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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編2

神様、ちょっと黙ってください

作者: 猫宮蒼



 アリア・メノウはこれといって特筆すべきではない平凡な令嬢だった。

 そこまで歴史が長くもない子爵家の生まれであったため、国の中枢に関わるような重要な立場でもない。

 将来は親の決めた相手と結婚して子供を産んで……といった、どこにでもあるような貴族の女として生きていくのだろうな、と漠然と思っていたし、それでいいと思っていた。


 両親も野心家というわけではないので、アリアの結婚相手を少しでも自分たちに利のある相手を……! と娘の幸せそっちのけでやらかすような人たちではなかったし、それをわかっていたからこそアリアは特に何かを心配していたわけではなかった。


 ところがだ。


 ぼちぼち王都の学園に通う年齢になろうかという直前で、タウンハウス周辺をぶらぶらしていた時である。


 今までは領地で過ごしていたものの、いきなり王都に行ったって迷子にならないわけがない。アリアは子爵令嬢で上を見ればいくらでも尊い血筋のご令嬢はいるからこそ、自分は大丈夫だろうと思いたかったが平民からすれば貴族であるというだけで狙う事もあるのだとメノウ家に長年仕えてくれている執事に言われてしまったので、一先ずご近所の下見をしていたのである。


 その際にいかにも高貴な方ですよと言わんばかりの老女と出くわした。

 神殿の人たちが着ているような法衣だったけど、それがなんだかドレスのようにも見えてしまった。

 そんな老女が数名の護衛と思しき人たちを引き連れて移動していたのだ。

 馬車ですらなく、徒歩で。


 そのせいでやけに目立っていたから、アリアもつい目をそちらに向けて――


「見つけた。貴方ね!」


 直後、老婆と目が合った。そしてずびしと指を突き付けられた。


「えっ?」


 アリアとしては一体なんだろう、と思ってそっちを見ただけなのになんだか途端に悪い事をしてしまったように思えてしまってその場で思わず硬直してしまった。


「やっぱり潮時ね……神託に従って動いたのにまさかここまで時間がかかるなんて思わなかったのよ」

「え、あの……?」

「次の聖女は貴方よ!」

「えっ?」

「詳しい話は神殿で!」

「えっ!?」


「あ、すいません、ちょっとご同行願いますねー」


 腰の低そうな護衛の一人にそう言われるも、逃がすものかとばかりに肩を掴まれた。痛くはない。しかし逃げられないようがっしりと捕まえられている。


 そうしてわけのわからないまま神殿へ連れていかれ、アリアは聖女になってしまったのだ。

 何故って、現聖女のご指名で。

 実際に指名したのは神様らしいのだけれど、その時点で神様の声とやらはアリアに聞こえなかったので、聖女が強引にアリアを指名したようにしか思えなかった。


 状況に全くついていけないアリアは神殿に連行されて、そうして聖女とは、という説明を受けた。

 とりあえず神様からの神託を時々伝えるだけでいい、と言われたもののアリアは今まで神様の声なんて聴いたおぼえもないし、自分にはそんなのできっこないと思っていたのに。


『やぁやぁ君が、君こそが次なる聖女だ。よろしく頼むよ』

「えっ!?」


 突然頭の中でそんな声が聞こえて、自分が聖女だなんて何かの間違いではないですか? とは言えなくなってしまったのである。


 聖女というのは今までそうじゃなかったアリアからすると、自分には関係のない、高貴で神々しい立場だと思っていた。実際先代の聖女になってしまった老女は侯爵家の出でアリアのそんな印象は間違っていなかった。

 ただ、自分がその立場になった、と言われると戸惑うばかりである。


 聖女というのはどうやら神様の話し相手らしく、聖女はその言葉を聞いていればいいだけだと言われた。


 話の内容は重要なものからそうでないものまで実に様々。

 それこそ聞き流していたら国が滅びるかもしれないようなものから、道端に咲いた綺麗な花といった取るに足らないようなほんのりした世間話まで。


 神様は積極的に人の世界に干渉してはいけないようだが、暇を拗らせているからかとにかく波長が合う人間を見つけては話し相手に選んでいるのである。相手の意思を無視して強制的に。


 ただ、神様目線での話は人間には気付かない部分も勿論あるからそういった部分は神託として。そうでない部分は聖女がひたすら聞き役に徹する事として。

 それが、聖女の役割であった。



 聖女は真実を見抜く力がある、なんて言われているのをアリアは幼い頃に教わった。

 だがしかしいざ自分が聖女になってみれば、真実を見抜くというよりは神様が勝手に真偽を教えてくれるというのが真相で。

 神様からの言葉をなんでもかんでも口に出すとなると有難みも薄れるし、そうでなくとも悪い事をしようとしている相手からすれば聖女のそれは目障りなものになりかねない。


 だからこそ、神託という形で伝える言葉とタイミングは選ばなければならないと先代聖女様は、聖女になるにつれて気にしないといけない事をしっかり教えてくれたのである。

 神様のせいでなんでも知ってるムーブかましちゃうと、確かに色んな人からあれこれ聞かれるだろう事は想像に難くないし、アリアだって自分の時間が欲しい。

 国の未来がかかっているとか、このままではどこぞの家の断絶の危機、みたいなものであるならまだしもどこそこのお坊ちゃんがすっ転んで膝をすりむきます、みたいなものまで知らせていては確かにキリがないわけで。


 あと存外神様の話は突っ込みどころもあるものがあったりするので、アリアはうっかり突っ込まないよう注意しなければならない生活が始まってしまった。誰もいないところで突っ込むなら独り言で済むが、周囲に人がいる時は突然何か言い出したぞ、みたいになる。内容がちゃんとしているのならいいが、そうでなければ変人扱い。流石にそれは厳しすぎる。



 学園に通うのに少しばかり胸弾ませていたアリアだが、次なる聖女として国で周知させてしまったために一介の子爵令嬢は途端に時の人となってしまった。なお万が一を考えて、と王家と神殿から密かに護衛をつけられる事にもなった。


 ともあれ、聖女の力を利用してやろう、なんて考える相手が近づいてきてもそれだって神様が、

『こいつ君の事利用しようとしてるよ』

 とか教えてくれるので。

 そういった相手には特に今は神託は降りてきていません、と返すだけに留めた。

 自分に都合よく利用できるようなものではない、と知った相手はつまらなそうにさっさとアリアから距離をとった。あまりのわかりやすさに、周囲もこれには苦笑するしかない。


 国が一大事な危機を迎えるだとか、そういう時には神託という形で言葉を伝えるとしても、それ以外だと他国から忍び込んだスパイを見つけるとか、そういったやっぱり大っぴらにしてはいけないようなものをそっと伝えるくらいしか聖女としてやる事はない。

 伝えるだけで直接自分が捕まえろというわけではないのだ。自分で捕まえろとか言われたら武術の心得もない令嬢になんて無茶な! と叫ぶしかない。


 後は精々ちょっとした祭典などでそれっぽい感じで演出するくらいか。


 周囲は聖女の動向にそれとなく注目していたけれど、大半は聖女というよりはアリア・メノウ子爵令嬢として接していたので、アリアも気負う事なく学生生活を謳歌していた。



 ところが学園に入学してから半年後、遅れて入学してきた一人の令嬢によってアリアの平穏な学生生活の雲行きが怪しくなってきた。


 イルマ・モーディ伯爵令嬢。

 彼女の父は外交官で、イルマは少し前まで父と一緒に隣国へ行っていた。

 本来ならば入学式には間に合う予定だったのだ。帰国は。


 ところが道中、大雨による土砂崩れで街道の一部が埋まり、橋が落ち、更に盗賊に襲われ……などとかなりの不運に見舞われ帰国が大幅に遅れてしまった。

 幸い賊に襲われたと言ってもそれらは護衛が倒したのもあってイルマにも父にも怪我はなかったけれど、それ以外の事でかなりの足止めをくらった。結果として戻ってきた頃には他の新入生が入学してから半年もの時間が経過していたのである。


 隣国とこちらの国の仲は悪くはない。

 こんな事なら隣国の学園に入学すれば良かったかしら……とイルマは内心嘆いたりもしたが、しかし隣国の住人ではないイルマが最初からあちらの学園に入るためには、そちらの国の住人にならねばならず。

 留学という形でなら通う事もできただろうけれど、留学するためには一度自国の学園に入らねばならない。

 結局どう足掻いたところでイルマは一度この国に戻ってこなければならなかったのだ。



 イルマが父について隣国へ行ったのは、将来父のように外交官となりたいから、というわけではなく魔法研究機関に属したいという願いがあったからだ。

 この世界には魔法が存在するけれど、しかし使える人間は限られている。

 未知の部分が多いもので、それ故に解明できてもっと気軽に魔法が使えるようになれば文明は大いに発展するだろうと言われている。

 モーディ家がある自国より隣国の方が研究が盛んであるために、イルマは父にくっついてついでにそちらの機関を見学しに行っていたのだ。


 所属するためには、最低限貴族であるなら学園を卒業しなければならない。

 魔法が使える者ならば貴重な協力者としてそういった条件も特にないけれど、そうでない者にはある程度の条件がある。平民の場合は貴族よりも条件が細かいけれど、イルマは貴族令嬢であるため学園を卒業できさえすれば所属資格を得るのである。


 入学に半年遅れるとは思ってなかったけれど。


 時期が遅れようとも卒業できれば問題はない。

 そしてそこで、イルマは出会ってしまった。


 新たな聖女となったアリアに。


 聖女の真実を見通す力というものはそれなりに知られている。

 けれど、その仕組みはわかっていなかった。

 実際に本当にそんな力があるのか、という疑問を持つ者は過去に多くいたけれど、しかし時折聖女から告げられる神託は確かなもので実際国が救われた事だってあると言われていた。


 興味はある。


 聖女のその力も解明できるのなら、国はもっと多くの危機を事前に察知して回避できるのではないか。そうすれば、突然の災害などが発生しても犠牲者を抑える事もできるかもしれない。

 事前に完璧な対策ができれば勿論それが一番だが、起きてしまった事象に対して犠牲を抑える事ができるのなら、国どころか世界は大きく発展を遂げる。


 イルマの記憶の中の聖女様は、アリアにとっての先代聖女で、あちらは厳格な雰囲気の老女だった。

 厳しそうで、それでいて気品に満ちた気軽に声をかける事が許されないような、そんな女性。

 実際気軽に声なんてかけられる立場ではなかったので、イルマにとって聖女とは自分から縁遠い存在だった。

 しかし今、この学園に自分と同じ生徒として聖女がいる。


 もしかしたら、魔法に関しての未知の部分も解き明かす事が可能になるのではないかしら。


 そうでなくとも、聖女に関してだって人にとっては未知の部分があるのだから。


 それらを解き明かせば、もしかしたら。

 学園を卒業した後、研究機関にそれらの論文を手に携えていけば、所属直後に重要なポジションが与えられるかもしれない。入ったばかりの新人ならきっと雑用など押し付けられるかもしれないが、そうでないのなら、最初から研究に携わる事ができるのであれば――


 研究の成果が出れば人々のためになるとはいえ、その実イルマは己の欲望に忠実だった。

 ただひたすらに自分の興味の赴くままに。

 それが彼女の行動の原動力だった。


 そんなだから、学園で聖女アリアの存在に気付いたイルマはクラスも違うというのに、暇をみつけてはアリアへ突撃をかけていた。

 最初は何事かと思ったし、聖女が身近にいるのもあって好奇心が爆発したのかもしれない……と周囲もアリア自身も思っていたが、しかし一向に遠慮する気配のない挙句、聖女どころかアリアのプライベートにまで踏み込もうとしはじめたあたりで、アリアはイルマと関わりたくない相手認定してしまったし、周囲もまたいくらなんでもあれはやりすぎだ、と思ったためにそれとなく注意をしたりアリアと引き離そうとしたのだ。

 学園側からも注意をされたものの、しかしイルマはめげなかった。


 聖女の神託がもっと身近にあるのなら、未来予知の力として国をもっと発展に導く事だってできるかもしれない。人々の――国のためなのです!


 そんな風に大義名分引っ提げてイルマは食い下がった。


 個人の欲望のために利用しようとするのであればわかりやすく処分もできたが、イルマの言い分だけは大層ご立派だったため、そしてアリアの事を害するような事をしたわけでもなかったが故に、ハッキリとした処分は下せなかった。精々度が過ぎると感じた時点で注意や警告をするのが関の山。


 アリアは子爵令嬢なので伯爵令嬢でもあるイルマに面と向かって拒絶するにしても、場合によっては後々もっと面倒な事になりかねないし、密かについてる護衛も命の危険があるわけでもないために動くに動けなかった。


 イルマはそういう部分に関してとても上手く動いていたのである。

 やらかしても注意だけで済む範囲。

 注意されてもほとぼりが冷めたあたりでまた繰り返す。

 そんなやりとりが何度もあった。


 高位身分のご令嬢や令息たちも、流石にあの勢いで詰められたらなぁ……とアリアに同情したのもあって、それとなく助けてくれる事もあったけれど、皆が皆常にアリアを見ているわけでもない。

 そうして隙ができた時、イルマはそれを見逃さずアリアへ突撃をかけるのだ。



 探求心が旺盛だとか、知的好奇心があるだとか。

 良く言えばそうなのだろう。


 実際一部ではそう見られていた。


 だがしかし、そのせいで何度も関わってこられるアリアとしてはいい迷惑だ。

 うっかり学園内で一人になると高確率で絡まれる。

 聖女について教えてと言われても、神様の話し相手みたいなものですよ、とは言えなかった。

 そんな事を言えば、どんな話をされているのか、内容を根掘り葉掘り聞かれるのがわかりきっていたし、中には下手に人に話せないような内容だってある。

 うっかり口ごもればイルマの興味は一層掻き立てられて、もっとしつこく聞かれるかもしれない。


 国全体の危機になりそうな内容であればまず最初に伝えなければいけない相手は他にいるし、それは勿論イルマではない。先にその情報を知ったイルマがどういう行動に出るかはわからないが、それを周囲に「聞いて聞いて!」なんてやらかせば余計な混乱が生じるかもしれないし、そうでなくとも自分が得た情報を独占して何らかの利益を得た場合、自分たちにも得をする情報を寄こせ、と思う者がでるかもしれない。


 だからこそ先代聖女様はアリアに聖女の心得として、普段は極力何も知らないで通すようにと伝えたのだ。


 アリアからすれば正直聖女という立場は面倒でしかなかった。

 神様も暇してる時は本当に延々喋ってるせいで頭の中がうるさいし。

 一応多少は気遣ってくれてるようで、アリアが寝てる時とか授業中、先生の話に集中していないといけない時とか、他にもいくつかの場面で黙ってる時はあるけれど。

 それでもやっぱり疲れる時は疲れるのである。

 聞き流していい内容の時はともかく、うっかり重要な内容も聞き流したら大変な事になるかもしれないので。



 周囲の助けを借りながらも、どうにかイルマをやり過ごし気付けば卒業が間近、というまでになった。

 長いようで短い……いや、イルマの絡みだけを考えたら長かった……と思えてしまうけれど、学生生活という点だけで見るとアリアからすればあっという間だったように思う。


 座学の最後の試験も終えて、後はダンスの試験だけとなった。


 人によってはそこまで必要のないものではあるけれど、やはり社交界に参加する以上は必要になってくる。

 同学年に婚約者がいる場合はパートナーとして組むけれど、そうでない者たちはそれぞれ適当に振り分けられて踊る事になっていた。


 アリアに婚約者はいないので、同じく婚約者のいない男爵家の令息が今回アリアのパートナーとなった。

 高位身分の令嬢や令息たちは社交の場に出る事も多くなるし、関わる者たちも必然的に同じような身分である。国内だけではなく国外の貴族とだって関わる事もあるために、ダンスの試験はむしろ高位身分の者たちの方が厳しく採点されるとなって、アリアはむしろ自分はそこまでじゃないから良かったなぁ、と他人事のように思っていた。


 アリアと試験を臨む事になったパートナー、アンディ・カルロッタ男爵令息もまた、上には上の苦労があるもんな……とアリアと同じように他人事である。


 男爵家と子爵家の子である二人はそこまで大きなミスをやらかすでもなく無難に踊り終えていた。

 複数のグループでダンスを踊るのを教師複数名でそれぞれ採点するというのもあって、外側から向けられる視線に何度か緊張してステップを乱しかけたものの、それでも無難に乗り越えられたと思っている。

 はー、終わった終わった。これで後はまだ踊ってない人たちのダンスを見て終わりよね。

 すっかり肩の荷が下りた気分だった。


 そうはいっても、もし点数が低くて追試になった場合、同じパートナーでやり直す事が多いのでその場合は練習するのに都合のいい日時を確認し合ったりしないといけない。片方だけが壊滅的……という場合は別のパートナーになる事もあるけれど、もし追試なんて事になればアリアの場合は間違いなくアンディがパートナーだろう。

 終わった終わった、それじゃあね。で別れた後で追試を告げられると面倒なので、結果が出るまではアリアはアンディと共にいたし、他の生徒たちも大体そんな感じでそれぞれが近くにいた。


 そんな中、ずんずんとこちらに近づいてきたのはイルマだった。

 彼女も既に踊り終わったらしいが、パートナーになっていた令息をそっちのけでやって来る事もあって周囲はまたか……という目と今度は何事かしら? という目が向けられていた。



「ねぇアリアさん、いいかしら?」

「……なんでしょう?」


 いいかしら、と聞かれれば面倒だから全然良くない、と答えたいけれど。

 身分的にイルマの方が上なのでそんな風にバッサリと言えるはずもない。


 聖女という立場があるからといっても、それを笠に着て好き勝手振舞えるわけではないのだ。神様からの情報を伝える役目というのもあってそれなりに尊重はされるけれど、だからといって身分までもが上がるとかそんな事はない。

 今の時点でアリアに迷惑をかけているか、といえばまぁ気持ち的には迷惑なのだがまだ話の内容を口にしていないうちから迷惑だからと引き離すわけにもいかないのか、教師たちも数名こちらに視線と注意を向けたし、公爵家の令嬢であるマリアンヌもアリアの状況に気付いたもののやはり様子を窺うだけだった。


 ここで先んじて排除しようとしても、いざアリアに話しかける内容が何も問題のないものであったなら、その場合引き離そうとした相手がイルマにとってやらかす事になってしまう。


 アリアに知りたくもない真実だとかを教えてくれる神様は、時々未来に起きる出来事なんかも教えてくれることはあるけれど、残念ながら今回は教えてくれなかった。


 というか大抵イルマが突撃をかけてくる事を教えてくれたりするわけじゃないので、今回の事も事前に回避できるものではなかったと諦めるしかない。

 これも、アリアが聖女に関してなんでもかんでも話さない理由の一つだ。

 神様が色々教えてくれるなら今後の人生嫌な事は全部回避していい事しか起こらない、なんて思われてもそうではないので。

 事実イルマがこうやって絡んでいる事を目撃している人物なら「確かに……」と納得してくれるとは思うが、聖女とそこまで関わる事のない者からすれば「またまた~」と信じてくれない可能性もあるわけだ。

 アリアは言いたい。


 この神様結構俗物な内容の話とかめっちゃしますよ……と。決して人のためになるだけの内容しか言わないわけじゃないんですよ……と。


 そのせいで知らなくて良かった他家の事情とか知る羽目になって、うっかり口を滑らせるのではないかと冷や冷やしている。

 もしアリアが知った情報なんでも喋らないと気が済まないゴシップ好きの娘であったら、今頃聖女であっても邪魔になると思われてあっさり闇に葬られていたかもしれないのだ。それぞれの家の不都合もそうだが、民が知れば余計な混乱を生みそうな内容だとかも知れば軽率に口に出すかもしれない人物など、いくら神の愛し子扱いされていてもそう簡単に生かしちゃおけない。

 下手すれば神の御許にお送りしよう、とか言われて生贄になっていたかもしれないのだ。


 ……そんな風に少し前に想像した事を神様はあっさりと、

『うん、あったねそんな事も』

 と肯定したのだ。怖い。

 えっ、聖女殺されてもそれでいいの神様。


『だって、死んだら次の聖女を選べばいいだけだからね』


 その言葉で、神に人の心はないのだなとよく理解したものだ。そりゃ先代聖女も余計な事は口に出さないよう黙っておけと言うわけだ。



 そういう意味ではイルマはアリアにとって厄介な相手だ。

 あの手この手で喋らせようとしてくるだけだからまだしも、そのうちうっかり自白剤盛られるのではないかしら……最近アリアはそんな風に思う事もあったくらいだ。イルマが差し出してきた飲食物はないが、いずれ差し出されたら警戒するのは仕方のない事かもしれない。



 そんなイルマはというと、真実を見通す力が聖女にはあるのなら、やはり明らかにすべきではないのか、などと言い出した。

 その気はないのかもしれないが、アリアが人知れず葬られる未来を望んでるのかしらこの人……としか思えないアリアにとっては、またこのやりとりか……としか思えないのだけれど。


「……イルマ様が言う、真実、とは一体何を示しているのでしょう?

 貴族間に限った話ではありませんが、世の中には暗黙の了解というものもございます。

 知る人が知っていればそれで良い、というものもございます。

 私にはイルマ様が一体何を明らかにせよ、と言ってくるのか、わからないのです」


 暗に余計な事にクビ突っ込むんじゃねぇ、と言っているのだが、しかしイルマはまるで獲物が罠にかかったとばかりの表情を浮かべた。

 今までのらりくらりと回避し続けてきたアリアが話に乗ったのだ。勝機を感じ取ったのかもしれない。何に勝つのだという話だが。


 アリアからすればここには他にも大勢の生徒もいるし、教師もいるから万一アリアの手に負えそうにないヤバい内容に入りそうなら周囲がストップをかけてくれるだろうという、他力本願もあった。

 自分一人の力ではどうにもできなくても周囲の助けがあればイルマ・モーディ伯爵令嬢を止める事は可能である、という仄かな期待。


「そうね、聖女が真実を見通す力があるというのなら、当然カルロッタ家の事もわかっているのではなくて?

 ねぇ、示して下さいな。新たな聖女に就任したとはいえ、貴方はまだ聖女として何かを成し遂げたわけでもない。だからこそわたくしは信じたいのです。聖女の力は本当なのだと」


 あっちゃー。


 そんな風に天を仰ぎたい気持ちになった。


 イルマとアリアだけの二人きりならアリアがどうにか場を切り抜ければいいだけなのだが、他に人がいるという事はイルマが巻き込む事もあり得るわけだ。実際アリアとダンスのパートナーになっていたアンディがこうして巻き込まれてしまった。


 アンディ・カルロッタには誕生日が半年違うだけの弟、オルフ・カルロッタがいる。

 半年しか違わないので同じ学年で、オルフもまた少し離れた場所で同じくパートナーとなっていた令嬢と共にいた。


 半年違いの兄弟。

 せめて一年であれば、年子という事で周囲もそういうものと受け流したかもしれない。

 だが半年。

 そしてアンディとオルフの見た目はこれっぽっちも似ていなかった。


 そしてカルロッタ家を将来継ぐのはアンディではなくオルフである、と言われている。

 アンディは将来家を出る事も既に知られていた。


 なので婚約を、という話が出てもその相手は次期カルロッタ男爵となるオルフであり、アンディへの婚約の話は少なくとも学園の生徒たちが知る限り、噂でだって一度も出た覚えがなかったのだ。


 そうはいっても、アンディとオルフの仲は悪くはない。どころか良好だ。

 なので下世話な噂も勘繰りもそこまで大きな声で出ていなかった。


 それをよりにもよってイルマはこの場でいいネタだとばかりに出してしまったのだ。

 確かにいかにも何かありますよとばかりの状況ではある。

 あるけれど、それを第三者であるイルマが言うのは明らかに違うだろうと周囲も思った。


 既にカルロッタ家の中でアンディの事は知られているし、一部の関係者も知っている。知らないのはそれ以外だ。

 だからこそここでオルフが、兄さんと自分が似ていないのはどうして? みたいに疑問を口にする事は決してあり得ない。

 次に疑問を口にしていい相手は、となればオルフの婚約者だろうか。だがまだ彼には婚約者がいないので、家の事情を聞いていいのかしら……? と悩むような令嬢もいなかった。

 仮に婚約が決まった時点で相手の家の事情も説明されるだろうし。そうでなくとも、無関係だけどいずれ関わる可能性を考えて調べておくか……みたいな家だってあるにはあるのだ。


 そして調べた上で問題が発生していないのであれば、つまりそれはわざわざほじくり返す必要のない話という事になる。

 醜聞にまみれた内容であるのなら、それこそアンディの学園内での立場はもっと悪いものになっていただろう。しかしそうなっていないというのであれば、周囲だってそこまで気にするものではない、時がくれば明らかになるのだろう、と静観の構えだった。


「そこまでにしたまえ、イルマ・モーディ。君は聖女の力を見たいなどといって単に下世話な噂話をまき散らしたいだけではないのか」


 それを止めに入ったのは、身分で言えばイルマと同格の伯爵令息だった。

 ヴィドル・レガルシー。


「まぁ、レガルシー様。ここで貴方までもが来るなんて思ってもおりませんでした。

 あぁ、でも。

 貴方様も、カルロッタ男爵令息様と似たようなお立場ですものねぇ?

 他人事とは思えませんでしたか?」


「戯言を……!

 よくもまぁ空想だけでそこまで言えたものだな。それとも、我が家を愚弄し敵対したいという宣言か?」


「まぁまぁまぁ、そのような事を考えなどしませんでした。

 ですが、それでは。

 ならばこそ、陰で噂されている内容だってご存じでしょう?

 わたくしが愚弄するのではありません。既に周囲がしている噂、ですもの。

 わたくしに矛先を向ける前に、潔白を証明すればよろしいだけではありませんか」


「…………っ!」


 ぎり、と射貫くような眼差しでヴィドルはイルマを見た。気の弱い令嬢であったなら、それだけで恐ろしくて失神してしまいそうな程の眼力。けれどイルマは怯えた様子もないまま、どころか悠然と微笑んですらいる。


『あーあ、この場で周囲を巻き込んで聖女としての力を目の当たりにしたいっていう欲望がとうとう抑えられなくてやらかしちゃったねぇ』


 アリアの頭の中で神様の呆れたような声がする。


 カルロッタ兄弟の事はまぁ、何か事情があるんだろうな、で周囲も勝手に納得していた。

 基本的にこの国では長子が家を継ぐ事が多い。だが、それでもなおアンディではなくオルフが家を継ぐというのであれば、何かしらの事情があるのだろうと察するくらいは誰にだってできる事だ。

 どんな事情かはわからないが、アンディの人柄は悪くないし、頭も悪いわけではない。跡取りとして能力が不十分である、と決められたからというわけでないのであれば、何かしらの事情があるとなるのは当然の事で。


 それとは別に、ヴィドル・レガルシーにも弟がいた。こちらは学園に通っていないのでその姿を見た事がある者は少ない。

 ヴィドルの弟であるフラン・レガルシーは滅多に外に出る事もなく、公の場に出る事もほとんどなかった。それでも過去、見かけた事がある者がいてレガルシー伯爵夫妻とあまり似ていない容姿のフランに、下世話な噂が出たのはそちらからだと容易に想像がついたけれど。

 直接彼らが話をした、という証拠もないためにヴィドルは歯痒い思いをしながらも、それらの噂を無視するしかなかったのだ。


 もっとわかりやすく絡まれたなら如何様にでもできたのに。


 まさかここで、イルマがそれを口にするなんて思わなかった。

 噂そのものを知っていたとしても、イルマがフランを見た事はないとヴィドルは断言できる。

 だが、その噂しか知らない者が、ここでそんな知った風な口を叩くとは思わなかったのだ。仮にそんな相手がいたとしても、淑女として育てられた令嬢ではなく令息たちの方が言う可能性は高かったとヴィドルは思っていたため、予想外の出来事と言ってしまえばそうだった。


 睨むだけで済んだのは、相手が女性だからとヴィドルが自重した結果に過ぎない。

 もし相手が男であったなら、咄嗟に殴っていた可能性もあった。


 ざわ、と周囲に不穏な空気が広がっていく。

 ダンスを終えた生徒たちが談笑していたとしても教師はあまりにも騒がしくさえしなければ止めるつもりもなかったが、しかし不穏な空気に何か違うな……? と思ったらしい。

 数名がこちらへ近づいてくるのがアリアには確認できた。


 ここで教師が止めに入ったところで、今までのようにイルマが注意されて終わるとは思う。

 だが、今まではアリアにしつこく絡んだ事が原因で注意されていたけれど、今回はアンディ・カルロッタとヴィドル・レガルシーが巻き込まれた形となっている。

 ……ヴィドルは自分から踏み込んできたと言ってしまえばそうだけど、しかし彼は今まで何度かアリアがイルマに絡まれて困っていた時にそれとなく助けてくれた相手だ。直接ではないが、それとなく周囲の令嬢たちや教師に声をかけて助けてくれたことを神様経由で聞いているので、アリアとしてはここで彼らの不名誉な噂をそのままにしておきたくはない。


 真相がわからないうちは、それこそどのような憶測が流れるかわかったものではないのだから。


『どうする? 引導を渡すかい?』


 神様の声は穏やかだ。

 やっちゃえ! と焚きつけるわけでも、やめときな、と諭すわけでもない。


「……真実を明らかにするべきだ、と本当に思っているのですか?」


 今はまだいいが、そのうちヴィドルが紳士足りえぬ行動に出てイルマをぶん殴るのではないか……と思われていたあたりで、アリアは口を開いた。静かな声だが、しかしそれは周囲の耳にしっかりと届いた。


「えぇ、えぇ! そうよ。明かすべきだわ! だってカルロッタ令息の家は弟でもあるオルフ様が後を継ぐという話だけど、どうしてアンディ様ではないのか。正当な理由もわからないままなら、それこそ周囲はお家乗っ取りを疑うところだって出るかもしれないのよ!? そんな疑いをそのままにしておくわけにもいかないでしょう!?」


 アリアが口を開いた事で、イルマはそれに便乗するかのようにまくしたてた。

 ここまで言わなければ、またイルマがアリアに絡んでる……で周囲も済ませただろう。

 しかしカルロッタ兄弟の似ていない挙句誕生日が半年しか違わない事は、確かに一歩間違えば二人に血の繋がりがない可能性を思い浮かべるには充分であるし、アンディが正当な血筋なのにオルフが家を継ぐとなれば確かに家を乗っ取る、という危険性もある。


 だが、いくら男爵家とはいえ、それをみすみす良しとするだろうか……と冷静に考えればその可能性は低いという結論に辿り着くはずなのに、イルマが周囲を巻き込むように通る声で述べた事で。


 周囲は確かにその可能性もあるのに、事情があるのだろう……でそのままにしておくのは問題ではないのか……? と一瞬でも疑念を抱いた。

 こうなればこの場でイルマを注意しても、燻ぶった火種は残ったままだし結果としてアンディやオルフに見当違いの正義感を拗らせて何かをする者が出ないとも限らない。

 軽率な行動に出るような者がそういるとは思いたくはないが、時としてその場の雰囲気に流される者はいる。


 事情が明らかになるまではカルロッタ兄弟に不信の目を向ける者も出るかもしれないし、ヴィドルの弟の事にしたってそうだ。

 噂では似ていないせいで、夫人が不貞した子であるだとか、伯爵がよそで作った子だとか、そういった噂が出てしまっている。

 両親はそのような人ではない、とヴィドルは言えるがしかし他人にとってはレガルシー夫妻が絶対にそんな事をしないとは言い切れないわけで。


「……そうですか。そうまでして明らかにしたい、と。

 ……カルロッタ様、レガルシー様。

 私は貴方たちの家庭の事情を知りません。本来ならば、という言葉がつきますが。

 しかし聖女として真実を見通す力があるのは確かです。

 ……この場で、明かしてしまってもよろしいでしょうか?」


 イルマをどうにかするためとはいえ、相手の許可も得ないで勝手にべらべら喋るわけにもいかない。


 だが、この場で本人たちが事実を口にしたところで疑う者はいくらでも現れるだろう。

 いくら本人が事実を口にしたところで、周囲が疑ったままであるのなら真実は真実と見てもらえない。それどころか、本当の事だと念を押したところで逆に必死になって怪しい、などと言い出す者だって出る可能性がある。

 この場合は、イルマが言う可能性がもっとも高かった。


 ならば、どちらの家の事情も本来なら知るはずのないアリアの口から語った方が、イルマも聖女の力を目の当たりにできて満足するだろう。

 その結果、更なる真実を求める可能性はある。


 あるけれど……


(でも、終わる)


 アリアの静かな眼差しに、アンディは「構わないよ」とこたえた。

 アンディは既に自分の置かれた状況を知っていたし、いずれ明らかにされるものだったからそれが早まっただけの話だ。


 ヴィドルは少しばかり悩んだものの、このままでは家そのものに疑惑の目が向けられてレガルシー家の名が貶められるばかりだと思ったのだろう。


「本来ならば明かすつもりはなかったが……この際だ。それが本当に真実であるのなら。

 ただ、万一違うようであればその時はこちらも口を挟ませてもらう」


 気が進まないけれど……と言わんばかりの態度であったが、ヴィドルもまた頷いたのであった。


「まずカルロッタ令息……この場にはお二人いるのでお名前で失礼しますね。

 アンディ様の話からしましょうか。

 こちらは簡単な事です。

 アンディ様はカルロッタ夫妻の実の子ではありません。カルロッタの血を引く実子はオルフ様です。それ故に、カルロッタ家を継ぐのはオルフ様である。ただそれだけの話です」

「やっぱり! お家乗っ取り……あら?」

「えぇ、アンディ様に継ぐ権利はないので彼は跡継ぎになれない。それだけの話ですよ。

 アンディ・カルロッタが跡継ぎだというのであれば、お家乗っ取りだと言えますが違いますので。


 アンディ様は元はメザレ家の血を引く方です」


 メザレ家、とアリアが口にした事で周囲は騒めいた。


 メザレ家は王家の歴史を管理していた、男爵家の中ではもっとも長い歴史を持つ家だった。

 しかしアリアが生まれるより少し前に、王家から領地へ戻る途中のメザレ家の馬車は賊に襲われ、メザレ夫妻だけではない。共にいた従者や護衛、御者までもが皆殺されるという事態に陥った。

 最初こそメザレ家を邪魔に思った政敵の仕業かと疑われたが、しかし調査を進めた結果貴族なら誰でも良かっただけの賊であったとなり、メザレ家は不幸にもそいつらに目をつけられただけという結果だった。


 現時点でメザレ家が所有していた領地や管理していた文献などは王家が保護しているが、いずれは新たに別の家がその役目を遣わされるのではないか……と思われたまま数年が経過している。


「カルロッタ家はメザレ家と交友を深めておりましたから。

 当時唯一生き残ったメザレ家直系のアンディ様が、もし政敵など黒幕がいた時の事を考えて、カルロッタ夫妻はアンディ様を引き取り守り育ててきたのです。カルロッタ家は男爵家ではありますが、騎士としてこちらも長く王家に仕えておりますので、守りという点では安心だと陛下が許可を出したのです」


 アリアの言葉にアンディは驚きながらも頷いた。


 実際ただの賊で政的な思惑などなかった事故ではあるけれど、それでも唯一残った直系のメザレ家を取り込もうと考える者も出るかもしれない。

 長い歴史の保管庫のような立場の家であるけれど、過去の不都合を改竄したいと考える家がないとも限らない。

 分家であった他のメザレ家の血を引いた者たちのほとんどは市井に下り貴族ですらなくなっているので、今更そちらを歴史の守り手とするにも不安が残る。


 だからこそ、アンディには時が来るまでカルロッタ家の人間として偽装し、成人したと同時にメザレ家を復興させるつもりだったのだ。

 既にアンディはそのために様々な準備をしていたし、相応しい教育も受けていた。

 ついでに成人してメザレ家当主となったアンディに言い寄る可能性のある家もあるにはあるが、同時に結婚する予定でもあるので跡取りにもなれない男爵令息だと放置されていたのはむしろアンディ的にも良い事であった。

 下手に近づかれても、既に王命で選ばれた結婚相手がいるので、言い寄る相手がいた場合断るのも面倒な事になりかねなかった。その心配は必要がなかったけれど。


「ちなみにアンディ様の結婚相手は王立図書館の司書を務めているミモザ侯爵家の次女、と言えば皆さまもお分かりでしょう」


 その言葉に別の意味でざわめきが起きた。

 アンディより年は三つ上になって、学生ですらないがしかし学生時代に優秀であると言われた才女。

 本が何より大好きで、本のためなら死ねるむしろ本を粗末に扱う者は死ね、と公言するような女性である。


 読書が苦手? そう。好き嫌いはあるから仕方ないけどでもだからって本を粗末に扱うのならただじゃおかないわ、とかつて本を読むのが苦手だと言いつつ本を雑に扱った相手を精神的に追い詰めて泣かせた経歴の持ち主である。


 本が関わらなければ嫋やかな女性なのだが、いかんせん本を粗末に扱う相手と関わるとアマゾネスに究極進化するので、その武勇伝を知る令息たちは震えあがり彼女に言い寄ろうなどとてもとても……となったのである。

 同じく読書が好きな男性からは好意を寄せられていたようだが、しかしそういった相手との浮いた話もなかったので生涯本に埋もれて過ごすのだと思われていた女性。

 それが、既にアンディと婚約を結んでいるなんて。


 誰も知らなかった。

 それこそ一部の関係者だけの秘密であった。


 周囲にいたアンディの友人たちはその事実でようやく納得したのだ。

 あぁ、だからこいつ他の令嬢に目を向ける事もなかったのか……と。

 ついでに彼女なら、確かにメザレ家に嬉々として嫁ぐのも納得だな……と。


「それで、レガルシー家のお話でしたか。

 ……正直真実を明らかにする意味があるのか、私にはわかりかねますが。

 私もお会いした事はないレガルシー令息の弟……こちらも名前で呼ばせていただきますね。ややこしくなりそうなので。

 ともあれ、フラン様はレガルシー夫妻の実の子ではありません。

 レガルシー夫人の妹の生んだ子です」


 なんだ、じゃあ似てなくてもそこまで……と周囲は若干拍子抜けした。


「じゃあどうして周囲にそう説明しなかったの? おかしいじゃない」

「……説明、ですか。人様の生い立ちを酒の肴に盛り上がる事になりそうだから、ですよ。一部の下世話な人たちが。

 レガルシー夫人の妹……リリアン様の結婚相手はロイド様でしたか」


 確認するかのようにアリアがヴィドルを見る。

 合ってるとばかりにヴィドルが頷いた事で、周囲は聖女の力ってもしかしなくても本当なのでは……? という思いが強まっていく。

 アリアが事前にヴィドルに聞いたのだろう、という可能性はとても低い。そもそも学園内でヴィドルとアリアが話をしているのを見た事がある人物はほぼいないし、人目を避けてまで家庭の事情を話すというのがまずおかしい。

 そうでなくともアリアの周囲には大体イルマがつきまとっていたので、隠れてこっそり、というのが難しい。


「ロイド様は確かお城で文官をしていました。ただ、お二人の間に子はできませんでした。

 リリアン様は、ロイド様の友人であった男性にその身を穢されたのです」


 その言葉に、周囲はしんと静まり返った。元々既に静かな方だったが、アリアの言葉の直後、本当に誰も一言も発しなかった。下手をすれば一瞬皆の呼吸も止まっていたのかもしれない。


「友人である彼は、近衛騎士でした。彼はロイド様の友人でありながら、友人の妻になる女性に恋慕しておりました。本来なら自分が婚約者に名乗りを上げるつもりが、ほんの少しの差で彼の未来は崩れました。

 表向き友人の婚約を祝福しながら、それでも諦められなかった彼は、結婚後、家の中が落ち着く前に結婚祝いを渡したい、と言って二人の家へ赴いたのです。

 当時は流行り病があったので、貴族も平民にも死者がそれなりに出ましたね。それもあって屋敷の中の使用人の数が足りなかった。そしてその日、ロイド様はどうしても外せない用事があって城に行く事になっていた。

 近衛騎士は忙しいから、次の休みがいつになるかわからない、と無理を言って奥方になったリリアン様と数名の使用人しかいない屋敷へ行き、そうして最初は祝いの品を渡して和やかに、リリアン様が知らないロイド様の話などをして警戒心を抱かせないようにして――

 結果、リリアン様は彼の狙いに気付くことなく薬を盛られ、使用人たちの目をかいくぐった彼はリリアン様を適当な部屋に連れ込み――そこで彼女は穢されました。


 二人きりになったわけではありません。その場には使用人も一人、いたのです。けれどそちらはあっという間に意識を刈り取られました。結果として発見が遅れ――最初にその光景を目撃したのは帰宅したロイド様です。

 彼は妻を穢された事で咄嗟に友人だった下手人へ襲い掛かり、そうして二人は揉み合いの末に二人そろって死にました。

 薬のせいで朦朧としていたリリアン様の意識が戻った時にはお二人はとっくに事切れて、愛する夫が死んだ事実にリリアン様はまさしく絶望の底に落とされたのです。


 事情が事情ですので、流石に大っぴらにはできません。リリアン様は実家へ戻り、夫を失った悲しみと、自らを穢した夫の友人への恨みで心をすり減らし部屋の中で塞ぎ込んでおりましたが……妊娠が分かった後、彼女の心は壊れました。愛する夫の子ならまだしも憎い男の子ですからね。

 でも、産むしかなかった。気づくのがもっと早ければ、もしかしたら……とも思いますが、気付いた時にはもう産むしかなかったのです。


 そして生まれたのがフラン様。子を産んだ後、リリアン様は発狂し自ら死を選びました。

 皆様も、それとなくとあるご夫人がなくなった話を耳にしたのではありませんか?

 自死ではなく病死と言われていたと思いますが、真実は自死です。

 フラン様の扱いに周囲はとても困りました。

 けれどレガルシー夫人は妹の子であるという事で、生まれた子供に罪はないとして引き取る事にしたのです。


 ちなみにやらかした近衛騎士の家族は謝罪と慰謝料を払い身分を捨てております。

 フラン様も幼い頃に己の出生に関して説明されておりますので、将来は貴族としてではなく平民として生活するのだと決めております。

 だからこそ、滅多に貴族と関わる場に出てこない。

 合っていますか? レガルシー様」


「あぁ。相違ない」


 重い声だった。

 周囲は誰も何も言えなかった。


 伴侶の友人がまさかそんな事をするなんて、普通は想像もしない。

 だが起きてしまったというのなら、同じような事が今後もないとは言い切れない。それどころか、妻の友人である女性が夫を狙って……という可能性までもが生じてしまった。


 軽率に人間不信になりそうな話に、一部の者たちの顔色は悪い。


「イルマ様、真実を本当に明かす必要はあったのでしょうか?

 今この真実を明かされて、果たして誰かが幸せになれましたか?」


 真顔で問われてイルマは「それは……」と言葉に詰まった。

 そうだろう。これがイルマや多くの者が勘繰るような内容であったのならまだしも、ふたを開けてみれば別にそんな事はない。

 お家乗っ取りは大罪故に万が一そうなったなら……と考えれば、その可能性があるなら真実を! と思う気持ちもわからないでもないが、そもそもそうであるのならアリアはこっそり然るべき相手へ伝えている。そうでないというのなら、別に明かす必要などない、という事でしかない。


 イルマは仮にアリアがカルロッタ男爵家のお家事情と、レガルシー家の兄弟事情を最初から知っている可能性を考えた。聖女の力などではなく、別の理由で知る事になってしまった可能性を。

 しかし考えたところで、それをあえて真実を見通す事のできる聖女の力、として彼女の口から言う理由はないように思えた。聖女としての力を知らしめる、にしてもではもっと別の手段でやるだろうし、そう考えると聖女の力は本物だと思うしかない。


 いくら許可を得たとしても、伯爵家の事情を子爵家令嬢が口に出すにはあまりにも問題しかなかった。


 周囲の目が冷ややかにイルマに向いていても、内心でイルマは聖女の力が本物であるのなら、彼女についてもっと知れば聖女に選ばれる条件だとか、聖女の力がどういったものであるのかを知る事もできるかもしれない……! そう考えて歓喜していた。

 卒業間近ではあるけれど、ここで何としてでもアリアとの縁を繋げれば、協力者になるのではないか。

 そんな事は決してあり得ないというのに、イルマはそんな風に考えてしまったのである。



「もう一つ、真実を明かしましょうか」


 だからこそ、アリアがそんな事を言い出した時、イルマは目を輝かせた。

 今度はどんな話が飛び出るのだろう。そんな気持ちで。


「私たちが生まれる少し前、隣国で処刑された男の事をご存じでしょうか?

 男は貴族でしたが、実に多くの女性を穢してきました。使用人といった身近な者から、平民まで。命までとられた者は少ないですが、それでも被害者が平民である場合、男は貴族なので泣き寝入りするしかありませんでした。

 中には恋人や伴侶がいた女性もその毒牙にかかりました。爵位の低い家の令嬢も少なくはありますが被害にあったと言われています。

 望まぬ妊娠をした者も当然います。

 そうして生まれた子供の大半は、母にとっては愛せない男の子であり、被害に遭った女性の恋人や伴侶からすれば、憎い男の子でもあります。

 生まれながらにして罪ではありませんが、業を背負わされた子は実に多く存在していたのです。

 子供は自分が罪を犯した自覚などありません。子供に罪はありませんが、だからといって母親になった女性やその家族に愛せというのも難しい話。


 赤ん坊の何人かは生まれてすぐに殺されて、生き残った赤ん坊のほとんどは孤児院へ預けられました。


 母の顔を知らずとも、半分だけ血の繋がりがある、そうと知らない兄弟に姉妹たちはすくすくと育っていきました。


 あぁ、そんな異母兄弟を多く作り出した最低な男は、最終的に捕まりましたし被害者の数が多すぎて、事件をもみ消す事もできず処刑となりました。男の家は残すわけにもいかず、取り潰されました。

 彼の血を引いた子供たちは大勢いるけれど、しかし親のいない孤児として育ち、私たちが生まれるよりももっと先に生まれてしまった子供たちは既に平民として独り立ちをしたりもしています。

 ですが皆、平民として日々の糧を得、身の丈に合った生活をしているようです」


 イルマは内心興奮しつつあった気持ちが少しだけ冷めるのを感じていた。

 何故隣国の、既に処刑された男の話を……?

 疑問を口にしようと思ったが、とりあえず最後まで聞くべきだろうと思い直す。


「ただ一人、貴族の家に引き取られた子がいます。

 彼女は当時流行り病で命を落とした娘に似ていたから、という理由で引き取られ、その子の代わりとして育てられました。代わりといっても、その扱いは実の娘同様に。

 彼女を引き取った夫妻は、彼女が隣国の元貴族にして処刑された男の血を引いているとは知りません。もし知っていたのなら、そんな子供を引き取ったりはしなかったでしょう。

 男の血を引いたとわかっている孤児たちに関しては、隣国で密かに国が定期的に身元調査をしています。他国へ行った者までは手が回りませんが、ですがもし、あの男の血を引いた子供が成長しまた国に戻ってきて、かつての男のような事や、それ以外の犯罪を犯すような事になれば大変です。


 

 その男は色狂いだった。己の欲望を満たすためにとことんまでやらかした。

 そして、その男の血を引いた娘もまた、己の好奇心を抑える事はできなかった。


 ある程度自由にやらかす事ができる環境だったのも、悪かったのかもしれません。


 だからこそこうしてこの場で巻き込まなくてもいい人を巻き込んで真実を追求しようとした。

 それが、私の目の前にいる彼女――イルマ・モーディ伯爵令嬢です」


 水を打ったような静けさが一瞬の後、どよめきで騒々しくなった。


「真実とは必ずしも明かさなくてはならないものではない。明かしたところで誰も幸せになれないのであれば、それはそっとしておくべきなのだと、私は考えます。

 けれど貴方はそうじゃなかった。なんの関係もないカルロッタ家とレガルシー家の真実を引きずり出しておきながら、自分の真実は隠し通せるとは思っていませんよね?」


「そ、そんな……わた、わたくしは知らな……っ」


「えぇ、でも真実を明かせと貴方は言った。貴方はきっと、後ろ暗い事は何もないと信じて疑っていなかったのでしょう。知らなかったのだから。でも、知らないならそのままにしておけば良かったのに。よその家の事に首を突っ込むような事をしなければ貴方も何も知らないままでいる事ができた」


 アリアも聖女にならなければ、神様からこんな厄ネタを教えられる事もなかった。

 いや、仮に知ったところで、イルマが何も知らないままであるのなら黙っているという選択肢もあったのだ。


 だが彼女は、自分以外の真実を無理矢理引きずり出そうとした。

 ならば、自分にも自分が知らない真実があったとして、それを引きずり出されたところで文句は言えない。


 もしイルマが自分に秘められた真実があるか、という質問をしていたのであれば。

 アリアは悩んだ末に打ち明ける事もあったかもしれない。

 だが今までイルマは自分には何もやましい事はないと思っていたからこそ、他人の真実を追い求めた。ただ聖女の力を見たいという理由だけで。



 カルロッタ家の真実に関しては、いずれ公表されるだろう事が判明したし、レガルシー家の真実だってフランが後々平民として暮らしていくならわざわざ明かされるような事でもなかった。

 明かされたとしても、多少好奇の目を向けられはするがそれだって時間と共に周囲の興味は他に移るから、煩わしいのは一時だけだと言えなくもない。


 しかしイルマの真実は――



 間違いなく、彼女の人生に影を落とす結果となった。




 あの後、騒ぎがおさまりそうもないという事で他からも教師たちが集められ、生徒たちはそれぞれのクラスへ戻されすぐに帰される形となった。


 人の口に戸はたてられない。

 家に帰った一部の令嬢や令息たちから、イルマ・モーディの真実はあっさりと広まる事となってしまった。


 イルマ自身は学園を卒業後、隣国の魔法研究機関へ所属したいと常々宣言していたが、同じように学園を卒業後そちらに進みたいと思っていた令嬢や令息たちはそれなりにいた。

 だがしかし、そんな彼らが卒業後、イルマと関わりたいか、と言われれば話は別だ。

 よりにもよって隣国でそんな大罪を犯し処刑された男の血を引く娘だと知られた以上、隣国も彼女の事は野放しにはできないだろう。


 そうでなくとも処刑なんてそう頻繁にあるわけではない。隣国で一番新しい処刑の記録は、まさしくその男である。その男の血を引く娘が隣国で、国にとっても重要な立ち位置にある機関に携わりたい、などと言われても、仮にイルマが善良で無害な存在であっても手放しで許可はできない。


 あの男の血を引く子供はほぼ全て平民であるからこそ、隣国はその子供たちの命まで奪う事はしなかった。

 だがイルマは貴族だ。あの男の再来となりえる可能性を秘めてしまっている。


 しかもアリアという探求心を刺激される相手がいた事で、懸念はより強まってしまった。

 あの男は自らの欲望に従って多くの女性を犠牲にした。

 イルマもまた、いつか己の欲望を抑えきれずに聖女以外にも被害を出すかもしれない。

 そう思われるだけの事を充分にしてしまったのである。


 噂は勿論、モーディ夫妻にも知られる形となった。

 隣国へ夫婦で外交に赴いた時に見かけた幼い娘。死んでしまった娘と似た雰囲気で、だからこそ放っておけなくて養子として迎える事にした娘が、まさかそんな出自であったとは夫妻は知らなかったのだ。


 何せあの男の被害にあった女性は実に多く、またイルマが孤児院にいた経緯は、生まれた赤ん坊がカゴに入れられた状態で孤児院前に捨てられていたというもので、この子があの男の血を引いているのか、はたまた単純に育てられないとなった親が捨てていったのか判別がつかなかったので。


 あの男にあまりにも似た容姿であったなら隣国も目を光らせる事があったかもしれないけれど。

 しかしイルマは似ていなかった。だからこそ単純に食うに困った平民の親が捨てていった可哀そうな子だろうと思われていた。


 モーディ夫妻は隣国へ外交のために何度も足を運んでいたからこそ、隣国で処刑された男の事もよく知っていた。

 あの国で記憶に新しい大罪人だ。血を引いているとなれば、隣国ではそれだけで罪人のような目を向けられる事だろう。捨てられた子供たちは、本人たちに咎はない。だからこそ親がいない子として育つのであれば、他の孤児と同じ扱いになる。だが、あの男の子であるとなれば。

 それだけで周囲の目は途端に厳しいものに変わる。

 薄々勘付いている者もいるけれど、だが明かされなければ。そして孤児たちが何らかの罪を犯す事さえなければ。その子供たちはただの孤児だ。


 しかしイルマだけはそうではなくなってしまった。


 もし機関へ所属しようとしたとしても、あの男の血を引いているという事実だけで実に多くの者から冷ややかな目を向けられるだろう。

 あの男の事を知らない若い世代はともかく、親世代、あの男の被害に遭った女性は多く、そして生きている。イルマだって被害者ではあるけれど、だがあの男の血を引いているという事実は消えず忘れかけていた嫌な思い出を引き起こす存在になりかねない。


 モーディ夫妻はイルマと縁を切るような事はしなかった。

 だが、このままではイルマの立場は悪くなっても良くはならない。

 だからこそ学園を退学させ、修道院で生活させる事を選んだ。


 聖女アリアに対してしつこく付きまとっていた一件でそもそも同年代からの評判はあまりよくない。

 イルマの婚約者となってくれそうな相手は、明かされた真実によって遠ざかっていった。

 知らないならまだしも、知った上で厄介な事情を好んで抱えたい者はいない。

 イルマと結婚する事で、実家や親類にまで迷惑がかかる可能性を考えればどの家もイルマへ結婚を申し込みたいとはならなかった。


 それもあって、もうまともな貴族令嬢としてやっていけないとモーディ夫妻が判断するのも当然の話で。

 それ故の修道院だった。


 隣国の魔法研究機関へ入るための最低条件は学園を卒業する事だが、退学した事でイルマは所属できなくなった。

 彼女の思い描いていた未来は彼女が真実を明らかにすることで閉ざされたのである。

 所属できる条件があれば、きっと未練が残ったのは確実で。だが、そうでなくとも目前で未来が閉ざされたのだ。

 イルマは退学するという事実に取り乱していたようだが、修道院へ向かう馬車に押し込められて出発した……とは神様情報である。



『ところで修道院へ向かったあの子なんだけど』

「わー、聞きたくないなぁ。神様ちょっと黙ってもらうって事できます?」


 自分以外に誰もいない部屋だからこそ、アリアは気安い口調で言った。

 他に人がいる場所だとこうはいかない。


『どうしても納得できなかったみたいでね』

「あ、続くんですね。黙ってもらえないんですね」


『夜中に修道院を抜け出そうとして、途中で野犬と出くわして』

「あっ、もういいですわかりました。黙ってください」


『逃げたけど追い付かれて食べられちゃった。

 今まではアリアの事を追いかけまわしていたのに、追いかけられる側になったらあっという間だったねぇ』

「微妙な皮肉きかせようとしなくていいんですよ神様。というか、野犬から逃げられる足とか普通の貴族令嬢は持ってませんから」


『生憎と運命を司ってる神は別にいるけど、他にもあの男の血を引いた子も大概でね。

 慎ましく暮らしているうちはいいけど、野心を持って他者を蹴落とそうとしたり、害そうとした場合あっという間に転落する人生が待ってるんだよね。

 知らず業を背負って生きるのって大変だなぁ』

「神様がそれを言いますか……」


『そういえば明日からカフェで新商品出るよ』

「あっ、そういう情報なら大歓迎ですくわしく」


 アリアにとってはイルマの存在はもう関わる事のない相手だ。

 せめて修道院で慎ましく暮らして、ほとぼりが冷めた頃に別人として人生をやり直す事も可能だろうとは思っていた。うんざりするくらい関わってさえこなければ、イルマがそうやって別の人生を歩んでいくのだってアリアからすれば構わなかったのに、しかしイルマはどうやらその生活に納得ができなかったようで脱走しようとして失敗したらしい。

 神様が言わなければ知らないまま、この先救いはあるかもしれない……と思っていたのに、救いもなく終わったなんて知りたくなかったのに知る羽目になってしまった。


 確かに明かさなければならない真実とかはある。

 あるけれど、多くは別に知らないままでいいものだ。


 うっかり耳にして胃が痛くなるような話だってたくさんあった。


 だからこそ、そういうのとは関係なさそうな話題にアリアは即座に食いついたのであった。


 まぁ、それはそれとしてちょっとこの神様お喋りが過ぎるので、もうちょっと黙っててくれていいんですよ?


 なんて呟いたところで。


 生憎神様はそんな事しったこっちゃないのである。

 我々には真実を知る義務がある、とか言う人いるけど、知った以上知らなかった頃には戻れないし、知った事で余計厄介な事になる話ってあるよな、っていうだけのお話。


 次回短編予告

 元婚約者がやって来た。

 確かにかつては婚約者だったけれど。

 でも、そうじゃなくなったのなら。

 どうして今までのような関係でいられると思うのでしょう?

 っていうよくあるテンプレにしかならなかった話。


 次回 他人ですのでそんなものです

 令嬢の一人語り系 場所はお屋敷の前、家の門を挟んだところでのスタートとなります。

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― 新着の感想 ―
>周囲は聖女の力ってもしかしなくても本当なのでは……? という思いが強まっていく。 この周囲の感覚が王族にも共通していたとしたら相当危ないですね。 それなりの力があるのに、地位のあるものから権力…
うーわ、イルマざまあ これって、ざまあ…なんですか? 神様視点だと喜劇なんでしょうけど 学園でイルマざまあ転落劇を見た学生たちは、神託の恐ろしさを十分承知したでしょうね お陰さまで、軽々しく聖女に神託…
それなりの力があるのに、地位のあるものから権力を振りかざされたり、不必要な大義名分を持ってこのように強要された場合にそれを正当な立場でもって拒否あるいはそのようなことを言わせない立場を持たせていないこ…
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