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銀河をかけて  作者: ウロボロス
第1章 始動
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第5話

「三時の方向、距離70000、数は3!」

「了解」

 ジャックの背に備えられたスラスターが燃料をエネルギーへと変換し、爆発的な推進力を生み出す。

 僅かな燃え残りが宙を舞い、燐光が彼の軌跡をなぞる。彼は加速しながらレールガンを構えた。

「狙撃準備。目標をロックオン」

『射撃諸元を算出、修正、準備完了』

 引き金を引けば、頭から尻までチタン合金で作られた砲弾が、心地よい反動を残して放たれた。一瞬のうちにMEVの視力をもってしても見えなくなった砲弾は、ややもして、遥か遠方でHAIの船をバラバラに引き裂く。

 だがその結末を知る前に、彼は次の弾を撃っていた。

『第2目標、回避運動を開始……命中』

「次弾装填。手動照準に切り替え、誤差修正を」

『修正完了』

 1隻目と2隻目の哀れな結末を見た3隻目は、わずかな時間に回避に動いた。それを()()()()()彼は目視と経験によって偏差を考慮して射撃する。その砲弾は再び敵を屠った。彼はまたステファンに通信を入れる。

「やったぞ、船長。次は?」

 向こうはひどくあわただしく動いているようだった。ジャックならば自身を狙った攻撃は回避してしまえばいいが、輸送船の方はそうもいかない。彼らは飛来するミサイルを迎撃し、シールドで破片から身を守ることにてんやわんやだ。

「11時の方向、距離72000、数は4!」

「了解」

 右側のスラスターの出力を上げて、弧を描くように機動し、彼は速さを殺さずに進路を変える。そして、再び射撃姿勢をとった。


 すでにこの戦いが始まってから40分近くが経過していた。今のところ、彼らが目指すL-8972603ステーションは影も形も見当たらず、ただあるのは、そちらの方角から押し寄せるHAIの船の群れだった。

 当初の20隻という数を軽く超え、50隻ほどがレーダー上に映し出されて、その距離は徐々に縮まり、数は次第に増していく。処理が追い付いていないのだ。

 それでもまだ彼らが死んでいないのは、ただ単に圧倒的な力を発揮する11J(イレブンジャック)がいるからだった。敵を寄せ付けず、彼らの射程範囲外で速やかに処理する。ステファンは、静かにこの事態の異常性に驚いていた。

 彼が敵を倒すまでの、通信回線を切っている短い時間につぶやきを漏らす。

「いったい、何者なんだ……?登録名は11J(イレブンジャック)?なんでこれまで聞いたこともないんだ?」

 指示したHAIの反応が消えると、彼が回線を開いて次の目標を聞いてくる。それに答えれば、レーダー上で船とHAIの間にある小さな光点が、猛烈なスピードで動き出す。1分とたたずに彼はまた、次の敵を撃破するだろう。

 この間に、接近してくる長距離ミサイルへの対処を。そして、ステーションの場所を探すよう、指示を飛ばす。

「ミサイル4発接近!光学火器一斉射!……ダメです、1発さらに接近!」

「迎撃ミサイルを使え!」

「了解!」

 近づいてきていた光点が、こちらから放たれた光点とぶつかり、どちらも消失した。

 いくら11Jが強いといえど、弾は有限だ。長距離ミサイルは処理せずにこちらの迎撃に任されていた。しかし、もう迎撃ミサイルの残弾は底をつきかけている。これからはレーザーを外したら実弾兵器、すなわち機関銃で撃ち落とさなくてはならないだろう。

 彼は急かすように通信士に尋ねた。

「おい!まだステーションは見つからないのか!?」

「全然だめですね」と、通信士はまるで緊張が感じられない声で答える。

「ビーコンは破壊されているようですし、ステーションの電波はノイズがひどいうえに全く返答がないです。よほど電波が通らない環境にいるか、実はすでに破壊されていて風変わりな太陽フレアをアンテナがつかんているか、どちらかでしょう」

 通信士は太陽風だけに、と呟いていたがステファンには聞こえていなかった。彼は余計な音が耳に入らないほど強く、歯を噛み締めていたのだ。

「ちくしょう」

 逃げるしか無いのだろうか。ここまできて?


 L-8972603……帝国の外縁部である89区域に13基作られたステーションの3基目。すでに1基目と6基目、11基目がHAIの攻撃で失われているため、総数は10基になっている。かなり古いステーションだが、それゆえに発展もしていた。89区域で一番栄えているといっても相違ない。だが、それが防衛力とイコールで結び付けられるとは限らないのだ。

 つまり、すでにHAIに破壊されていて、いま我々に襲いかかっているものは、その残骸から生まれたもの、という事も十分あり得る。

 もう、諦めて帰ったほうがいいんじゃないか。

 そんな考えが頭をよぎる。さっさと逃げ帰って、この状況を通報して誰かに任せれば、掃討後の物資輸送くらいの仕事があるはずだ。だが、だが……。

 130万……そう、それが彼と彼の会社がこの商機に賭けて借り入れた、借金の総額だった。この武装商船を買うために、もともと会社がもつ輸送船を担保にして借りてしまったのだ。万が一、ここで引き返したとして、壊されたエンジンを完全に直すほどの資金も、それを待つだけの時間もない。借金の担保に船を持っていかれたら、もう事業を維持することもできなくなる。債務超過……つまり総資産を上回る負債。その文字が脳裏をよぎる。今、この瞬間に社運がかかっているのだ。10年以上賭けて築き上げた会社の命運が、いま、この瞬間に!

 もう、引き返すことはできない。回帰不可能点はすでに過ぎ去ったんだ。ただ前に進んで、ステーションはあるのか、無いのか。そのわずかな残骸だけでも発見しなくては、商売は続けられない。

 そうだ。それに自分たちには、彼がいる。11Jが。そう、11Jは諦めない。彼が次々に敵を破壊していく。彼なら、勝てる。かもしれない。いいや、きっとやってのける。そして、自分たちもまた……。

 

「あ、船長!」

 と、レーダーを見ていたオペレーターが言った。

「どうした!」

「レーダー上に無数の反応!敵艦隊の奥からです!」

 ああ、終わったな。と、彼は思った。諦観の念が染み出してきて、もういい、逃げよう。口にしかけたところで、通信士が今日の天気でも話すような調子で、言った。

「船長。その奥の艦隊から入電です」

「は?HAIから降伏勧告でもきたのか?」

 いいえ、と通信士。

「今しがた現れた、奥の艦隊です。内容は、『よく来てくれた。ステーションまで案内しよう』です」

「船長!」通信士が言い終わるが早いか、レーダー手が声を上げた。

「レーダー上のHAIの艦隊、撤退していきます!」

 ハッとしてブリッジ中央のメインコンソールに目を向ければ、赤く表示されていたHAIの艦隊は、次々に左右へ捌けていき、その奥から人間側の船籍であることを示す白い光点がぞろぞろとやってきていた。

 ああ、と、ブリッジの誰かが息を漏らした。

「助かった……」

 誰ともなくつぶやかれたその言葉は、全員の心の声を代弁していた。


 HAIの艦隊は逃げ去り、助けに現れた彼らが来るまでの間。船に戻ったF-042は、ブリッジから拍手喝采で迎えられた。

「ありがとう、11J(イレヴンジャック)さん。あなたのおかげで、どうにか全員生き残ることができたよ」

「なんてことはない。求められた仕事をしただけだ」

 しかし、自分でも分かるほどにその声から疲労が滲んでいた。

「とんでもない!仕事をしただけだなんて。あなたがいなかったら、きっと今頃、俺たちは宇宙を漂うデブリになっていたよ」

 ステファンの後ろから、ブリッジのクルーたちも喜んでいることが伝わってくる。惜しみない賛辞と、彼を労う声が頭に響く。

「あー、その、ありがとう。まあ、報酬に色を付けてくれると嬉しい」

「もちろんだよ!期待していてくれ!」

「ありがとう。通信終わり」

 そういって、彼はほぼ一方的に通信を切ってしまった。すると、ジャックが彼に話しかけてきた。

『よかったのですか?』

「何の話だ?」

『パイロットへの評価は正当と判断。精神衛生上、賛辞を受けることはストレスの軽減に繋がります』

「勘弁してくれ。褒められるのは慣れてない。クラブスのメンバーならまだしも、他の人に褒められるのは苦手なんだ」

『残念です』

 そんなやりとりをした後、彼らはもともと入っていたコンテナに戻った。すると、ブリッジからこっちの船室で休んだらどうか、と連絡が入った。少し悩んだが、ここはコックピットの休息システムを使うからといって、断らせてもらった。そんなシステムはないが、彼らはMEV乗りで無いのだから全く判別もつかないだろう。

 彼はコックピットでただ横になった。ひどく疲れていた。

「おやすみ、ジャック」


『パイロットの入眠を確認。睡眠モードに移行。Good night、パイロット。良い夢を……』



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