第6話
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『パイロットの起床を確認』
うっとおしいな。と、彼は思った。
それは久しぶりの自然な目覚めだった。薬品でぱっちり目覚めさせられるものではなく、人間的な心地よい目覚め。その心地よさを彼は不快に思った。
「なんだ、ジャック。ネオモダリン投与で起こしてくれてもよかったんだぞ」
『パイロットの体調管理は当機が管轄しています。パイロットは精神的休養を必要としていました』
「ときどき保護者みたいなマネするな、お前は……」
頭がぼんやりしていて、少しでも横になったら眠りに吸い込まれてしまう気がする。眠い。寝る前よりも激しく眠い。それに逆行するあらゆる行動が面倒くさく、イライラさせる。
「ジャック、ネオモダリン投与を」と、さっさと目覚めようと覚醒薬の投与を命じた。
『パイロット、すぐに目が覚めます。洗顔を推奨』しかし、ジャックは拒絶した。
「頼むよ、ジャック」
『洗顔を推奨』
「くそ、どこで顔を洗えばいいんだ?」
『流しはコックピットにありません』
「いまできないことを提案するな!」
ジャックの話に付き合っているうちに、もう目が覚めてきてしまった。意識がはっきりしてくると、寝起きの苛立ちがとけるように消えていく。
「はあ、もういい。ここはどこだ。俺が眠ってからどれだけ経った?」
『ここはL-8972603ステーションの、小型艦格納庫の内部です。入眠からは7時間が経ちました』
「いつここに到着した?」
『1時間前です』
「そうか、わかった。寝てる間の通知は?」
『メッセージが二件あります』
「そうか、見せてくれ」
二つのメッセージの文面が彼のヘルメットに投影される。片方はステファンから、もう片方はPRE companyから送られてきていた。
『11J殿
きのうは本当に助かった。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう。
さて、報酬は色を付けて口座に振り込んでおいたよ。疲れただろうから、入港手続きなんかは代わりにやっておいた。コンテナと一緒に小型艦格納庫に送ってあるから、起きたら連絡をしてくれ。また後で会おう。
ステファンより
追伸 最後に助けに来てくれた艦隊は“PRE company”のものだったよ』
それらを一通り読んだところで、彼はグッと伸びをした。
「ジャック、ステファンに起きたことと、感謝していることを返信してくれ」
『OK、パイロット。返信候補を提示します』
「2つ目のものを。コックピット解放」
『お気を付けて』
彼がコックピットの外に出てはじめに感じたのは、人々が出す音が重合した騒音だった。ステファンから伝えられた通りコンテナに入ったまま格納庫内に入れられたらしく、コックピットから出ても人の姿や周りの景色はみえない。だがジャックが蹴り破ったコンテナだったため、ちょうど真上が開いていて、音は聞こえていた。
ジャックの上を歩いて、コンテナの人用出入口のロックを解除して、ようやく彼は、ステーションに足を着けた。
「急げ!早く船の準備をするんだ!」
「ワープブースターを買う人はいないか!今なら在庫処分の特別価格だ!」
「なあ、頼むよ!お前の船に乗せてくれ!」
「馬鹿野郎!もうこれ以上のせるスペースなんてねぇよ!自分の船に乗りな!」
「すまない、お前たちだけでも逃げてくれ……。必ず連絡するから……」
「お父さん、また会えるよね?」
「大型の疎開船が作られるっていう話だ!そっちに乗り込めばいいじゃねぇか!」
「そんなん待ってられるか!頭使え!」
船にあらゆる道具を詰め込んでいるもの、逃げる前に持っていけないものを売ってしまおうとするもの、土下座して乗船させてくれと頼んでいるもの、一人残って家族と涙の別れをしているもの、てきとうに言い包めようとして殴られるもの。
コンテナから現れた彼に目を向けるも、ほとんどの人がそんな人に構ってる暇もないとばかりに歩き去っていく。
大量の船がずらずらと並んでいて狭苦しい格納庫は、めちゃくちゃな騒ぎだった。
「ジャック、何事だ?これは」
『外部通信モードに移行……complete。すみません、パイロット。ご質問にお答えするための十分な情報がありません』
「そうか、まあいい」
バイザーに表示されたルート案内に従って歩き出した彼だったが、好きな方に歩くのも少し難しいくらいの混乱状態だ。彼は何度も人にぶつかったり、足を踏まれたり、ぶつかられたりしながらも、なんとか格納庫を抜けた。
ステーションの通路、高速移動カプセルの降着場は先の混乱に増して、さらなる喧々諤々とした怒号が飛び交う大混乱に陥っていた。
磁気レーンの上を卵型のカプセルが浮いているそれは、ステーション内の移動手段の内、最も速いものであり、複数人が一つのカプセルに乗り込んで、急加速と急減速があるため、斜めの座席に座り、靴を床のパーツにセットして、放り出されないようにする必要がある。平時ならば十分な移動能力があるこれも、これほどの人が一気に集中する時には、物足りないようだ。人々がカプセルの前で押し合いへし合いしている。
彼は、そんな混乱の一方で踵を左に向けて歩き出した。見当違いの方向に行く彼を気に留める人は誰もいない。騒ぎが徐々に遠くなるにつれてステーションの通路は、ただ電気が煌々と照るだけの何もない空間になっていった。
ただの靴底の音が、カツーンカツーンと、やけに間延びして響く。ときどき高速移動レーンのカプセルがゴーゴーと音を立てて近づいていき、横を通り過ぎていって、また消えていく。
もうステーションが空になった後みたいだな、と彼の頭をよぎった。そのとき。
前方に1台の車がとまっているが見えた。その隣には、2人の女性が立って、彼のことを待っていたようだ。片方は背が高くスレンダーで、もう片方は明らかに小柄である。
高身長の女性は黒スーツに身を包んでサングラスを付けたうえ、黒のカウボーイハットを被っている。手入れの行き届いたゴールドの長髪も相まって、いかにも高級な印象を抱かせるが、サングラスの奥に見える切れ長の目や、すらりとした手足がその印象にピッタリだ。
小柄の女性は肩にかかるくらいの長さの茶髪で、紺のスーツを着ているようだ。だが、その体格や幼い顔立ちが、どうにも学生服のような印象を与えてしまう。実際、身長は150ちょっとくらいではないだろうか。彼女が手を振ったため、彼もそれに軽く手をあげてこたえた。
彼が足を止めたとき、背の高い方がハットをとり、サングラスを外し、手を差し出した。
「はじめまして、11J殿。ご足労おかけしました。私はPRE company社長の、マリア・バロネトパ。よろしく頼む。それと、こっちのがわが社のエンジニア兼AIオペレーター、イチカ」
彼女はきれいに腰を折って礼をした。
「ご紹介にあずかりました、イチカです。よろしくお願いします」
2人と握手しながら、彼も口を開いた。
「はじめまして。船長から聞いている。昨日は助けられたようだ。感謝する」
と彼はいった。
さっき確認した2つのメールの内容は、まず、ステファンの追伸に、助けに現れた艦隊はPRE companyのものだったということ。そして、もう1つは、混乱が予想されるため、ここに向かいに来る、という話であった。
マリアは1つうなずいてから、車に手を向けて軽く指を曲げた。ピッ、とその動作に反応して車の扉が上へ向かって開いた。
「さ、乗ってくれ。オフィスへ向かいながら話をしよう。私たちには、君が必要なんだ」