第23話
更新遅れてすみません……!
爆発のような電磁波が通り過ぎる。それに気づいた瞬間、F-1091は、すぐに減速しようとした。だが、ブーストによって勢いがつきすぎていたために、それは間に合わず、正面からEMPを食らってしまう。
「くそっ!」
すぐに電磁保護モードに切り替えれたおかげで、機体への損傷は軽微だった。が、MEVの目くらましにはなった。
彼はすぐに見失った敵をさがす。
「は?いない……」
どこへ……?その言葉は口から出なかった。
直前、彼は盾を構え、その上から蹴り飛ばされていた。
「ちっ!」
死角に潜り込んだのか。これまで、こんなに粘る相手とは戦ったことがなかったせいで単純なことに騙されてしまった。そのことが馬鹿にされたようで腹が立った。
レールガンを構えた彼の姿をみて、すぐに盾を構えなおす。
その砲口が正面から見える。狙いは頭か?
インパクトの瞬間を待った。しかし、それはなかなか訪れない。しまった、これは拍子をずらすためのブラフか。
それに気づいたのは、ビームソードの射程に潜り込まれた後だった。
ブースト。彼らに与えられたその力によって、再び距離を引き離す。これ以上は近寄らせたくない。
しかし、敵の動きはそれを予期していたようなレールガンの砲撃だった。ブースト直後、スラスターの出力が急激に落ち込むために、相対的にほとんど停止しているような速度まで減速する。その瞬間を狙われた。
だから、もう1度ブーストをつかった。先まで彼がいた空間を、砲撃が通り過ぎる。
『やはり未熟だな。経験不足だ』
その言葉の直後、彼は肩に衝撃を受けた。盾をつかんでいたマニピュレータの根元が、ビームマシンガンの直撃を受けたのだ。
「なっ」
驚きのあまり声を漏らす。バツンッ、とマニピュレータの感覚がほとんど切り離された。存在しない器官が消えても痛みはない。だが、何かがなくなったという感覚はあった。
『ブーストを使うときに癖がある。先にスラスターの向きを変えてから使うだろう。読みやすいぞ』
「偉ぶりやがって!」
けれど、これはまずい。盾が無くなったら攻撃を防ぐ手段が、ますますブーストだけになってしまう!
その逡巡のすきを見逃す相手ではなかった。
『なくしたものに気を取られるなよ』
突き出されるビームソード。思わずさらにブーストを使って距離を離した。
レールガンの照準が彼に合わされていくのが目に見える。
「うおぉあ!」
無理やり身をよじって砲撃を避ける。装甲の表面が持っていかれた。
ダメだ。攻撃を避けることに集中している間は、有利に立つことはできない!
とっさに、ガトリング砲にエネルギーをためて反撃していた。ようやく相手の追撃がやみ、何とか一息つけるだけの余裕を作りだせた。そうなると、今度はイライラが湧いてくる。よくもここまでてこずらせやがって、負けたくせに、上から目線で語りやがって!
「なんなんだ、お前はぁ!」と、彼は叫んだ。
『そういえば、名乗ってなかったな。俺はクラブ11F-042だ』
ビーム弾の間からレールガンの砲弾が飛んでくる。
盾を構えようと思ったが、すでになくしていたことに気づき、ブーストで避けた。
『そういうところだぞ』
その先には、すでに敵がいた。ビームソードを構えた状態で目の前に立っている。
反射的に槌を構えて振りぬいた。
スウェイバックによってかわされる。
ビームソードが彼に迫る。胴体の中央を薙ぎ払うような一撃。
ブースト……。しかし、
『それみろ。ブースト切れだ』
シュッ、と、ごく短い噴射とわずかな距離の移動だけでブーストが終わった。
「んなバカなっ!」
『ブーストの仕組みをしらないか?短時間に何度も使っていれば、燃料パイプの流れに支障が生じて、ガス欠になることがある。今のお前のようにな』
「ちくしょう!」
それでも、まだ彼は諦めてはいなかった。
再び構えられたレールガンを前にして、F-1091が切った手札は、
「ビームガトリング、オーバーロード!」
ガトリング砲へのエネルギー供給を急激に引き上げると、束ねられたすべての砲口からマシンガンのような勢いでビーム弾が放たれた。
F-042もブーストを切ってそれを避ける。だが、構えていたレールガンに掠らせて、その手から弾き飛ばすことに成功した。
いま、敵から遠距離攻撃の手段はなくなったのだ。
すぐさま、F-1091は距離をとることに走った。ガトリング砲の反動を利用して初速をつけると、スラスターの出力を無理やり上げて、さらに遠くへ。
瞬く間に、彼らは互いが点にしか見えない距離へ離れた。さあ、あとはここからガトリング砲でひねりつぶしてやればいいだけ。
そのときだった。彼は、強力な閃光を目にした。F-042の背後にあった消えつつある恒星の表面で、爆発的な、星の形が崩れるほどの太陽フレアが発生している。先のビーム弾が刺激になって、崩壊が始まったのだろうか?
『引き金が握れなければ、銃は撃てないと思ったか?』
そのとき、彼は未来予知のままに、ブーストを使った。しかし、ぷすっ、という情けない音の後、スラスターからの出力が消えた。
『レールガン、オーバーロード』
そして、新たな閃光を目にした。
「だから、脅しが通じるとは思わなかった」
彼女は隠していた右手で銃を抜き、発砲した。
シオドア・カヴァナはとっさに手を顔の前にかざす。その上から、銃弾が撃ち込まれた。ぼたぼたと血が流れ落ちる。
彼女はそれをみて、わずかに笑った。
「なるほど、Fロットの製造にかかわっただけあって、人体改造に詳しいようで」
それは苦笑だった。
落下する弾丸。シオドア・カヴァナの手のひらから流れる血。しかし、それは手の甲まで貫通したわけではない。
骨で止められていた。ちらりとだけ見えたそれは、鈍い金属の輝きを放っていた。
「チタン製強化内骨格だ。600番台に使った技術だな。多少の銃撃などものともせん」
「そのようで」
カヴァナは机を蹴り飛ばした。マリアはとっさに椅子の背もたれを限界まで倒し、その真下に潜り込む。
発砲。カヴァナの拳銃が持ち主の機敏な動きについていけなかったカウボーイハットに穴をあけた。
続けて机の縁を殴りつける。チタン製の重みが机を持ち上げて跳ね飛ばした。
その裏から銃を構えるマリアの姿がのぞく。
両者のコントロールデバイスは黄色い光を発し始めた。持ち主が戦闘モードに入ったことをしり、脳内麻薬の分泌と、その思考速度の加速、身体制御の補助を開始する。
カヴァナは瞼を下ろした。その上から大きな衝撃が眼球に伝わる。
「目を狙ったな」
「防弾使用ですか?」
「特別品だ」
目を開かずとも、デバイスから情報が伝わってきた。マリア・バロネトパがどこにいるのか。
彼女は跳びあがった。銃弾が宙を穿つ。
そのデバイスから伸びた鞭のようなものが天井に突き刺さり、彼女の体が引っ張り上げられた。それでさらに回避される。
銃のスライドが下がったまま戻らなくなった。弾切れだ。
マリアは空中で狙いをつけた。
攻撃を予期して再び手をかざしたカヴァナだったが、それはやってこなかった。
「小癪なマネを!」
致命傷にならないとみて近づいてきたか。彼が左右へ手を振り下ろすと、近づいてきていた彼女を殴り飛ばした。
「かはっ」
吹き飛ばされた彼女に向かって、リロードした銃を構える。
立て続けに銃撃。どうにか転がってよけた彼女だったが、その腹に一撃を浴びせたようだ。
彼が引き金から手を離した時、彼女からは血が流れだしていた。何とか体を起こし、壁に身を預けているが、その手に握っていた銃は別の壁際に落ちている。彼は落ち着いてマガジンを替えた。
「ふんっ、初めから素直に渡していればいいものを」
「う、ぐ」
彼女に歩み寄り、一歩半の距離のところで、額に照準を合わせる。
「ゴールデンデバイスの断片を渡せ。さもなくば撃つ」
「く、くく。見逃すつもりもないくせに」
「楽に殺すぐらいはしてやるぞ」
「だろうな……。ああ、ハットを……ハットをくれ……」
彼は全く照準をずらすつもりもなかったが、彼女は身じろぎをして、自身の足元に落ちていたそれを、自らの腕で何とか拾い上げた。
「どちらにせよ穴が開くぞ?」
「もう開いてるさ……。でも、これがまだつばの部分じゃなくてよかった……」
そういうと、彼女は左手をあげながら右手でポケットをまさぐりだした。ふくらみがないのは確認している。少し距離をとっているし、彼女が新たな銃を取り出したところで、ここから狙われて致命傷になる部位はない。
「ところで、知ってるか?」
「なんだ」
「このハットは、その昔。地球の砂漠にいた人々が決闘の時に日の光で目がくらまないよう、作ったものなんだそうだ」
「ほう、それで?」
彼女は答えず、ただ上げていた左手をくいっと動かした。
爆発音のようなものとともに閃光が部屋を満たした。彼も思わず目をつぶる。
「脇はどんな鎧でも装甲がないらしいな」
彼の体が跳ねた。
いつの間にか、彼は倒れていた。温かいものが自分の体から抜け出ているのを感じた。それは背中を濡らし、気持ちの悪い感覚を伝えてくる。
目が見えるようになると、彼を見下ろす彼女の姿が、シルエットのように見えていた。その手に握っている銃は、さきのものとは別物の、ちっぽけなものだ。どこから?彼女はハットの中を彼によく見えるようにしてやった。そこに、銃のホルスターがついていた。穴が開いているところは、そのすれすれのところを通り抜けている。
「負けたのか……」
「ええ。全く」
彼の両脇を弾丸が貫通していた。そこには大きな動脈がある。彼から血は流れるだけでなく、噴き出していた。この位置では、どうやっても止血はできない。
「やはり、嫌みな奴だ……。本当に……」
「我々は性格が違いすぎましたね。お互い、この立場でなければ、もっと仲良くなれたかもしれません」
「想像もできんな……」
「得てしてそういうものですから」
そういうと、彼女はコントロールデバイスから伸びた鞭を彼の脇の傷口に差し込んだ。
「最後に聞かせろ……。お前の本当の目的はなんなんだ?……俺の会社をこれからどうするつもりだ……」
「すみません。最後の1言とかは無しでお願いします。それで逆転されるのが嫌なので」
「本当に、嫌な奴だな……」
電流が走り抜け、彼はびくりと震え、そのまま死んだ。
少しの間、彼女はじっとそれを見下ろしていたが、やがて彼の耳元のデバイスに触れアクセスを試みた。
「ファイ、ハッキングを」
生きている間は生体電流を通して彼らのことを守り、補佐するそれも、死んでしまえばほとんど無防備だ。
1分もせずに中身の情報にアクセスできた彼女は、カヴァナの脳のバックアップデータを取り出した。
「やっぱりあった。これさえあれば、お前が生きていようと死んでいようと関係ない……」
彼女は最後に、ゴールデンデバイスの断片を、自身の手の甲から展開された、コントロールデバイスの中に入れた。
これで準備は完了だ。このままでは、彼女が彼を殺したことが、あまりにも明らかだから、最後の仕上げをしてやる必要があった。
「仮死モードへ移行。真空状態での生存を最優先」
そういうと、彼女の腹から流れていた血は急激に乾き始める。それがぴったりと傷口を覆い、これ以上の失血を抑え、同時に、脳が冷やされ、溶け込んでいる空気が絞り出される。1分以内に、彼女は完全にものいわぬ躯のような状態になった。
意識を手放す直前に、彼女はつぶやいた。
「さ、頼んだよ。私が死なない程度にな」
やがて、会議室にビーム砲が直撃し、彼らは宇宙へ投げ出された。
「あ、が……?」
宇宙空間に投げ出された減圧症が、F-1091のことを蝕んでいる。すでに意識はなくなりかけていた。
彼のコックピットは直撃を避けた。最後のなけなしのブーストで、スラスターの出力が切れたことによるわずかな加速の違いが、中心への直撃ではなく、肩口を貫く破壊で済まされた。しかし、結局のところ、彼のコックピットは割り砕かれて、彼は宇宙へ放り出されていたのだ。
彼の身を包むパイロットスーツ、ヘルメット、それはF-042にそっくりで、しかし、カラーリングが全く違う。白と青が彼の色であり、それは黒い宇宙空間でよく目立つ、異端者だった。
『後輩、お前に教えてやろう』
と、遠いどこかで誰かが言っている。
『俺たち、FロットのFは、Fatal errorのFだ。その起源は、もともと有機化が進んでいたMEVとパイロットとの接続が、あるとき人と機械の境界を越えて偶発的な〝同期〟が発生した、してしまった、致命的な失敗にある』
彼の目は小さな恒星の最後の輝きを見ていた。先の太陽フレアは、星の崩壊の輝きだったようだ。爆発的な光の大河が宇宙を流れていく。
『そのパイロット達は、軒並み超人的な力を手に入れた。生身でじゃない。パイロットとして。MEVの全性能を引き出し、機械の持つ肉体と、人類の脳との完璧な融合を果たしたんだ。それは同時に、パイロットの自意識の限定的な崩壊……人の肉体に対する自己認識を書き換え、彼らのほとんどはコックピットの外で生活を送れなくなった』
今わの際に至って、彼の脳は、MEVから切り離された状態で、初めて自身の力で走馬灯を見始めた。にもかかわらず、思い出すことは何もなかった。本当に、何もなかったのだ。ただ、あるときポンっとこの超常的なスーパーパワーを渡されて、それでいい気になって無双した毎日が、猛烈なスピードで脳内を駆け巡る。
その中で、ある記録のことを思い出した。Fロットの中から選ばれた、エースパイロットたちのことを。その部隊の名前……クラブス。序列4位。クラブ11。
『それを人工的に再現したものが、〝Fロットパイロット〟だ。そのために作られた、ホムンクルスなんだよ。だから、溶液の中で生まれ、脳に知識を蒸着されると、すぐにパイロットとして戦場に出る。
お前は人生といったな。単なる改造人間に過ぎなかったお前と、本当に、ただそのためだけに作られた我々。お前と俺たちは違う。お前のことは、Fロットの仲間とは思わん』
彼らの見ている前で、星が砕けて吸い込まれていった。その最後の輝きを吸い取った恒星は、ますます強く、さらに大きく輝きを放つ。これから、人の寿命では及ばぬ遠い時間、それは輝き続けるだろう。星の死闘を勝ち抜いた、勝利者として。
その意識が消える間際になって、彼はつぶやいた。
「何も考えずに戦って、飯を食って、また戦って……。そういう日々をいつまでも送られれば、それだけで、よかった、の……に……」
「……」
彼の胸のうちに広がっていた高揚感が、消え失せていくのを感じた。すでにこの新造されたFロットもどきは死んでいる。その最後に残した言葉を、彼はゆっくりと咀嚼していた。
何も考えずにはいられない。と、F-042は思った。
第3軍が敗北して、彼の上司がいなくなり、誰も彼になんの指示も与えなくなったとき、彼はすべての選択を放棄した。何もせず、何も起こさず、ただ、廃墟の中でジャックのメモリーを見続けた。
しかし、やがてジャックの燃料が足りなくなり、それを手に入れるために仕事をはじめ、ジャックを修理するために金が必要になり、もっと金が稼げる仕事を探し、やがて死ぬほど飽きて、もっと強敵と戦える刺激のある仕事を求めた。
すべては必要に迫られてしてきたことだ。彼は、より良い選択をしてきたのだろうか?
「F-1091……か」
果たして、自由意思をもってその人生を選択した彼と、自分たち。他人からFロットになることを選択したものと、ただそうあれかし、とはなから決められて造られたFロット。Fロットとしてふさわしいとは、なんなのだろうか。
ふと、脳裏にイチカの瞳がよぎった。真っ黒く、見るものの光がありのままに映る瞳。
彼女はきっと、自ら選択したのだ。自分が選んだ時に、選んだ言葉で、選んだ人に、コントロールデバイスにも、MEVにも頼らない、本当の自分の言葉で話した。だから、彼の腑に落ちたのだろうか?
「どうでもよくは……ないのだろうな」
彼の手に、レールガンが戻ってきた。発射の反動と小さなスラスターを使って飛んできたのだ。それにエネルギーを供給し、もう1度、発射の準備を整えるとほとんどの守りを失ったナグモ達の軽空母へと矛先を向ける。そう、まだ戦いは終わったわけじゃない。
いま、この場に残るMEVは、撃墜されたものの機能は死んでいないF-1091の名も知れぬ機体。ナグモの部隊の2機、そして、ジャックだけだった。
ナグモは甲板と彼の間に立ち、ずっと彼らの死闘を見ていたが、決着がついたいま、武器を投げ捨て、MEVの両手を上げさせた。
『降参だ』
「……いいだろう」
彼はレールガンを下ろした。もう、彼らに戦力が残っていないことは明らかだし、そうしたい、と思っていたから。
きっと、Fロットらしく生きること、人らしく生きること。そのどちらを選ぶのかもまた選択であり、いまそれを決めるには、まだ何かが足りないのだろう。だが、いまは。
F-042は社長たちに向けて通信を送った。
「仕事を終えた。空母と乗組員は捕らえた」
『そうですか!それは、よかったです……!』と、イチカが答えた。
彼は何か話そうとした。しかし、何から話したものかわからず、いったん保留とすることにした。彼女との通信を切り、合流を目指しながら、彼は言った。
「ジャック、曲をかけてくれ」
『OK』
その曲の意味を彼はしらない。しかし、口ずさむことはできた。もしも、ここに地球時代のある言語を──銀河標準語に取り込まれて消えてしまったある言語を──知る者がいたならば、このように聞き取っただろう。
「But that's not the shape of my heart……」
「社長、イレブンさんが勝ちました。捕虜を作ったようです」
彼女は、ゆっくりと目を開いた。
クルーたちが立ち上がり、互いに抱き合い、ハイタッチし、笑みをこぼしている。歓喜に沸き立つブリッジの音が、遅れて耳に入ってきた。
ステファンすらも安堵と喜びの笑みを浮かべ、イチカは背もたれに体を預けたままゆっくりと席を回転させて気の抜けたような笑みを浮かべていた。
窓の外。正面では、破壊されて無数の破片をまき散らしている工場の姿が見えた。人工惑星のように見えていたそれも、ごっそりと穴があけられて1部が吹き飛ばされており、中から未完成の艦とその部品が宇宙へと零れ落ちていく。
爆弾を満載したファイの艦を突撃させて、あの破砕機の穴に飛び込ませたのだ。次々に飛び込んでいったそれらの連鎖的な爆発で、工場は完全に機能を停止していた。
あのミサイル攻撃は危なかったな。と、彼女は思った。しかし、走馬灯を見るほどではなかった。
近接機銃の防御が間に合い、大迫力の爆発が起こったが、それも彼女に身の危険を感じさせるには至らない。ここで負けるわけがない、と心の底から信じていた。だから、死ぬとは思わなかった。ただ、戦いの中で本当の意味でゆっくりと、過去のことを思い出していたにすぎないのだから。あれを走馬灯と呼ぶには無理がある。強がりだろうか?それでも、彼女は実際、生き残ったのである。
最後に、彼女はコントロールデバイスを開いて、黄金のピンを取り出した。
その輝きを手で包んでじっと見つめる。
このピンを手にした晩だった。彼女が地球の夢を見たのは。
何かの魔力がこれに宿っていると感じた。それは、本当の魔力だったのか。我々の故郷への妄執がなせる、地球の遺物を求める心の働きなのか。
結局、シオドア・カヴァナでさえも、このピンの魔力に抗えず、ユニオンに会社を明け渡して、彼自身の死を迎えた。
これを手にしていると、彼女の胸の内に、言い知れぬ高揚感が満ちていくのがわかる。また、彼女は真の目的に1つ近づいたのを感じていた。
「社長、これからどうしますか?」と、イチカが声をかけた。
顔をあげると、彼女に向かって、皆の視線が集まっていた。いま、彼女は偉大な勝利者になったのだ。すべての戦いに勝利し、すべての道が開け、この区域の新たな支配者となるもの。それが、彼女なのだ。
これは偉大だが、小さな勝利だ。過去、数多の人が成し遂げた勝利に過ぎない。だが、それを積み上げていった果てに、彼女は初めて真の目的を達成するのだ。
「とりあえず、ユニオンの名前を決めようか」と、彼女は口にした。
「お、いよいよだね。どんな名前にするんだい?実は、僕も考えていてね……」
ステファンが自身のメモを取り出しながら候補を嬉々として口にするのを、手で制した──そのとき、ほんとうに少しだけ、心からの笑みを浮かべたことを、イチカだけが気づいていた。
「悪いが、もう決めてあるんだ」
そういった彼女は、もう、あのいつも通りの自信満々で、余裕たっぷりで、凛々しさを兼ね備えた、噓くさい笑みを浮かべていた。
「我々のユニオンの名前は、〝ファウンデーション・ギャラクティカ〟。これでいきたい」
と、彼女はいった。




