第7話
車は地面に埋め込まれた磁気レーンの上を走るもので、多くのステーションでは車輪を使わずに磁気誘導だけで少し浮いて移動するものが多い。だが、この車は珍しく、車輪を使った自走と、磁気誘導のハイブリッドのようだ。後ろの席は座席が向かい合うように作られていて、いかにも会社用の車らしかった。
イチカが運転し、2人は後ろに乗る。車は滑らかに発進した。
カプセルと何度かすれ違い、ややもすると左手側に大窓が現れ、少し振り向けば、ステーションの外の景色が見えるようになっていた。
黒い宇宙と、星のきらめき。それをふさぐように見えているのは、いくつもの船。
あの小型艦格納庫から出発した船だろうか、と彼は思ったが、どうにも様子が違う。それらの多くは民間船舶というよりは、PMCや傭兵が持っているような攻撃艇のようである。
「どうかな?我が社の艦隊は」
「君たちのものなのか」
「そうとも。あの数をそろえるのには、中々苦労したんだ」
「乗組員は足りているのか?」
「問題ない。すべて無人艦だからな」
「無人艦だと……」
改めて窓の外をみるが、あれらの船が無人で動いているとは思えない。整然と宇宙空間に並び、互いに衝突することなく一定の間隔をつくり、ときどき少数で編隊を組んでどこかへ飛んで、また戻って来る。
よくもこの動きができる無人艦を作ったものだ。AI規制法に抵触しないのだろうか。
「無論、違法な艦隊ではないぞ。すべてが私たちの手足のように、完全に制御された監督付き自律船舶だからな……。それというのも、そこのイチカが開発した「社長」」
と、イチカが口を挟んだ。
「社長、話を進めてください。雑談しに来たわけじゃないでしょう?」
「おっと、そうだったな。じゃ、本題に入ろうか」
そして、彼に向き直った。
「まずは、ここまで足を運んでいただいてありがたく思う。始めに交通費を払いたい。いくらだった?……よし、このチップに入れたぞ。おさめてくれ。さて、ここに来てくれたのは、仕事の詳細を話すためだったね?」
「ああ、そうだ」
彼女は、ずいっと身を乗り出しサングラスを上げて彼を見据えた。その瞳はバイザーの奥までのぞき込まれているようだ。
「君は、人類単一惑星発祥仮説というのを知っているか?」
人類単一惑星発生仮説。それは、人類がとうに忘れ去ったと思われる人類の母星が存在するという仮説である。だが、現在は多くの場で否定されている。否定者の意見はこうだ。
「人類発祥の星があるならば、我々がそれだと論ずることができる惑星時代の遺構を帝国領内に発見できないのはなぜか。そしてそれはまた、仮にそのような遺構を有する惑星が帝国領外にあるとするならば、なぜ我々は、宇宙進出時に強靭な土台となるに違いない自らの母星を捨て去ったのか」あまりにも当然の疑問であり、これに対する反論は、HAIに責任を押し付けるものくらいしかなかった。
いま現在も、人類のルーツに関して多くの考察が行われているが、宇宙進出以降、宇宙線の影響や遺伝子編集によって改変された我々の生物学的特徴は、これに関して何らヒントをあたえず、デブリを調査する宇宙考古学も、あまりにも広すぎる銀河を前に、暗礁に乗り上げてしまっていた。
そして、この話の最後に必ず付け加えられるものがある。それが、
「地球の話か?」と、彼が言った。
「そう、地球。いくら仮説が否定されようとも、消滅することなく残り続ける由来不明の母星の名前。メールにも軽く書いたと思うが、改めて説明しよう。我が社の目的は、地球の発見だ。銀河系のどこかにある人類発祥の星。それを見つけ出し、我々の手に取り戻すこと、それがわが社の目的だ。そして君には、このために必要なあらゆる戦闘に協力してもらいたい。海賊やHAIだけでなく企業との戦いも考えられるが……。それでも、君が協力してくれたら心強い。むろん、君が満足するだけの報酬を出そうじゃないか。さ、どうかな?」
そう、彼女は語った。
実のところ、地球を見つけ出そうとする人物。それは多くの場合、詐欺師だ。地球を発見すると言って、出資を集めて雲隠れする人間の何と多いことか。
人でなくそれが企業だとしても、何ら変わりない。そこの社員だけでなく、契約を結んでいるような企業もまた、詐欺グループの片棒を担っているに違いないと、そうみなされる。
彼は少し面食らっていた。「普通よりも好待遇で長期の契約、諸経費も出すから来て話しをしたい」、というわけだからここまで来たのだ。それが実際には、”地球を探そうとしている会社が”「普通よりも好待遇で長期の契約を~」、と言ってるとなると、ちょっと話が変わってくる。
彼はヘルメットをミュートにした。
「ジャック、要約した文面を表示してくれ」
『
彼らの目的は地球の探索。依頼内容は地球航路開拓のためのHAIとの戦闘、および競合他社との戦争にあたって、戦力としての参加と戦略の助言。
初回契約期間は6ヶ月、報酬は業界平均の3倍。
詳細はL-8972603にて直接面談にて説明。交通費、生活費は全額補填。
このように表示しました』
「始めに書かれているだと……」
普段、仕事の目的なんぞ気にしたこともないから、全く注意を払っていなかったのだ。
さて、困った。と彼は思った。
この社長はいたって真剣な顔をしている。彼がこの話を聞いたうえで、遠くからはるばるやってきたのだと思っているに違いない。実際には文章が読めなかったせいでここまで来てしまった、という事なんていまさら言えやしない。
けれども、気になることがある。
この社長の真剣さ、改まって話をする態度。そこに騙そうという意図を欠片も感じられない。それが無性に気になった。
「存在すると思うのか?」と、彼はひとまずきいた。嘲っているわけではない。単純に疑問だったのだ。その真剣さがどこからくるのか、と。
「断言しよう、必ずある」
「なぜだ」
「地球を知っているんだ。まさにそこに立ったことがある」
「立っただと?」
「ああ、夢の中でな」と、彼女は言った。
それから、まさにいま、その夢をもう1度見ようとしているかのように、目を閉じて語り始めた。
「青い空、白い雲、緑の大地、茶色い土、紺色の海、木が生え、優しい風が体を包み込み、花の香りを胸いっぱいに吸い込む。木々がさわさわと葉が擦れ合って音をたて、私は大地を見下ろし、大空とその境に立ち、波のざわめきを耳にする……。
私は、確かに感じたんだ。五感の全てが私に訴えかけていた。人類という種が受け継いできた記憶の奥底に、確かにあるんだ。本当の母星の記憶が!」
ともすれば、何らかの信仰者のように見えた。しかし、何故だろう。彼女は希望を語っているのではないと思える。疑問をさしはさむ余地もなく、まさに自分が経験した忘れることのない記憶を語っているかのような、圧倒されるような迫力があった。
「私が調べたところによると、」と、イチカはハンドルを回しながら言った。
車はすでに街の奥深くから、行政機関の建物が見えるところへと進入していた。
「社長が見たような“地球に立つ夢”を見た、と主張する人物は一定数いるようです。歴史上の人物……帝国史13世紀に活躍したアームバーム将軍や、冒険家のスコッチも、そうだったという記録が残っています」
車は、1棟のビルの前に止まった。
「君はみたのか?その地球の夢を」
「いいえ。ですが、私は私の理屈で、そういったことがあり得そうだ、と思ったんです。動物の中には、教えられるずとも生き方を会得できる種がいます。人間以外の動物の多くは、生まれたその時から歩くことができます。どれだけの遺伝子編集が重ねられた種であっても、です。人は、頭が大きくなりすぎたために未成熟な肢体で、歩くことができない体で、生まれてきます。では、それと引き換えに手に入れた頭の中には、どんな記憶が入っているのでしょうか?
私は、それが忘れられた母星のほんの微かな記憶の欠片だったら、どんなに……どんなにロマンがあるだろう。そう思ったんです」
マリアが口を開いた。
「さて、改めてどうだろう。私たちと一緒に、来てくれないか?いまぶつかっている壁を破るために、力を貸してほしい」
彼女は改めて手を差し出した。
一方、F-042はジャックに一言、聞いた。
「ジャック、このことを知っていたか?」
『はい、パイロット。存じていました』
「なぜ注意しなかった?」
『パイロットの望みです。刺激が欲しかったのでしょう??』
彼はヘルメットの裏で思わず笑った。それから、マリアの手を強く握った。彼女の掌は熱を帯びていた。
「よろしく頼む」
どちらともなく出た言葉は、重なって聞こえた。