第3話
それから3週間と少し後、F-042はL-8972603行の輸送船の、その外側に積載されたコンテナの中にいた。護衛として同行してはいるが、今のところは平和なものだった。
船長からは、MEVはちゃんと運ぶから船内にいてもいい、と言われたが急襲に対応できないから、といって断っていた。いま、乗船時の船長との会話を思い出している。
隣のカルイ星域の端にあるハネ・P・ステーションの桟橋でのことだ。マレアンステーションと比べれば二回りほど小さいステーションだったが、どんなに小さいステーションでも、P型であればそれに必要な規模の設備──すなわち、宇宙空間へのびる数キロにもおよぶ長大な桟橋、コンテナの荷揚げ荷降ろしを担当する運搬ドローンに、それらの収容設備等──を備えている。
船長はステファンと名乗った若い男だった。張りのある肌が彼の若々しいエネルギーを表しており、いかにも商売人らしいかっちりした髪型の一方、やや崩し気味に着ているジャンプスーツが宇宙船の乗員であることを示していた。そんな彼の後ろには、小型のミサイルポッドやいくつかのレーザー砲を備えた武装商船が係留されている。おおむね葉巻型で、全長は400mほどだろうか?商船としては標準的な大きさだが、武装がある分、いくらか貨物がつめるサイズは小さくなるだろう。
「いやー、なんとか護衛が見つかってよかったよ。今は傭兵のほとんどがニューロの戦争で出払ってしまっていたからね」
と、ステファンは本当にうれしそうに言った。こころなしか、足取りも軽やかに船に向かう。
「ああ。俺も助かった」
「今は最高の商機が来ていてね。絶対に逃したくなかったんだ」
「商機?」
と、F-042が聞き返すと、ステファンは得意げに話し出した。
「今、89区域でHAIの数が増えているらしい話は聞いているだろう?それが原因で、非武装のAI船がいくつも破壊されているんだ。
AIが自律攻撃できる武装は船に積めないから、人がいないとHAIの対策をしたうえでの輸送ができない。そこに目をつけたんだよ。この武装商船を使って輸送すれば、一気に稼ぐことができる……。あ、この話は他のやつにはしないでくれよ。なるべく僕たちだけで独占したいんだ。他のやつらもそのうち嗅ぎつけるだろうけど、できるだけ遅らせたいからね」
と、彼は最後に少しおどけていった。
F-042は商売についてはほとんど無知だったが、大体の内容は理解できた。
「今の話だと、護衛が無くても武装商船で十分なんじゃないのか?」
と、純粋な疑問を抱いて尋ねた。
「まあ、そういう予定だったんだけども、正直いってちょっと怖くてね。こういう事態になってから大急ぎで船を買ったもんだから、運用経験がほとんどなくて、クルーたちとシミュレーターだとか、近宙で練習したことしかないんだ。だから、プロの護衛が欲しかったんだよ。君がいなかったら明日には出発していただろうね」
「そうか。ならタイミングが良かった」
「任せたよ。僕たちも頑張るからさ」
そこでわかれて、MEVの積み込みに移ろうとしたとき、ステファンは思い出したように──まあ、正しく思い出したのだろう──振り返って言った。
「そういえば、君はどうして89区域へ?」
F-042は振り向きもしなかった。
「その方が儲かると思ったんだ」
そして今、彼はコックピットを待機モードにしたまま、シートに寝転んで、ただ音楽を聴いていた。
……♪~……
しゃがれた声の男の歌声が流れている。彼が唯一、自発的に聞く曲だ。正直いって歌詞の意味もわかっていない。遠い昔に絶滅した言語だと聞いている。だが、たまたま寄った裏通りの露店でかかっていたこの曲があまりにも気になってしまってデータを購入した。本当はMEVに音楽再生機能などないのだが、それ用のソフトを購入して、寝る前だったり暇なときだったりに繰り返し聞いている。
F-042はぼんやりしたまま音楽に合わせてわずかに歌詞を口ずさんだ。意味は解らなくとも、発音は覚えていた。
そのとき、不意に通信が入った。船長からだった。
バネ仕掛けのように跳ね起きて通信をとる。
「なにがあった」
「た、助けてくれ!HAIが、HAIが出た!数が多すぎる!」
「わかった。ジャック、戦闘モード」
『OK、戦闘モード移行』
視界が完全に変わるのも待たずに、F-042 はコンテナの壁を破壊して外に出た。すでにそこは宇宙空間で、何が起こっているのかが一目でわかった。
船の表面のいたるところで青色の閃光がほとばしっている。電磁シールドが攻撃をはじいたときのスパークの光だ。その攻撃は、後方から次々に飛来してくるドローンが手当たり次第に撃ち込むレーザー弾のせいだ。ドローン達は宇宙の一面を覆い隠すような凄まじい数で飛来する。それらは船の後ろから艦橋を目指して突き進む。レーザー砲も実弾砲も、それ自身に近づいてくるドローンを落とすのに精一杯で、まともに戦闘ができていない。
そして、ドローンたちがやってくる後方の空間から、虚空から染み出るようにその姿を表したのは真っ黒で、捻じれた槍の穂先のような独特な形をした船だった。
あの船の見た目、HAI、それもドローン母船型だな。と、彼は思った。
宇宙にあるありとあらゆる資源を使って自らを複製する自己拡張AI。人類に対して敵対的で、銀河帝国の始まりから、常に我々と争ってきた相手。それが、HAI。Hostile self-expansion Artificial Intelligenceだ。人類が銀河全体をその手におさめられない原因であり、帝国領外縁が安定せず、開発が進まない原因でもある。彼らは今も人類が入植を果たせていない外側のほぼすべての領域を制圧している。
HAIの船の下部に備えられた連装砲がやけにゆっくりと動いて、その先がこの船の最後尾、すなわちスラスターに向けて合わせられた。
ドローンの攻撃も、シールドのスパークも、何もかも、すべての光を塗りつぶすような加粒子砲が、放たれた。
残念ながらシールドの展開は少し早すぎた。シールドはエネルギーの消費が激しいため、攻撃が当たるその瞬間に、その部分にだけ展開することで攻撃を防ぐ。それゆえに拍子をずらしてシールドの防御を搔い潜るというフェイントがよく使われるが、いまはHAIがフェイントを入れてタイミングをずらさせた。
だが、彼はすでに戦いの算段をつけ終わっていた。その砲撃の瞬間にシールドの後ろに滑り込むと、ジャックの左手装備である電磁シールドを展開し、それを少し角度をつけて構える。
そして、砲撃は弾かれた。直撃すればF-042共々ジャックを10回蒸発させられるほどの熱量が、虚空に向けてどこか彼方へ飛んでいった。
危機から船を守った彼は、少し飛んで手近なドローンを手刀で破壊し、その断面に電磁防護壁の銀色の輝きがないことを確認すると、通信を開いた。
「船長、船を電磁保護モードに。一気に片付ける……」
船長からの返答はなかったが、目視で船のモードが切り替わったことを確認して、
「アサルトEMP、起動」