知られるようになっていた。アキラの屋台も連日行列ができるほどの人気を博しており、特に異世界風ハンバーガーと香草ワインのセットは、常連たちの間で「屋台の奇跡」と呼ばれるほどだ。


 そんなある日、アキラのもとにふと入った情報があった。

 

「おっちゃん、リスタールって街を知ってるか? なんでも、三百年前の“迷い人”がそこを拠点にしてたって話があるんだよ」


「ほう、三百年前……」


 アキラはふと、どこかで聞いたことのあるような言葉に思いを馳せた。その迷い人と呼ばれる存在が、自分たちと同じように異世界からやって来た人間であるならば、何か帰還の手がかりが残されているかもしれない。


 その話をトウマたちにも伝えると、トウマは目を輝かせてこう言った。


「それ、行ってみようよ。もしかすると、僕たちの世界に戻る手がかりが見つかるかもしれない!」


 さらに、リスタールでは毎年大規模な料理大会が開催されているという話も聞こえてきた。アキラの職人魂に火がついたのは言うまでもない。


「料理大会か……腕が鳴るな」


 そしてもう一つ、ティレアもまた、その街には重要な拠点があることを知っていた。ギルバ砦に滞在中、彼女は裏で魔族の情報を集めていたのだ。


「リスタールには魔族の情報拠点があるわ。」


 三人の思惑が一致し、彼らの次なる目的地は自然と決まった。

 こうして、一行はリスタールの街を目指すことになった。


 旅立ちの朝、ギルバ砦の門前にはグリムゾンブレイドの面々が見送りに来ていた。

「お前らなら大丈夫だろう。気をつけてな」とカイルが言えば、

「何かあったら、ギルドを通じて呼んでくれていいからね」とセリアが笑顔を浮かべた。


 道中、大きな山を越える必要があった。その名は【ザハ・グレイヴ】。かつて竜の墓場と呼ばれた山であり、現在も山頂近くにはドラゴンの巣があるとされていた。


「うわぁ、険しい……けど、こんな地形、僕には馴染みがあるよ」

 そう言ってトウマは岩場にしゃがみ込むと、小さな白い結晶を砕いてみせた。

「これは岩塩。持っていこう」

 そして、岩の裂け目を覗き込み、

「蛇が潜んでるかも。食えるやつなら素材になるよ」

 さらに崩れそうな岩肌に目を光らせ、

「こういう色が少し黒ずんで、表面が粉っぽい岩は脆い。通らない方がいいよ」


 ティレアが呆れながらも微笑む。

「ほんと、トウマの知識は野生的ね」

「サバイバルしてたからね……まあ、今は冒険者だけど」

 どこか冒険者という言葉を誇らしそうにトウマは笑った。


 山腹を越え、ついに山頂近く。そこで彼らは巨大な影と遭遇する。

「下級種……デカいだけのワニね。ブレスにだけ気を付ければ良いわ。」とティレアが呟いた瞬間、ライガーとライターが咆哮を上げた。

「やる気満々だな。よし、いこう!」


 戦いは意外とあっけなかった。ライガーとライターが陽動し、トウマが首筋を剣で切るとドラゴンは倒れた。


 「アキラがビューンって包丁投げればもっと楽に終わるのにぃ。」

 トウマが不貞腐れた顔して茶化してくる。

 

 「あれは加減が難しいのと、なんとなく料理人として包丁を料理以外使いたくないんだよ。だから使わなくて良いなら使わないようにしてる。創造魔法もな。」

 アキラのこだわりのようだ。とはいえ、アキラもそこまで強くこだわっているわけではなく、使うタイミングでは躊躇なく使うと決めている。

 創造魔法にしても、現地産の素材がいまいちだった場合は魔法で作り出す事もしている。


 「さてと…。じゃあさばいてみるか。」

 とアキラはドラゴン肉を慎重に捌き、内臓を取り除いた。アキラはドラゴンの肉塊を慎重に切り分けると、その赤みがかった厚みと繊維の力強さに思わず唸った。普通の肉よりも断然しっかりしており、刃が吸い込まれるように入る一方で、反発するような弾力も持ち合わせている。「これは……焼きすぎると固くなりそうだな」と呟きながら、アキラはじっくり火加減を調整した。

 脂を引いた鉄板に乗せると、すぐに「ジューッ!」という音と共に香ばしい煙が立ち上る。周囲に漂う香りは、牛肉にも似た芳醇さを持ちながらも、どこかスパイスのような刺激も含んでいて、嗅ぐ者の食欲を強烈に刺激した。


「香ばしいな……これ、ステーキ?」

「ドラゴンステーキ。岩塩と野草で味付けして、バター風の香脂で焼いた」

 一口食べたトウマの目が見開かれる。

「うっま……! え、何これ、びっくりするくらい柔らかい!」

「匂いもいい。焦げた脂の香りが食欲をそそる……」

 ティレアも感嘆し、ライガーとライターも満足そうに尻尾を振っていた。


 山を越えた彼らの旅路は、さらに続く──。


----------------

 ドラゴンを狩り、料理を堪能した翌朝。山頂にはまだうっすらと朝靄が漂い、冷たい風がトウマたちの頬を撫でていた。


「ここが……ザハ・グレイヴの頂か」


 アキラが肩にかけたアタッシュケースを軽く叩きながら、遥か眼下を見下ろす。その視線の先には、うねるように続く深緑の森と、どこまでも伸びる大地があった。そしてその向こうには、朝焼けを浴びて金色に輝く石造りの街がかすかに見える。


「見える……あれがリスタールの街だ」


 ティレアが瞳を細め、蜘蛛の脚のようにしなやかな指で遠方を指さす。山頂から見渡す光景は、まさにこの異世界の雄大さを象徴していた。


「……すげぇな」


 トウマがぽつりと呟いた。彼の目には、山を越えたことでひとつの節目を越えたような、そんな清々しさが宿っていた。


「ねぇ、あっちの空、見て」


 ティレアの声に振り向くと、遥か上空を悠々と滑空する巨大な影があった。まるで雲のように舞い、鋼のような鱗を太陽に煌めかせながら、その存在を誇示していた。


「あれが……上位の飛竜か……」


「古代龍の眷属かもしれないわ。噂では、山の裂け目の奥に眠っているって話。裂け目の奥に行けば行くほど強い龍の縄張りになってるらしいわよ」


 トウマとアキラは顔を見合わせた。山頂から少し下った谷間に、巨大な亀裂のような割れ目が見える。そこが巣の入口なのだろう。


「行ってみたい、けど……」


「やめとけ。あの先にいる連中は、俺でも相手にできるかどうか分からん」


 アキラが即座に首を横に振った。その表情は冗談ではなく、料理人としての直感すらも警鐘を鳴らしていた。


「最下層には古代龍が眠ってるって話もあるわ。多分、魔王クラス……いえ、それ以上の存在よ」


「うわぁ……やっぱやめとく」


 トウマは肩をすくめたが、好奇心の火は瞳に残っていた。


「でも、いつか行ってみたいよね……父さ……じゃなくて、おじちゃん」


 口を滑らせたトウマは、自分の発言に気付き、顔を真っ赤に染めた。


「ふふ……今、“父さん”って言いかけた?」


 ティレアがくすりと笑いながら言うと、トウマはさらに耳まで赤くなる。


「ち、ちがうし! 言ってないし!」


 その様子を見ていたアキラは、肩を震わせて笑いをこらえた。


「別に、俺は呼びたいように呼んでくれて構わんよ。なあ、ティレア……母さ……」


 アキラがあえて言いかけて、今度はティレアが目を丸くする番になった。


「あなたまで何を言ってるのよ」


 それでもどこか嬉しそうに、彼女は口元を綻ばせる。


「……なんか、こういうのも悪くないよな」


 トウマがぽつりと呟くと、ライガーがふさふさの尻尾をぴたりと体に巻きつけてうずくまり、ライターは小さな舌をちろりと出して焚き火の残り火を見つめていた。


 その後、彼らはザハ・グレイヴの緩やかな下り坂を、警戒しながらも穏やかに歩いていく。ティレアの蜘蛛の眷属たちが先行して危険を探知してくれるおかげで、野営も順調に進んだ。


 途中、小さな清流を見つけて水を補給し、アキラが岩陰で干し肉とハーブを炙って簡単な昼食を作ると、トウマは嬉しそうに言った。


「こうして旅しながら、時々すごいもの食べられるなんて……贅沢だなぁ」


「……それだけじゃないわよ」


 ティレアが微笑む。その言葉に、トウマは顔を上げる。


「こうして、みんなで歩いて、笑って、食べて。そういう時間が、今の私にとっては一番の贅沢だなと感じるわ」


 不意に告げられたその言葉に、トウマは頬を赤く染めた。

 ティレアとしてはずっと孤独だったのだろう。その思いが垣間見えた。


「……うん、僕も。なんか、家族ってこういう感じなんだろうなって、思うんだ」


 アキラがそのやり取りを聞いているのかいないのか、料理に集中しているフリをしながら、口元を緩めていた。

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